29話 魔導技器研究ギルド
製図室へ案内される途中でナユハの姿が見えた。
カラドと呼ばれていた人が、唸るように彼女の作業を見ている。
「すげーなお嬢ちゃん、飲み込み速すぎるだろ」
「……うん」
ナユハはそう言いながら、何やらてきぱきと手を動かしていた。
そういえば彼女はスキル上達率増大のユニークスキルを持っていたな……
ドックにいる他のメンバーの注目も集めているようだ。
彼らは自分の仕事をしながらも、ナユハに視線を注いでいた。
それはリアナも同じである。
「あの子すごいですね」
彼女もナユハのことを見つめながら褒めていた。
どれくらいスキルが成長したんだろう。
彼女のステータスを見てみると、造船スキルがレベル11にまで上がっていた。
比べる対象が欲しかったのでカドラにもアナライズをかけてみる。
すると造船スキルのレベルは47だった。
レベルこそナユハの方が低いが、このまま習っていけばすぐに追い越しそうだ。
そんなことを考えている間に製図室へと到着する。
「それでは私はギルドのことをまとめてきます」
「私も知り合いの貴族に連絡をとるから、しばらく戻ってこないね」
そう言って二人は出かけていった。
それじゃあ船の設計図でも作るか。
そう思い机に向かうと製図用紙を用意した。
詳しい計算はここのギルドの人に任せればいい。
俺はエンジンを用いてどのように船を動かすのか、その理論を伝えればいいだけだけである。
まず市販されている魔力貯蓄用のマジックアイテムを鍵に加工するだろ。
それによって爆発火炎式エンジンを起動させよう。
あとはそのエネルギーを船を動かす全てのものに利用する。
これで船の魔力が尽きまでは走行可能なはずだ。
問題は船にどれだけの魔力が詰めるかだが……
そこは提携する予定のマジックアイテムの研究者に相談するしかないだろう。
そんなふうに船の設計草案を作っているとリアナが戻ってきた。
「お待たせしました。マジックアイテムの研究ギルドリストを作って来ましたよ」
「ありがとう」
「ところでそれが新型の船の設計図ですか」
「そうだよ。リアナさんも見てみる?」
そう言って彼女に途中まで作っていた設計図を渡した。
リアナがそれを見ている間に、俺も受け取った資料に目を通していく。
やがて彼女は設計図を見終わったようで話しかけてくる。
「すごいです。こんなふうに船を動かすなんて考えもしませんでした」
「エンジンがないと作れないからな」
「そのエンジンというものを作るのに、あのマジックアイテムを使うんですね」
「その通りだ」
彼女は設計図を見てだいたいのことを理解してくれた。
さすが造船ギルドの娘である。
「それでエンジンを作るのにギルドメンバーを貸して欲しいんだ。三人くらいで構わない」
「分かりました。それでは連れて参ります」
「あとこのギルドと提携しようと思うんだがどうだろう」
俺は彼女がまとめてくれた資料の中から一つのギルドを指した。
「魔導技器研究ギルド……ですか」
「ああ、今回の開発に一番向いてるし規模も小さい。無茶な要求を言われることもないだろう」
「そうですね……いいと思います」
「ならさっそく会いに行こう。エンジンの開発はそれからでいいよ」
「では出掛ける準備を致します。少し待っていて下さい」
リアナはそう言って製図室を後にした。
それから俺達はナユハを残し、3人で魔導技器ギルドに向かうことにした。
街をしばらく歩くと小さな建物に到着する。
「ここが魔導技器研究ギルドです」
案内してくれていたリアナはそう言うと、その扉を叩いた。
しかし返事が返ってこない。
留守なのかな……
そう思ってると扉が開いた。
「んー……誰ですか、こんなギルドを訊ねてくるなんて」
そう言うと長い髪の毛をボサボサにしたピンク髪の美少女が出ていた。
可愛いけど少しだらしない……
服もずっと同じのを着ているのかヨレてしまっているぞ。
そんなふうに彼女を見ていると、リアナが話しかける。
「私はブレルスクイム商会のリアナ・ブレルスクイムと申します。ギルドマスターのエノルエッタさんにお話があって参りました」
「うー……面倒くさそう。帰って」
そう言うと彼女は扉を閉めようとしたが、リアナが食い止めた。
「あの、エノルエッタさんにお願いしたいことがあるんです!」
