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侍、刀、そして魂。—時代劇風冒険活劇ファンタジー/Samurai, Sword and Souls—  作者: ノラねこマジン
第3章 武士たち、化け物たち、そしてお姫様たち
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第31話 『こいつは抜かったぜ』

 この世に淀んでいる人の(よこしま)な想いが長い年月を経て固まり、意思と形を持ったものが、世に言う(あやかし)の正体だと言われる。一方、同じような存在の精霊は、空や大地の持つ力から生まれると聞く。


 (いず)れも人とは、遠く離れた存在。本来なら人智の及ぶものではない。しかし、人と似た魂を持ち、人を模した形を取り、人と会話を交わすことのできる妖は上級妖と呼ばれるのだ。


 人とは相容れず異なった存在であり、それが彼ら妖の存在意義であるものの、人に近付けば近付く程に上級と呼ばれるのは随分と皮肉な話ではある。



  ○ ● ○ ● ○



 ——さて、そろそろ良い頃合いか。


 ハンゾウは、影の女を視界に捉えたまま、追う足を止める。依然、女は視界の片隅でゆらりゆらりと佇んでいた。

 その顔には影が差し、良く判りはしないものの、その口元は追いつけないハンゾウを嗤っているかのようにも感じられる。


 しかしながらハンゾウは竹林は元より、そして森に入ってからも、影の女には悟られぬよう、その距離を確実に詰めていた。

 追い掛ける体で、あの屋敷から追い出すと、人気のない場所まで誘い出し、ここまで追い詰めたのはハンゾウの方であったのだ。


 とは言え、相手も一角(ひとかど)(あやかし)。都周辺から、この城下町まで、街道沿いに有象無象の事件を引き起こしている一派の中心であろう一体。

 夜が空け、陽の光の中でも姿を消すことなく蠢き、言葉を以て人と話すことさえする一級災害指定の上をゆく上級の妖である。


 故にハンゾウも、本気でこの妖の討伐に掛からないと、後々最悪な事態に発展しかねないことは重々承知はしていた。


 ——ここまで来りゃ、誰かに見られることもねぇだろ。


 ハンゾウの瞳の色が瞬時にして(くれない)に染まり、彼を取り囲む気の色までが(あか)く変わってゆき、それは熱風となって影の女にも届く。

 一瞬の後、既に間合いの範疇に捉えていた影の女に向かって、前触れもなく大きく踏み込み、人とは思えないような早さで飛び掛かった。


 影の女の首を逃れようもない強さで掴むと、勢いのままに、その身体を難なく持ち上げ、後方の巨木の太い幹へと叩き付ける。

 ハンゾウの人外のような動きに、影の女の口元からは嘲笑が消え、代わって呪詛のような低い呟き声が途切れ途切れに洩れ出した。


「……この手を放せ……この無礼者が……」


 だが文字通り、その首根っこを押さえつけるハンゾウの手は、逃れようとする影の女を捕らえて離すことはなかった。


 ……(なんじ)ら如き低級が、(わらわ)に歯向かって只で済むと思うな——。


 突然、ハンゾウの頭の中に、およそ人の肉声とは思えない気味の悪い雑音が、低く高く鳴り響く。


 ……どこに逃げても逃がしはしない。必ず汝らの全てを喰ろうてやる——。


 雑音は徐々に意味のある呪いの言葉となり、ハンゾウの魂を侵すかのように延々と流れ込んでくる。


「いい加減にしとけよ。そんなもん俺には効かんぜ。まだ判んねぇのか」


 ハンゾウは、押さえつける手の力を一層強め、その指先は影の女の細い首筋にがっちりと食い込んだ。


「念のため聞いてやるが、てめえは何モノだ。いったいどこから来て、ここで何をしてやがる」


 ……汝らが、それを知らぬ筈なかろう——。


 ハンゾウは、子息の別邸で手にして以来、追跡の最中も、そして今もその(てのひら)に握り締めていた宝玉を妖の胸の辺りに押し付ける。


 ……何の真似だ……今度は妾に何をするつもりだ——。


「答えるつもりがないみてぇなんで、てめえの身体に聞いてるんだよ」


 透明だった宝玉には、今や少しずつ貯め込まれたハンゾウの『力』が宿り、その内には紅の炎が燃え盛っていた。

 影の女は徐々に指や爪先から形をなくし、黒煙となったその身体は、紅の宝玉に中へと吸い込まれていくのだ。


……本気にならんうちに、妾を離せ……汝等は妾の(ともがら)であろう——。


「黙ってろよ、妖モノに成り下がった(やつ)ぁ。これでも随分と手加減してやってんだぜ」


 ハンゾウは、首筋を押さえつける手と、押し当てた宝玉を握る手に一層の力を込める。


