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死体少女《デッドボディガール》  作者: 小川幸子
【第一章】生かすも殺すも君死体
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現代っ子の限界

 夜が明け始め瑠璃色の空にあけぼの色が混ざり合う。

うつむいていた月世ツキヨは、ようやく顔を上げた。


「話を聞いて頂けますか」

「……はい」

「返事を無理になさらずとも結構です。……まずは、転移の際に貴女の荷物らしきモノを集めておきましたので後程のちほどご確認ください。大変申し上げにくいのですが、私は直ぐにでも貴女の現状を上司に報告せねばなりません」


(ロプサさんの髪、日光に照らされて紫がかってる。染めてるのかな?でも地毛っぽいし……異世界だから頭の色もファンタジー?)


「貴女の事は近くの教会に保護を頼んでおきました。この辺りには貴女のいた世界とは違い魔物という危険な生き物もいます。戦う手段がないのであれば、極力一人にはならないでください。協力員が来るまで立ち合いたいのですが、もうすぐ強制送還が――」

「!!??」


 ぼんやりと別の事を考えながら話半分に聞いていた月世ツキヨは非常に驚いた。ロプサの胸ポケットから光が溢れだし、眩しさのあまり目を瞑ると一瞬の間に姿を消している。

 月世ツキヨは思わず呆然自失となったが一度目を閉じて自分を落ち着かせた。


 大きく深呼吸をして意識を切り替えロプサの言っていた自分の荷物を探すと、近くの黒いハンカチの上へと綺麗に並べられているのを発見した。


「よかった、スマホの画面割れてない!手帳型ケースにしておいて良かった!……でもって圏外なのは当たり前か。とりあえず充電温存するためにも機内モードにしておこう」


 月世ツキヨが最初に手にしたのはスマホだ。最新版に買い換えたばかりなので無事なのは嬉しい。次に二つのポーチも中身を確認していく。


 赤いリボンのついた黒猫型ポーチにはモバイルグッズにイヤホンが入っている。父から借りたソーラー式の充電器は役に立ちそうだ。青いリボンのついた黒猫型ポーチにはメイク道具とハンカチティッシュに小さくたたまれたナイロン袋。昔から持ち歩く癖があり今のところ役になったことはない。


 ついでにコートのポケットを確認する。チャックがあったおかげで中身は飛び出していないようだ。財布や生徒手帳などの貴重品、イベント用に持って行ったり貰ったりしたお菓子と常備薬が入ったままだった。


「今の状態で食べれるのかな?味覚はあるけど身体の中で腐ったりしそうだから止めとこ……薬も効くかわかんないけど、ないよりはいいよね」


 ”備えあれば嬉しいな”が口癖の月世ツキヨは常に持ち歩くものが多い。昨日もイベントに参加するからと、後悔しそうな重さの荷物量で出歩いていたが、異世界に来た状況では心強いアイテムのようだと思えた。


 最後に制服の胸ポケットを確認する。赤い花柄の薄汚れた御守が入っていた。元々は月世ツキヨが着たお宮参りの産着らしい。三歳の時に祝い着として再利用した後、さらにリメイクして作られた母お手製の御守だ。物心つく前からずっと肌身離さず持ち歩いている。


(紐が切れかけてる……そうだ、週末に約束てたや。お母さんに結び方教えてもらうって。失くさないで、よかった――)


 御守を握りしめ口に出しそうな弱音は飲み込んだ。失くしたモノも多いが目の前にある全ての荷物は所持できた。


 ステッキ入りのショルダーケースを肩にかけ、ようやく立ち上がった月世ツキヨは今まで自分が座っていた黒い布はロプサの羽織っていたコートだと気付いた。


「あれ?ステッキってこんなに軽かったっけ?やっぱり異世界だから重力が違うのかな?……ってコレ、ロプサさんのローブじゃん!うわー高そうなのに申し訳ないや。とりあえず預かっとくべきかな?よしっ!身支度も終わったし探索でもしよ。もしかしたら左目あるかもしれないし、何もしないより気がまぎれるよね」


 ハンカチとローブについた土を丁寧に払って綺麗にたたむ。ハンカチはポケットへしまいローブは両手で抱えた。月世ツキヨは、とりあえず周辺を歩くことにした。最初のうちは継ぎ接ぎだらけの身体を意識したぎこちのない動きになったが、次第に気にならなくなった。


 左目を探しがてら下向き加減で歩いていると、月世ツキヨは墓場入り口の近くに球体型の大きな記念碑を発見した。


(なんて書いてるんだろ……でも、なんとなく見覚えありそう。雰囲気はローマ字に似てるけど、どことなく違和感があるなぁ)


 刻まれた文字を理解することは出来なかった。記念碑は光が反射するほど丁寧に磨かれていて、周りには多くの花束が供えられており厳かな気持ちにさせる。


 ただし所々に転がる無数のジャックオランタンさえなければ――


(さっきまで暗くて気づかなかったけど、異世界にもハロウィンがあるのかな?)


