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生命の大樹に水差しを(絵・夜風リンドウさま)

夜風リンドウさま(http://6886.mitemin.net/)のイラストに文章を付けさせていただきました。

ジャンルはファンタジー、必須要素は「亡霊」の作品です。



※絵より下の部分は残酷な描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。

「そっちだ、そっちに行ったぞ!」

「追えっ! 捕らえろっ!!」


 切迫した怒号が飛び交う。屈強な男たちが構える槍が、一点で交差した。

 そのうちの一本は、標的と男たちの間に割って入った女の頬を切り裂いた。


「やめろ。この子が何をしたと言うんだ」


 頬に血の筋を引いた女は、凛とした声で場をなだめる。その背後では淡い黄色のワンピースを着た少女が身を丸めて震えていた。その手には千切れた鎖がまとわりついている。

 少女をかばおうとする女を中心に、男たちの射るような視線が交わった。


「お前には関係のないことだ。立ち去れ、人間の小娘よ」


 リーダー格の男が、尊大な口調で告げた。その耳は空に向かいツンと伸びていて、人間ではないことが誰の目にも明らかだった。


「エルフの族長よ、私は『水差し』となるためにこの村へ来た。その少女も私と同じ役を受けた者だろうと思うが。『水差し』は一つで十分だろう」

「人間の風情が何を言うか。『水差し』を捧げるのは我らが定め。貴様のような余所者が甘い考えを抱くな」


 それも我らに近づくための謀略か、と責め立てられて女はきつく唇を噛んだ。


「……これまでのこともある。全て水に流して忘れてくれなんて厚かましいことは言えない。だが、『水差し』となる者をこのように扱う者たちが威信にかかわると言うなど、何かが間違っているのではないか?」

「うるさい。何も知らない小娘がっ」


 話は彼女――クローチェ――が生まれる前にさかのぼる。

 当時、人間とエルフは敵対関係にあった。エルフの尖った耳は万病の薬となり、さらには長寿をもたらすと信じられてきた。そのため、人間がエルフを襲う事件が各地で相次いだのだ。それが誤った知識だと判明したのはつい最近のことで、両者の確執は手の施しようがないところまで来ていた。


 クローチェが幼い頃にはすでに両者の交流が絶たれていた。

 これまでの経緯も、大人たちに語り聞かされた話の中のことだけを知っているに過ぎない。


 ――だからこそ、彼女は『水差し』になることを志願した。


 エルフの住む森の一番奥には、生命の大樹と呼ばれる大木がそびえているという。

 数年に一度その大木に若い娘が捧げられる。その娘が『水差し』と呼ばれるのだ。人間とエルフの和平のため、政府は『水差し』を提供する計画を発表した。

 エルフ文化が専門の研究者からは「彼らの文化を損なう」と反対の声が上がった。それでも、政府は強行的な姿勢を崩しはしなかった。


 知性、品性、容姿。さまざまな面から最も『水差し』に相応ふさわしかろう娘が選定された。

 クローチェは誰にも負けぬ努力をした。花の蜜が美容に良いと聞けば財産を投げうってさまざまな種類を買い求め、勉強が必要となれば図書館にこもって開館から閉館まで勉学に費やした。

 並み居る娘たちを押さえクローチェが『水差し』になることが出来たのは、その並々ならぬ情熱のおかげである。


 ゆえに、『水差し』をぞんざいに扱う者たちを見過ごすことはできなかった。


「私は、エルフの長に教えを乞うためここへ来た」

「ならぬ。立ち去れ」

「我らは儀式の途中なのだ」


 エルフ族の男たちは矢継ぎ早に言葉を放つと、持っていた武器を構え直す。


「去らねば、この槍が貴様を貫く」

「そうするがいい。どうせ、私は人の里へは戻れぬ身だ」


 自棄になったようにクローチェは吐き捨てた。

 役に立たなければ切り捨てる。『水差し』に選ばれた彼女が最初に教えられたのは、残酷な政府のやり口だった。これまでも、何人もの学者たちの研究が闇に葬られたのだと脅された。


