身体検査
月世はクオルとスピレドとの友好を深め合い少し仲良くなった!
特にクオルを褒めた後からスピレドは月世への対応をガラリと変えた。今までは表情の硬いミステリアスな美少女という印象が強かったが、一緒にクオルの翼を堪能したことで友好条件が解放されたのか見た目相応な可愛らしい笑顔で月世へ接する。
「ところで、君は私よりも随分と年下だったんだね」
「スピレドさんは何歳なんですか?」
「スピレドでいいよ。私も正式な名乗りではなかったけれどツキヨと呼んでもいいかい? だって私の方が百歳ほどお姉さんだからね」
「え」
「……嫌かい?」
「いえ、その、名前で呼んで貰えるのは嬉しいんですけど年齢に驚いてしまって」
月世はスピレドを思わず凝視した。
クオルの翼に半分顔を埋めながらコチラを不安げに伺っている。その姿は庇護欲をかきたてるように幼げだ。月世の拳一つ分ほどしか背丈が変わらないので同い年あたりだと思っていたが、年齢を聞いた後でも良い意味で裏切られる。
(この蜘蛛っ娘、妹キャラだ!!!)
潤んだ上目遣いに控えめな態度。健気さと見た目が相まって理想の妹または後輩タイプだと判断する。スピレドとしては初対面に失敗したと落ち込んだので、月世の反応に敏感になっていた。
「スピレドちゃ……いや、スピレドと私も仲良くなりたいな!」
「ほんとに? あの時のことで怒ってない?」
「アレは私の伝え方が悪かったんです! むしろ目玉を持ってきてくれたスピレドに遅ばせながらお礼を言わなきゃダメだよね。あの時は、ありがとう」
「……どういたしまして。怖がらせちゃって、ロプサさんに頼まれて保護しに行ったのに、崖から落ちたのを助けられなくてゴメンね」
スピレドは謝罪の言葉を口にし、今にも涙を零しそうだ。慌てる月世と対照的に黙って成り行きを見守っていたクオルが助け船を出す。
「ツキヨさん、クオルは貴女が崖から落ちた後、川で溺れては大変だと日中ずっと水上を探していたのです」
「水上?」
「私はアラクネだから水面を歩けるんだ。流れの速い場所は厳しいけどね」
「すごい! っじゃなくて、迷惑かけて本当にごめんなさい!! 探してくれて、ありがとうスピレド」
月世がスピレドへ頭を下げる。驚いたスピレドはクオルの翼に隠れようとしたが、クオルはその前に装身具を発動させ翼を隠した。背中に引っ付いたスピレドへ肩越しに言葉をかける。
「スピレド。貴女のおかげでツキヨさんを見つけることが出来ました。とても優秀な協力員が力を貸してくれて本当に助かります。心からの感謝を私からも伝えさせてください」
「――クオルさんの役に立てて何よりさ」
頬を染めて満面の笑みを浮かべるスピレドと優しく頭を撫でるクオル。その光景を見ながら月世は二人の関係が気になったが、僅かな時間でも察せるほどに仲が良さそうなのを"尊い"の一言で片づけた。
クオルが気を取り直し、隣に座る月世へと向き合う。月世は全てを見通すようなクオルの視線を受け少し緊張した。
「さて、それでは改めてツキヨさんの状態を確認しましょうか」
「私の状態ですか?」
「えぇ。ロプサさんの昇魂の儀での記憶はございますか?」
「あります。でも、途中からなんだか気分がふわふわしてきて……話しかけられて答えようとしても身体が動かせない、そんな感じでした」
「なるほど……やはり、魔法や魔術の影響ではなく特殊な魔術陣による魔力酔いですね」
「クオルさん、魔力酔いって、その」
「ご心配ありませんよ。魔力酔いはウェルノエアでもよくある現象です。視たところ今のツキヨさんは魂も器に定着し、器も安定しています」
「大丈夫だよツキヨ。クオルさんが言うなら間違いないんじゃないかな」
「よかったです。そう言って貰えて安心しました」
「次は器の状態を確認したいのですが素肌を見せて頂けますか?」
「へぇぁっ!?」
「おや、人間って肌を晒すのに抵抗がある種族なのかい」
「慣習や価値観などは世界で異なりますから無理にとは言いません。ですが、呪いの影響が器にどれほどかを確かめておきたいのです」
「ちなみに、脱ぐってどれくらいですか」
「そうですね、できれば関節の繋ぎ目を確認したいのですが」
「……肌着は着ていても構いませんか?」
「もちろんです」
「それなら、大丈夫です」
いくら同性とはいえ見知らぬ美人の前で服を脱ぐことに躊躇いがあった月世だが、クオルの医師のような言い方に羞恥心よりも死体の状態が本当に大丈夫なのかと心配になってきた。
背負ったままだったステッキケースと三角帽子、黒いコートを脱いで机に置く。シュルリと紺色のスカーフをほどいてセーラー服を脱いでいった。黒白ストライプのニーハイ、黒いキャミソールと花柄レースの黒いペチコート姿で月世はクオルの前に立つ。
