第1章 愛と出逢い、 1
【研究成果報告5】
〈10月5日〉
その瞬間は突然やってきた。気づいたら目の前には、知らない世界が広がっていた。広がっている、という表現がぴったりなくらいに、周りには何もなく、平らな地面がどこまでも続いている。存在するのは自分だけ。
そこに女神を名乗る女性が現れた。
「あなたは第二の人生を歩むのです。」
理解が追いつかない。あれだけシュミレーションしていたというのに。
ようやく把握した。
転生した。ついにやった。
夢みたいだ。夢じゃないのか?
困惑と当惑がワクワクに変わる。
頰をつねってみた。
あぁ、まったく痛くない。
……ん?…痛くない??
そこで目が覚めた。夢だった。
私は異世界に行けない運命なのだろうか。異世界なんて幻惑に過ぎないのだろうか。
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疲れていたからか、ぐっすり眠れた。夢を見ることもなく目が覚めた。
時刻、朝10時。
午前中、新入生は大学生活の注意事項や、授業のとり方などの説明を受けている。それが終わったあと、勧誘という戦争が始まる。俺もそれに参加する。と言っても、看板を持って立つだけだ。パンフレットなんかを持って配る勇気はない。
それだけでも、選ばれし者は気づいてくれる。
「行くか。」
少し早いが、場所取りのためだ。暇な時間は、小説サイトでも見よう。
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桜はすでに散ってしまって、緑色を見せ始めている。昨日とは変わって、暖かい。
すでにいくつかの部が、正門のところで場所取りをしていた。各々部内の仲間たちと談笑している。俺は正門前ではなく、広場の時計の真下をゲット。時計を見るついでに俺を見てくれる、という狙いだ。
小説サイトに夢中になっているうちに、あっという間に時は過ぎ、新入生たちが続々と講堂から出てきた。
みんな先手必勝を狙うべく、「〜部!お願いしまーす!」「〜サークルどうですかー!?」と声を張り上げる。
俺はそういうのは苦手なので代わりに、
『こちら異世界転生研究所
〜柿國キャンパス 理学部棟3階〜』
と書かれた看板を掲げるだけだ。
場所のおかげか、多くの人がこちらに目を向けてくれた。こちらを見てクスクス笑う人や、指をさして笑う人や、こちらにスマホのカメラを向けてくる人がほとんどだったが。そんな視線にはもう慣れた。
ーー今思えば、その中にはあの子もいたのだろう。
しかし、彼女はこちらを見て笑ったりしなかったのだろう。おもしろがったりしなかったのだろう。
ただ、救いを、知恵を、理解者を、純粋に、真剣に、必死に、求めていたのだろうーー
俺の真上で時を刻んでいる時計台が12時を知らせる鐘を鳴らした。
「帰ろう」
いい宣伝にはなったのではないだろうか。静かに敬礼をして、戦線から離脱した。
昼飯は学食。久々の学食な気がする。午前中の俺の活動量は少なかったが、お腹は空いていた。学食内は新入生の見学者が多かったが、席は空いていた。
いつもの詠唱を済ませたあと、いつものトンカツ定食にありつく。
高校を出た頃は、大学に行ったら自炊しようと意気込んでたくせに、その勢いは一年も続かず、蓋を開けてみれば、カップラーメンの蓋や味噌汁の蓋をあける毎日だ。毎日味噌汁を作ってくれる彼女ができるまで、俺は学食とインスタントの往復を続ける。
食べ終わる頃には、勧誘組たちで混み始めていた。帰るとしよう。帰って、報告書の続きを書こう。
結局は帰ってそのまま寝てしまった。
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出逢いはその日の夕方だった。夢の中で報告書の続きを書いていると池内からの電話に起こされた。ご飯の誘いかと思ったら全然違う要件だった。
「もしもし?」
「もしもーし、なあ、翔悟、お前って妹っているっけ?」
「いや、いないよ。欲しいけど」
「願望を聞いてるんじゃねーよ」
「ならどうしたんだ、いきなり」
「さっき、お前に会いたいっていう女の子から道訊かれたんだよ。『異世界転生研究所に行きたいんだけど、柿國キャンパスはどこ?』って」
「どんな子だった?」
「見たことない顔だったから、おそらく新入生。ショートカットで無口そうだった」
「思い当たる節がないな。入部希望者かな?」
「わかんねぇ。道教えたらそそくさと行っちまったんだよ」
「わかった、わざわざありがとう」
「おぅ、何か進展あったら教えてくれ」
通話終了。
何はともあれ、来客というのは嬉しい。しかもそれが女性であるとなればなおさらだ。
俺の行動は速かった。部屋に散らかっているゴミを集め、脱ぎっぱなしの服をしまい、リセッシュをして、フィニッシュ。来客に備えた。物置を開拓した自称研究室とはいえ、ほぼ俺の家みたいなものだ。自宅に女の子を招く日が来るとは。
自分の体臭なんかもチェックした。完璧だ。
サンタさんを待つ子供のような気持ちで、部屋の中をぐるぐる歩き回った。
電話から10分後、ノックが聞こえた。
「どうぞー」
彼女は、そーっと顔をのぞかせこちらの様子をうかがっている。
「……ここが、異世界転生研究所?」
その子を見た瞬間、世界が止まった気がした。
正直、超タイプだった。ストライクゾーンど真ん中。まるで、脳内を覗かれて分析されたかのように、俺の好みに合う女子だった。
短く切りそろえられた髪、決して大きいとは言えない背丈と胸、斜め下を見がちなその仕草、控えめな喋り方。そのスタイルといい、頭の先から足の先まで右手の先から左手の先まで上下左右、前後表裏、完璧に好みにマッチしていた。一目惚れというのはこういうのをいうのだろうか。
おっと、見とれていてはいけない。
「えっと、入部希望者かな?」
「…えぇ、まあ、そうね、そんなところ」
「お名前は?」
「…アイ」
「苗字は?」
「…ない」
ない? 深く突っ込まない方がいいのだろうか? 複雑な家庭事情か?
「えっと、何年生?」
「…1年、けど二浪してるから同い年、タメでいい?」
「ん、ああ、もちろん。手続きとかは……後でいいか」
とても同い年には見えないくらいの童顔だ。しかしどこか大人な雰囲気も備えている。
とりあえずお茶を出した。茶を出すその手は震える。いろいろ話を聞こうと思っていたが、彼女は、突然、平然と、自然に切り出した。
「ねぇ、早速だけど、私はどうやったら元の世界に戻れるの?」
ここからストーリー中心になってしまうと思います。ただ、飽きがこないように、箇所箇所に
言葉遊び(悪く言えば駄洒落)や、
ギャグ(悪く言えば悪ノリ)を
散りばめていく所存です。
できれば最後までお付き合いください。