2話 その4 魔王アレイジットの正体
風呂から上がると、俺はリビングに戻って休憩することにした。
どうもお風呂で悶々としていたら、つい長湯をしてしまったようだ。
この世界のことや、プロネアのことを考えていたせいかな。
少しのぼせてしまったかも……
ソファーに背中を預けて、お風呂上りの熱気が引くのを待つ。
そうしてのんびりしていると、ふいに部屋の扉が開かれた。
――ガチャリ。
青い髪の美少女が部屋に入ってくる。
プロネアか。
視線が合うと、彼女は話しかけてくる。
「お風呂はいかがでしたか、クトリール様」
「ああ、ゆっくり浸からせてもらった」
「それはよかったです。でも顔が赤くなってますけど、大丈夫ですか」
「うーん、ちょっとぐったりしてるかも」
「そ、それは大変です。いますぐ冷たいものをご用意いたしますね」
プロネアはそう言うと慌ててテーブルに向かう。
そして一杯のコップに水を入れて、持って来てくれた。
綺麗な手を携え心配そうに渡してくれる。
「ど、どうぞ、クトリール様」
「ありがと、助かるよ」
「申し訳ありません。私が差し出がましくお背中を流そうとしたせいで、クトリール様に無用な負担を掛けてしまったようです。アシストキャラなのに面目ありません……」
「そんなことないよ。プロネアのおかげで体も綺麗になったし」
「ですが……」
「大丈夫だって。緊張もしたけど嬉しかったから」
「そ、そうですか。喜んで頂けたのなら、少しは頑張った甲斐もあったのですね」
プロネアはそう言うと、控えめな笑顔を向けてくる。
もっとも俺から笑いかけたので、その返答のつもりだろう。
今ならならさっきの話を聞くのに、いい雰囲気かもしれない。
俺はそう判断すると、話を切り出すことにした。
「プロネア、ところでさっき言ってた元の世界に戻る方法についてなんだけど……」
「そうですね。そろそろお話ししておきましょう。ですがさっきも申しあげました通り、確証のあるお話しではありません。それに直接的なことでもないです。それでもよろしいでしょうか」
「……うん。話して」
そう答えるとプロネアは少し間を置いて、俺に訊ねてきた。
「クトリール様は、魔王アレイジットを覚えていますか」
魔王アレイジット……
その名前はあの携帯ゲーム機にインストールしていた戦略ゲーム。
それで作ったキャラクターと同じ名前だった。
確かゲームの内容は、魔王軍を育成して世界征服をするのが目的だったか。
そして魔王とはプレイヤーのことで――
つまり、俺のことだった。
「もしかして、魔王アレイジットもこの世界にいるの」
「この世界には複数の魔王がいるんですけど、その中の一人がアレイジットという名前なんですよ」
「でも魔王アレイジットって、俺が操作していたキャラクターなんだけど……」
「そうですね。だからおそらく別人なんだと思います」
「えっ!?」
「で、す、か、ら、アレイジットの名前を騙ってる者がいるんです」
「たまたま名前が同じという可能性は?」
「偶然を考えるよりもアコリス一世がこの世界に登場したように、魔王アレイジットの配下だった者がこの異世界に現れ、その名前を使ってると考えるのが妥当でしょう。もしかするとクトリール様の意志を継いで、この世界を征服しようとしているのかもしれません」
俺の意思というわけではないけどね。
ただゲームのクリア条件がそうなってただけで……
「ゲームならいいけど、異世界とはいえ魔王に世界征服なんてされたら困るよ」
「でしたら倒しに行きますか?」
「それは無理かな。俺、あのゲームやり込んでたし。どの配下が名乗っているのかは知らないけど、全員レベル999だよ。今の俺なんて瞬殺されるに決まってる」
ステータスだってカンストしていたはず。
そんな相手を倒しに行くとか無謀もいいところだ。
とはいえ忠誠度も最高値だったから、もし出会うことができれば……
あるいは仲間にすることもできるのかな。
「プロネア、俺が本当の魔王アレイジットだって分かってもらう方法はないの?」
「ありますよ。というよりもゲームキャラならクトリール様を見た瞬間、すぐに分かります」
「えっ!?」
「アコリス一世にしても自称魔王アレイジットにしても、もともとはプログラムだった子たちです。この世界で肉体を得たとしても、本能的にクトリール様の存在は察知できるはず。なにしろクトリール様は全てを統べるアカウントデータと繋がってますからね」
「アカウントデータ?」
俺は唐突なその単語に首をかしげた。
「はい。クトリール様がこの世界に持ち込んだ携帯ゲーム機ですが、それは現在、クトリール様の体内に取り込まれているんですよ。ですからクトリール様は、未だにアカウントデータと繋がってるんです」
「ちょっと待ってよ。さっきから言ってるけど、携帯ゲーム機を持ち込んだ覚えなんてないよ。仮に百歩譲って持ち込んでいたとしても、それが体に取り込まれてる!? 一体どういうこと!?」
