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死体少女《デッドボディガール》  作者: 小川幸子
【第一章】生かすも殺すも君死体
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左目の行方


 薄い部屋の中で尾を引く光の球が浮いている。

視界の端には青い羽がチラつき檻に囲まれているようだった。石造りの壁と床の部屋はそれほど広くはない。ふよふよと周囲を行き来するソレに手を伸ばす紺色のローブを羽織った後ろ姿を眺めていると、こちらへ男が駆け寄ってきた。


 何かを叫んでいるようだったが男は勢いよく前へ倒れる。その後ろには鎧の騎士らしき姿があり、手に持った剣には血がついていた。騎士はひざまずこうべを垂れる。


 その一部始終が月世ツキヨの左目に映っていた。



***



「――という光景が見えてました」


 今いる場所は墓地近くの教会の一室だ。クオルの隣に月世ツキヨ、その正面にロプサ、隣にルルといった席順で座り休憩を挟みながら現状を話し合った。

 さきほど月世ツキヨが両手で顔を覆い、右目の視界を閉じたときに見えた光景の説明と崖から落ちてからの話をし終えれば、話を聞いた全員が何とも言えない顔をしている。何度目かのロプサの謝罪と月世ツキヨの反省会が終わる様子がないので、見かねたルルがクオルに話を振った。


「けっきょく光の球は魂なのかい?」

「ロプサさんの呪いを受けたツキヨさんが魂を視えるようになっていても不思議ではありません。その可能性が高いでしょう」

「問題は謎の二人組ですね」

「その倒れた男って降誕祭レナフェロの前に揉めてた吸血鬼と似てるかも。束状で赤が入った髪型の吸血鬼は多いけど、茶髪なのに毛先だけ赤いから印象に残ったんだよね」

「ルルさんの情報と報告にあった吸血鬼の特徴が同じですね。確認のため本部へ一度来ていただきたいのですが」

「いいよ。案内はよろしくねクオル」

「もちろんです。ツキヨさん、今はなにか見えますか?」

「いえ何も見えないです。右目を閉じて左目を開けた感覚にしてみても今は真っ暗なんで」

「となると、室内が暗いのか、あるいは左目は再び……」

「食べられちゃって魔物の胃の中だろうねぇ」

「……たべられるのは、いやだなぁ」

「二人ともツキヨさんを不安にさせるような発言は控えてください。左目から得られた情報を元に捜索をするとして、今後の事ですが……まずはロプサさんとツキヨさんの名乗りを交わし終えましょう」

