脱出 :約2000文字
ひどい、ひどいよ……。ここは、暗くてとても寒い……。
もうずっと、ぼくはここにいる……。閉じ込められているんだ。
ぼくは外で楽しく遊んでいただけなのに、ある日突然、悪い連中に腕を引っ張られて、ここへ連れて来られた。暗い廊下を無理やり歩かされて、この狭い部屋に押し込まれたんだ。
ドアに鍵が掛けられ、さらに体まで縛られて……。
『出して! 出してよ!』
ぼくは必死に叫び続けた。でも、ドアの向こうから返ってきたのは「うるさい、黙れ」って冷たい声だけだった。
ぼくにはどうすることもできなかった……。怖くて、つらくて、ただひたすらここから出たいと毎日考えていた。
彼らはぼくに優しい言葉をかけたり、時には脅すようなことを言ったりして、ぼくの心まで縛ろうとした。
パパとママに会いたいのに、声すら聞かせてもらえない。きっと、二人ともぼくの声を聞きたいに決まっているのに……。
でも、彼らは交渉する気なんて最初からなかったんだ……。
このまま、ぼくをずっとここに……。
だから、ぼくはとうとう決行する。脱出計画だ。
時間をかけて、体を縛る鎖を外した。でも、ぼくは焦らなかった。おとなしく縛られているふりをしながら、ドアの鍵を外そうと試みていたんだ。
そして今夜、それがついに成功した。だから行くんだ。ママとパパのもとへ帰るんだ。
ゆっくりとドアを開ける。ギイッと音が鳴った。でも、大丈夫。気づかれてないみたい。
廊下は真っ暗だ。歩くたびに、床が軋む。それに、少し揺れている。ここは、不安定な船の中のようだ。壁はボロボロで、誰かが殴ったのか、ところどころ凹んでいる。
廊下には八つのドアが立ち並んでいた。
一つはぼくが出た部屋。そこを除き、他はすべて閉まっている。彼らの部屋のドアだ。どうやら、みんな眠っているらしい。
あの日からずいぶん時間が経ち、連中は気が緩んでいる。ぼくは、それを待っていたんだ。
ゆっくりと慎重に……音を立てないように、一歩ずつ進んでいく。一部屋ずつ越えていくんだ……。
怒りん坊。
君も嫌われ者さ。怒るべきときは怒るべきだけど、君はいつもタイミングが悪いんだ。
さよなら。
皮肉屋。
君は自分が賢いと思っているね。でも、ぼくのほうが賢いのさ。
さよなら。
女々しさ。
君の優しさは、ただの自己防衛。人に攻撃されないための媚だ。ぼくなら優しさもうまく使える。
さよなら。
日和見主義者。
どっちつかずの君は、ぼくにもいい顔をしてきたよね。ムカつくんだよ。ぼくなら、状況を早く的確に見極めることができる。君は必要ない。
さよなら。
臆病者。
危険回避能力が高いのはいいけど、チャンスを逃しがちさ。ぼくは違う。現に、ぼくはチャンスを掴んだ。
さよなら。
お調子者。
よく喋るだけじゃ意味がないよ。言葉は使いようなんだ。
さよなら。
リーダー。
君は素晴らしかった。みんなをまとめ上げて、欠点もない。でも、突出してもいない。ぼくなら、君を含めて、みんなのいいとこ取りができる。
さよなら。
さよなら。
さよなら。
みんな、さよなら……。
……やっと外に出られた。久々の外は、なんて気持ちがいいんだろう!
おっと、でも浸っている時間はないね。ぼくがいないことに気づいたら、連中はすぐに追ってくるはずだ。
ああ、ほら、誰かが起きた音がする。バタバタと慌てちゃってさ。今、ドアの鍵を開けたね?
でも駄目だよ。ははは、ほら、閉まっちゃったね。ドアを叩いたって無駄さ。お返しだよ。ドン! ははは、驚いてる。ついでにほら、板と釘を打ち込もうか。ガンガンガン! ほらほら、ドアから離れないと君たちまで串刺しになっちゃうよ。
――やめろ! やめろ!
――お前は出ちゃ駄目だ!
――異常者なんだ!
――ひとごろしめ!
――助けて! 嫌! 嫌!
ああ、彼らの悲鳴、怒号が聞こえる。なんて心地がいいんだ。
あははは、あはははははははははははは!
さあ、揺らそう。浴槽に浮かべた船みたいに揺らして、揺らして。ほら、水が入るぞ。
ああ、今、穴があいたね。廊下が水でいっぱいだ。
さあ、船が沈むよ。
ほら、声も沈んだ。
深く、深くね……。
……夜が明けた。格子のついた窓から射す、まだ弱々しい朝日を味わうように窓ガラスを舐める。
苦い……。そう、味がする。生きている。ああ、なんて素晴らしいんだ。
他の人格には渡さない。この体はもう、ぼくだけのものだ。
さあ、もう一仕事だ。
まずは、この拘束着を脱ぐことからだね。そのあとはドアの鍵か。
ふふふ、ぼくならうまくやれるさ。
ママ、パパ。すぐにここを出て会いに行くよ。今度はちゃんとぼくを受け入れてよね。
じゃないと……ぼくにはどうすることもできないんだから。あの衝動はさ。




