プロローグ
辺り一面が暗いステージの中央がスポットライトで照らされている。
そこには板状に何やら描かれたテーブルと、向かい合うように座った男性が二人、そしてテーブルに備え付けられたルーレット台に片手を添える女性の姿があった。
「……それでは、参ります」
女性がそう宣言する。周囲からゴクッ、と息を飲む音が聞こえた。
少し高い位置に3人を囲むように観客席があり、そこには百何人もの観客がいた。彼らはこの勝負を見逃すまいと、息を潜めてステージを凝視している。そのため僅かな音でも響いてしまっていた。
女性はそばに置いてあったケースから、銀色のボールを取り出す。それを軽く握りこむと、なめらかな動作でルーレットのホイールを回転させた。シャー…と軽い音が鳴り、間髪入れずにボールが投げ入れる。
二人の男の目に力が篭る。ホイールの回転速度、ボールの位置、すでに埋まったポケット、ディーラーの心理…。様々な情報から、次にボールが落ちるポケットを推論する。
一人が動いた。髪に白髪が混じり始めた、初老の男である。チップのタワーをテーブルの中央へと押しやる。テーブルには赤や黒の異なる数字が描かれており、ホイールの番号と対応していた。
予想位置に自分のチップを置いたその男は、未だ台を睨む男に微笑みながら語りかける。
「そんなに気張りすぎてても疲れてしまいますよ。まだまだ勝負は続くのですから、気楽にやりましょう」
もちろん気遣いからくる言葉ではない。相手を惑わし、集中力を乱れさせ、自滅させる。これも男の戦略の一つだ。
しかし、語りかけられた男はジッと台を見続ける。
まるで聞こえてないかのような素振りに、初老の男はさらに笑みを深めた。この男の実力ならば、小細工など無意味とわかっている。
久方ぶりに全力で楽しめそうで、自然と笑みがこぼれていた。
男がチラッと目を向ける。優しげな笑みを浮かべる男の眼は、どんな相手だろうと自分が勝つ事に何の疑いも持ってなかった。
それはそうだろう。これまで幾多ものギャンブルを勝ち抜き、強者を蹴落とし、この街にギャンブルの王として君臨するその男が、自身の敗北を想像するはずもない。
おそらく自分も、楽しめはするが自分に届く相手ではないと思われているはずだ。
苛立たしげに眼を細めると、自分のチップに手を伸ばし、
「……なんと。正気ですか?」
そこにあったすべてのチップをテーブルの中央へと押した。観客がどよめく。男の行動は、本人以外の誰もが予想外のものであった。
初めて驚きの表情を浮かべた王に、男は愉快そうに僅かに唇の端を上げる。
「……どうした?いつもの薄気味悪い仮面が剥がれてるぞ」
「……」
王は冷ややかに男を見る。調子を狂わされた事を若干不快に思いつつ、思考を回す。
これまでの勝負では王が優勢であった。しかしその差は僅かなもので、ヤケになって全財産で一発逆転を狙わざるを得ない程では無かったはずだ。なぜ勝負を捨てた?
……いや。男には自暴自棄な様子は見られない。このゲームで勝負に出ることは前から決めていたような、ここで勝ち自分を喰い殺そうとするかのような雰囲気が伝わってくる。実際、賭けている位置は王が迷った迷った選択肢の片方だ。
「結果は同じと、綱渡りを走ってきますか……。いいでしょう。受けて立ちます」
そう言って王はタワーを移動し、賭け直す。男と同様に、全チップだ。どの道、ここで男に勝たれたらかなり苦しくなるため、こちらも勝負に出ざるを得ない。
楽しめた男との勝負が想像以上に早く終わってしまう事に軽く落胆しつつ、しかしそれ以上に初めて自分の敗北がちらつくこの大勝負に喜びを隠しきれずにいた。
……嗚呼、これが、これこそが!勝者には栄光を、敗者には絶望をもたらすこの勝負こそがギャンブルの真髄だ……!
観客の騒めきなど耳に入らず、王は男との勝負に浸っていた。高度に、狡猾に、予想外に戦うこの男は、間違いなく今まで対峙した中で過去最強のギャンブラーだった。
「……ノーモアベッド」
チリンチリンと、2回の鈴の音とともに女性が宣言する。観客はピタリと騒ぐのをやめ、この大博打の行方を見逃すまいと食い入るようにステージへと眼を向けた。
これでもう後には引けない。あとはボールがその動きを止めるのを見守るだけである。
ツゥ…、と男と王の額から汗が滴り落ちた。
「……これであなたが負けたら、契約通りその命を貰います」
「アンタが負けたら、アンタの座を俺が貰い受ける」
「良いですねぇ。勝てば栄光を、負ければ死を。これこそがギャンブルと思いませんか?」
「……忌々しいが、それには同感だな」
そしてお互いに口を閉ざす。ボールの回転が弱まり、決着が近づいていた。
コロン…と軽い音がして、ボールがポケットに落ちる。それを確認した女性は僅かに眼を見開き、そして宣言した。
「番号は……」
初投稿ゆえ至らない点ばかりですがどうか生暖かい目で見守ってください。