第一話 イチゴ
●「じゃあ、オレからッスね」
ここが彼らの記憶の中の世界だからだろうか、立川場外馬券場近くの繁華街はどこか小綺麗で南口らしさが感じられなかったが、建物の配置はなるほど、整備される前の戦後闇市場の面影残るあの昭和の頃の景観を見せていた。
どんよりと曇った冬空の下、繁華街独特の濁った空気をまとい、そこに小見川 耀を名乗る男が5人、伝説の立川ラーメン『あじまる』の店の前に立っていた。
「ここで『あじまる』持って来ちゃうかあ!15歳とはいえ流石は俺だ!勝ちにきてるねえ!攻めるねえ!」
「サンゴのブラザーよ、そうは言うけど今回のお題は『辛いもの勝負』だぜ?イチゴボーイのこのチョイスってどうなのよ?How do you think ヨンゴブラザー?」
「指定期間内に食べた物ってルールは守られてる、2度出し禁止のルールにも抵触していない、辛くして食べる為の特製粉唐辛子も店側が用意推奨している訳だし、No problemだな」
そのヨンゴと呼ばれた一見して仕立てが良いと解る細見のスーツを着た45歳の小見川 耀はそう言うとオールバックにしているグレーの髪を撫でながら続けた。
「逆に35歳から45歳の指定期間内にここのラーメンを食べていないワタシがこのカードを切ったら、ルール違反になるのだがな」
言ってる意味が解らないといった顔のイチゴ少年と右手のひらで両目を覆ってガッデムとつぶやくニイゴガイに、デザイナーズブランドのスーツを気怠く着こなしている35歳の小見川 耀、サンゴが散髪に行けず長くなってしまった前髪をかき上げながら告げる。
「ヨンゴの旦那の言った通りサ、『あじまる』無くなっちゃったのヨ、ジブンの時間の最近にね、これには参ったよなあー」
灰色の空から雨がしとしとと静かに降り始めた、見れば1000歳を超えて神様になったという1005歳の小見川 耀、センゴが長い白髪の眉毛に覆い隠された目から涙を静かに流していた、それは『あじまる』との再会に感動した涙なのだろうか、もしくはなんらかの後悔のそれかもしれない。
「ッ!この!この『美味しバトル』が終わって元の世界に各々が帰ったら、ここでのことはすべて忘れてしまうんスよね!?」
湿った空気を変えるべく比較的高めの声が響く、声の主は短ランにボンタン、髪型は当時流行ったターミネーター2のガキヘアー、今回の辛いもの勝負の美味しバトルに青春の思い出ラーメンの札を切るという奇襲に打って出たイチゴだった。
15歳当時の本人は見た目カッコよくツッパっていたつもりな訳だがこうして改めて見てみるとどう見ても可愛い、だが強い意志を宿した勝気な瞳は他の3人と変わらなかった。
「イエース、勝負始める前にそこにいるジジイ交えてオレ達会議で散々話あったろ?その取決めでライトだぜイチゴボーイ」
そう応えた25歳のニイゴの腰まで伸びた黒い長髪をポニーテールにした見た目は、だぼだぼに大きい紫色のチェックのネルシャツと灰色のXLイージーパンツを着用してなお華奢で骨細な体型のシルエットを浮かび上がらせていたが―――
「各々独自のパラレル時間でアナザーワールドに生きてるから、干渉したりされたりの影響は一切無し、まあそこのミーたちをいきなり呼び出しやがった自称神様の言ってたことが信頼出来るんならなYou know?」
―――それにもましてこの中で一番危ないヤツ感を彼が醸し出しているのはその整った顔中に、そしてその腕に、至る所に見える切り傷擦り傷打撲痕が原因であろう、留学したオーストラリアでの荒んだギャング生活が透かして見えるのだ。
