プロローグ
ハロウィンに浮かれて書き始めてしまいました。
毎月13日更新で完成めざして頑張ります。
10月31日。17:00。渋谷。
日没前のセンター街は仮装をした群衆で溢れかえっていた。
永満 月世。高校二年生。今日で17歳。
若者に人気の黒髪ショートボブ。少しつりあがった二重瞼にありきたりな黒褐色の瞳。そこそこ整った顔立ちと小柄な体格をしている。
転勤族の父と関西出身の母を持ち口調がたまに似非関西弁になること以外は、特にキャラのないクラスに一人はいそうな無難系の少女である。
月世はコスプレもハロウィンのイベント参加も人生初だった。ショートヘアが似合う活発系美人と評判の幼馴染である仲友 愛良に誘われ放課後の教室で着替えてから渋谷に向かう。勉強道具を入れたリュックは駅で愛良の兄に預かってもらった。
今日のために買った鍔の広い黒の三角帽子と太腿丈の黒いコート。内側に五つもポケットがなかなか便利で気に入っている。
右手にはネットで買った魔女っ子アニメのステッキを持つ。杖先に歯車や細工の装飾が施された大きな青色の宝石がついてるが、可愛らしいデザインとは裏腹に大きいお友達が納得するクオリティを追求した結果、かなり頑丈に作られたようで中々に重い。移動の際は付属品のステッキ専用ショルダーケースが役に立った。
学校のセーラー服は紺色のスカーフと襟ライン。普段は校則を守って膝下にしているプリーツスカートは、腰で折り曲げ思い切ってミニスカートにした。あとは黒白ストライプのニーハイソックスと履き慣れた厚底ローファー。
いつもの制服が魔法少女っぽいコスプレへ大変身。さらに月世は右目へ厨二感ある黒の眼帯をプラス。これは、左目がものもらいになった愛良が急遽用意したハロウィングッズだ。月世と愛良の背丈と髪型は似ており完成度の高い双子コーデで街を歩けた。二人とも始めは他人の視線を気にしたが周囲は本格的なコスプレや露出のスゴイ仮装が多い。
愛良が月世の手を引き声をかけて一緒に写真を撮ってもらったり、ハロウィン限定クレープを食べたりしていると、あっという間に辺りが薄暗くなっていた。
時間が経つにつれテンションの高い集団や観光客が増えて警官が忙しそうに誘導している。社交的な愛良は先ほどからひっきりなしに連絡先を聞かれ上手にあしらう。隣の月世にも、ついでのように声がかけられることが多くなり愛想笑いでやり過ごすも、執拗なナンパに嫌気がさしてきた。
「写真もいっぱい撮ったし、そろそろ帰ろっか」
「そうね。治安が悪くなる前に引き上げましょ。
じゃないと月世のお母さんが心配して倒れちゃうし」
「入学式の時の事はもう忘れてよ」
「ごめん、ごめん。でも、昔からほんとに過保護っていうか……」
「あ」
「どしたの」
「お母さんから連絡きた……お父さんと今から迎えに来るって。私のこと気にしてるんだろうね。でも、ほんとは――」
「それは家族でゆっくり話し合いな。何かあったら家に来ていいからさ」
「……うん。ありがと」
「どういたしまして… …ねぇ知ってる?今日って満月なんだって。しかもハロウィンの日に満月なのは十九年ぶりなんだよ」
「そうなんだ。愛良ってば物知りだね」
「今朝のニュースで言ってた」
他愛ない話をしながら二人は人波ではぐれないよう手を繋いで歩く。愛良がいてくれて本当に良かったと月世は心から思った。
物心つく前から幼馴染である二人の母親によって愛良と交流があったらしい。中学に上がるまで引っ越しの多かった月世は、母の実家へ帰省する度に一緒に過ごした。特技の空手を護身術として教えてくれたり、一緒に徹夜でゲームをしたり、フリータイムの朝から晩までカラオケで一緒に歌う大好きな親友。何かあった時は絶対に味方でいてくれる姉のような存在だ。
愛良に背を押され月世は決心した。誕生日をいつも盛大に祝ってくれる優しい両親の顔と時折感じる奇妙な違和感。
(知りたい。私の――)
夕暮れの赤い空に太陽が沈んでいくのを横目で眺めていると、正面から強い力で右手を掴まれた。月世は驚きのあまり勢いよく顔を上げる。目の前にいたのは黒いローブを着てフードを深く被った背の高い男だった。
「……あの、なにか」
「お迎えにあがりました」
「え?」
「鬲ゅh蜿、縺榊勣繧呈昏縺ヲ縺溘∪縺」
「今なんて言いましたか?ちょっと聞きとれなくて」
「……申し訳ありません。人違いでした」
頭上から低い声音で丁寧に謝罪しながらも、向けられた探るような視線に身を竦ませる。月世は時が止まったかのように感じた。掴まれたままの右手が熱い。
「月世どうしたの?急に立ち止まったりして」
「え?」
「だいじょうぶ?なにか落とした?」
「この男の人に」
「まさか痴漢!?」
「違うよ!じゃなくて、さっきから手を握られて……」
「どこ?誰もいないよ?」
「いやいやいや。今、目の前に」
月世は一瞬だけ目をそらした。戻した先には誰もいない。驚きと違和感だけが右手に残り、話しかけられた言葉が頭から離れない。
(迎えにきたって言ってた……もしかして、私の)
人混みの先に男を見つけ月世は思わず駆け出す。追いついた先は不思議なほど人気のない路地だった。声をかけても反応はない。手元で何かを確認している男に月世は手を伸ばす。
黄昏の空には溶け込むような満月が輝いており、その光景を見たのを最後に記憶はそこで途絶えた――