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第三話 サンゴ







 ●「じゃあヨンゴの旦那、その取決めで」「ええ、かまいませんよ」5人を除いてまったく誰もいない四谷三丁目の交差点の真ん中で紳士ワルがふたり、約束の握手をした




 春先のやわらかい日差しにつつまれている昼下がりのオフィス街、普段はそのビル二階の店舗に続く階段にサラリーマンとOLの長い行列が出来る巷ではちょっと有名な四川料理飯店『平羌江へいきょうこう』もここでは貸切状態だった。


 店の奥のまるい中華テーブルに上座から年齢順時計回りに座り5人はビールを飲っていた。直前のニイゴのアプローチとはまったく違う、大人しく静かな落着いた雰囲気の開幕である。




 「しかし先ほどは災難でしたねえ、イチゴくん」「ウス、こっちに飛ばされてシラフに戻った時は、オレ死んじゃったの?って思ったっス」4人はその初々しい反応に彼の気にさわらない程度に笑う。


 「ハーイ!イチゴボーイ、サイモンだよー!?」お道化て尻を振りながらイチゴに中指を立てるニイゴ、こういった悪趣味なジョークを飛ばしている時の彼の目はキチガイのそれに近いものがあった。「ウ、ウス、もうそのネタはカンベンっス…」「ボエーッ、ボエー♪ほほっ(れりびぃー、れりびー♪なんちてー)」


 「ジブンらそこらへんでOK?こっからはサンゴさんのターンだゼ?」サンゴは右手を顔の高さまであげて、手のひらだけを前方に倒す、そのタイミングでチャイナドレスの店員さんが5人分の定食プレートを運びこんだ。


 「『平羌江へいきょうこう』名物、麻婆豆腐超激辛、こっちゃもまあ、負けるワケにはいかないんでネ」 「ふぉぉ!ふぉぃ!(うおお!美味しバトル、ファイッ!)」




 ●「いただきます」ヂャーン!いかにもニイハオな銅鑼が鳴った




 セットのスープはとろみのあるタマゴスープだった、これでまずは食道の通りを良くする。今日の副菜はカボチャサラダだ、嬉しい、よく噛んで食べる、コイツは序盤に胃と辛味の間のクッションになってくれる。


 大根の醤油漬けは箸休めの大役があるのでまだ手はつけない、本陣に攻め込む前の猛る気持ちを抑えつけるように深呼吸ひとつ、さあ出陣だ。花椒とニンニクと熱したラー油の強烈な香りが5人を煽ってくる、上等だ。


 レンゲをスープにくぐらせてから麻婆豆腐をひとすくいしてどんぶりの白飯にのせる、この店の辛さ段階の激辛ぐらいまではそれでも濃い赤と呼べるいわゆる麻婆豆腐色をしているのだが、超激辛のそれは赤黒い何かだった。


 レンゲを箸に持ち替えて白飯ごとその刺激ペーストを口に運ぶ。サンゴとヨンゴはゆっくりと確かめるように食する余裕の箸はこびだが、一方イチゴとニイゴは食べ始めに目を見開き驚愕の表情を浮かべた後、どんぶりを口まで持って行きメシをカシャカシャと忙しそうにかっこみだした。




 「ふぉっ!(美味し!超激辛美味し!)」センゴは口の周りの白く長い髭を真っ赤に染めながらガツガツと貪り喰うようにメシをかっこんでいた、神様にしてはずいぶんと行儀の悪い食べ方だが、この快感に抗える者をこの世で探すのは難しい。


 「ふぉっふぉ!(辛いぞい!痺れるぞい!)」その麻婆豆腐のあんは辛味と痺味もあって猛烈な熱さだった、口の中にマグマが流れ込む、しかし怯むことなくそのマグマ溜りに稲妻のように歯を突き刺す。


 「ふぇー!ふぇー!(これぞ美味しの爆発じゃ!)」決して挽肉が多いという訳ではないのだが一般的なキーマカレーよりも挽肉喰ってる感があり、そしてそこいらの餃子よりも熱々肉汁ジューシー食感が楽しめる。


 「ふぎぃ!(ご飯おかわり!)」「あ、オレもおかわりッス」「ミーももらうメーン」ラー油にコーティングされた飯粒はまるでルビーのようで、一粒一粒が完成したご馳走だった、そしておかわりにと差し出す空の白いどんぶりは、まとわりつく深紅の油の装飾で、使用済であるにも関わらず芸術品的美しさを見せていた。




 「ワタシの頃も国防省に売込みに行く時は絶対来ますよ『平羌江』」「へえ、旦那も流石はジブンだネ!あの伏魔殿にそれでもトライし続けてンだ?」「…サンゴさんの美味しバトル勝利のご褒美、願い事は『商売繁盛』でしたよねえ」