「隊長、それは」

「ロプサさん、今後ツキヨさんに何かあった時一番に助けるのは貴方です」

「あの、ずっと気になってたんですが名乗りってなんですか?」

「おやツキヨの世界には名乗りがないんだね。もしかして無意識だったのかな?最初に私と名を交わしてくれて嬉しいよ」

「"名を交わす"というのはウェルノエアの慣習です。互いに魔力を込めて名乗り合う事でウルスの縁を結ぶ行為であり場合によって様々な効力を発動します」

「儀礼的な側面が強いから随分とすたれてしまったし、魔力なしの場合はただの自己紹介だからねぇ」

「おそらくですがツキヨさんはウェルノエアに来たばかりで魔力の扱いが出来てないのでしょう。感覚を掴めるまでは魔力制御をしていた方が良さそうですね」

「ちなみに名乗りを返さないのは貴方とウルスの縁を結びたくないって意味になるよ」

「えっ!?……私に魔力があるっていう驚きよりも、もしかしてロプサさんや修道女シスターさんに失礼なことしてたんじゃ」

「ロプサさんの場合はツキヨさんに対して負い目があったから名を受け取る前に誤魔化したのでしょう。スピレドは……異世界との違いを察していると思いますよ」

「あとで謝りたいです……」

「スピレドへのお心遣いありがとうございます。さて、ロプサさん。自発的と上司命令どちらがよろしいでしょうか?」


 クオルが微笑む。有無を言わせぬ視線を受けたロプサは月世ツキヨへ向き合った。


「ロプサ・イグニクスと申します」

「改めまして永満ナガミツ 月世ツキヨです」


 月世ツキヨは魔力の込め方はわからなかったが、意識したことで名乗りが成功したことを感覚で理解した。


「そういえばツキヨってどこが名前なの?」

「永満 《ナガミツ》が家名で 月世ツキヨが名前です。ルルさんは……」

「ちなみに名前を交わしたら名前か愛称で呼ぶのが一般的で自己紹介なら家名や役職で呼ぶのが礼儀なんだよ」

「ツキヨさんにウェルノエアでの基礎的な知識や慣習もお教えした方がいいかもしれませんね」

「左目探しはどうやってするんだい?」

「残念ながら名乗りを交わしても左目の魔力を私では感知できません。ですがツキヨさん本人なら辿れるのではないでしょうか?」

「ではツキヨさんに魔力操作を学んでもらいつつ生活基盤を整えることが優先ですね。ロプサさんにお願いしたいのですが緊急の引継ぎが残ってますし……」

「私が付きっ切りで傍にいることは現状不可能でも、ご協力いただければ」

「だったら私が面倒をみようかい?」

「ルルさんが、ですか」

「隊長、反対ですからね。いくら旧知としても今の彼は」

「少し考えさせてください……もしもツキヨさんの見た二人組が例の危険人物だとしたら暫くの間だけでもルルさんが傍にいた方が守りやすいですね」

「危険なのはどちらですか」

「実力はありますし問題のアレを対処する心積もりもあります。監視をつけて任せるべきでしょう」

「しかし」

「今の月世ツキヨさんは魔力を制御できていない危険な状態です。ロプサさんもわかっていると思いますが、このままでは上の指示が明らかでしょう」

「私が魔力操作を教えます。上への報告は少し待っていただければ」

「我々が行動できる時間は限られています。これ以上は許されません」


 クオルとロプサの平行線な話し合いを終わらせたのは、どちらの考えにも頷いて同意や補足を入れていたルルではなく当事者たる月世ツキヨだった。


「ルルさんって強いんですか?」

「純粋な戦闘能力だけでいったら強いほうじゃないかぁ」

「私にウェルノエアで生き残るすべを教えてくれたりしませんか」

「ツキヨさん!?」

「これも何かの縁だしね。私はいいよ。その代りツキヨの世界の音楽を教えておくれ」

「ありがとうございます!死なない程度に鍛えてください!!」

「それじゃ、今からツキヨの師匠だね」

「貴方も安請け合いしないでください!とにかく、ツキヨさんは戦わないでもすむように」

「ロプサさん。今は問題が重なって人手が足りません。それに魔物のいるウェルノエアで戦わないなんて出来るとお思いですか?」

「それは……」

「ツキヨさん、どうして鍛えたいのか教えて頂いても?」

「…………もう、恐い思いをするのは嫌だからです。自分の身くらい守れるようにならなきゃって。今まで戦ったことも、喧嘩したこともないですけど魔物に襲われて、それで」


 月世ツキヨの手は震えていた。本音を言えば戦いたくないしトラウマにもなっている。それでも自分を鍛えなきゃいけないと思った一番の理由は――


「死にたくないって思ったんです。もう死体だから身体は死んでるけど、あのままだったら自分が消えちゃいそうで、それが何よりも恐かったんです……絶対に、元の世界に戻る。死んでるけど生き残る為なら手段なんて選んでられません!」

「……ツキヨさんは立派ですね。たとえ器が死体となっていても魂は生き生きと輝いています」


 クオルが月世ツキヨの手を取った。慈しむような微笑みに月世ツキヨは感極まって声にならない嗚咽をもらす。虚勢を張ったのに簡単に剥がれてしまった月世ツキヨをクオルは黙って慰めた。


 すすり泣き終えた月世ツキヨを見つめ、ロプサは考えが至らなかった事を恥つつも想定する問題について追及していく。


「隊長、お言葉ですが呪いの危険性は」

「私がルルさんの保証人になります」

「っ――了解しました……ティビエにはなんと?」

「私が直接説明しましょう。ルルさんと話をしてきます。ロプサさんはツキヨさんの状態を確認し、こちらで待機していてください」

「わかりました」

「「…………」」


 クオルとロプサの間に沈黙が落ちた。時間が惜しいクオルがルルを連れて部屋を出る。月世ツキヨはとにかく気まずかった。息が詰まりそうな室内から目をそらすように月世ツキヨは窓の外を見る。


 窓からの景色は夜空の下に並ぶ一面の墓。ホラー映画のような光景のなか蝋燭を灯しながら参拝する影が何度か通り過ぎていった。ほとんどがルルと同じくカボチャを被っているので、月世ツキヨは思わずロプサに尋ねる。


「ロプサさん。どうしてこの世界の人はカボチャを被ってるんですか?」

「カボチャ……? ミンピックのことでしょうか」

「ミンピック?」

「”投影”せよ」


 ロプサが宙に向かって手の平を向けると白い光が集まりルルの被っていたカボチャ、もといジャックオランタンのような形になる。


「これはウェルノエアの世界地図です。仰っている被り物は世界と同じ形にあやかったミンピックというレアノグの伝統的な被り物です」


 ロプサが両手を動かすと、さきほどまでルルが被っていたカボチャ……ではなく、ミンピックが立体的な白い光で再現された。


「民族衣装のようなものでしょうか?」

「えぇ。レアノグは全ての種族が暮らすウェルノエアで唯一の島国であり、自由と共存が掲げられています。種族や偏見で判断しないという証としてミンピックを被る方が多いんです」

「あのカボチャにそんな深い理由が……!?」

「ほかに何か質問はありますか?」

「ずっと気になってたんですが、この世界って朝と夜の生活はどうなってるんでしょうか?私のいた世界では朝に起きて夜は休むってサイクルなんですけど、なんだか違和感があって」

「ウェルノエアでは逆ですね。月が昇り始めた頃に活動し太陽が昇ったら休むのが一般的です」

「やっぱり異世界だから文化というか生活が随分と違うんだ……でも話が通じているし知らない単語もあれば同じ単語もあるのは不思議ですね」

「おそらく転移の際にツキヨさんの魂へウェルノエアの情報が刻まれたのでしょう。元いた世界にないモノは知らない単語として聞こえ、同じようなモノはそのまま聞こえるのではないでしょうか」

「なるほど……」

「異世界担当の死神ですので少しばかりはツキヨさんの世界について知識はありますが、より詳細なことを知りたい場合は隊長へ相談してみてください」

「隊長ってクオルさんですよね?」

「そうですよ。私の直属の上司であり魂回収の第二部隊長をされております」

「あの、一度ロプサさんが話してくれたと思うのですが死神についてよくわかっていなくて……」

「ではツキヨさんの状態を確かめる前に、ウェルノエアと死神について少しばかり説明させて頂きますね」

「よろしくお願いします!」

「”展開”せよ」


 ロプサが再び両手を広げると近未来的な白い光のモニターが月世ツキヨの周りに現れる。いかにも魔法やファンタジーといった異世界感に月世ツキヨは驚きよりも好奇心の方が勝ってきていた。




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