第1章 愛と出逢い、 2
耳を疑った。
「え、いま何て…?」
「だから、ここ異世界転生研究所なんでしょ? 元の世界へ戻る方法、教えてよ」
異世界への行き方ではなく、"元の世界に戻る方法"だって?
「元の世界って……お前何者なんだ? っまさか、別の世界から来たのか……?」
「…わからない。覚えてないの」
自分でも次第に胸が高まるのがわかる。タイプの女の子を目の前にしているからではない。聞きたいことがありすぎる。
「どこから来たのかも覚えてないのか?」
「…はっきりとは覚えてない。ただ、別の世界から来た、というのだけはなんとなく覚えてるの……」
予想の斜め60度上をいく回答が続く。興奮と困惑と冷静さが1:2:√3だ。
「どの程度、記憶がないんだ?」
「…自分が何者なのか、今まで何をしてきたか、全部、覚えてない。気づいたら道路に倒れてた」
さっきまで日常的だったのに、目の前の状況が、自分にとって非日常になりつつあることを実感し始めている。
とりあえず落ち着こう。
整理しよう。彼女は異世界から来た。記憶はない。おそらく転生、あるいは転移の過程で失われたのだろう。
名前は、アイ……
「てか、何で自分の名前覚えてるんだ?」
素直に疑問に思って聞いてみた。
「…メモしてあったから」
名前以外のこともメモしとけよ……と思ったが口には出さない。
「…それで、どうやったら帰れるの?」
「どうしてそこまでして帰りたいんだよ? この世界に住めばいいだろ?」
「いやだ、なんか気持ち悪いもん。自分がいちゃいけない空気なの」
なんだそれ。曖昧な答えだな。俺なら、例え記憶を失おうと、異世界に行ったら1秒でも長くそこにいたい。
自分がいてはいけない。異世界に行くとそんなハブられた時のような空気を感じるのか?
「てか、なんで日本語話せるんだ? 異世界でも日本語なのか?」
「……なんでだろ」
「なんでだろうね」
「……なんでだろう」
御都合主義ってやつか? それとも、秘密の道具でもあるのか? こんにゃくか?
雲行きが怪しくなってきた。
様々な疑問は残るが、もしこの子の言うことが本当なら、自分にとっても、全世界にとっても大ニュースだ。いますぐ小説化できるくらいだ。
「とにかく状況はわかった。明日までにどうするか考えとくから、また明日来てくれ」
「…わかった。お茶、ありがと」
そう言い残すと、彼女は出て行った。
どこで寝泊まりしてるんだろ……お金とかどうしてんだろ……もしあれなら、俺の部屋でーー
だが俺にとって重要なのはそこではない。考えることが山ほどある。
俺はどうするべきなんだ? もちろん、彼女を助けたい。彼女は困り果て、異世界研究所という名前を見て、俺のところに希望を持って来たのだろう。
だが、俺は異世界へ行く方法を知らない。
もちろん、異世界転生研究所としてのプライドがある。伊達にたくさんの異世界ものを読んで来たわけではない。こんな状況も、どこかにあっただろう。
だが、俺は異世界へ行く方法を知らない。
タイプの女の子を前にして、カッコつけて、強がって、「どうにかする」と言ってしまった。
そもそも、彼女の言っていることに信憑性はあまりない。そんな簡単に信じてしまっていいのか?
俺はどうするべきなんだ?
様々な葛藤の末、池内に相談することにした。あいつが信じてくれるかどうかわからないが、とにかく他の人の意見を聞きたい。
「もしもしー、珍しいなー、お前からかけてくるなんて。あの女の子のことか?」
「その通りだ。察しが良くて助かる」
さすが我が数少ない友よ。
「んで、誰だったの?」
「えっとー、異世界から来た人だった、と言っても信じないだろうな」
「おいおい、俺に異世界ジョークはやめてくれよー」
「それが、マジなんだ。彼女自身がそう言ってた」
「え、うそ、まじ?」
俺は状況を一通り説明した。
「池内はどう思う?」
「不自然な点が多すぎるな。俺に道訊いてきたときもふつうに日本語だったぞ?」
「そうだよなー」
「中二病だろ。新手の、それに重度の。お前と同じだ」
「うるせーよ。やっぱり彼女の妄想話なのかな?」
「どう考えてもそうだろ」
「それならどうやったら現実を理解してもらえるだろう」
「え、お前が言えたことか?」
「俺はまだ現実を理解している」
「はいはいそーですかー。てか、お前の研究見せてやれば、異世界になんて行けないってわかるんじゃね?」
「っ……バカにされているが、その手があったか」
「俺も少しくらい協力してやるから」
「ありがとな」
通話終了。
こんな形で使うことになろうとは思ってもみなかった。
よし決めた。明日、彼女に俺の研究成果報告を見せよう。
そして、理解してもらおう。
ーー現実を。