中編
PTメンバーはジークフリートが使っていた部屋に来ていた。今日この宿を発つのでジークフリートの残した物を回収しなければいけないからである。
部屋に入ってみると、部屋は片付いており本当にもういないのだと実感させられる。特にジークフリートがいつも来ていた鎧がそこにあるという事実が猶更そのことを強調する。
「おっさん……」
ディラクはジークフリートとの旅路に思いを馳せていた。思えばラインハルトとの二人旅をしていた時に仲間に加わったのがジークフリートであった。ラインハルトに次ぎ付き合いが長かったのだ。
旅を始めた頃、ジークフリートはとても頼もしかった。どんな強烈な攻撃もその盾で、たまになぜか体で受け止めていた。ついこの間のように悶えることもなくしっかりと大地に足をつけて立っていたのだ。そう立っていたのだ。
そうやって昔の事を思い出せば思い出すほどに悔しい気持ちが溢れてくる。最後まで欠けることなく魔王を倒すことが出来るのだとそう思っていたから、どんなに苦しく辛くても最後には皆で笑える時が来るのだと漠然とそう思っていた、のに。
ディラク以外もジークフリートとの思い出を思い返しているのかどこか懐かしさを覚えているようなそれでいて物悲しく思っているのか複雑な表情をしていた。
ディラクは物思いに耽っていると何かに目が行く。いや、何かというか鎧だ。
その鎧はいつもジークフリートが来ていた物で真新しいわけではない、しかしどこか違和感というか何かが変だ、そう感じる。
不思議に思いディラクは鎧に触れる。しかしよくはわからない。首を傾げながら違和感の正体を調べるべく持ち上げて見る。すると。
「あっ」
「ディラクさん、どうかしたんですか?鎧に何か?」
ソフィアがディラクを窺うように尋ねる。鎧を持ったディラクは真剣な顔をしておりそれ以上声をかけにくい。
「見てみろよ、この鎧」
そう言ってディラクは皆に見えるように鎧を突き出す。突き出された鎧は、盾役であるジークフリートが使っていたために大小無数の傷がついていた。しかし丁寧に手入れのしてあるそれは光沢がある。
「ボロボロだね。ジークさん、いつもこんなになるまで攻撃受けてたんだね……」
「あーいや、そっちもあるけどよ。そうじゃなくて」
また辛そうな顔をするエリィにディラクは自分の真意を伝えるべく口を開こうとする。しかしそれより先にラインハルトが声を出す。
「軽いんだね?」
「あぁ、そうだ」
ラインハルトの言葉にディラクは満足そうに頷く。
「この鎧はな、あの筋肉ムキムキマンのおっさんじゃないと着こなせないような重厚な鎧で、悪く言えば重いだけの頑丈さが取り得っていうかそれに重きを置いた鎧としては微妙な性能の鎧でな。でも見てみろよこれ。胸の辺りなんてペラペラで最早ただの鎧だ。おっさんはこんなになるまでこの鎧を使い続けたんだ」
「……なるほど、ジークフリート殿は私達に心配をかけさせまいと深い傷をその都度目立たないように加工していたというわけですね?」
「あぁ、恐らくな。俺達が魔族領と呼んでいる、強い魔族達が生息している地域に入った辺りからおっさんは夜遅くまで部屋に籠って何かをやってた。何をしてるのか気になってたが、多分これが答えだ」
「た、確かジークフリートさんはその辺りから強烈な攻撃を受ける度に悶えるようになっていました」
ソフィアとアレント、そしてディラクのやり取りを聞いていたエリィは何かが閃いたかのように身を乗り出す。
「じゃ、じゃあさじゃあさ。また鎧が分厚くなったらジークさんも一緒に戦えるってことだよね?」
「そう、ですね。鎧をまた新調すれば恐らくジークフリート殿も」
希望の光が差したかのようにソフィアとエリィの顔は明るい。普段あまり笑わないアレントも頬を緩ませる。
「それは、無理だよ」
しかしラインハルトはすぐにそれを否定する。
ソフィアは納得がいかずにラインハルトを問いただす。
