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侍、刀、そして魂。—時代劇風冒険活劇ファンタジー/Samurai, Sword and Souls—  作者: ノラねこマジン
第1章 サムライ、オンミツ、そして旅に出る少女
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第15話 『約束っ!』

 宿に着いた一行は、襖一枚隔てた隣室にミトを寝かしつけると、宿の売りである大浴場を堪能した。


「随分と上等な宿だな。風呂まであるとは」


 脱衣場にまで刀を持ち込んだジュウベエ。

 褌一丁になったハンゾウも笑顔を隠し切れない。


「この宿は、お武家様御用達だ。保安も充分。部屋に置いといても盗まれる心配はないぞ」


「そういう問題ではない。刀は武士の魂。いかなる時も手放すものではないのだ」




 ふたりは、食卓の前に着く。通常の食膳ではなく、大きな一枚板を使った立派なものだ。

 そこに、彼らが入浴している間に用意されたであろう夕食が、この町の名物を中心に並んでいた。


「食事も豪勢だな。だが、こんな宿に泊まるような持ち合わせはないぞ」


 ジュウベエのその言葉を聞いて、ハンゾウはハタと思い出したように背嚢を探る。


「ああ、お前さんに、忘れないうちにこいつを渡しとくぜ」


 取り出されたのは、小さくはあるが重そうな革袋。中には、かなりの量の銀銭と銅銭が詰まっていた。


「なんだ、これは」


「今日の任務は、すっかりお前さんを巻き込んじまったからな。これはその取り分だ。取っときな」


 彼の言葉に暫く考えていたジュウベエだったが、やがて軽く頭を下げて、それを受け取った。


「そうか……。ならば有り難く戴いておこう。かたじけない」


「ここの宿代も飯代も、俺が出しとくぜ。安心しな。今回の任務の必要経費ってもんだ」


 知り合ったばかりの、胡散臭い男との顔を突き合わせての食事。

 だがジュウベエは、不思議と嫌な気分ではない。


 飯も酒も進んだ頃、ハンゾウは杯の酒をグイと飲み干し、何気ない調子でジュウベエに聞いた。


「ところでお前さん、冒険者になるつもりはないかい」


「うむ。先だって、ある流派の免許皆伝を受けた。後々の仕官先は決まっているのだ」


「道理で、すご腕だと思ったぜ。で、なんでまた今更武者修行なんかに」


 彼が訝しむのも無理はない。武者修行とは、旅先で名を上げて、仕官先を見つけるためのものだからである。


「免許皆伝を受けたものの、己にはまだ力が足りていないと感じるのでな」


「ふーん、本当はお前さん、人よりも刀に仕えたい手合いか」


「そんなことは考えてもみなかったが、言われてみればそうかもしれん」


「まぁ、俺も似たような理由で冒険者やってるんだ。気持ちは判るぜ」


 ジュウベエも、杯を傾け酒を呷る。ふと、奥の襖に視線を移すとぽつりと呟いた。


「あのむすめはどうしたものか……」


「ああ、それだったら安心していいぜ。明朝みょうちょう……」


 ハンゾウが言いかけた、その時だった。突然スパーンと襖が開かれ、ミトが部屋の中に転がり込んで来た。


「ずるーい。ふたりだけで美味しそうなもの食べてるー」


 唖然とするふたりを余所に、空いている席にさっと座り込み、パンっと手を合わせる。


「いっただっきまーすっ!」


 挨拶を合図に、怒濤の勢いで食卓の上の料理を食べ始めた。


「すごーい、これ、名物の豆腐尽くしよね。美味っしー」


 次々と皿を空にしていく彼女を、ふたりが慌てて(たしな)める。


「君は食事の前には手を洗え、と習わなかったのか」


「もう食べ始めちゃったんで、食べ終わったらねー」


「そんなに慌てて、かっ食らうなよ。せめてもっと味わってくれ」


「充分味わってますー。こっちは育ち盛りなんだから」


 ひとしきり食べ終わった後、今度は酒の入ったお銚子に手を伸ばすミト。

 それをふたりは、酒なんぞ以ての外とばかりに、必死になって引き止める。


「ふむ、そんな歳から酒を嗜んでいると背が伸びなかろう」


「お酒は大人になってからだ。嬢ちゃんには早過ぎる」


 ようやく大人しくなったものの、仏頂面の彼女は、誰にも聴こえないような声で呟いた。


「でも生まれてからの年月としつきだけだったら、ワタシが一番長いと思うんだけどな……」


 ま、いっか、とばかりにミトはふたりに向き直ると、いつになく真剣な面持ちになる。


「ふたりにお願いがあるの」


「ふむ、却下だ」


「それはダメだ」


 ジュウベエとハンゾウは同時に断った。


「なんだって、大人ってのは、みんなそうなのっ。ワタシの話も聞きもしないでっ」


「うむ、では聞くだけは聞こうではないか。話してみなさい」


 ジュウベエの言葉に、ぱぁっと顔を輝かせるミト。


