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悪と呼ばれた女が聖女なら  作者: いしこ
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わたくしだって女の子だもん

たまには違う自分になりたいよね。

「貴様、何をした!!!リズリィ」

苦々しい顔で唸るのは、金色の髪に深いアクアブルーの瞳、王国の宝石と称される王子、ロザリオ。

整いすぎた顔に似合わぬ精悍な体が、崩れて膝をついた。見えない力に押され、立つことさえ適わない。

王子の広い部屋の中。ロザリオとわたくし以外は誰もいなかった。


「ほほほ。無様ですわね。ロザリオ王子」

わたくしが扇を口の目の前でヒラヒラとさせながら高笑いをするのを、ロザリオ王子が睨みつけてくる。


あぁ、なんて心地好い。わたくしはこれを望んでたんですの。

公爵令嬢として生まれ、何不自由のない生活。

類稀なる美貌。高娼さえ嫉妬する豊満な肉体美。

頭脳明晰。文武両道。

歌えば小鳥が聴き惚れて。

描けば画家が涙する。

もうこれ以上、得るものはないとまで言われたわたくし。

もう得るものは全て得たせいで、欲望もなく、ただただ賞賛されるだけの毎日。

望むものは何一つーーーない。

ーーーそんな。

ーーーそんなつまらない日々だった。


ーーーーーー昨日までは!!!!