「ソフィア、君自身がそう言っただろう?魔族領に入ってから悶えるようになったと。つまり分厚かった鎧の時点でジークフリートさんのダメージは大きかったんだよ。だから、また分厚い鎧にした所でもっと強い魔族が出てくればジークフリートさんはその分苦しむ。根本的な解決にはなり得ないんだ」
「そんな……」
どうしようもない現実にソフィアは打ちのめされる。自分をよく守ってくれたジークフリート、別に必要もないのになぜか壁になりたがったジークフリート。だがそれは彼の優しさから来たものだったのだろう、一番若い自分を、戦いに不慣れな自分を必死に守ろうとしてくれたのだ、なのに自分はなにもしてやれない。ソフィアにとってそれがとても歯痒かった。
「もう、止めにしよう。おっさんの話は」
「は?何言ってんの?今まで一緒に戦ってきたのにたったの数時間ではいおしまいってわけ?ジークさんだってもっと一緒に、だから」
「だからだろうがっ!」
エリィの責めるような言葉をディラクは大声で遮る。
「おっさんだって戦いたかった、それはわかってる。だからあんだけ食い下がったんだろ!ソフィアに汚い真似までして残ろうとしたんだろ!そこまでしておっさんは魔王を倒したかったんだ。なら俺達がやるべきことは感傷なんかじゃねぇ。そうだろ。俺達は皆魔王を倒すためにここにいるんだ。なら、それが俺達に出来るおっさんへの恩返しだ、俺はそう思う」
ディラクの言葉に全員が心を打たれた。結局の所自分達が追い出したことに変わりはない、その事実は変わらない。ならば自分達に出来ることはジークフリートの意志を継ぐこと。
つまり、魔王を倒し平和を取り戻すこと。それが自分達に出来る唯一の恩返し。
敵を攻撃することではなく味方を守ることで平和を目指した者の思いを受け継ぐこと、それが今やるべきことなのだ、とその場にいる全員が前に進み続けることを決意した。
ジークフリートがそれを理解したのは冒険者になってすぐの頃であった。ごく普通の村で育ったジークフリートは口減らしのために村から支度金を少しだけ貰い追い出された。それは経済的に厳しい村では当たり前のことでジークフリートもそういうものだと受け止め、村を出た後は大きな街へ行き簡単になれる冒険者になった。
冒険者になった、とは言っても最初は使いっぱしりというか肉体労働というかそういう誰にでもできるような雑務をこなした。薬草の採取をしたり土木工事で汗を流したり探し物をしたりとそんな生活を二ヶ月ほど過ごしていたある時。
受付から「そろそろ魔物の討伐なんかはどうだ?」と勧められてゴブリンならばいいかと思いゴブリンの討伐を受注した。
それから近くの森へと向かいゴブリンを探す。案の定数だけは多いゴブリンはすぐに見つかった。
その時ジークフリートは不安や恐怖といった感情はなかった。冒険者の先輩から聞く話ではゴブリンは最弱で負ける方がおかしいとまで言われていた。ならば、自分も難なく倒せるだろう、とそう思っていた。
実際にゴブリンは弱く一対一ならまず負けることもないだろう。だがしかし。
「がっ!?」
後ろからの突然の衝撃に頭が真っ白になる。ジークフリートは自身の身に何が起こったのか全く分からなかった。目の前のゴブリンに集中するあまり後ろから不意をついてきたゴブリンに気付くことが出来なかったのだ。
体制を崩したジークフリートにゴブリン二体は畳みかける。とは言うものの木の棒のような物で殴られるだけでそこまで大したダメージにはなっていない。
なのに、なぜか、ジークフリートは身動きが取れない。
決して痛いからではない。いや正確に言うなら痛いはずなのにそこから今まで感じたことのないものを感じていてそれを理解することが出来ずにいる。
そのことがどうにも不可解で未だに混乱の中にいるジークフリートはゴブリンに殴られっぱなしのままそれがなんなのか確かめようと思考する。そして。
(悦んで、いる?俺は痛みを感じて悦んでいる、のか?)
