昇魂の儀
部屋にロプサの魔力が充満している。机や窓ガラスがカタカタと音を立てカーテンは風もないのに揺れていた。月世の正面に座っていたロプサが立ち上がったので、思わずつられて月世も席を立つ。ロプサが腕を振るうと、その場にあった家具がポルターガイストのように浮いて部屋の隅にまとめられた。
「なんですかコレ!?」
「最後に送昇について説明しようと思うのですが、こればかりは見て頂いた方が早いと思いまして」
「床のコレってなんですか?」
「女神の御許へ送るための道導です。ちなみに、普段は魂を視れない方でもこの魔術陣の範囲内であれば可視できます」
「なにそれすごい」
「さて、今から行う送昇とは魂を神の御許へ送るために執り行う儀式であり、そのことを昇魂の儀と言います」
「お葬式とは違うんですか?」
「異なりますね。葬式は器を魔玉へ還し故人を偲ぶ弔いの儀式です。その後、魔玉から魂を回収することが死神の役割となっています」
「取り出した魂ってどうするんですか?ずっと宙に浮きっぱなし?」
「いえ、角灯へ集めます。魂に触れることを求められるのはコレが理由です」
ロプサが取り出したのは無数の歯車と美しい装飾のアンティークな黒いランタンだった。中には色とりどりの小さな光の球が八つほど入っており淡く輝きながら揺らめいている。
「あの、どうやって仕舞ってたんですか。けっこうかさばってるのに、ローブから普通に出しましたよね?」
「礼衣のポケットには空間魔法がかけられているので質量を軽減できるんです」
「まさかの四次元ポケット!?」
「少し値は張りますが、遠出や荷物の多い死神には必須ですね」
「おいくらほどですか」
「術師にもよりますが、だいたい二千万エニーでしょうか」
「エニー?」
「お金のことです。ウェルノエアでは一、十、百、千、万に分けられた通貨単位が用いられています。ツキヨさんには、こういったウェルノエアでの生活知識を後ほど紹介しますね」
「はいっ! 今から楽しみです」
「ツキヨさんはウェルノエアへの関心が高く、質問もたくさんしてくれるので教えがいがありますね」
「話を脱線してばかりで申し訳ないです」
「私としては聞いて頂けて嬉しいですよ。追記すると、さきほど言った二千万エニーはだいたい死神の給与三か月分ですね」
「高っ!? 」
ウェルノエアでの金銭感覚はわからないが、高給取りと言っていた死神の給与三か月分と聞き月世は率直に高いと思った。四次元ポケットやアイテムボックスは異世界のお約束として憧れの存在である。しかし、簡単に手に入るモノではなさそうで非常に残念がってる月世がウェルノエアの金銭事情を考えている間に、ロプサが角灯に鍵を差し込んで蓋を開けた。
「角灯は魂を持ち運ぶための魔道具です。この中には時間を止める魔法がかけられており、魔玉から取り出した魂や回収した魂を救い上げて中に入れます」
「この光が魂ですか?」
「そうですよ」
「やっぱり……」
「左目で視えたモノと同じですか?」
「はい。でも、もう少し光り方が強かったような気がします」
「魂は生前の影響もありますが、時間が経つほど消滅に近づきますのでそのせいでしょう」
「この魂は異世界……私がいた世界であったんですか?」
「えぇ。ツキヨさんと出会う前に回収したものです」
「魂って……あるんですね本当に」
「ツキヨさんのいた世界にも今まで視えてないだけでありますよ」
「なら幽霊ってなんですか?」
「幽霊は魂が見せる生前の姿です。存在や意識がはっきりしている場合はウェルノエアでゴーストと呼ばれ、その場合かろうじて”生きている”事になります」
「生霊とは違うんですよね」
「違いますね。生霊は器が生きている状態で魂が抜けだしていることです。ゴーストは器を捨て魔玉へ宿るように存在し生き続けています」
「オカルトのようでァンタジーみたいな感じですね」
「世界によって定義は異なりますがツキヨさんの世界にもゴーストはいましたよ」
「それは知りたくなかったです」
月世は今の状態の自分を棚に上げオカルト的なことに怯える。その様子をロプサは不思議そうに思いながら昇魂の儀の準備を進めた。角灯から七つの魂を救うように取り出して宙へと放てば、ふわりと漂っていく。
「今からこれらの魂を送ります」
「うわぁ……きれい、ですね」
「そう言っていただけると魂も喜びますよ」
「さっきまで、魂って少し怖いと思ってたんですけど……それよりも何というか不思議な感じです」
「魂は生前の行いや現世への執着、持っている感情によって輝き方などが異なります。ここにある魂は比較的に清らかですから」
「あれ? 中に一つ残ってますが取り出さないんですか?」
「こちらは少々訳ありですので」
よく視れば、その魂だけが半透明な箱に入っており動いてはいなかった。訳ありということで月世は深く追及するのを止め、部屋の中に漂っている魂らへ目を向ける。
ロプサは角灯を懐へしまい月世へ見えやすいように右袖を捲った。ロプサの右手首には黒い魔石がはめ込まれた銀の腕輪がある。
「”561922”ロプサ・イグニクス」
ロプサの言葉を合図に腕輪が形を変えていく。あっという間にロプサの身の丈ほどの大きな鎌になり、まるでアニメの変身シーンのようだと月世は目を輝かせた。
「死神が魂を取り出す為の魔術具で大鎌と言います」
「すごい。ロプサさん死神だったんですね!」
「え?今までどう思ってたのですか」
「ぶっちゃけローブを着てるから魔法使いだとは思ってましたが、スーツを着ていたので、その社会人というか社畜感というか」
「社畜?」
「一生懸命働く人のことです」
「なんだか褒められてる気がしませんね」
「ところで、さっき言ってた数字ってなんですか?」
「死神になった時に与えられる固有番号です。大鎌は死神しか使用が認められていないので、魔術具を発動させる際には音声認識と魔力を流す必要があるのです」
「すごすぎます! かっこいいです!!」
「……では、今から大鎌を振り回しますので離れていてくださいね」
「室内で危なくないですか!?」
「魂以外は切れない仕組みになっているのでご安心ください」
「それじゃあ武器として戦えないのですか?」
「戦闘の場合は鈍器として使用してます」
「死神(物理)」
「さて、それでは始めましょうか」
月世が部屋の隅へ移動すると、ロプサが魔術陣の中心に立って大鎌を両手で構え七回ほど床を打ち付けた。すると魂が緩やかに部屋を回遊し始める。ロプサが静かな声で謳いだした。
低く深みのある声を月世は聴き入る。歌詞を理解することはできないが様々な言語が混ざり合ったような不思議な響きだ。時間にして五分にも満たないが、だんだんと部屋が神聖な領域へと変わっていくのを本能的に察した。
「女神の御許へ戻りし七つの魂よ、再びウェルノエアに降りて新しき器で祝福を拾いたまえ」
ロプサが大鎌を片手に持ち替え、魔術陣の中心から魂へと歩み寄る。迷いなく複雑な足拍子を踏みながら身の丈の大鎌を軽々と廻らす。その動きへ合わせ七つの魂が舞い踊っているようだった。
黒いローブを靡かせ、身体の動きや指の先まで所作に気品があるロプサから月世は目が離せないでいた。ロプサの大鎌を持たない片方の手が、魂を掬うような手つきで魂を上へと押し上げる。魔術陣がひときわ強く光を放つと、魂は天井へ届く前に昇り送られ視えなくなった。




