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たどる。(絵・陽一さま)

陽一さま(http://10819.mitemin.net/)のイラストに文章を付けさせていただきました。

ジャンル・必須要素は指定なしの作品です。

 もう、何時間になるだろう。

 地域学習の一環としての自由研究。私はその主題に「水源をたどる」ことを選んだ。


 町を東西に分断する通称「二間川にまがわ」は、その名の通り二間――約三百六十メートル――の川幅を有する大きな流れだ。……と授業で教わったものの、実際目にするのは二、三メートルがいいところの川で、二間の幅があるのは下流の海に近い地域に差し掛かった辺りのごく一部だ。


 私が住む町は上流の方にある。地図で調べたところ、水源と思わしき所までは四キロメートルあるかないか。

 ならば、たどるのも容易かろうと思ってこのテーマにした。


 実際、みるみるうちに川幅が狭まっていくのが感じられた。移動も川沿いにサイクリングロードが併設されていたから問題なかった。――少なくとも、初めのうちは。


「……もうっ。これ以上どうしろって言うのよ」


 川幅はおそらく、私が両手を広げた長さより狭い。残す距離も数百メートルというところだろうと思う。

 ここにきて、ついに自転車が使えなくなった。サイクリングロードの端は草むらに呑まれて消えていた。先にはやかましいほどのキリギリスの鳴き声があるばかりだ。


 ときおり顔を目がけて飛びかかってくる虫を払いながら、自転車をとめて河原に降りた。

 濃い川のにおいが、私を包み込む。

 周囲の風景を写真に収めてみたが、途中から緑ばかりで変わり映えしない。こんなものに意味などあるのだろうかと疑問に思えてきた。


 この先は傾斜がきつくなっているようで、大ぶりな石が積み重なった灰色の筋が緑の木々の切れ間から覗いていた。

 足をくじかないように気を付けながら、慎重に歩みを進める。

 川のそばはこれまでの暑さが嘘のようにひんやりとしていた。


 進めば進むほど、制服で来たことを後悔した。細かい枝や草の屑がいたるところについてしまっていたし、スカートがこの上なく歩きづらい。

 川の両側は岩と形容して問題ないサイズの石が通路のような溝を形成していた。


「……この先は岩の上よりも川の中を進んだ方が安全そうね」


 転んだ時のリスクを考えて、降りやすそうな岩を探した。鋭く切り出されたような形になっているものが多いから、靴は脱がない方がよさそうだ。

 靴下に水がしみる心地悪さをこらえながら水中を歩く。水の冷たさが意識を澄み渡らせていくようだ。


 流れが緩やかな川の端を、岩壁に支えられながら進む。水のにおいは、いつしか私のにおいと同化していた。

 山肌は岩がちになり、背の低い草がまばらに見えるばかりになった。

 さっきから階段を上るように岩を登り続けている。それでも疲れないのは、川の水が私を癒してくれるからだろうか。


 私は川の一部だった。

 私の体の余計なものは、流れにもまれてすすぎ落とされていく。

 軽くなった体で、さらに上流を目指す。




 ついに、川のはじまりが見えた。岩が積み重なった壁に穿たれた穴から、清流が噴出している。

 私は夢中でシャッターを切った。



挿絵(By みてみん)



 ――もっと近く。水が湧きだすところへ!


 衝動に任せて、川をさかのぼった。そして、息を飲む。

 川の流れの始まりは、自然にできたうろではなかった。人工的に積み上げられた、石のトンネルだ。その奥から流れが及んできている。


 無理をすれば通れそうな幅に、好奇心をそそられた。

 姿勢を低くしてトンネルの高さを確かめる。


「いける!」


 迷いはなかった。明かりもない中を手探りで進んだ。

 奥へ進むほど足の裏に伝わる岩の感触は細かくなり、膝をくすぐる流れはしだいに嵩を減らしていった。

 いつしか水は消え、代わりに光が網膜を灼いた。


 木の枝が顔に当たり、がさりと葉が揺れる音がする。

 それを押しのけると若い草のにおいが私を迎えた。刈ったばかりの草のにおいだ。


「……おい、そこで何やってんだよ」


 聞き覚えのあるような声が降ってきて、私は顔を上げた。


「なんであんたが……?」


 そこにいたのは、同じクラスの男子だった。しかも、ご丁寧に野球のユニフォームを着込んでいる。

 状況が飲み込めずに視線を泳がせて、私は愕然とした。


 私は学校にいたのだ。

 どうやら、グラウンドと通路を区切る生垣の間から出てきたらしい。


「でもっ、でもでもでもっ!」


 パニックになりながら、カメラの電源を入れようとして気付いた。制服もカメラも水浸しなのだ。


「いくら暑いからって制服でプールに入るのはよくないと思うぞ。風邪ひく前に着替えて来いよ」


 彼に促されて、納得がいかないまま家に戻った。

 家には乗っていったはずの自転車がなく、やはり夢ではなかったのだと知る。もう日が落ちはじめていたのでそこから更に出掛けるのはやめにした。


 制服とカメラを乾かして、記憶を整理する。

 幸いにもカメラのSDカードは無事だったようで、写真をパソコンに取り込むことが出来た。そこには、今日たどった道のりがきちんと記録されていた。

 学校の近くの橋から始まって、サイクリングロード沿いに上流へと向かう。切り立った岩壁の間から写した一枚には臨場感があり、しぶきの冷たさが感じられそうなほどだった。


 しかし、一か所だけ。水源のトンネルを写したあの一か所だけ画像が残っていない。

 そこのデータだけが消えたとでも言うのだろうか。それ以外考えようがないが、それもあの不思議な体験を思い返せば納得できなくもない。


 ――明日も暑くなるらしい。確認も兼ねてもう一度あの川へ行ってみようか。

 ついでに、置いてきてしまった自転車と涼をもとめて。

担当の方が企画を辞退されたため、急遽書かせていただきました。


絵のタイトル「涼をもとめて。」とオチを絡めようと思ったら微妙な感じに…。

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