それを理解した時ジークフリートはそれをあっさりと受け入れた。自分はMなのだという事実、それを真正面から受け止めたのだ。
「そうか。少し驚いたがこれが俺。俺なんだ」
ゴブリンに殴られつつも開いた悟り。齢にしてまだ15の時であった。
それからというもの、ジークフリートは積極的に討伐へと赴いた。最初はゴブリン、次はコボルト、その次はオーク、その次またその次とより強いモンスターを求めて森の中を彷徨った。
しかしそれはあまり上手くいかなかった。ジークフリート自身が殴られている間は敵の攻撃に悶えてしまうため討伐が出来ないからだ。
ジークフリート自身はそれでも良かったのだがあまりにボロボロになって帰ってくるためにギルドの方から止められてしまいそれが叶わなくなってしまった。
そこでジークフリートはPTの盾役として加入することに決めた。後にこれが天職だったのだとジークフリートは実感する。
盾役は攻撃を受け止めることが第一なのでなりたがる者が少ない。そのためにジークフリートはすぐにPTへと加入出来た。
ジークフリートが加入したPTはすぐに高ランクへと登りつめた。どんな苛烈な攻撃にも勇ましく、時に病的に突っ込んでいくジークフリートの姿はメンバー全員を鼓舞させる。
どんな攻撃も、例え無駄な攻撃ですらも体を張って後衛を守るため後衛の魔法使いが安定して攻撃できることもPTの強みであった。
ジークフリートは幸せだった。敵の攻撃を受け止め悶えているだけで仲間からは感謝されお金も手に入る。はっきり言って天職だと、そう思えるほどに。
だがそんな幸せはずっとは続かなかった。PT内のメンバーが結婚をして解散となってしまったからだ。それについてジークフリートは不満もなかった。その二人がお互いを意識していることはずっと前からわかっていたことだし、このPT自体お金を稼ぐこと、稼いだお金で第二の人生を歩むことを目的としたPTであったため素直に祝福することが出来た。
だがそれはそれ。現実問題としてPTが解散してしまったため今後の身の振り方を考えないといけなかった。
とは言っても今まで冒険者として生きてきたのでまたどこかのPTにでも入ろうかと考えていた時に思いがけない所からの勧誘を受けた。なんと王国騎士団からである。
騎士と言えば国民の盾となりありとあらゆる責め苦に耐える者のこと。つまりジークフリートにとって願ってもないことである。ジークフリートは騎士団への加入を即決した。
騎士団に加入してすぐの環境はお世辞にも良かったとは言えない。いくら冒険者としての功績があるからと言って騎士としては下っ端、更に言うなら冒険者上がりのために当たりも強かった。
しかしジークフリートはめげることなく騎士の仕事を全うし続けた。例えどんなモンスターが現れようとその身を国民の盾にして人々を守り続ける、そんな生活を続けていた。
そしてジークフリートはいつしか騎士達から認められ騎士団長にまで登りつめていた。ジークフリート本人としてはただひたすら己の欲望を満たすためにより前に出続けていただけであったが、周りの騎士達にはそれが頼もしく見えた。どんな攻撃も恐れずに立ち向かうその背中に真の騎士道を見たのだ。
そんな、周りから見れば成り上がりのサクセスストーリーと言える状況でジークフリートは不満を感じていた。なぜなら前線に出ることが出来なくなったからである。
当たり前のことではあるが騎士団長ともなるとその役割はどちらかと言うと全体の指揮を執ることにある。つまりモンスターから遠く離れた所で焦らされ続ける羽目になるということである。
ジークフリートは絶望した。まさかこんな落とし穴があるとは思いもせず、騎士団長になってからは無味乾燥した毎日を送るばかり。一度辞退しようとしたが周りは「何も恥じることはない。なぜならあなたは騎士団の誇りなのだから」と言って話を聞こうとしない。
