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第5話 流れ者の心は

 アラタがセツナを追いかけるのとほぼ同時刻。



 カンメラ港第4船着場、そこに彼の艦はあった。



 火属性と光属性の魔法式をその力の源とする、閃紅照射(レーザーカノン)砲を計36門搭載した戦列艦である。



 この艦の完成を以ってヘンリック・ラウチはラウチ造船の頭取となり、ウリューノ商工会ギルドにおいて強い権限を得るに至ったのだ。



 ヘンリックが甲板からその船長室へ入っていく。甲板で照射砲の整備をする少年少女たちは、彼には一瞥もくれず作業に集中していた。



 船長室にはすでに待ち人がおり明かりもつけず壁際のデスクで読書をしていたが、ヘンリックに気付くとそれを止めてゆっくりと立ち上がった。



 背丈は160センチくらいとあまり高く無く、黒いローブを纏いフードを目深に被ったその人物は、立ち上がると身体の線の細さがより際立った。



「おかえりなさい、首尾はどうだった?」



「一人見つけたよ。お前の言う通り、極化回路(ポラライズ)持ちの人間をね。

 あとは捕まえるだけだ」



 消え入るようで、同時に幼さと妖しさを宿した少女の声で投げかけられた質問に、ヘンリックは自慢げに答える。



「そう……確か幼馴染なんだったかしら、その例の子」



「幸運なのか不運なのか、よく分からない女だよ。

 奴は動力系によく使う赤と白の魔法が使えなくなったが、それでもあの乗り物(マギビークル)は動かせるらしいからね」



 話しながら、ヘンリックはデスク脇のオイルランプに触れた。



 彼の指先が器具の台の部分をトン、と叩くと、ランプは即座に燃え上がりあたりを照らす。

 


