Another5 "嘘"の世界2
重いカバンを担ぎながら、エイネと話しながら歩いた。
「ここから空港までどれくらいなんだ?」
「んー、一時間くらい?」
「きついな……エイネはよく運んだな」
「まーねー、代わろっか?」
「いや、いいよ。女の子に持たせるわけにはいかない」
「ひゅー、かっこいい」
「限界になったら頼むかも」
「そこは男気貫けよー」
右肩から左肩にシフトし、左右均等にする。心なしか身長が縮んだ気がする。いっそ旅行用のトランクとかだったら楽だったのに。
「にしても変な世界だよねー、嘘が許されるなんて」
「やっぱりお前もそう思うか」
「うん、おかしいよー。でも、街に嘘が溢れてるってどういうことだろう?」
「嘘つきが多いってことだろうな。もしかしたら嘘つきの人しかいないのかも」
「さすがにそれはないでしょー。それなら依頼人さんも嘘つきになっちゃう」
「そうだよな。嘘をつきやすい、くらいに思っておけばいいのかな」
「気をつけないとね」
「ああ」
30分くらい歩いただろうか。さすがに肩が限界になってきた頃、飛行機の音が近づいてきた。かなり空港の近くまで来たようだ。
「エイネはずいぶん順応するのが早いな。転生歴どれくらいなんだ?」
「そんな職歴みたいに聞かれても……。まあここで8つ目くらいかな。翔悟は?」
「えっと……」
返答に詰まった。数えあげてみたがどうにも記憶が曖昧だ。俺は今まで何ヶ所の世界を見てきたんだろう。
「まあ、十数カ所目くらいかな。」
「なんだー、翔悟のほうが長いじゃん」
「大した経験はしてないんだけどな、すぐ死ぬことが多いし」
「あー、わかるよー。なんかそうなる運命なんだろーなーって時があるよね」
そこから俺らは自分の行った世界のことを順に話していった。彼女の話はなかなか興味深かった。小説にありそうなファンタジー世界もあれば、平和な世界もあった。彼女の壮絶な体験は俺の心を震わせた。
ーーーーーーーーー
空港の滑走路が見えてきた。もう肩が上がる気がしない。身長が心なしか縮んだ気がする。
「いやー、着いたねー!」
「意外と時間かかったな、もう限界だ……」
「ほら、入り口あそこだよー! あとちょっと!」
空港内に入り、指定されたロッカーに納品した。任務達成だ。
疲れた。帰ろう。早く寝たい。
どこでだ?
「そうだった。家探さないと……」
「お疲れ〜、とりあえず今日のところはうちに来なよー」
「いいのか?」
「私は気にしないよ〜、ほら、暗くなってきたしさ」
「じゃあお言葉に甘えて……」
「よし、決まり〜。帰ろ!」
ーーーーーーーーーーーーー
太陽も月も出てない夕焼けの空の下、なんとかエイネの家にたどり着いた。もうクタクタだ。
「さっき使ってた部屋使ってー」
「ああ、ありがとう」
「ご飯用意したら呼ぶねー」
もう足が棒になっている。部屋に入って、そのままベッドに倒れこんだ。
★★★★
夢を見た。
薄暗い部屋の中。
目の前には鏡。そこにぼーっと映る自分の像。左手を動かせば、その像は右手を動かす。右手を挙げれば、その像は左手を挙げる。
その表情だけはよく見えない。
鏡の向こうの自分が問いかけてくる。俺が口を動かしたわけでもないのに。
『……君には何が見える?』
「何って……鏡とそれに映る自分が見えるよ」
『ほんとうに?』
「嘘はつかないさ。それとも俺の目が間違っているとでも言いたいのか?」
『間違っていないとでも言いたいのか?』
「間違っているわけがないだろう」
『どうして?』
「俺の目が間違っているなら、俺は何を信じればいいのさ?」
『信じるか信じないかは君次第さ。ここでは君の信じたものが真実であるとは限らないということだよ』
「目で見たものは真実だろ?そりゃ信じるだろ」
『目で見たものだけが真実じゃない。同様に、目で見たものは真実だけじゃないのさ』
「物は言いようだな。論理的とは言えない」