「ハンゾウは? 聞いてくれないの?」


「聞くと面倒なコトになりそうだしなぁ。でもいい。聞いてやるさ」


 そういうハンゾウに、ミトはニッコリと頷く。


「実はワタシ、故郷を飛び出して、修行の旅に出ておりまして……」


「要するに、そりゃただの家出だろ」


 即座にハンゾウは、ミトの言葉にツッコミを入れた。


「家出って言うなーっ! これはあくまで修行の旅っ! わたしの初めての冒険の旅なんだからっ!」


 ジュウベエは、いつものように驚くこともなくミトに話の続きを促す。


「うむ、それは知っている。だからどうしたというのだ」


「もーっ、黙って聞いてよ。これからが本題なんだから。っていうか何でアンタたち、それ知ってんのよ?」


 手足をばたつかせながら大げさに騒ぎ出したミトに、ハンゾウは諭すように事の次第を話始めた。


「嬢ちゃんには、今朝早く捜索願いが出されてるんだ。明日の朝には、都から迎えが来ることになってる」


「また兄様の仕業ね。いつもいつもワタシを子ども扱いしてーっ」


「しかも第一級の任務として依頼が来てるんだぜ。周りの者に迷惑をかけず、大人しく帰りなさい」


 しかし、ミトはここにはいない兄様とやらに、文句を言うのに夢中で、ハンゾウの言葉など耳に入らないようだ。


 やれやれと首を竦めるハンゾウに、そっと尋ねるジュウベエ。


「あの娘は、そんなに名家のお姫様だったのか」


 彼の疑問も、もっともだった。

 彼もまた冒険者ではないものの、組合ギルドの依頼により、一門の者たちと共にあやかし討伐に参加したことは一度や二度ではない。

 そして、彼らのような冒険者以外の手を借りなければならない討伐依頼など、年の内に、そうそうあるものではない。


 それこそ、第一級以上の災害指定扱いである、手強い妖どもが相手でもなければ、到底ありえないことであった。

 つまり、失せ人の捜索で第一級の指定が付くのは、名家の主人や子息などが誘拐された場合等の事件に限られる。

 今回のように、明らかに自発的な家出というのが判っている者の捜索に、第一級の序列が付けられるのは異例であった。


「ああ、諸般の事情で詳しくは明かせないが、お前さんも名前くらいは聞いたことあると思うぜ」


 散々悪態をついた後、ミトは両手を畳に突き、がっくりと項垂うなだれている。

 その様子を横目で眺めながらジュウベエは、ハンゾウにぼそりと呟いた。


「ふむ、貴様の閃光弾とやらの効き目を、もう少し強くすれば良かったのではないか」


「おっ、何故俺がはかったと判った」


「何となくだ。貴様なら、あの娘の性分を読んだ上で、寝かしつけるのが得策と考えそうだからな」


「お前さん、以外に周りの者を見てるんだな」


 ハンゾウは、追っ手役の冒険者たちに、術に対する護符を持たせた上で、かなり強力な眠りの術を仕込んだのだと説明した。


「こんなに早く目を覚ますとは思わなかったぜ」


 ぼやくハンゾウが、ふと気がつくと項垂れていたミトが顔を上げ、ふたりをジト目で見ている。


 そして、ゆっくりと立ち上がると、左手を腰に当て、右手をビシっという音が聞こえそうな勢いで、天に向けて指差した。


「約束っ!」


 突然の言葉に、訳が判らず、顔を見合わせているふたりにミトは続ける。


「約束よ、約束っ。したでしょ、アンタたちに騙されて追っかけっこする前にっ。ワタシのお願い聞いてくれるって」


 ああ、あれか——。得心するふたりに、彼女は更に畳み掛けた。


「これから修行の旅に出ます。ふたりとも、ワタシの護衛をするように」


 何を言い出すんだ——。慌てるハンゾウを余所に、ジュウベエはすっとミトに歩み寄る。


「修行の旅か。娘ながら、その心意気や誠に良し。微力ながらわたしも手伝わせてもらおう」


 ジュウベエの思わぬ意思表明に、さらに焦った表情を見せるハンゾウ。


「おい、何をとんでもないこと言い出しやがる。そんなことしたら、お前さん(かどわ)かしの罪を着せられるぞ」


 ならば——。ジュウベエは、ハンゾウに向かって振り向きながら口を開く。


「貴様も一緒に来い。わたしの行いを見定め、無実の証人となるが良い」


 そして——。更に言葉を続ける、ジュウベエ。


「今日の所は、貴様の任務失敗だ。明日からも続けて、この娘の保護と帰還に努めれば良かろう」


 いまや完全にミトの横に並び立ったジュウベエは、珍しく口元だけでなく、その目までも薄く微笑んでいる。


 ミトはといえば、満面の笑みを浮かべ、きらきらと瞳を輝かせてハンゾウを見つめていた。


「わかった、わかった。どうせ西の都に着くまでに、幾つか任務があるんだ。ついでに面倒見てやるよ」


 やれやれ——。


 額に手を当て、首を振るハンゾウであった。

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