第65話 万理印とは
一つ大きな部屋を借りる。
使っていない倉庫……炊き出しなどをしたばかりで、備蓄整理を終えたあとだから、今は自由に使って構わないとのことだった。
「悪いな、運ぶの手伝ってもらって」
袋を抱えて扉を開け、倉庫に入る。
後ろをついて台車を牽いてくれている少年────ミハイルは倉庫の中までそれを運ぶと、ふう、と息を吐いた。
「こんなもんなんて事ないさ。
それより、倉庫で魔法ってやるのか?」
「あぁ、閉鎖空間でやる方が良い。
特に窓も無い方が良いんだ、あまり見られたいモノじゃないからな」
印章士にとって、万理印は最も重要な商売道具であり、生命線と言っていい。
属性を考え、魔法を行使し、行使させた魔法を記録して万理印に投写する。
"魔法を記録する魔法"を行使する事で万理印を編み、それを武器にする事で印章士は成り立つんだ。
それは、他者に解析されることが致命的である事も同時に示している。
「え、じゃあ俺は見ない方がいいんじゃあ……」
「強制はしないよ。
ただ、見たいなら観てけばいい。
よく俺も師匠の万理印作りを観察していたもんさ。
別に君は商売敵じゃ無い……それに、君の万理印は消耗が激しそうだった」
「え?」
「あの強力な大槌……雷を纏っていたな。
俺も雷属性を使うから、参考にして欲しくてさ。
万理印は便利だけど……同時に効率は悪い魔法だから、下手すりゃあマナがからっけつになって身体を壊す事だってある」
「! ……でも、シスターはすごい魔法だって」
「それは嘘じゃ無い。
でも同時に、それはあんな風に怒りや使命感に任せて疲れるまで振り回すようなことは考えてない。
強くなりたいなら、自分の身が守れなきゃあな」
「そ、そうか……」
魔法を覚えたての頃の気持ち、よく分かる。
豪快だったり、強力な魔法を使えるとつい嬉しくなる。
実際強力な方が難しい儀式や式の配置だから、学習の成果としては間違ってないだろう。
ただし、印章士として万理印を利用する事を考えるなら、それは完全なイコールじゃない。
自分がどういった事を成したいのか……己のニーズに合わせて万理印は構築しなくちゃならないし、それは効率の良いシンプルな魔法である事も不思議じゃ無いからだ。
部屋の中央に座り込み、供物やチョーク、参考書を並べ……自分の万理印を取り出す。
鍵型のそれは錆びたように黒ずんでおり、いつものように中空に門を発生させようとすれば、円形に開くはずの輝きは歪んでいた。
「……昔斬られた時も、ここまでじゃなかったけどな……」
エリクの斬線を思い出して背筋に僅かな緊張が走る。
……いや、やめだやめ。考えるな。
今はこれを治すことが先決だ。
輝きに手を触れる。すると────
バチィッッ!!!!
「ひっ!」
鋭い閃光と炸裂音、そして痛み。
さらにその直後に悲鳴のような唸りを上げる門を前にして、ミハイルが怯える。
「そっか、ちょっぴり覚悟はしてたけど……やるしかねぇんだな」
「な、何する気だよ……?」
恐る恐る尋ねたミハイルに、静かに答えた。
「────万理印を破壊し、ゼロから編み直す。
時間はかかるが、これしか無い……!」




