新しい扉
ロプサが行った昇魂の儀は息をのむほどに幽玄で美しい光景だった。月世はロプサが部屋の中の家具を戻した後も、どこか気が抜けたように立ち尽くしている。その様子にロプサが困惑していると、控えめなノックがして扉が開かれた。
「失礼するよ……おや、どうしたんだい彼女。すいぶんと放心しているみたいだけど」
「私のせい、なのかもしれない」
「事案かな?見損なったよロプサさん」
「誤解だ」
「へぇ、この部屋にロプサさんの魔力が残っているからてっきり……ね」
「スピレド、昇魂の儀だと気づいて言ってるだろう」
「まぁね。ロプサさんがこの教会でする時の担当は私だし」
「それで、用件はなんだ」
「彼女、問題なさそうかい?」
「昇魂の儀で魂に影響がでたのかもしれないな。私には判断がつかないから隊長に視て頂こう」
「なら呼んでくるよ。交代であの人の見張りよろしくね」
「……スピレドは、どう思う」
「私はクオルさんに従うさ」
「相変わらずだな」
「だから、クオルさんを失望させるようなら……容赦はしないけどね」
あどけない少女のような表情を変えることなく、淡々とした様子でスピレドは部屋を後にした。ロプサはスピレドの言葉を思い返しながら、部屋の隅に立ち尽くす月世を見つめる。
(隊長の考えが読めないな。あの人は私の知らない情報を握っているだろうし、視えているモノも違うはず。ならば、どう行動するのが最善だ? 今は私情よりも優先すべきは彼女だが、あの方の狙いも検討がつかない)
ロプサは深い溜息を吐いた。これ以上の詮索は無意味だと思うが腑に落ちない部分は残っている。ロプサにとってクオルは尊敬する人物であり、優秀すぎる上司だ。性格も実績も非の打ち所がない完璧なクオルは、人望も厚く周囲からも頼りにされている。だが膨大な知識と類まれない頭脳をもち常人には理解できない先見の明を持つクオルの戦略についていけないことがあった。
(とにかく、引継ぎを早く終わらせるのが今の私に出来ることだな)
頭の中で担当している案件や仕事の量を考えていると再び控えめなノックがした。スピレドがクオルを伴って部屋に入って来る。
「お待たせしましたロプサさん。ツキヨさんの様子はどうですか?」
「ウェルノエアや死神について興味を示されたので説明し、昇魂の儀を実際に見て頂いたところ……」
「なるほど、魔術陣に影響されたようですね。極めて珍しいことですが保有魔力が少なすぎると一時的に魔力酔いを起こすことがあるそうです」
「危険はないのですか」
「えぇ。時間が経てば問題ありませんよ」
「しかし、魔術陣にこのような影響があるとは……気づけない自分が情けない」
「普通の魔力酔いと症状が違うので知らなくても無理はありません。私はアポスロート家の蔵書を読んだ時に偶然知りましたから」
「今後も魔力酔いになりますでしょうか?」
「ウェルノエアに慣れれば改善されると思いますよ。ロプサさんがツキヨさんへ魔法をかけた時に問題がなかったということは、昇魂の儀の特殊な魔術陣に反応しただけです」
「なにか注意点はありますか」
「そうですね……魂は安定してますが、まだまだ情報が足りません。私がツキヨさんの状態を確認していくので、ロプサさんはルルさんと地下の部屋でお待ちください」
「わかりました」
「……彼のことをよろしくお願いします。今は眠っているので、そのままにしてあげてください」
ロプサは了承してすぐに部屋を出た。クオルが投げかけた言葉は扉を閉める前だったので、しっかりと聞こえていたが振り返ることはせず小さく頷いて地下への階段に向かった。
クオルは部屋の隅に立ったままの月世へ近づいた。少し顔を俯かせ、月世の顎をすくって上へ向ければ丁度良く目線が交わる。暫くそうしていると、確かめ終わったクオルは月世を横抱きにして椅子へと座らせた。
「スピレド、窓のカーテンを全部閉めてください」
「わかった」
「さて、気分はいかがですかツキヨさん」
月世は呆けていた表情のままゆっくりと両手で顔を隠し、そっと俯く。椅子のすぐ隣で片膝を着きスリットの入ったスカートから黒タイツに包まれた美しい脚がチラリと見えた。
( ありがとうございます。ご褒美です!! 顎クイ初めてされたし、お姫様抱っこまでされちゃったし、いい匂いしたし、声も素敵だし!! なにより顔がいいっ!!!!)
幼い頃に父がしてくれたお姫様抱っこ以来の体験に月世の心臓がドキドキした。実際には心臓は動いてないのだが"ときめき"という衝撃を受ける。死体でなければ耳まで真っ赤になっていただろう。初恋もまだの初心な乙女には刺激が強すぎた。
(宝塚の男役って感じ……? クールな美人のお姉様にあんなことされたら新しい扉を開きそう!?)