「わたくし、とうとう手に入れてしまいましたのよ、滅却の玉を」


「滅却の玉」

王子が訝しげに繰り返す。


「ご存知なくて?かつて、世界を1度滅ぼしたと言われる伝説の」

「そ、そんなものが、、、き、貴様、それをどうするつもりだ!ま、まさか、、、」

ロザリオ王子がわなわなと唇を震わせた。

「ほほ。どうでしょう。ーーーそうですわね。ロザリオ様次第、、、とでも言っておきましょうか」

目を細めて、ニヤリと笑ってみせる。

あぁわたくし、きっと今、物凄い悪役の顔をしてると思いますわ。

楽しくて仕方ない。

「俺次第、、、だと?」

「そうですわ。王子が私の言うことを5つ、聞いて下さらないと、この国はーーーどうなるかおわかりですわね?」

「な、何をしたら良いというのだ。今更、お前が何を望む。欲しいものなど、もう何もなかろう。俺の婚約者であり、時期国母となるお前が」


そう。わたくしの婚約者はロザリオ。

小さい頃から結婚相手を決められて、恋愛さえできなかった。いえ、それで良かった。ロザリオは考えうる限り最高の相手ですもの。

ーーーーでもーーーー。


「1つ目」

わたくしはゆるりとロザリオに近寄る。

ロザリオは膝をついたまま動けない。


「わたくしのこの力の事は、絶対に誰にも話さないこと。話したと分かった段階でこの国はーーー」

バリン、と棚に置いてある花瓶を1つ、割ってみせた。国宝級の装飾と名高い花瓶。わたくしが作ったものだけど。


「わ。わかった。ーーー約束する」

ロザリオは頷く。


わたくしはにっこりと笑った。

「賢い選択ですわね」


「では2つ目」

割れた花瓶に入っていた、真っ赤な薔薇を1本、手に取った。今日摘んだばかりの鮮やかな。

わたくしが丹精込めて育てた花ですが。

「わたくしとの婚約を、解消してくださいませ」


「ーーーな、んだと、、、?」

俯き気味だったロザリオの頭が、ビクリと跳ねた。

わたくしはふふふと楽しそうに笑う。

「ロザリオ様は王子。わたくしは公爵令嬢。立場上、ロザリオ様から解消していただかないといけませんの。わたくしからなんてとてもとても、、、そうでございましょ?」


信じられないとばかりに、ロザリオは呆ける。

「ーーーなぜーーー」


「ーーーなぜ??それを貴方様が言うのですか?」


手に持っていた真っ赤な薔薇が、一気に萎れ、わたくしが握りしめるとボロボロに崩れ去った。

ロザリオの顔が真っ青になる。


「ーーー俺の、、、何が不満だと言うのだ。俺は決して、、、」


そう、ロザリオ王子は、決して、浮気などしていない。王子という立場上、どんな婚約者がいようと、一夫多妻制である以上、他に相手を作っても誰も文句は言われないのだ。


それなのにロザリオ王子は、婚約者がいると、決して他の女性に揺らぐことはなかった。


清く優しく。毅然として気高い。

時期国王としての素質は十二分にある。


「ーーーわからなければ、いいのです。あなたはただ、私の望むように、していただければ」

扇を口元に当て、わざとらしくため息をついてみせる。

ロザリオ王子の眉がピクリとひきつるように動いた。

「ーーー俺が至らないとでもーーー」

「そう思うのであれば、そうでよいのではないですか?わたくしは何も言っておりませんゆえ」

ほほほ。と笑ってみる。ついでに、落ちていた他の薔薇も一気に枯らせてみせた。


く、と喉を鳴らしたあと、ロザリオ王子は苦虫でも噛み潰すような顔で

「わかった」

と呟いた。


「理解が早くて助かりますわね。では、残りの3つはまた後日」

パチン、と持っていた扇を閉じて、目を細めた。

「それまでに、先程の件、よろしくお願いいたしますわね。王子の手腕。楽しみにしております」

ほほほ、と笑って、私はロザリオ王子の部屋を出ていく。

出ていってから、ロザリオ王子にかけた魔術を解いた。今頃、動けるようになっているだろう。

案の定、ーーー追いかけてはこなかった。


滅却の玉の国への影響を考えているかもしれない。

あるいは解消された婚約の意味を考えているかも。

あの陶器のように美しい顔が、宝石のような瞳が、自分のために揺らいでいると思うと、楽しくて仕方なかった。


「ーーーー完璧な人間と、完璧な人間が寄り添うなど、面白くもないではありませんか」

自嘲気味に行ってみる。


そう、この17年。

国母となるため、全身から血が吹き出るような努力をしてきた。

政治・経済。あらゆる国の言葉から伝統まで。貴族としての教養から美容まで。

元々持ちうる地位と、土に食らいつくような努力の末の今の結果が、完璧と言われる2人を作り上げてしまった。


ここはガローレ。

ダリナン大陸最大にして最強の王国であり、近隣の小国から敵対されることもないほどの大国。

平和で豊かなこの国。

そこに完璧な2人が並び立つ。

ーーーー何も面白くない未来しか見えてこない。


きっとこのまま、何事もなく平和で、穏やかな日々がずっと続くのでしょう。

そしてただ王宮の中で、何も面白いことはなく、老いて死んでいくのでしょう。


「そんなのーーーつまらないですわ」

自分の部屋に戻って、わたくしはパチンと指を鳴らす。音を聞いてさっと駆けつけた侍女に、わたくしは王子の部屋に散らばった花瓶と花を回収し持ってくるように命令した。

すぐさま、それらの破片が差し出される。


わたくしは人払いをして、その集めた破片に魔力を流した。

すると、枯れてバラバラになったはずの薔薇と、手作りの花瓶が、元の状態に戻っていく。


わたくしの力は、滅却の玉の威力などではない。

そもそも、滅却の玉なんて伝説上のものだけで、本当には存在するはずがないのだ。

あるのはこの力。

『聖力』

人はこの力を持つ女性を(聖女)と呼ぶ。


普通の聖女よりも強大なこの力は、回復に留まらず、薬が毒にもなるように、枯らしたり壊したりもできるのだ。そしてーーーそれを治すことも。


王宮に完璧な人間は、上に立つ1人だけでいい。


ロザリオ王子は、その美貌、精神力、肉体美から、殆どの貴婦人を虜にしている。自分がいなくなれば、それこそ完璧な一夫多妻が成り立つだろう。


王子より婚約破棄されて、傷心の公爵令嬢は、塞ぎこんでしまい、部屋からでなくなりましたーーー。


「とはいえ、あの完璧王子に文句が言えるはすの人なんて、王様くらいだけどーーー」


ふふ、とわたくしは笑う。


あの、人の良さだけで成り立っている現国王では、ロザリオ王子に何も言えないだろう。あの人は、怒りというものを母親のおなかに忘れてしまったのだろうから。


わたくしは、元に戻った花瓶に、鮮やかな薔薇の花を生け、棚の奥に隠していた物を取り出す。こっそりと購入していた町娘の洋服。

ゴテゴテして着飽きたドレスと違う、とても涼しげな格好。着てみるととても身体が軽い。

すぐに使えるお金を持っていないため、いくつか宝石を手に持って。


わたくし。

街に飛び出してみましたの。

だって聖女ですもの。

王国の頂点に立つ人でなくていいのです。

国の宝である聖女が、王宮にじっとしておくなんて、とてもじゃないけど宝の持ち腐れでしょう?

聖女はそれだけで宝なのです。完璧な人間でなくていいのです。なんて素敵なことでしょう。


わたくしの人生、煌めきだしましたの。


ついでに、恋愛などしてみても、いいのではないでしょうか?

楽しみで仕方ありませんわーーーー。


そして、1人の女の影は、街の中に消えていった。




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