こんな抽象的な議論に何の意味があるのだろう。間違っていたとしても、今と生き方は変わらない。変える必要などない。
『まあ、そのうちわかるさ』
「結局お前は何が言いたいんだ?」
『それを考えるのが君の人生だ。私に言えるのはひとつだけ』
目の前の鏡を見ると、像がいつのまにか消えていた。そこには何も映っていない。それでも像は喋り続ける。
『"疑え"ということだね。どんな世界に行っても疑うことを忘れてはいけない。例えそれが真実に見えてもね』
「ご忠告どうも」
結局、奴が何者だったかは知らない。気になりもしないが。
★★★★
「おーい、ご飯だぞー」
エイネの呼びかけで目が覚める。
部屋から出て、リビングへ行くと、そこには二人分の食事が用意されていた。空腹のせいかより美味しそうに見える。
「美味しそうだね」
「でしょー、冷凍食品だけどねー、いただきまーす」
「いただきます」
ほんとうに、何もかもが地球に似ている。冷凍食品の味もどこか懐かしい。
「明日は何しよっかー?」
「とりあえずお部屋探しだな、いつまでも世話になっていられない」
「私は別にいいけど」
「あと、ちゃんとした仕事も探さなくちゃ」
「それはまた後でもいいんじゃない? まだまだ先は長いんだからさ。焦りすぎだよ」
「そうかもな」
そうだ。焦りすぎているのかもしれない。今まで転生して1日、2日で何かが起こってきた。しかしこの世界は今のところ何も起こる気配がない。
嘘さえなければ普通の世界だ。それにエイネはこの世界の住人じゃないから、嘘を警戒する必要がない。
このまま二人でーー、なんていう都合のいい発想に至ってしまう。
そもそもエイネは、成り行きとはいえ、男を泊めることに抵抗はないのだろうか。それだけ俺が信頼されているのか。あるいは度胸も余裕もないと思われているのか。
「ごちそうさまー」
「ごちそうさまでした。かたづけは俺がやるよ」
「ありがとー、じゃあ私シャワー先使うねー」
「ああ、俺は今日はシャワーいいや」
「えー、ふけつー」
「もう慣れたようなもんだろ」
「そーだけど、せっかく使えるんだから浴びとけば?」
「じゃあ、後で使わせてもらう」
使った食器は少なかったので片付けはすぐ終わった。
リビングでくつろいでいると眠くなってきた。まだ寝足りない。うとうとしかけていると、エイネが戻ってきた。ジャージ姿からパジャマ姿に変わっていた。
「お先にー、もう寝るねー、電気だけ消しといてー」
「お、おう」
女の子の部屋着姿というのはどこか萌えるものがある。
だが、エイネをそんな風には見れない。彼女とは仲のいい友達でいたいのだ。妄想に付き合わせるのは罪悪感が湧く。決して彼女に魅力がないわけではない。むしろ可愛い。ただ大切な転生仲間であり、恩人でもある。
いつか彼女に恩返しせねば。
そんなことを考えながらシャワーを浴びて、リビングの電気を消して、部屋へ戻った。
「なっ……!」
ベッドにはすでにエイネが寝ていた。
「エイネっ! なんでここに!」
何だ、どういうつもりだ。OKなのか? OKということなのか?
さっきの葛藤は何処へやら、混乱が止まらない。
「ん、んー……ああ、ごめんベッド一個しかないから」
考えてみれば当たり前か。一人で暮らすつもりだったのだからベッドは一つしかないだろう。
「じ、じゃあ、俺はリビングのソファで寝るよ」
「えー、なんか申し訳ないよ〜、私は一緒でもいいよ?」
「お前はどこまで本気で、どこまで冗談なんだよ……」
「……全部本気って言ったら?」
「からかってるならそれには乗らないぞ。俺はソファで寝るのに慣れてるから気にすんな、そもそも世話になってる身だし」
「あはは、冗談だよ。なんか申し訳ないけど、おやすみー」
「おやすみー」
リビングに戻って電気を点け、ソファに腰掛ける。
女性は何を考えているのか本当にわからない。嘘の世界に合わせた、エイネなりのジョークなのか。冗談というのが嘘なのか。
混乱する。眠気なんて飛んでいった。気晴らしに記録を書くとでもしよう。