「まずは首と肩の様子を見ますね。回したり動かしていて違和感はありませんか?」
「問題なさそうです」
「では肘を曲げたり、手首や指の動き……首や腰を前後に振ってみてくださ、い!?」
「ひぎゃっ!?」
「うわぁ……ツキヨって身体が柔らかいんだね。すごく撓ってたよ」
月世が腰を前後に折り曲がった。加減がわからなくて思いきり振ると、頭も上下に激しく振ることになり勢いがついて後ろへ倒れこんだのだが、痛みに気づかない身体はダイナミックなヘドバンを披露する。
「私も驚きの柔らかさだよ……! クオルさん、力加減を間違えると身体が思った以上に動くみたいです!」
「死体ゆえの弊害ですね。もう一度同じ動きができますか?」
「……動かしてはみてるんですけど、どうしても意識してしまってブレーキがかかるというか」
「先ほどよりも動けてませんね」
「今までの自分の行動範囲でしか動けないみたいです……」
「では、こちらで動く限界などを確認しておきましょうか。スピレド」
「わかった。さぁ、手伝ってあげるよツキヨ」
「え? ス、スピレド!?」
「痛くはしないさ……まぁ感じないだろうけどね」
「ツキヨさん、今からスピレドが貴女の身体を動かしますので違和感があったら教えてくださいね」
「それじゃあ私に身を委ねてもらおうか」
「え、ちょ、まっ……うひゃぁっ!?」
「ふふ、おもしろいね。ツキヨ、ほら……もっと踊れるだろう?」
「まぁ、見事ですねツキヨさん。ですがスピレド、あまり無理をさせてはいけませんよ」
「ぁ……やぁっ! スピレド、ちょっと待っ、て――うぇ!?」
「スピレド、止まるときは丁寧にしましょうね。ツキヨさん、身体の調子はどうですか?」
「じ、じぶんの……新たな可能性に驚くばかりです」
月世はスピレドの糸により手足を拘束されている。そのまま操り人形の如く柔軟なバレエに似たポーズをし、先ほどは出来なかった動きをしていく。スピレドの腕が良いのか月世が死体ゆえなのか思ったよりも滑らかに違和感なく踊れていた。
「さて、今度はツキヨさんの意思で先ほどのように動いてみてください」
「え? そんなこと、できま……したっ!!」
「さっきよりも控えめだけど上手にできたねツキヨ」
「すごい! 私、すごくないですか!?」
「流石ですツキヨさん」
「でも、いったいどうして?」
「憶測ですが一度できる動きだと意識が変わったことで行動範囲が広がったのではないでしょうか」
「だけど無茶は禁物だよ。私は加減して動かしたけど、そんなに勢いよく足を上げてたら……」
「あ゛」
月世の左足がブチっと嫌な音を立て股関節の裂け目から血がボタボタと流れる。調子に乗ってフィギアのように右足を軸にして、背中から頭上へ伸ばし左足を引っ張るように上げていたら足がもげた。
「ツキヨさん、なるべく動かないでください。そのまま私にもたれかかって……そう。私が支えるので大丈夫ですよ。スピレド、裂け目を糸で止血してください」
「あの、私の足どうなって……どうしたら!?」
「私達にお任せください。スピレド、これ以上出血しないよう注意してツキヨさんの足を下ろしてください」
「わかった。ツキヨ、慌てないでゆっくりね」
「うん……なんか、その本当に申し訳ありません」
「いえいえ。私も事態を想定できず不甲斐ないです。ツキヨさんは今、身体能力の全ての加減が生体であった時とは異なるアンデッドと同じようですね」
「アンデッド? ってゾンビとかグールとかですか?」
「そうだよ。器の活動が終わっても"生きている"か"死なない"魔族をアンデッドと呼ぶんだ」
「特徴として怪力の代わりに器が脆く関節が動きにくかったりするんです。その点で言えばツキヨさんは全く問題なかったですね」
「ロプサさんの呪いのおかげですか?」
「えぇ。ツキヨさんの魂や器に負担なく時間を止めています。懸念事項も解決しましたのでツキヨさんが心配することはございません」
「ねぇクオルさん。ツキヨの足いつまでこうしてればいい?」
「ごめんねスピレド。前はロプサさんが黒い糸で縫ってくれたんですが、それって魔術……ん? どっちだっけ? えっと魔法ですか?」
「魔法ですね。では私がロプサさんを呼んできますので、スピレドはツキヨさんの衣服を整えてあげてくださいね」
「お手数をかけます……!!」
月世の左足の付け根にスピレドの糸が包帯のように巻かれている。
じわじわと赤く染まっていくのを見ながら、申し訳ない気持ちでセーラー服をスピレドに着せてもらい月世はロプサの到着を待った。




