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記憶 :約500文字
今より幼い頃、私は神童と呼ばれ、周囲からの称賛や両親の愛情を、これでもかというほど受けていた。
実に気分が良かった。だが、これにはカラクリがある。
私は前世の記憶を持っているのだ。
前世の私は六十代半ばで死んだ。凡人だったが、幼稚園児とは比べるまでもなく、知能も知識も圧倒的に優れていた。周囲が興奮し、持て囃すのも当然だろう。私は得意げだった。
だが、小学校高学年の今は……。
「あら、また忘れ物?」
「あ、あれー? へへへ、すみませんなあ」
困り顔の先生に向かって、私は笑ってごまかす。いつものように。そう、いつもだ。なぜか知らないが、最近は特に――。
「うちのじーちゃんみたい!」
クラスメイトの誰かがそう言った。『わしはのおー』と声真似までつけて。
教室に笑いが広がり、追従するように私も笑った。へらへらと。
しかし……どれだけ笑っても、この背筋を這い上がるような冷たい感覚は、ごまかせそうになかった。




