第80話 アラタの過去⑧
駆け出す。
壁を蹴り、上へ昇る。
高い天井を生かして逃げ道を作っていく。
平面機動であの魔法反射を無力化することは難しい。
なら、立体的な動作で、疾く動くことで眼で追えなくする。
(おそらく……あの眼が問題だ)
化け物の顔、白磁の面からぽつぽつと瞬きされる無数の眼。
アレに睨まれている間は魔法の反射が効いている。
しかも、俺の魔法は読まれているだろう。
小手先の技は通用しない……なら純粋な肉体強化で勝負をかける!
放棄した雷装陣が、化け物だけを照らしている。
壁に取り付けられた錆びかけの燭台に足を引っ掛けて、俺を見失いきょろきょろと見回している奴に狙いを定めた。
再び声が響く。
「あー君」
化け物の動きが僅かに止まった。
(喰らえッ!!)
速度を高めた細い雷を飛ばす。
化け物の直上でそれは弾け、奴の全身に碧色の輝きが奔った。
「うぅ゛ヴウ……!!」
白磁の面が軋む。
同時に、奴の背中からも先ほど見た臍あたりの光を認めた。
「やっぱりソコか……マリィの万理印…!」
印章士は、万理印がなければ印章術を使えない。
つまり、どんな姿になっていようとも。
マリィの魔法が使えるなら万理印があるはずで、ソレを由来にして魔法は行使されているはずだ。
目の前の異形が、マリィの印章術によって現れたモノだと言うのなら。
化け物の臍に取り込まれた万理印に最大出力をぶち込めば……この化け物は消える────────!!
そしてもう一つ、半ば確信に変わりつつあることがある。
唸った異形を認めて、間髪入れずに脚を加速させた。
捉えられないよう壁を何度も行き来しながら急降下する。
あれは、本当にマリィかもしれない。
俺の小手先の技が通用しないことや、見間違うはずのないマリィの印章術。
印章術は組んだ本人にしか使えないことを考えても、マリィ本人が変化させられている可能性は、高い。
そして……あの化け物は、俺を呼ぶ声を発するときは決まって攻撃や魔法が飛んでこない。
完全にシャーロットが操ることができているのなら、攻撃と同時に声で俺を揺さぶることだってできるはずだ。
もしかしたら。
あの声は俺を揺さぶるモノではなく────────
怪物の懐に、一気に間合いを詰めた。
体表は雷槍の毒性を帯びてうっすらと焦げている。
「あー君」
間近で聞く声。
腹の奥がキュッとする。
同時。
奴の臍、一点の光が浮かんだ。
「そこだッ!!」
待ってろマリィ。すぐに助ける。
その為にも先ずは、利用されちまってる万理印に最大負荷をかけて破壊するッ!
少し痛いが我慢しろよ────────!!!!
床を強く蹴り、同時に一本の太い槍を抜く。
化け物の脚元に蠢く触手が俺の身体に巻きつくのを意に介さず、俺はその槍を光った一点に向けて突き刺した。