魔力酔いとは別で動けないでいる月世へクオルが心配そうに声をかけた。スピレドも不安げに二人を見つめている。
「どうされましたか? 魂も器も安定しているのに、いったい……」
「ロプサさん呼んでこようか?」
「そうですね。スピレド急いでロプサさんを」
「あの、すみません。もうだいじょうぶです」
「無理をなさらないでください。ツキヨさん」
「いえ、ほんとに……ちょっと衝撃が強かっただけですから」
「衝撃? 申し訳ありません。勝手にお体に触れてしまって」
「違います! むしろ、ありがとうございます!! クオルさんが素敵すぎて、ちょっと放心しちゃっただけなんですっ!」
「おや、見る目があるじゃないか」
「ふふ、ツキヨさんは面白いことを仰るのね……さて、今からツキヨさんと話したい事があるのだけど、お隣よろしいですか?」
「もちろんです」
部屋に和やかな空気が広がる。クオルは月世の様子を大丈夫そうだと判断して隣の椅子に座り、丁寧に頭を下げた。その後ろにはスピレドが立ったまま控えている。
「まずは、この世界へツキヨさんを転移させてしまった事に改めて謝罪させてください」
「頭をあげてくださいクオルさん! ロプサさんにも言いましたが私の自業自得なんです! お二人は何も悪くありませんし、むしろ私のせいで迷惑をかけて申し訳ありません!!」
「いいえ。ウェルノエアへ転移した原因はロプサさんが使用した案内時計にあります。部下の行いは上司の責任です。ツキヨさんを不安にさせたこと、危険にさらしてしまったこと全て不徳の致すところです」
「……クオルさん」
「ウェルノエアで過ごす間、我々は誠心誠意ツキヨさんに協力することを改めて誓いましょう」
「……ありがとうございます。とても心強いです。あの一つお願いがあるんです」
「なんでしょうか」
「とても勝手なお願いです。私、この世界……ウェルノエアに来れたこと、あまり後悔してません。もちろん、魔物に襲われて恐かったし、左目探しも不安だし、死体になってどうなっちゃうんだろうって恐怖もあります。でも…………少しだけ、楽しんでるというか、その非日常感への憧れ? とにかく絶望とかはしてないんです。私の為に親身になってくれる皆さんのおかげです。だから、そんなに謝らないでください」
「ツキヨさん……」
「ロプサさんを追いかけて転移しましたが、追いかける判断をしたのは私です。原因は私にもありますので、これからはお互い謝るのはなしにしませんか?」
「……わかりました。ツキヨさんが仰るなら。しかし、これだけは覚えていてください。ウェルノエアはツキヨさんがいた世界よりも危険です。なにかあれば、いえ、なにもなくても頼ってください。貴女を侮っているのではなく私からのお願いです」
「ロプサさんから聞きました。守るや頼るって侮る発言になるって。ですが、私はまだ十七の小娘なのでお言葉に甘えさせて頂きます!」
「ありがとうございますツキヨさん。それにしても……」
「十七なのは驚きだよね。私よりも年下だったんだ」
「人間の寿命は魔族よりも短く成長が早いと書籍にありましたが本当だったんですね」
クオルとスピレドが驚くように月世を見る。月世も二人の年齢が見た目通りではないのだろうと思った。そして自分よりも幼い見た目のスピレドが年下発言をした為、聞くか聞かぬか大いに迷っていると、大事な事を思い出した。
「あの、スピレドさん!」
「ん?どうかしたのかい」
「私、永満 月世って言います。自己紹介が遅くなってしまって申し訳ありません!」
「魔力をそれだけしか込めてない名乗りってことは、そういうことかい?」
「スピレド」
「すみません! 私、まだ魔力の込め方ってよくわかってなくて」
「……ごめん。少し意地悪をしてしまったね。改めてスピレド・ハセランだよ」
スピレドは控えめな笑顔を浮かべ謝罪した。月世はモンスター娘であるスピレドが気になって凝視する。
「まだ何かあるのかな」
「えっと、そのスピレドさんの脚が蜘蛛みたいだったから気になってしまって。気を悪くさせたらスミマセン」
「別にかまわないよ。私はアラクネという魔族なんだ。それに、今はほら」
スピレドが修道服のスカートを膝辺りまで持ち上げた。そこには細長い蜘蛛の脚ではなく華奢な二本の人間と同じ足があった。
「え?」
「君が私に驚いてたし、人間って聞いたからね。また怖がらせるのも悪いから装身具を着けたんだ」
「装身具?」
「見た目を変える魔術具です。私が着けているこの腕輪が装身具ですよ」
クオルはロプサと同じ銀の腕輪の他に、金色の小さな歯車が連なり色とりどりの魔石がついたオシャレなチェーンのブレスレットをしていた。クオルが魔力を通したので魔石が小さく光を放つ。するとクオルの背には折りたたまれた黒い翼が生えていた。
「えぇっ!?」
「私は獣人族の混血なのですが、このように翼だけを受け継ぎまして。普段は場所を取るので装身具で身体を変えているのです」
「私は普段使わないから、すっかり忘れてたよ」
「すごい、さすが……異世界」
「魔族は身体が大きいモノもいますから生活に不便ないよう、こういった魔術具が一般的に流通しています」
「あの、少しだけ、その」
「触ってみますか?」
「ありがとうございます!」
「……いいなぁ」
「スピレドもおいでなさい。私の翼は二枚あるのですから」
「ありがとクオルさん!」
クオルにキラキラしたエフェクトが見える気がした。スピレドが上機嫌でクオルの翼を堪能し始める。月世も遠慮がちに撫でれば、その滑らかな素晴らしい羽触りに感動した。ふと、同じくクオルの翼を触っているスピレドを見ると翼に顔を埋めていた。
まるで全身で甘えているような仕草であり、月世と目が合うと頬を染めてはにかむ。月世は思った。
(もしかして、私が転移したのってギャルゲーの世界?それか百合なのかもしれない)
それはそれで全然アリだな、と元から雑食かつ地雷なしで様々なジャンルを片っ端から嗜んでいる月世は考えていた――