「相変わらず便利ね、その万理印(パレット)は」



「まだだ。私の魔法式で兵器は作れるが……船自体を魔法で動かす動力は作れない。

 だから奴の魔法式が要るのさ」



「成る程」



 彼はランプの中で揺れる火を見つめている。陽炎の向こう側に映った彼の影は震え、まるで高揚するその心を表してるかのようであった。



「でも、その子を連れてこなかったのに随分上機嫌ね。

 早く会ってみたいのだけど」



「ここまで手間取ったせいで少し虐めたくなってね。

 なに、どうせもう行き場は無いさ。

 カンメラ(ここ)まで逃げてきたからって、海を越えられるわけじゃあるまいし」



「分からないわよ? 案外その乗り物、海も越えて行ったりして」



 少女はくすくすと笑う。ヘンリックの饒舌から滲む昂りを感じて、楽しんでいるのだ。



「ふ、有り得なくは無いが、これ以上逃げるなら、その時はこの船で焼き払うまでだ。"いつものように"な。

 それと────」



 ヘンリックはやにわにローブの女性の首を掴んで持ち上げる。少女は彼の豹変した態度に反応できず、その軽い身体が僅かに浮いた。



「減らず口を叩く暇があったら、とっとと"約束の魔法"を教えろ。

 話を持ちかけたから側だからと調子に乗るなよ。私がお前を殺すのが簡単か、分かる程度には賢いと思ったがな……?」



 その掴む手に力が入り、少女が苦しそうに息を漏らす。フードの陰から浮かび、照らされた彼女の瑞々しい唇が苦悶の中で艶かしく震えた。



 彼は気が急いていた。2年前に済んだことを蒸し返すのは、ただでさえリスクがあったからだ。



 評議会(カウンシル)やギルドでこそ平然として押し通した彼だったが、セツナが思った以上にギルドに味方されていたことに驚いていたのである。



「ご、ごめんなさい……分かったから、下ろし、て……」



 そう少女が呟いて数秒、ヘンリックは手をパッと離した。彼はその場に倒れ込んだ彼女を見下ろす。



 その顔はうっすらと笑っていながら瞳は冷たく、セツナに手を伸ばした時と同じ表情であった。



「どの道ここまできたら、奴もきちんと持って来てやる。

 いい加減教えなよ、その熾天化(セラフィマイズ)という魔法をさ」



 ヘンリックの視線の先で、少女は荒い呼吸のままよろよろと立ち上がる。そしておもむろに両手を彼の胸元へと添えた。



「……何のつもりだ」



「貴方が、言ったんでしょ……? 早く私のが見たい、って」



 彼女はか細い腕をヘンリックの首へと這わせていく。



 その肌は薄汚れたローブに似合わずひどく滑らかで、ランプのぼうっとした灯りでさえ焼けてしまいそうな程に白く透き通っていた。



「おい、これが一体何の儀式だと────」



「変な事はしないわ。勿論、今から約束も果たす。

 だから追加の"お願い"も聞いて?」



「何?」





「"もう片方の極化回路"、殺しちゃって欲しいの」





 返事を待たず、彼女がその身体からはあり得ない筈の膂力で、己の口元へ彼の顔を引き寄せた────────。





〇〇〇





 セツナを探し始めてからニ刻程しか経っていない現在。



 既に俺は、このまま見つからなかったらどうしようという不安に襲われていた。



 理由は幾つかある。

 先ずそもそもとして俺はこの街について初心者だ。全体図が良くわかってない。



 この件については魔法警察隊の詰所に立ち寄ったことでまぁ、辛うじて解決した。



 それでも、さっきまさに自分の居ると思っていた大通りを一本間違えていたのだから笑えない。



 次の問題はセツナがマギビークルを走らせていないらしいことだった。



 彼女も動揺はしていたが割と冷静だったようだ。

 あれだけの慌てようなら見つけられるだろう、と高を括った自分が少しだけ嫌になる。



 昨日飽きるほど間近で聴いたあの駆動音は、今街のどこにも鳴っていない。



 それは"街のどこかに隠れている"ことの証左ではあった。当然、街を出ていなければの話であるが。



 加えて彼女本人は背丈が小さい。人通りを眺めて目を引く特徴といえば、まさにそのマギビークルくらいのものだ。



 初めはざっくり音の消えていった方へ探しに行ったところだったが、現在完全に手がかりも無くなった状況で、俺は港をウロウロしていたのだった。



「うーん、見失ったもとい聞き失ったんだよなぁ。こっちの方に行ったのは間違ないと思うんだが」



 港は船乗り達が倉庫から荷物を運んだり、大きく解放された倉庫横で競りが行われていたりと大盛況だ。



 カンメラの港は随分と大きかった。横にずらっと並んだ船着場が6つまであって、さらにそこに数隻ずつ船が泊まっている。



 現在俺がいるのは第3船着場。北門の真正面の大通りの突き当たりだ。



「取り敢えず、見当たらないんじゃ場所を変えないと」



 通りを突き当たって右手側、第6船着場の方に向かって歩き出す。



 船乗り、乗船客、漁師、商人……多くの人が行き交っていく。



 意気揚々と歩く人、項垂れている人、身分だけではなくその姿まで様々だ。本当に活気のある街だと思う。



 セツナが印章士としてここで一旗あげることにしたのもきっとこの賑やかさ故だろう。



 彼女は自分を"運び屋"と言っていた。



 物流は人の居る場所に需要が生まれるし、増してや船がたくさん発着するような場所だ。



 そこそこ馬力もある彼女のマギビークルは重宝されるはず。



 ふと、嬉しい、と言っていた時のセツナの顔が脳裏に浮かぶ。



 あの乗り物の不自由な点は彼女だって理解していたし、良かれ悪かれ目を引く物体だ。



 それでもアレに乗って印章士をやっているのはそうしたい理由があるからだろう。



 だからこそ俺が純粋に凄いなと言った時、嬉しかったはずなのだ。



 色々と思い返しながら歩いているうちに、やがて船着場の端の方までたどり着く。



 第6船着場、そこは小舟が2,3隻並んでいる程度で空いており、船着場の奥──南方の海が一望できた。



 水平線に至るその手前に幾つかの島が点在するのが見える。



 詰所でもらった地図と見比べると、恐らくカンメラの人々によって探索や開拓が進められている島々だろう。



「島か……あぁ、海の方に行っちまうってのを考えてなかった。

 うーん、流石にさっきのすぐで船に飛び乗ったとは思いたくねぇなぁ」



 自分でそう呟きながら、あれ? 割とあり得るのでは? とさらに不安感が増す。



 自分の故郷を飛び出して違う所へ向かうって言うのは、中々勇気と体力が要る。



 事実、自分がそうだからよく分かるのだ。



 最初は知らない場所に行くのなんか怖くて。

 でも、そう例えば。急に同じ場所には居られなくなってしまったとして。



 生きて行けるのか、とか。

 自分が消えて、自分の残してきた居場所はどうなっているだろう、とか。



 そんなことをつい考えてしまうけれど、確かめられないし、そんなことを心配する余裕もどんどん無くなっていく。



 遂には路銀も尽きて、その日暮らしになって、依頼を受けて稼いで、でも何とか必死に食らい付いて……そう想像を巡らせるうちに、気付く。



 これは自分の経験から来る想像だ。つまりもしかしたら、俺とセツナの境遇は似ているかもしれないのだ。



 だからこそ、彼女の怯えた理由も改めて理解できる。



 急に選択を迫られて、余裕なんてない。

 そんな中で必死になって飛び出して……その先でやっと見つかった居場所(カンメラ)



 そこに、自分を脅かす存在が現れたとしたら?

 まして故郷に置いてきた苦い思い出付きの、とびきり最悪の相手がだ。



「絶対、しんどいよなぁ」



 俺は他所者だし、セツナの事情なんか知らない。

 ここでセツナが過ごしてきた時間のことも知らない。



 たかが一緒にちょっと街を移動しただけ。

 只の雇われ護衛に過ぎない。



 でも、なんだか放っておけなかった。

 何も聞かないまま、大変そうだねと知らないフリをすることが納得いかなかった。



 なんとなく、本当になんとなくでしかないけれど。

 ここで彼女を呼び止めなかったら、それは間違っている気がしたのだ。



「取り敢えず、高飛びした線はナシってことにしよう。

 あとは地道に聴き込みでもして────」



 そう呟いて、釣り人や作業する船乗りにでも当たりをつけようとしたその時である。



「ん? あれは……」



 第6船着場の角を曲がった海沿いの細道。

 そこにのんびり釣りをする人の並びに混ざって、見慣れた鉄の塊が停まって居るのを目に止めたのだった。

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