第12話 つまりマッチポンプ?
「わたくしはクリスティナ・アオザホース。タバル一のブル産地"アオザホース牧場"の次期当主です!
なので、腕の立つ印章士である貴方と結婚したいと思って来ました!」
「いやいやいやいやいや、話が見えねえって……。
あと申し訳無いが、アオザホース牧場? ってのがどんなもんなのか俺はよく知らないんだ」
「えぇっ、ご存知なかったのですか?! わたくし達もまだまだですね……」
クリスティナと名乗った彼女はギルド内商談用のテーブルに座り、俺の対面でハキハキと喋った。
あの突拍子もないお誘いの後、自己紹介を軽くした俺たちは詳しく事情を聞くため、カウンターを通り過ぎて奥側の商談用のテーブルに座っていた。
背丈は俺より少し低いくらい、青い礼装を身に纏った金髪ロングの女性。
目は大きく吸い込まれるような水色の瞳を映し、その所作はかなりお淑やかで育ちの良さを感じさせる。
佇まいといい例の牧場の名乗りといい、いわゆるお嬢様なんだろうか。
見たところ悪意は感じられないのだが……いかんせん話が飛躍している。
牧場主さんが印章士を婿にしようというその魂胆が分からない。
「アオザホース牧場はニュータバルから南西にすこしいったところにあるタバル平野を使った牧場ね。
歴史も長くて50年続いてる。乳用、トラック用のブルを育てていて、当主は高名な治癒魔法使いでもあるわ。
たしか3代前から印章術を取り入れてるわよね?」
「!! はい、その通りです!
お姉さん詳しいのですね!」
「え、ええ。まぁ私ギルド員だからね……」
クリスティナは顔をぱあっと明るくして立ち上がりユディに応えた。
凄く表情が豊かな人だ。
一見クールさを思わせる青基調の衣装から見せるコロコロとしたあどけない笑顔は、人を惹き寄せる魅力を感じさせる。
と、同時に机に手をついて立ったクリスティナの胸元が目に入る。
ぴったりジャストサイズに作られているであろう礼装は、彼女のボディラインを割とくっきりと映し出しており。
うーん、まぁなんだその、大変グラマラスでして。
目のやり場に困ってしまう。
「一応言っとくとアオザホースは中々大きい家だから、玉の輿ではあると思うわよ。
ただ……」
そう言い淀んだユディの視線が、横から俺を跨いでいる。
ハッとして振り向けば、そこには小さな少女────そう、実に小さな────がこちらを睨んでいた。
目が語っている。このすけべ、と。
しかしすまんとは言えない。今ここで罪を認めることは死と敗北と同義である。
何食わぬ顔を作ってクリスティナに尋ねた。
「君が印章士と関わり深い家の御令嬢だということはわかったよ。
けどどうしてそれで結婚だのなんだのって話になるんだ?」
「あぁ、それを言い忘れてましたね」
なるほど、といった風に彼女は拳を作ってもう片方の手のひらをポンと叩く。
「実はわたくし、お父様から早く夫を見つけろと言われているのです。
ですがわたくしの求める条件とお父様のそれは全く異なり、お父様は強い印章士を相手にしたがっています」
「……ん? つまり君は結婚したくないってことか?」
「言ってしまえばそうですね。
正確には、"結婚相手を連れて来たけれど失敗して"欲しいのです」
「え? どういうこと?」
セツナは頭の上に?を浮かべている。
俺もちょっと話がこんがらがって来たが……要は彼女はマッチポンプしようとしているのか……?
「わたくしの従者も印章士で、今回の条件は"従者より強い印章士"なのです。
つまり、わたくしの従者と戦って負けて欲しいということになります」
「なるほどなぁ……負けるのか。
別に構わんが……上手いこと演技してほしいってのも含まれてるんだよな?」
「そうですね……明らかに実力差がある方を連れては来れませんから。
だから自ら赴いて、噂のたった貴方にお願いしたかったんです」
彼女は身を乗り出して切実な表情と共に俺を見つめた。
「お願いです、悪い噂が立たないようにしますし、父さえ騙せれば良いんです!
報酬も5万エルツを約束します!」
「「え゛ッッ!?!?」」
セツナと俺の声が重なる。
5万エルツだと? 一緒に行って印章士勝負で負けるだけで?
「あ、あのう……少なかったですか?
やっぱり名誉の問題もありますよね……でも手持ちで出せるのはコレが限界で……」
「5万って……高すぎるぞ。
ギルド込みの依頼ならもう少し安くした方がいい」
「えっ、そうなのですか?」
「ウチが優しい印章士揃いで良かったわね、クリスティナさん。
印章士にモノを依頼するなら相場を知っておかないと、騙されちゃうわ」
ユディが少し呆れ気味に笑う。
横を見ればセツナも拍子抜けしたような様子だった。
まぁ急に求婚してくるから何かと思えば、思ったよりは依頼らしい依頼である。
ただ、気になることといえば……。
「俺は受けても良いが、条件がある。
一つ、額はもっと下げていい。
二つに、バレたら全額取り消しでいいが、一緒に白状して素直に謝ろう
三つ、"俺達"で依頼は受ける。セツナも芝居を打つサポートとして同行させてもらう」
「い、いいのですか?
それはまたあなた方が大変では」
「いいっつーか頼む。これは保険でもある。俺だって名家のお嬢様をたぶらかしたと言われちゃ怖いからな。
それに……素直に嫌だと言えない理由があるんだろ?」
「っ」
クリスティナは目を丸くする。
顔に出るタイプなのは何となく分かってたけど正直だなぁ。
確かに彼女に芝居は無理そうだ。
上手いことやるのに仲間が欲しいのはそうなのだろう。
「これでいいか、セツナ?
上手くフォローして欲しいんだが……」
セツナは軽く息を吐いて、笑った。
「報酬は悪くない。それに事情がありそうとわかって相棒が力になりたがってる……と。
まぁアラタらしいっちゃらしいのかもね」
「……正直人を騙すのにあまり加担はしたくないのだけど、さっきの条件なら問題ないわ。
二人とギルドの立場が守れるならば……それに、結婚は本人が大事だしね」
ユディさんも軽くウィンクをする。
全く、此処のギルドは太っ腹だ。なら商談は成立とみていいだろう。
「決まったな……。
その仕事、俺たちが請け負った。
改めてよろしく」
そう言って、右手を差し出す。
正直マッチポンプを言い出したあたりで俺たちの顔色が悪くなっていたのを目の前に望み薄かと恐れていたのだろう、彼女は数秒固まった後に、顔を輝かせた。
「っ、はい! ありがとうございます!」
彼女は思いっきりの前傾姿勢の
まま、俺の右手をぎゅっと両手で握って引き寄せた。
動きがいちいちダイナミックな人である。
そしてその動きはダイナミックすぎて。
その無防備な動作により、大いなる双丘が不意に俺の手に触れた。
「うお────」
一秒。
その後、殺気。
左右から清涼な────それはもう涼やかでまるで凍りつきそうな────風が俺を包んでいく。
「……ほんっとコイツ……」
ぼそりとつぶやいた相方の声。
道中、彼女とはいい感じに距離を取ろう……俺はそう決意した。




