第1話 『序幕 あるいは てめぇら ぜんいん ぶちのめすっ!』
戦乱の世も、今は昔。この世は天下泰平。
今では、どの町にもいる冒険者たち。その者たちが生まれたのは、皮肉にも戦のない世になったからだと伝えられています。
天下の覇権を争う大きな戦が終わり、戦場のなくなったこの国では、職を失った兵たちで溢れてしまったのです。
しかしながら、大抵の者は全国の小国領主に召し抱えられ、領地を守るための侍となり、ある者は戦場となった町の復興に尽力し、またある者は荒れ果てた大地を耕しました。
そして、その何れにもなれなかった者たちが化した賊の手から、まだまだ闇に蠢いている妖どもから、故郷を守るために一部の兵たちは、冒険者を名乗って動き始めたのです。
もはや戦の傷跡など微塵も感じさせない、天下泰平なこの世の中。様々な民が暮らすこの国で、この物語は始まるのです。
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「な ん で こ う な る の !」
突然、有象無象の謎の輩どもに、こぞって追い回されて、思わず少女は叫ぶ。
今は戦う術を持たない。明るく元気で、少しお茶目なワタシって設定だから、イタシカタナシ。
「じゃなくて、あのふたりは、いったいドコでナニやってんのよ!」
二人のお供を従え、ひと夏の大冒険っ!
そのはずが頼みの二人とは離ればなれ。ひとり町中を逃げまくる。
浮世離れした美しい顔立ちも、今は土埃で真っ黒。すらりと均整の取れたその体躯に長い脚。
そこに纏う衣装の裾も、どこで引っ掛けたのやら所々が破れ、その白い肌が露となっていた。
掴みかかる手を巧みにすり抜け、追いすがる手を右へ左へひらりと躱す。
狭い路地裏を縦横無尽に駆け抜け、塀をよじ上り、垣根を飛び越し、逃げる、逃げる。
たまに、休む。
しかし、敵もさるもの。ひっかくもの。何故か見つけ出され、追いかけっこはまだまだ続く。
道ばたの石ころを礫代わりに投げつけ、風呂屋の竃から掠め取ってきた灰を目つぶしに。
その他諸々、即席の罠で相手を撒いてきた。馬丁通りで馬糞桶の中身をぶちまけたのはやり過ぎだったか。
追っ手の数をかなり減らしたであろう頃には、人気のない町の外れにまで来てしまった。
物陰に隠れ、懐に忍ばせていた小振りな握り飯を一口で頬張り、竹筒の茶で一息つく。
微かにだが、風に乗って、遠くから自分を探す声と足音が聞こえてくる。
「おちおち一休みもできやしない」
少女は顔をしかめながらも、そっと辺りの様子を伺う。
「あんまりしつこいのは嫌われるよー」
近づく足音に、不敵な笑みを浮かべ少女は呟く。
しかしそれにしても、と少女は考える。追っ手の数がまだこんなに多いってのはどういうこと。
見ると途中脱落させたと思しき連中が、いつの間にやら復帰しているように思われる。
しかも、自分の背後からも、少なからぬ数の人の気配を感じる。周りを囲まれているようだ。
「でも、ちょっと楽しくなってきたかも」
すっくと立ち上がり、緩んだ帯を、きゅっと締め直すと、追っ手の前に立ちはだかる。
もちろん逃げ出すのには、十分な距離をとって。
「うーん、小癪な。アンタたちにはコレをお見舞いしてやるわ」
やにわに懐に手を入れると、丸い竹皮の包みを取り出した。
「これで、アンタたちもイチコロよ。ってコレおむすびじゃない」
慌てて懐の中を探る少女に、追っ手の男たちも失笑混じりにザワつき始めた。
「おいおい、握り飯でオレたちをどうするって」
「だいたい、何だよ。今時コシャクとかイチコロって」
じわじわと迫り来る男たちから、視線を反らさず少女は言う。
「あーっ! もー、うっさいわね。そもそもアンタたちは、なんでワタシの行く先々に追って来ちゃうのよっ?!」
男たちの一人が、竹皮何枚かを、その手に答えた。
「そりゃオメーが、逃げた先々で飯喰って、包みを捨てていくからだろうがっ」
「そうだ、そうだーっ!」
他の男たちも、口々にそれに応える。
「通った道筋、マルバレなんだよっ」
「そうだ、そうだーっ!」
「ゴミはきちんとゴミ箱に、そう教わらなかったのか」
「そうだ、そうだーっ!」
男たちの言葉に、顔を真っ赤にした少女が叫んだ。
「だーっ、もー面倒ね。爆裂弾でも投げて、終わりにしちゃおうかしら」
少女の物騒な物言いに、追っ手の包囲の輪がぐぐっと広がる。
堪り兼ねたように、頭らしき男が、前に進み出て口を開いた。
「私はさるお方の依頼で、あなたを保護するために追いかけて来たのです。どうかご理解を」
更に一歩二歩と、少女の方へ近づきながら、説得を重ねる。
「もう、本当にお願いします。大人しく帰りましょうよ」
両手を大きく広げ、土下座せんばかりの勢いで懇願する追っ手の頭。
「だーまーさーれーまーせーんっ。アンタたち、どう見ても町のチンピラどもにしか見えないんですけどー」
何故かトクイ気に胸を反らせ、腰に手を当てる少女。
「ワタシを捕まえてどうするつもりよー。きっとあーんなコトや、そーんなコトやっちゃうつもりでしょ」
その言葉に途端に色めき立ち、叫ぶ男たち。
「失礼な。下級とはいえ我々も冒険者の端くれ。子どもには手を出さん」
「そうだ、そうだーっ!」
それを聞いた少女の表情がピクリと変わる。
「……ど……も……じゃない」
地の底から響いてくるような恐ろしい声。
「ワタシは子どもじゃなーい」
少女の豹変ぶりに、正体不明の追っ手の輩ども改め、公儀の冒険者たちは静まり返った。
「て め ぇ ら ぜ ん い ん ぶ ち の め す っ !」