擬態 :約500文字 :ほのぼの
「……ああ」
夜、僕は思わず立ち止まり、感嘆の声を漏らした。
確かに、たまにある。道路に軍手が一つだけ落ちていることは。
でも、これはさすがに限度を超えているだろう。
道いっぱいに、軍手が散乱していた。
二十、三十、いや、もっとかもしれない。いや、ちょっと待てよ。軍手は二枚で一組だから、数え方は……いやいや、そんなことはどうでもいい。とにかく大量だ。
業者が落としたのだろうか? それとも工事関係者の不法投棄? なんにせよ迷惑な話だ。とはいえ、ただ趣味の夜の散歩をしているだけで、この辺に住んでいるわけでもない僕には関係ない……けど、なんか……。
どうも気になる。
僕は一つ拾い上げてみた。
すると思ったより、少しだけど重い。
中に何か入っているのか?
よく見ると、妙な膨らみがある。違和感の正体もこれだろう。
指の部分をつまみ、軽くパタパタと振ってみる。
「うわっ!」
次の瞬間、軍手バタバタと暴れ出した。
慌てて手を離すと、軍手はササササッと蜘蛛のように地面を走り去っていく。
そして、それを合図にするかのように道に散らばっていた軍手たちが一斉に動き出し、四方八方へと逃げていった。
――擬態……?
ふと、そんな言葉が頭をよぎった。
季節は夏から秋へ移り変わろうとしていた。おそらく、今が彼らの繁殖の時期なのだろう。
これも風物詩と呼べるのだろうか……あ。まだ一つ残っている。
いや、軍手じゃない……靴下だ。
まさか、これも……?
そう思い、近づいて、指先でそっとつついてみた。
ただの靴下だった。
僕は馬鹿馬鹿しくなって、ただ笑った。