ジークフリートはほとほと困り果てた。辞めることも出来ず前線に出ることも出来ずに不満が募るばかり。
最早禁じ手として遠ざけていた自傷行為に走るしかないとそう思い詰めていたある日。
ジークフリートにとある情報が耳に入る。魔王の出現である。
なんでも魔王という魔族の王を名乗る者が人類に向けて戦争を仕掛けて来たのだそうだ。
これを聞いたジークフリートは自分も馳せ参じたいとそう思ったが魔王が攻めている国はこの国からは遠く戦争に参加することは難しい。
なんとか戦場に向かえないだろうかと考えていた矢先、勇者PTという少数精鋭で魔族領へと攻め込むPTが編成されることを知る。これを知ったジークフリートの行動は早かった。
すぐさま国王に謁見し、騎士団を辞め勇者PTへと加入をしたい旨を述べる。ジークフリートのことを真に理解していなかった国王は騎士団長という今の身分すら捨て他国の民のために立ちあがったジークフリートの生き様に感動しジークフリートの願いを快諾した。
許可を得たその日の内にジークフリートは国を発ち、それから数週間ついに勇者PTと出会い晴れて勇者PTの一員となった。
それからジークフリートは水を得た魚のように生き生きとしていた。生き生きしすぎて最初少しラインハルトとディラクに引かれていた。しかしそれも戦争の被害にあっている無辜の民のためなのだと気付いてからはジークフリートという存在に尊敬すら覚えるほどになっていた。
そんな二人からの尊敬を余所にジークフリートは不満を覚えていた。モンスターとの戦いなのに刺激が足りないのだ。
その原因はわかっている。鍛えすぎた体が痛みを激減させてしまっているのである。
ジークフリートはまたもや絶望した。しかし、だからと言ってどうしようもない。無いよりはマシなのだからと己に言い聞かせて半端な快感に耐え忍ぶ。いつかまた全身を駆け巡るあの快感が味わえることに期待して。
ジークフリートの我慢の日々は続きそしてついにその時はきた。魔族領へと勇者PTが進撃したのだ。
「ほあぁぁぁぁぁ」
ジークフリートはその快感に全身を震えさせる。鍛えられた自分の体にいとも簡単にダメージを与えるそのモンスターに運命の出会いすら感じた。更にいうなら今まで中途半端な快感に耐えて来た反動で久々の快感は信じられぬほどの幸福であった。
今までなんともなかったジークフリートが悶える姿に仲間達は心配するがジークフリートはそれどころではなかった。
(もっと、もっとだ!もっと強い刺激を!!)
更なる刺激を求めるためジークフリートは鎧を加工することにした。そう、鎧を削ることにしたのだ。少しずつ削っていけば鎧が薄くなっていることに気付かれることはないだろうとの考えからである。それからジークフリートは毎晩毎晩更なる刺激を夢見ては鎧を削る毎日を送った。
実際その効果は凄かった。魔族領は進めば進むほど敵が強くなり、鎧はどんどん薄くなっていく。その相乗効果で刺激はどんどん増していく。ジークフリートはついに更なるステージへとたどり着いたのだ。
だが、しかし。
(こんなことになるとはな……)
ジークフリートは当てもなく彷徨っていた。朝になる前に町を発ったが行く当てはない。まさかこんな道半ばでPTから外されるとは夢にも思わない。というか最近は痛めつけられる夢しか見ていない。
(今までは本気ではなかったと正直に言うか?いやそんなこと出来はしない)
彼らのあの真剣な眼差しを見て、今更実はドMでしたなどとは口が裂けても言えない。戦闘中に悶えていたのではなく快楽に溺れていたのだなどと言えるわけがない。
「はぁ……」
ジークフリートは大きくため息をつくと再び歩きだした。行く当てはなくとも刺激の当てはあるのだからと自分に言い聞かせて。