 「…まーね、それが?」「フッ、宗一郎技研工業の大口案件、ワタシの会社で決めましたよ」「マジか!」サンゴは勢いよく隣に座るヨンゴと右手でハイタッチをする、そのクラップ音は天使のトランペットと悪魔のトロンボーンとなりこの世界中に祝福を響き渡らせた。


 「サンゴブラザーもヨンゴブラザーもご活躍のよーで、てかダメだったんだ、あんだけ必死こいて描きまくったミーのMANGA」「そーヨ、就職活動のつもりで卒業帰国後に出版社に持込やったケドね、売り物にならんそーだヨ」「ベリーウェル」


 「てかオレ、将来スーツ着てビジネスマンやってるんスね、なんか実感わかないッス」「イチゴくんの人生はキミだけのものだから好きに生きてくださいね、人間は努力する限り悩むもの、どの道に進んでも苦悩の総量は変わりありませんよ、ねえ、サンゴさん?」




 「大学を奇跡の卒業してサ」「あれはもう一度やれと言われても、無理でしょうねえ」「帰国後日本の商社でセールスエンジニアとして働き始めんのヨ」飯を喰うのがひと段落、麻婆豆腐の残り三分の一をつまみにビールを飲るモードに入る、ここの麻婆豆腐は少し冷めると表情がガラリと変わってまた美味しなのだ。


 「そこがまたヒデー会社でさ、大変なメにあったけど、あれで実力がついたのも事実なんだよなあ」ひしゃげたソフトパックのマルボロをシャツの胸ポケットから取り出すサンゴ、それを見てイチゴはセーラムライトに、ニイゴはウィンフィールドブルーに手を伸ばす、ヨンゴは禁煙して5年が経ったという。


 「世の中は大不況でモノ売れねーし、直上の部長クラスの連中はバブル期に実績が開いてた口に落っこちてきたヤツらでまったく頼りになんねーしな、ジブンが一匹で頑張るしかなかったのヨ」「その努力は報われるんですよねえ、5年かかりましたけど」5人は他人事のように、よくそんなに耐えられたもんだよな、と思ったが同時に、そういう頑固さというか執念深さというかあるよな自分、とも思った。


 「当時取扱ってたUKのソフトが大手新規に売れまくってさ、会社ん中に別の会社があるなんて言われてたナ、あんときゃ好き勝手やってたなー」「出世の目が無いと知ってからは確かに無茶苦茶でしたねえ」「え?なんでお金稼いでるのに出世できないんスか?」「オトナのジジョーよ、イチゴちゃん?」




 「会議あるときぐらいしか出社しなかったわ、毎日昼過ぎから会社の金で酒飲んでた、あとプロ野球も観に行ったなー、年間70試合とか」「名古屋大阪広島、出張はベイスターズの移動に合わせて、ですか、懐かしい」程よく酔いがまわってきたこともあり饒舌な2人、若い観客が2人もいるのが嬉しいようだ。彼らに視線をやり何かを思い出したかのようにサンゴの語りべは続く。


 「頑張って後輩育てようとしたんだけどジブンについた若手の営業がどんどん辞めてってサ、みんな最後には『ついていけません、ソレ出来るの小見川さんだけです』ってな、けど周りからは『小見川は手柄を独り占めする為に後輩潰してる』とか言われてサ、あれは堪えたなー」彼の目が少しうるんでいるようにも見えた「…サテ、ごちそうさまにしますかね」「…ウス!けどオレ、もうちょっとサンゴ先輩の話聞きたいッス!」「ミートゥーメーン」「サンゴさん、モテモテですねえ、羨ましいフフフ」


 「けどもうジブンの美味しカードの麻婆豆腐食べ終わったしお開きじゃネ?」「サンゴさんがここで『待った』をかけて『麻婆豆腐を平羌江に変更』すれば、ここのもうひとつの名物、担々麺超激辛でビールが飲れますよ?」「それでいいんですかい旦那?マーボはジブン、タンタンは旦那で次回以降ってさっきの取決め無しにして」


 「いいでしょう、センゴさん、これルールに違反していませんよね?」「ふぉ(しとらんぞい)」「じゃ、お言葉に甘えさせて頂きますかネ」「おかわりもあるんスか!」「流石はブラザーズだぜ!ファッキンクールメーン!」「ふぉ、ふぉい!(改めて…ファイッ!)」




 担々麺超激辛ミニチャーハン付きと新規の瓶ビールが配膳されると、そのタイミングで5人はテーブルと共に店のすぐそばの満開の桜がハラハラと散り始めた新宿御苑にセンゴの神様パワーで移動した。そのお花見は次々と運ばれてくる平羌江の美味四川料理を食べ進めながら酒を酌み交わし春の夜がほのぼのと明けるころまで続いた、そして5人は昇りゆく旭日に向かって手を合わせてごちそうさまでしたをしたのだった。








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