「封印を解かれたのは……西の方か……そこで、この顔や姿を手に入れたって訳だ……」


 ……汝らは……喰ろうておるのか……この妾を……有り得ん……許さんぞ——。


「昔の記憶は殆ど失われてるみてぇだが……名前は……睨んだ通りだが、また厄介な……」


 既に影の女の両の腕と腰から下は黒煙と散り、ハンゾウの持つ宝玉の中に消えていた。


 ……何をしておるのだ……身体を返せ……与えておきながら……再び奪うつもりか——。


「やはり、この辺りの騒動は……ってこたぁ……殆ど全てが俺たちの予見通りかよ……」


 ……汝らは、いったい何奴(なにやつ)だ……妾とはともがらではないのか——。


「俺たちは、てめえを担ぎ出して、裏で動いてる連中とは別もんだ。まあ、似た様なもんなんだけどな」


 影の女の身体は、首から下の殆どが失われている。微かに残った胸周りを除けば、もはや生首の状態に近い。


 ……妾を妖扱いしおって……化け物は、うぬらの方であろう——。


 目を伏した女の顔からは表情が失せ、呪う言葉でさえも力ない。ただ唇の端を不気味に歪めるだけだった。


「残りかすのひとつに過ぎねえ、てめえでさえこの強さだ。力を取り戻す前に滅っしちまうぜ。悪く思うなよ」


 手にしていた(くれない)の宝玉は、この妖の殆どを飲み込んで、先ほどよりも一周り大きくなり輝きも増している。


「ついでだ。最期に、ウツホラキリのことでも探ってやるか。こいつは、何か知っているかもしれん」


 ハンゾウは、手の中の宝玉を握り直すと、改めて影の女の残っている身体。つまりはその額に宝玉を捻じ込む。

 油断していた訳ではない。しかし捻じ込もうとした瞬間、ほんの僅かにではあるが首を押さえつけている手が緩んだ。


 影の女は、それを見逃さない。折しも身体の全てを無くした首だけをくねらせ、捕らえる手から逃れる。

 ハンゾウの眼前をすり抜ける間際、その血走った赤い目で睨み、鋭い牙が並んだ口は信じられない程大きく開かれ、憤怒を纏った瘴気を撒き散らした。


 寸刻の威嚇の後に、陽が出たばかりのうっすらと明るくなった木々の間へと、瞬く間に舞い上がった影の女の生首は、ハンゾウを恐ろしい形相で見下ろす。


「汝らのその姿、決して忘れまいぞ。必ずや汝らの前へと舞い戻り、この(あだ)を討ってくれよう」


 狂ったような高笑いを残して、生首は朝日を避けるように木々の合間を縫って森の奥へと逃れていった。


「悪あがきが過ぎるぞ。見苦しい」


 面倒そうな溜息をひとつ洩らすと、ハンゾウは、手に残った宝玉を懐に収め、生首の飛び去った方向へ荒々しい挙動で追走し始める。


 程なく遥か前方に、捨て台詞の勢いとは裏腹に、首だけとなった影の女が力なくゆらゆらと飛んでいくのを、その目で捉えた。


「逃がさす訳にはいかねぇんだっ、てめえらだけはっ!」


 元より動きの落ちていた生首は、突然がっくりと速さを失う。まるで強い風に抗っているかのように。


「うりゃああああああああっ!」


 咄嗟にハンゾウは、背中のウツホラキリを抜き放ち、鋭い気合いと共に槍のように生首目掛けて投擲した。


 静かな森に、その風を斬る音だけを響かせ、一直線に飛んでいったウツホラキリは、見事に生首を貫く。


 生首は森の奥深くへとゆっくりと墜ちゆき、ウツホラキリは勢いそのままに更に森の奥深くへと消えていった。


「よっしゃっ! 大当たりーっ!」


 ハンゾウは、ひとり勝利を確信し、拳を握り締め天に向かって突き上げるのも束の間。

 地に落ちたであろう影の女に、トドメを刺すべく、その落下したと思わしき場所に向かって駆け出した。


 途中、ハンゾウはふいに沼の中を走っているような感覚に囚われる。足は重く、まるで上がらない。

 次いで襲ってくるのは、激しい疲労感。あたかも力を使い果たした時のように、身体が動かなくなった。


 遂にハンゾウは膝を着き、地面にどうっと倒れ込み、徐々にその意識も薄れていく。


 ——なんだ、こりゃ。そんなに『力』を使った覚えはねぇんだが。


 自由にならない身体を必死に動かし、辺りの様子を伺うと、最後に微かな自嘲気味の笑みを浮かべる。


 ——そうか……、この森はもう()()の縄張りか……。こいつは抜かったぜ。

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[良い点] わくわくします! [一言] 是非読ませていただきます! ブックマークしました!
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