プロネアの言葉に焦りながら問いかけると、彼女は落ち着き払って答える。
「もともとこの世界が、ゲームとは無関係の異世界だったというお話しはしましたよね。そして今のような環境になったのは携帯ゲーム機にも原因があるということも」
「確かに聞いたけど、意味が分からないよ! なんで俺の体にゲーム機が取り込まれてるの!?」
「クトリール様、まずは私の話を聞いて下さい」
プロネアはいさめるようにそう言ってきた。
ちっ、俺も少し取り乱していたかも。
あんまり騒ぎ立てると、器の小さい男だと思われてしまう。
彼女の言う通り、まずは説明を聞くべきだろう。
俺は反省すると深呼吸をして、プロネアに返事をする。
「……そうだね。とりあえず話してみて」
「はい。まず前提として、ここは携帯ゲーム機のデータが取り込まれた異世界です」
「だからこの世界にはゲームのキャラクターやモンスターがいるってこと?」
「その通りです。この世界に存在するゲーム的な要素は、クトリール様が持ち込んだ携帯ゲーム機のデータを元にして、再現、もしくは再構成されたものなんです」
うーん……
プロネアやオーヴェミウスが存在しているのは事実だし、俺にもステータスがある。
それを考えると彼女の説明は納得できるかもしれないけど……
「でも俺に携帯ゲーム機が取り込まれてるっていうのは、いくらなんでも理解できない」
「そうでしょうか。クトリール様はこの世界に来てからわずか1日で、いろいろなものを目にしたはずですよ。思い返してみても本当に心当たりはありませんか」
そう言われても思い当たるのは、ゲーム的な身体能力の補正を受けていたり、知らない文字を読めたり、ステータスが現れたりしたことくらいだな。
もしかして、これがゲーム機を取り込んでいるおかげってことになるのか。
「ほら、やっぱり何か思うところがあるんですよね」
「でも……それが本当にゲーム機を取り込んだせいかなんて分からないじゃん」
「いずれ実感するときが来ますよ。今は説明だけでも聞いて下さい」
なんだか無理矢理プロネアに押し切られようとしてるけど、反論できるような根拠もない。
ここは頷いておくか。
「分かったよ。プロネアがそう言うなら、それで納得しておく」
「さすがクトリール様、高い理解力と包容力が素敵です」
「そ、そうだよ。俺は全てを兼ね揃える男だからな」
「見た目は美少女ですけどね!」
それは言わなくてもいいだろ。
「で、この話が元の世界に帰る方法とどう繋がるんだ」
「魔王アレイジットを見つければ、何か力になってくれるかも知れません。その者は私たちよりも遥か前にこの世界に来てるようですから」
「ずいぶんと漠然としてるんだね」
「だから確証がある話でも直接的でもないと言ったんです……」
「そうだったな、悪い」
「いえ……私の情報収集力も足りなかったんです。アシストキャラなのに、申し訳ありません」
「手がかりになりそうな情報だけでも見つけられたんだ。十分だよ」
つい求めてしまったけど、最初からそういう話だったからな。
俺は彼女に謝りながらも言葉を続けた。
「つまり俺は魔王アレイジットに会いに行けばいいわけだよね」
「そうですね。ですが今の段階ではそれも難しいと思います」
「何か問題でもあるの?」
「大変言いにくいのですが……今のままでは会いに行くまでに、殺さる可能性はあります」
「えっ!?」
「魔王アレイジットがクトリール様の配下だっとしても、そこら辺をうろついているモンスターはそんなの知らないと思いますから。それに魔王領はとてつもなく危険な場所にあるんです。気軽に行けるようなところではありません。加えて魔王アレイジットは魔王の中では新興勢力ですが、それでも数十万のモンスターを擁する軍勢です。今向かっても手下のモンスターにやられるだけですよ」
さすが俺の育てたモンスターだ。
もう数十万にまで魔王軍を拡大させたんだな。
嬉しいけど、それが問題か。
「でも会いに行かないと、元の世界に帰る手段も見つからないままだよ」
「大丈夫です。私にも考えはありますので。まずは近くの街にある冒険者ギルドに向かうのがいいでしょう。そこで準備を整えるのです」
「この世界にも冒険者ギルドはあるのか」
「はい。色んなゲームに登場してましたし、クトリール様はご存知ですよね」
「それは知ってるけど……」
ダンジョンを攻略するために登録したり、何かしらの依頼を受けるための施設だろ。
ゲームによって微妙に役割が違ってたりするけど。
「やっぱりダンジョンを攻略しに行くのか」
ゲームの影響を受けてた世界なら、そういう流れなのかな。
そう思って訊ねた言葉にプロネアは首を振る。
「いいえ、私たちに必要なのはダンジョン攻略ではありません」
「だったら何のために冒険者ギルドに行くの?」
「それはもちろん……冒険者を捕まえに行くんですよ!」
彼女は笑顔でそう言った。