 月世ツキヨは感じた違和感に悩みつつも墓場の探索を続けた。



 いつのまにか朝日が昇っていた。今いる墓場は小高い丘の上にあり、周りは高い柵に囲まれ外は崖になっていた。さらに崖下には川が流れており唯一の入り口は下り坂であり薄暗い森に続いている。


「これ以上探す場所もないし、やっぱり見つからない……か」

「なにか探してるのかい?」

「!?」


 か細く抑揚のない声がした。驚いて後ろを振り向けば目線少し下に修道服の少女が立っている。幼さの残る可愛らしい顔立ち、つぶらで大きな黒い瞳。糸のように長く美しい白髪をなびかせ少女は月世ツキヨを見上げていた。


「一緒に探してあげよう。こんな早朝に出歩くなんて危ないからね」

「ありがとう……えっと、」

「それで、何を探せばいいのかな」

「……目玉、です」

「目玉だね。朝食にでもするのかい?坂の下に良さげなのがあったから取ってきてあげるよ」

「ありがっ!?」


 月世ツキヨは礼を言おうとして悲鳴をあげかけた口を咄嗟に両手でふさいだ。両手で抱えていたロプサのローブを落としたのにも気づかずに、黒くて細い八本の足で走り去る少女の後ろ姿を凝視ぎょうしする。


(なにあれなにあれなにあれ!?蜘蛛だよね!まさかのモンスターむすめ!?……そういえば、この世界には魔物がいて危険って言ってたよね。でも言葉が通じるから大丈夫?)

 

 魔物の定義とは何かと考えていると中年男性のような野太い叫び声がした。


 月世ツキヨは迷う。非力なのは承知だが何かが起きているのであれば少女を助ける必要がある。震える足を叱咤しったして様子を見に行き坂の下で目にした光景は血溜まりに佇む少女と、原型のない死体――


(にげよう)


 月世ツキヨは、すぐさまきびすを返し入り口とは逆方向に走り出す。それに気づいた少女は物凄い速さで月世ツキヨを追いかけあっという間に並走すると両手を差し出した。

 真っ赤に染まった小さな手には黄色い目玉がゴロリと二つ転がっている。


「お望みのモノはこれかな?」

「ひぃ、いーやぁああああ!!」


 月世ツキヨの悲鳴に少女は驚いて立ちすくむ。無我夢中で叫び方向もわからぬまま月世ツキヨは駆け出し勢いよく柵に突っ込んだ。


「「あ」」


 柵はバキッと大きな音を立て壊れる。月世ツキヨは真っ逆さまに崖から落ちた――



***



 崖下は深い霧に包まれた薄暗い森だった。近くには水底の見えない広い川が流れ大きな岩には苔が生い茂っており、まるで御伽噺おとぎばなしやゲームのモンスターが出てきそうな雰囲気を漂わせている。


 落下した月世ツキヨは奇跡的に木の枝へ引っかかったおかげで身体に損傷は少ない。なにより川に落ちなかったのは運が良かった。枝がしなり不安定に身体を揺らしながら月世ツキヨは悩む。


(普通なら怪我して動けなくてもおかしくないのに死体だから平気っぽい……それよりも、どうやって木から降りよう。痛みがないなら飛び降りても平気?でも、高さもあるし怖い。あーもーどうしよっ!?)


 悩む間もなく聞こえてきたのはミシリと嫌な音であり、バキリと大きな音がした時には遅かった。月世ツキヨを引っかけていた枝が折れ体勢も整わぬまま落下する。そして着地に失敗し顔面から地面に激しく打ち付けられた。


「痛った……くはないけど、あーも――!!」


 月世ツキヨは思わず叫んだ。異世界に来てから次々に外傷が増えていく。顔や手足には無数の擦り傷をつくり右足首は腫れあがっているので、生きた体であれば大ダメージだった。


 しかし今の月世ツキヨは痛みを感じない死体である。すぐに立ち上がって普通に歩きだすことが出来た。


「大怪我してるけど手足が繋がったままで本当に良かった……さてと、これからどうしよう」


 月世ツキヨは辺りを観察する。視界が良好ではないなかで感じる不気味な気配に身体が震えた。その場から動くのが賢明なのか否かの判断に迷う中で、ふとロプサの言葉を思い出した。


