淡彩の旅路(絵・晶さま)
晶さま(http://14890.mitemin.net/)のイラストに文章を付けさせていただきました。
ジャンルは指定なし・必須要素は「主人公はパステルという12歳の女の子」の作品です。
「よぅし……。パステル隊員、突撃します!」
宣言すると、少女は草むらに飛び込んだ。自分の背丈ほどもある草を掻き分けながら、ずんずんと進んでいく。
背負ったリュックには、はち切れんばかりに非常食という名のお菓子が詰まっている。
誕生日に買ってもらったばかりの双眼鏡を首から下げ、いかにもといったふうに遠くを見回した。ところが、背の低い彼女の視界に映るのは草の先っぽばかりで、景色らしい景色は見通せなかった。
「そんな時にはコレですっ!」
じゃじゃーんとポーズを決めながら、足に結わえたナイフを抜く。長年使われていなかったと見えるナイフは、錆びて刃こぼれしていた。
必死にナイフを振り回して草をなぎ倒そうとするも、弾力のある茎は倒れてもすぐに立ち直った。
何度倒されてもピンと空を目指す細く平たい葉の草は、なまくらのナイフよりもよっぽど切れ味がよかった。こすれた葉は皮膚を切り裂き、いつの間にか腕には細かな切り傷ができあがる。
ヒリヒリと痛み始めた傷口を舐めて応急手当をしていると、今度は蜂が寄ってきた。リュックの中のお菓子が放つ甘い匂いに誘われたのだろうか。
――蜂がいる時は動いちゃダメ。動いたら刺されますっ!
体を縮こませて蜂が遠ざかるのを待っていると、今度は足がピリピリし始める。
何とかその場はやり過ごせたものの、最初の戦意はどこかへ消えてしまった。
泥がはねて汚れてしまった探検隊の衣装は、今日のために揃えた特別なものだ。ぷくっと頬を膨らませ、つま先で地面をつついた。
「ちぇーっ。こんなはずじゃなかったんですけどねぇ。……って、あれ!?」
何度か頭を叩いて、きょろきょろと周囲を見回す。けれど、そこには目当てのものが落ちている様子もなかった。
「ないっ! ないないないッ! ワタシの帽子が見当たらないっ!!」
パニックになりながら、来た道を駆け戻る。
背の高い草が派手な音を立て、それに驚いた鳥たちが一斉に飛び去った。
パステルが踏んで倒れたはずの草は、この僅かな間にすっかり立ち直っていた。おかげで通ってきた道をそのままなぞることも難しい。
いつの間にか、辿ってきた道を見失ってしまった。
傷を増やしながらどうにか草を掻き分けていくと、一頭の鹿と鉢合わせた。
「わぁ……」
目を見張ってしまうほど立派な牡鹿だった。木の枝を思わせる巨大な角には、先ほど逃げ出したと思われる小鳥が止まっている。
「鹿さん鹿さん。ワタシの帽子、知りませんか?」
途方に暮れた彼女は、藁にもすがる気持ちで鹿に問いかけた。牡鹿は数秒パステルと見つめ合った後、顔を逸らして叢の奥へと姿を消してしまった。
「うう……。やっぱりダメですかぁ」
こぼれそうになった涙を押さえるため、空を仰ぐ。みるみる大きくなった滴は、ついに頬を伝って流れ落ちた。
「どうしましょう……」
空は薄茜色に変わり始めていた。このままでは森の中で野宿をしなければいけない。
簡易テントは荷物に入っているが、それを一人で組み立てたことはなかった。よくよく考えてみると、ライトも持っていない。
――ワタシ、このまま死んじゃうんじゃ……。
「……う、うっく……、うわぁぁぁぁぁん」
不安のあまり、堰を切ったように涙が溢れ出した。
腹の虫が空腹を訴え、泣きながらリュックを漁った。チョコレートでコーティングされた棒状のスナック菓子を掘り出すと、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔でかぶりつく。
「……ひっく、……ん、チョコ美味しい。……うわぁぁぁぁぁん」
次のお菓子に手を伸ばしながら、絶叫じみた泣き声を上げた。
がさり。
草が揺れる音がした。音は次第に近づいてくる。
――動物さん……?
鹿ならまだしも、熊のように人間を襲う生き物だったら。
恐怖のあまりパステルは硬直した。手だけは震えながらビスケット型簡易食の包装を開けていた。
「……テル、パステル!」
草むらを掻き分けて現れたのは、パステルの姉だった。
「まぁ、呆れた。泣きながらお菓子食べてるなんて」
肩をすくめると、開封したばかりのビスケットを一枚抜き取った。
「おねぇ……ちゃん」
姉の服をしっかりと握りしめ、ビスケットの袋を差し出す。
「これ、全部あげます。だからおうちに連れて行って」
泣きじゃくりながらお菓子を差し出す妹を軽くいなし、姉は手を繋いで歩き出した。
「パステルさ、この暑い中帽子も被らずに森へ入っちゃ駄目だよ?」
「えっ……?」
半歩前をゆく姉の背中を追いかけていたパステルの目が、大きく開かれる。くるくると目まぐるしく表情を変える大きな瞳が零れ落ちそうなほどだ。
「お姉ちゃん。ありがとうね」
聞き慣れた母の声がして、すぐに視界が開けた。そこは祖父の家の裏庭だった。
姉と合流してから、五分と経っていない。
さっきまでの絶望感は、羞恥に変わっていった。
「パステル、おじいちゃんが心配してたわよ。戻りましたって報告してきなさい」
母にたしなめられて、耳まで真っ赤に染まる。
「もしかして……聞こえてました?」
「もしかしても何も、この距離であの大声でしょう。家の中までしっかり聞こえてたわ」
ほら、と背中を押されて、紅潮した顔を扇ぎながら玄関へ向かった。
「夜はカレーだから、手伝ってちょうだいね。ちゃんとできたら夜は花火をしましょう。いいわね、パステル隊員?」
「……っ! ラジャーッ!!」
パステルちゃんが可愛すぎてつい暴走しました(反省)