「だったらオレ!今は勝負に集中するッス!勝ってそこの神様に叶えてもらう俺の願い事『他の3人の助言を忘れない』ゲットするッス!」
「オッ!イーネ!そしたらジブンからは『あじまるに後悔の無いように出来るだけ行くこと』って助言するヨ!それとも『あじまるを守れ』の方が良いかナ?ナハハ!」
「ふぉっふおおおっ!ふぉぃ!(いいのう!それいいのう!もっ、盛上ってきたのおおおう!美味しバトル、開始じゃ!ファイッ!)」
「Oh, Shit!いきなり脳に直接語り掛けてくんな!あとひとの頭ん中でシャウトすんなよファッキンジジイメーン!」
「さあ!入店しよう、御託はもう充分だ!喰らおう、トンコツ醤油の青春を!思い出そう、あの頃のニンニクと唐辛子が効いた、あの熱狂を!」
そう歌うように宣言すると笑顔の45歳は待ちきれないといった風に店に飛び込み皆はそれに続いた、雨はいつの間にか上がっており、雲間からは師走の日差しが差し込んでいた。
●「いただきます」と同時に場外馬券場から有馬記念のGIファンファーレが微かに聞こえてきた
スペシャル中華そば、そのスープの表面には油がスッと一面に薄く張られていた、各人、その油を中央に盛り付けられているもやしと共にレンゲの背で奥に押しやりまずはスープを口にする。
―――嗚呼、あじまる。我が青春の友よ―――
そのトンコツ醤油スープはあっさりとしていたがコクがありそしてニンニクが香っていた、化学調味料、上等。美味ければそれでいい。ラーメンってそういうものじゃないのか、そういうものだ、と五人は一斉に納得した。
ピリ辛オロチョン風にする前に中細カタ目麺を今度は油をまとわせてすすり込む、猛りどよめく魂を無理矢理抑えつけるように、一噛み二噛み、後、五噛み六噛みするとあの頃のラーメン屋の麺の味と香りが口の中に広がる。
これでいいんだよ、これで。いや、こうじゃなきゃダメなんだよ、これが真実のラーメンってもんさ。カウンターに横並びの五人はお互い顔を見合わせることなく、しかし目の前の立川の奇跡に釘付けの瞳で称え合った、グッジョブ俺。
「さて先輩方、取り掛かるッスよ?『まずコショーを少々』本当はラーメン勝負あたりであじまるカードを切ろうかなと考えていたんスけど、こんな奇襲も美味しかなあって、ウス!」
「『特製唐辛子を小サジ半分程』って店の壁に案内が書いてあるけどさ、ミーはいつも小サジ山盛で3杯は入れてるメーン!イチゴボーイ、か・な・り・美味しな奇襲だメーン!ベリウェルカム!」
「『ゴマラー油をかるーく1周』ってか?この『かるーく』って表現、なんかいいよネ!イチゴちゃんやるじゃない!美味しでしょう、美味しあげてやってください!」
「『ピリっと辛いオロチョン風』の出来上がりだ、ハハハ、なんだかもう涙が出てくるな…イチゴくん、ワタシも勝負を諦めてはいないがね、キミに美味しを捧げずにはいられない、嗚呼美味し!美味しかな我が人生!」
「ふふぉっ!ふふぉふぉっ!(美味し!美味しだもう!)ふふぉふぉっ!ふぉっふぇー!ふぉっ!ふぉー!(イチゴよ!あじまるのラーメンに転生する資格を得たぞよ!?無限美味し!キエーッ!)」
真っ赤になったスープに浸されたもやし、メンマ、煮卵、そしてチャーシュー。麺を攻めながら、具材とも格闘する、一心不乱に、狂喜乱舞しながら。五人は食べに食べた、ザクザク美味し美味しと食べ進めた。そして―――
「ごちそうさま」「ありがとう、あじまる」―――総立ち拍手喝采の中、宴は幕を閉じた。店を出ると5人は降る雪を仰いだ。
本日中に完結予定です
よろしくお願いします