(そういえば、ロプサさんは危険な魔物がいるって他に、消える直前で何か言ってたような……たしか私の保護に来てくれるんだっけ?ってことは元いた場所に戻るべき?でも、どうやって――)


 見上げた崖は険しくそそり立っていた。月世ツキヨの運動神経は悪くないほうだが手綱なしで登れるほど優れてはいない。ロッククライミングの技術もなければ、死んでいる身であっても命綱なしで頑張れるほど勇気も根性もなかった。


(ゲームなら登れそうだけど実際は無理だよね……他にあの場所へ戻るには?たしか墓場の入り口が森に続いてたから、その辺りまで辿り着ければいいけど。あーぁ。異世界転移したのにチートも補正もないから初っ端から辛すぎるよ!!)


 溜息を吐いて他に良案がないか思考を巡らせる。あの墓場へ戻る為に取れる手段は、崖を登る以外に入り口を探すか救助を待つことだった。地理が全く分からないなかで闇雲に歩くのは危険だとわかってはいても救助がくる保証はない。

 ロプサを信じてその場に留まる選択もあったが、二人の間にそこまでの信頼関係ができていなかった。



 森の中を歩くこと数時間。

太陽が昇り真昼のような明るさで辺りは照らされている。月世ツキヨは先ほどまで不気味だと周囲を恐れていたが、今は自然豊かな森だと周りの景色を楽しむ余裕もでていた。そして、この世界について気づいたことがある。


(鳥とか虫とか、同じような見た目でも色合いやサイズが全然違うや。それに言葉も通じないし襲ってくる様子もない。もしかして動物=魔物なのかな?だったらさっきの蜘蛛っ娘は――)


 最初のうちは月世ツキヨが森に棲む魔物を見つけるたびに、元いた世界との差異に気づき過剰に怯えた。

 しかし魔物は近づいてくるわけでもなく逃げていくのを見れば、その様子は野生動物に近いのではないかと判断する。つまり話しかけてきた少女は魔物ではないのかもしれない。


 ただし、あの凄惨な現場を作った張本人の可能性が高く会話が出来ても襲われる心配がないとも言い切れないので逃げても仕方ないと自分を納得させた。


「過ぎたことを考えても仕方ないよね。とにかく歩き続ければどこかに辿り着くはず!あ、ウサギっぽい魔物だ。角があるけどカワイイ……って、なんでコッチに向かってくるの!?」


 気合いをいれなおし周囲を見回すと、少し先にウサギのような魔物の群れがいた。見た目は黒い角のある白いウサギだ。草をんだり毛づくろいをしていたが、突然いっせいに立ち上がったかと思えば十匹ほどが月世ツキヨの方へ勢いよく走ってきた。

 月世ツキヨが驚いているうちにウサギはあっという間に飛び跳ねて通り過ぎていく。


「なんだったんだろ?……でも、こういうのって強い魔物が出現する時のお約束だよね」


 月世ツキヨは恐る恐るウサギが逃げていった方向の逆側へ視線を向けた。ガサガサと木が擦れる音が大きくなりナニかが近づいてきている。逃げるべきだと、隠れるべきだと、本能が警告しているのに、行動へ移す間もなくキィキィと甲高い鳴き声が月世ツキヨのすぐ後ろで聞こえた。


(――囲まれてる)


 まだ視認できないナニかは複数いるようだ。月世ツキヨは少しでも戦えるようにと両手でステッキを構える。木の上でガサリと音をたて姿を現したのは手の長い猿のような魔物だった。

 逆立てている黒い毛並み、ギラギラ光る黄色い目玉、青い顔からは大きな牙を覗かせ月世ツキヨを威嚇している。


(狼の群れとか大きい蛇じゃないだけマシかな。でも動物園でよく見る日本猿より少し大きいし、檻がないだけでこんなに怖いなんて)


 猿のような魔物たちは月世ツキヨの周りで囃し立てるように騒いでいる。月世ツキヨは追い払うようにステッキを振り回すが、好奇心なのかはたまた好戦的なのか三匹の魔物が木から降り徐々に距離を詰めてきた。


(頑張って戦う?チュートリアルな魔物っぽいし死体状態ならダメージもなさそうだけど……無理だよね!戦ったことない女子高生が異世界転移したからって魔物を殺したりなんてできないし。だったら逃げる一択!!)


 猿がそんなに好きな動物ではなくても、殺すなんて可哀想だと月世ツキヨは思った。そして、魔物という未知数な存在へ無暗むやみに挑むほど実力に自信があるわけもない。正面突破で逃げ切ろうとステッキを大きく振りかぶると猿らしき魔物が叫んだ。



 それは、さっき聞いた野太い雄叫おたけびだった。


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