 切り捨てられるのが自分だけなら良い。だが、家族や親戚、友人にまで被害が広がれば。

 それを思うと、何があっても『水差し』としての成功を収めなければならなかった。


「戻れぬからここで死を選ぶか。愚かだな」


 一人の男が嘲笑を漏らした。つられて他の者たちもドッと笑いだす。

 怒りを露わにしたクローチェが睨みを利かせたが、その程度で態度を改める者はなかった。


「元はといえば、このガキが悪いんだ」


 クローチェの背に隠れていた少女が息を飲んだ。唾液を飲み下す音がいやに耳に残った。

 次の瞬間、男の腕がクローチェの背後に伸びて少女を引きずり出した。


「お前が逃げなければこんなことには」

「恥を知れ」

「『水差し』にあるまじき態度だ」


 耳を塞ぎたくなるほどの罵倒の言葉が飛び交うが、手を上げる者はいない。

 少女は剣幕に圧されて嗚咽交じりに「ごめんなさい」と連呼しているが、攻撃から身をかばうような姿勢を見せることはなかった。


「彼女が不適合なら、私を使えばいいだろう」


 ずい、と前に出ると、すぐに鋭い槍の穂先がのど元に突き立てられた。

 予想はしていた動きだが、嫌な汗が背中を伝って流れ落ちる。


「……ならば、『水差し』の世話役を」


 クローチェの申し出に、男たちは眉根を寄せた。


「そんなものはない」

「存じています。だからこそです」


 男たちは首をすくめ、ますます意味がわからないというそぶりを見せる。


「『水差し』になることは諦めます。せめて彼女の世話役に……」


 口調を変え、クローチェは石だらけの地面にひれ伏した。


「いらない」

「……え?」


 少女の声に耳を疑った。

 初めて聞いた声は、まだ幼さを孕んでいた。


「別に、世話役なんていなくていい。一人でもなんとかする」

「だとよ」


 男が槍を一振りする。

 エルフたちは嘲笑を残し、森の奥へと消えていった。


 クローチェも必死で彼らの後を追う。しかし、山道に慣れた彼らに引き離されるばかりで、ついには森の奥で道を見失ってしまった。

 辺りを見回すと、遠くに巨大な木が見えた。


「……あれか?」


 周囲から頭一つ抜きんでている大木に、嘆息が漏れる。

「生命の大樹」という呼称はだてではないようだ。


 木の位置を確かめながら山道を進むが、川や岩を迂回しながらの道のりとなったため予想以上の時間がかかった。

 ようやく大木の元に辿り着いたのは、エルフたちと別れてから五日後だ。


 木の根元には明かりが灯っていた。真っ白な衣装に身を包んだ娘の姿も見える。

 クローチェが草むらを揺らした音に気付いて、少女が顔を上げた。


「お前っ!」


 驚きに目を見開き、怒りのこもった声を放つ。その気迫に、クローチェは絶句した。

 あの時に見た少女と同一人物とは思えない。


「道に迷ってしまった。今晩だけここにいさせてくれないか」

「図々しい言い訳だこと。……あたしだけだと力じゃ敵わなさそうね」


 ぼそりと漏らした言葉に、苦笑しながら大木に近づいた。


「ストップ。そこから先はダメ」


 少女が声を上げたのは、木から十歩ほど離れた位置だった。そこを境に、草が一本も生えない乾いた地面が待ち受けている。

 クローチェは草むらに腰を下ろし、少女は土の上に正座して出迎えた。


「こちら側に来ていいのは『水差し』だけなの」

「へぇ。それは初耳だ」

「……あなた、どこまで勉強してきたの?」


 訝しげな少女の視線を受け、クローチェはかぶりを振った。


「大したことない。エルフ文化についての書物に目を通したくらいさ」

「エルフに関する本があるの?」

「ある。関係性が絶たれてからは、うんと数が減って信憑性も薄いけれどもね」

「ふぅん……」


 少女は服の裾をつまみ、膝を崩した。


「いいのかい? 私をここに近づけて」

「別に。こちら側に入らなければ問題ないわ」

「どうしてこれを境界線に」


 草むらと土がこうもはっきりと分かれているのは珍しい。だが、それだけの理由で区切りをつけるだろうか。

 クローチェの疑問に、少女は当然のことのように答えた。


「こちら側は死の世界なの」


 少女の放つ緊迫感につられて息を飲んだ。


「見ての通り、生命の大樹の下は草が生えない。それどころか虫や鳥もいないの」

「……言われてみればそうだ」

「この木は他の生命を吸収することで成長するのよ」


『水差し』の役割は、木の栄養になるために木の根元に入り、静かにその時を待つことなのだという。

 彼女に与えられたのは一本の短剣だけで、万が一の時にはそれを使って自死するためにあるらしい。


「私と出会った時も逃げる途中だったんだろう? 嫌ならなぜ『水差し』に?」

「まるで『水差し』になりたくてたまらないみたいな口ぶりね。生まれた時に決められてさえいなかったら、こんな所にはこないわ」

「生まれた時に決められているのか」


 そんなことも知らないの? と少女は笑った。

 不意に木の葉がこすれる音が聴こえ、彼女の横に立っていた松明の明かりが消えた。何事かと身構えると、悲しそうな少女のつぶやきが聞こえた。



挿絵(By みてみん)



「もう、お別れみたい」

「何を言って……――」


 闇に慣れ始めた目が捉えた光景に、クローチェは絶句した。白かった少女の服は黒に染まり、大木のゴツゴツとした男の手のような枝は今まさに彼女を捕らえんとしている。


「生命の大樹には大昔に死んだ男の亡霊が宿っている、なんて昔話があるけど、本当だったみたい」


 無邪気に笑う少女の体に、枝が食い込む。やわらかい肉体が貫かれて不快な臭いが広がった。

『水差し』を得た木は、彼女を鬱蒼と茂る葉の中へ持ち込んだ。肉を食いちぎる音に嘔吐しつつも、クローチェの足は草のない向こう側・・・・へ進んでいた。

 大木はクローチェの侵入にも素早く気付き、枝を伸ばす。


 焼けるような痛みを覚えながら、クローチェは生命の大樹に呑まれたのだった。

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