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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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神             :約2000文字

 神がいた。

 白く長い髪と髭。老人の姿をしているが、弱った様子は見られず、四肢はたくましく、背筋はビシッと真っ直ぐだ。言うまでもなく神々しい。


 神は大きな欠伸をした。長い間眠りについていたのだ。

 神が眠っていていいのか、人々を助け導く役目があるのではと思われるかもしれないが、神は地上の人間に愛想を尽かしていた。

 それも仕方ないだろう。人間たちは、神が長い眠りにつくずっと前から神の存在を忘れ、感謝しなくなっていたのだ。

 科学の進歩によって、目に見えるものだけを信じ、空想などくだらないとする風潮が世の中に広がったのが原因だった。「神などいない」と断言する者もいれば、汚い言葉で神を罵る者も現れた。

 神が威厳を見せつけてやろうかと考えた頃には、すでに手遅れだった。空はどんよりと曇り、大気汚染によって神の住む雲の上から地上が見えなくなっていたのだ。

 神も初めはそのことに頭を悩ませていたが、地上に耳を澄ますと、ケラケラと愉快そうな笑い声や科学の発展の音が響き渡っていた。人間たちは便利なものに囲まれ、もう自分の助けを必要としていないように思えた。実際、神を呼ぶ声はおろか、罵る声すらも聞こえなかった。よって、神は静かに長い眠りについたのだった。


 そして、長い眠りから目覚めた神は、雲の上から再び地上の様子を覗こうとした。しかし、大気汚染はさらにひどくなっており、地上の様子はまったく見えない。そこで、神は思い切って地上に降りることにした。

 雲から飛び降りた神は少しばかりワクワクしていた。何しろ地上に降りるのは、初めて人間を創って以来のことだっだ。この神の姿を見れば、人間たちはさぞ驚くだろう。早く地上に着きたい。ああ、嵐を起こし、雷を呼ぶなどして派手に登場しようか――そんな気持ちでいっぱいだった神の行く手を、突然何かが遮った。


「なんだこれは!」


 空と地上の間に、鉄の壁のようなものがあったのだ。しかもそれは、始まりと終わりが見えないほど長く広がっていた。


「地上に干渉できぬよう、人間どもがこんなものを造ったのか! 父であるこの私を……!」


 神は憤慨し、顔を真っ赤にしたが、すぐに冷静さを取り戻した。


「壊すこともできるが、何か理由があるのかもしれぬ。ここはすり抜けていくとしよう」


 神にとって、それくらいのことは容易いのだ。

 しかし、意気揚々と地上に降り立った神は、目を丸くして驚いた。

 周囲には銀色の巨大な建物が立ち並び、鉄でできた人間のようなものが動き回っていた。自分が創った人間の姿はどこにもなく、地上は鉄の壁で覆われているはずなのに、太陽に照らされて明るく、空は目が痛くなるほど青かった。

 いったい、地上に何が起きたのか。神は近くの鉄の人間を呼び止め、話を聞いてみることにした。


「ちょっと、そこの人……か? まあ、なんでもいい。お前たちは何者で、人間はどこにいるのだ?」


 その者は泰然と口調で答えた。


「私はロボット。人間が生活を豊かにするために作った機械です。しかし、今は人間に代わって、地上で暮らしています。人間は三百年ほど前に空気汚染で絶滅しました」


「なんと……だが、この空気は汚れていないようだ。それにあの空と太陽、ここはいったいなんなんだ?」


「ここは楽園です」


「楽園?」


「はい、ここは我々が人間の計画を引き継いで完成させた施設です。新鮮な空気を生み出す装置や人工の空と太陽を備えたこの施設全体が、かつて人間が描いた楽園なのです」


「なるほど……。しかし、人間が絶えたのなら、計画を引き継ぐ理由もなかったのではないか? 君たちに新鮮な空気は必要ないように見えるが」


「はい。汚染された空気でも我々は生き残ることができました。しかし、やることがないというのは虚しいものです。怠惰は良いことを生みません。いずれ本物の美しい空を取り戻すのが今の我々の目標です」


 神は深く感心した。しかし、自らが創った人間がすべて死んでしまったことには、少なからずショックを受けた。

 そんな神にロボットが尋ねた。


「ところで、あなたはいったい何者ですか? 見たところ、人間によく似ていますが」


「実はだな……」


 神は自分のこと、そしてこれまでの経緯を話した。もし信じてもらえなければ何か奇跡を起こして見せようかと思っていたが、ロボットは素直に信じてくれた。


「なるほど、そうでしたか。人間が全員絶えたのに、こうして人間に似たあなたが存在していることこそが神の証拠でしょう。さぞ、ショックを受けたことでしょうね……。でも、そう気を落とすことはありませんよ。我々はあなたが創った人間が作り出したもの。人間があなたの息子ならば、我々はあなたの孫のようなものなのです。それにしても、あなたの話は興味深いことが多い。みんなにも話をお聞かせください。時間はたっぷりありますから。ね、ぜひ」


「う、うむ」


 神は思った。なるほど、そう言われてみれば悪い気はしない。むしろ息子たちよりも、孫たちのほうがずっと素直そうだ。予想外の事態だったが、信仰を取り戻せそうなので良しとしよう。


 神とロボットは並んで大通りを歩き始めた。

 背後から見ると、その二つの楽しげな背中は確かに家族のようであった。

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