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Another2 全てが平等な"ゲーム"で決まる世界 9



「ご主人様、すなわちお嬢様のお父様は、この国のトップに立ってこられました」


「お父さんもじゃんけん大会に勝ったんですか?」


「はい。つい先日までこの国の政治を行なっておりました」


 アリアさんのお父さんが前回優勝者。要するに、元首相。


「でも、辞任してしまったんですか」


「はい。一ヶ月ほど前までは国民からの信頼も厚く、国も安定しておりました。しかし、ある日、ご主人様に政治的不正の疑惑がかかったのです」


「政治的不正?」


「新しい法に関するじゃんけん決議の時に、反対派に賄賂を送り、相手のじゃんけんの手を指定した、という疑惑です」


「そんな……!」


「もちろんご主人様は否定しておられます。私もお嬢様も、ご主人様がそのようなことをなさったとは思えません」


「ということはデマでしょうか?」


「おそらく、ご主人様を首相の座から引きずり下ろしたい派閥によるものでしょう」


 為政者の汚職疑惑。それは国民にとっては不安の種だ。その種は、やがて発芽し、大きくなっていく。


「それから、政権の信用は地に落ちました。そして、ご主人様は自ら辞任を選択なさいました」


「それで、お父さんの後を継ごうとアリアさんが……」


「はい。お嬢様はここ数週間、この大会に向けて努力されてこられました」


「でも、結局アリアさんが優勝しても、また反対派にやられるのでは? 身内となればなおさら」


「はい。しかし、お嬢様はトップに立った暁にはこの世界の全てを変えるとおっしゃっています」


 この世界の全て。それはこの世界のルール。この世界そのもの。


「これはお嬢様の意志だけではありません。ご主人様の意志でもあるのです」


 アリアさんのお父さんはじゃんけんによって地位を手に入れた。そして、じゃんけんによって名誉を失った。平和的で一見すると平等であるようにみえる"ゲーム"はちっとも平等なんかじゃなかった。ならば、こんなものは必要ない。この世界の全てを否定しようと決めたのだろう。


「お嬢様以外の方が勝っても、この不毛な争いが続くだけです。また蹴落とし合い、貶め合うのでしょう。ですから、どうしても、お嬢様は勝たなければいけないのです」


 なるほど。これがアリアさんが優勝したい理由か。こんな大事なことを言わなかったのは、俺に情が移ると気をつかったのか。


 その時デバイスの通知が来た。


『次の対戦相手はこの人!

アリアさん

時間内に広場にお集まりください!』



「すみません、もう行かないと」


「左様でごさまいますか、あの、先ほどの件はお嬢様には……」


「わかってますよ。アリアさんには黙っておきます」


「何卒、よろしくお願いします」


「ただ、勝ち負けは保証できませんよ? それは、じゃんけんの神のみぞ知る☆ ですから」


「そうですございますね。では、ご武運を」


 田中さんは、その言葉にどんな意味を込めたのだろう。深々と頭を下げる執事の眼鏡は曇っていて、彼の表情は全く分からなかった。






 田中さんと別れ、広場に戻る。広場には特設ステージが用意されていた。ここから先の試合は1試合ずつ、そのステージで進行していくらしい。その第1試合が俺とアリアさんとの試合だった。


 司会のアナウンスが入る。


「お待たせしました! では、アリアさん、海川さん、ステージへどうぞ!」


 人前に出ることに慣れていない俺とは違い、アリアさんは堂々たる入場だった。


「やはり海川さんが勝ち上がってこられましたか」


「ギリギリの戦いでしたけどね」


「……負けませんよ」


「……それは、こっちのセリフです」


 もっと話したかったが、大会はどんどん進行していく。司会のアナウンスに従い、デバイスをリンクさせた。俺はポケットのお守りを握りしめた。


「準備はOKみたいですね! それでは! 会場の皆さんもご一緒に!」



「グーの神よ!」


 ああ、俺はじゃんけんに勝ってしまう。また一人の努力を無に還す。ゼロにする。


「チョキの神よ!」


 じゃんけんは平和なゲームなんかではない。 peaceなんて存在しない。


「パーの神よ!」


 ああ、いかにも神が考えそうな、馬鹿らしい世界だ。ルールと努力の成果が噛み合っていないし、紙みたいに薄っぺらくて脆い。


「ここに絶対の平等を宣誓す!」


 絶対の平等。こんなチート能力をもらった俺が、胸を張って平等だと言えるのか?


「我に力を与え給え!」



はぁ、憂鬱だ。




「じゃん、けん……」




「ポン!」





アリアさんはグーを出した。


俺はパーを出した。


ーーコンマ1秒。俺はチョキに変えた。

周りに気づかれないように。これは、小学校の時にやりたくない役職を押し付けられそうになった時のために身につけておいた技だった。そうだよ、最初からこうしておけばよかったんだ。


会場が静寂に包まれる。




その時だった。


ビーーーーーー!ビーーーーー!

ビーーーーーー!ビーーーーー!

ビーーーーーー!ビーーーーー!


 鳴り響く大きなアラーム音。それは、目覚まし時計の音でも、携帯のアラームでもなかった。その音はデバイスからのものだった。


『不正を検知しました。不正を検知しました』


 会場がどよめきに包まれる。後出しがバレたか。人の目は誤魔化せても、機械は誤魔化せなかった。


 警備員さんたちが駆けつけてきて、私を取り押さえる。アリアさんは泣きそうな顔をしている。


「どうして……そんなことをしてまで……!」


「やっぱり俺なんかが政治家になるのはちょっとアレじゃないですか」


 恐かっただけだ。前まで大学生だった俺が国のトップになるのが。不正な能力で勝つのが。だから不正をしてしまった。


「まあ、そんな泣かないでくださいよ。たかがじゃんけんですし」


「でも……!」


 立ち上がろうとするが、警備員の拘束の力が強くなった。警備員の一人が怒鳴った。


「おい、 お前! 自分が何をしたかわかっているのか!」


わかっているさ、後出しちゃったよ。てへぺろ。


「この国において後出しは、じゃんけんの神に対する侮蔑行為だ! 死刑に値するぞ!」


わかってい……

は?死刑?


「待ってください! 海川さんは負けるように後出ししたのです! これはズルとは言えません!」


「しかし、この男は"じゃん憲法 第205条 後出しは極刑に処す"を犯した!」


 アリアさんの擁護もむなしく、俺は手錠をつけられてしまった。そのまま連行されていく。あぁこれが神からもらった特典を無駄にした俺の末路か。俺らしいっちゃ俺らしい。


 遠くから、アリアさんの叫ぶ声が聞こえる。


「海川さん、私、絶対優勝しますから! 優勝して、こんなおかしなルール変えてやりますから! あなたのこと絶対忘れませんから! 私は……!」


 最後の方は聞き取れず、車に押し込まれた。ふとアリアさんのほうを見ると、膝から崩れ落ちて泣いている。


 あなたはそうやって強くなっていくんだ。俺が偉そうに言えたことじゃないけど、あなたにはその資格がある。あなたの行く末を見届けられないのが残念だけど、きっとあなたならこの世界を素敵な世界にできる。その途中にはきっといろんな壁があるだろう。でも、あなたなら乗り越えられる。





ーーどうか、君に幸あれ。





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