「そういうのは手紙で連絡を下さい……」
「そんな時間はないんです!」
「なおさら嫌です……」
彼女みたいな人間に時間がないとか言ったら嫌がるに決まってる。
俺は後ろからその少女に声をかけた。
「成功報酬は自堕落に過ごしながらでもお金が貰える権利だ。好きな事し放題だぞ」
そう言った瞬間、彼女は扉から手を離した。
だがそのせいでリアナが尻餅をついてしまう。
「きゃう、い、痛い」
それを無視して少女は問いかけてくる。
「どういうこと」
「それは説明しないと教えられない」
「うーん、しょうがない……話だけ聞こうかな」
「それじゃあ上がらせてもらうね」
そうして俺と少女がギルドの中に入りプロネアも続くと、彼女は玄関の扉を閉めた。
少し遅れて扉が再び開く。
「わ、私も入ります。閉めないで下さい」
リアナが文句を言いながら遅れて入ってきた。
そうしてギルドの中へと入るとその奥に案内される。
しかし廊下までもがやたら散らかっていた。
小さな建物ものなんですぐに部屋まで来ると、さらに乱雑な有様をしていた。
「私一人だからね……忙しくて片づける暇もないの」
「一人なのか、確か10人ぐらいのギルドだと聞いていたけど」
「んー、ちょっと事情があって今は一人でやってるの」
ということはギルドマスターのエノルエッタというのは、この少女のことか。
彼女はさらに笑顔で問いかけてくる。
「それで、どうすれば自堕落に過ごせるのかな?」
真面目そうなリアナではこの子にうまく説明できないかもしれない。
そのため俺が話すことにした。
「新しい船を作ろうとしてるのだが、マジックアイテムに詳しい人を探してるんだ」
俺はそう切り出してここに来た理由を説明した。
すると次第にエノルエッタは興味深そうにその話に耳を傾けていった。
全てを説明を聞き終えると彼女は訊ねてくる。
「君が持ってるマジックアイテムというのは、プロダクト・マジックアイテムということなのかな」
プロダクト・マジックアイテムというのは量産品のマジックアイテムのことだったな。
俺が作ったものは素材がある限りは量産できる。
だけどそれがなくなったらもう作れない。
どうなんだろう。
「普通のマジックアイテムは量産が出来ない代わりに威力は高いのだけども、プロダクト・マジックアイテムは量産できる分威力が低くなってるの。だから市販で売られてるものの用途は家庭向けになってるよね。大手生産ギルドが作っている船舶向けのマジックアイテムもそれと同じだよ。単純に数と大きさで補っているだけで威力自体は低いものなんだ。でも君の言うマジックアイテムはどちらとも違うみたい」
さすが研究者だけあってエノルエッタは気が付いたようだ。
俺の作ったものはマジックアイテムが既存のものとは違うということに。
「そうだな。俺が持ってるマジックアイテムは普通のものじゃない」
「ふーん……それはどこかで手に入れたの? それともまさか自作だったり?」
「それはギルド内での秘密だから」
「つまりギルドの人なら教えてもいいってことだよね。だったら私も君のギルドに入れてもらおうかな。どうせここに残ってても一人だからね」
エノルエッタはいきなりそんなことを言い出した。
「そんな簡単にギルドを移っていいのか」
「いいよ。本当はもうギルドを畳もうか考えてたくらいなの。それで故郷に帰ろうかなっとか思ってたんだけど、そんなときに面白そうな話を聞いたからね。これは私がマジックアイテムの研究者として成り上がるためのいい機会かもしれないよ」
「そんな向上心を持ってたんだな」
「気になる言い方だね。確かに怠けたい気持ちはあるけど、君の持ってるマジックアイテムのことは研究材料としてよさそうなの。そんなの見逃せないよ」
彼女はそう言いながら体を寄せてきた。
「そういうわけで私もギルドの一員だよ。早くそのマジックアイテムのことを教えて」
「まだ承認したわけじゃない」
「ギルドに入れてくれないと、その新しい船を作るのも手伝わないよ!」
仕方ない。
嫌になったら勝手に抜けるだろう。
俺はシステムメニューを表示して彼女をギルドに加入した。
「それは何なの、マジックアイテム?」
「違う。これはシステムメニューだ」
「ちょっと貸して」
「駄目だよ、これは俺のスキルだから貸せないし」
「スキルなんだ……君からはいろんなことを教えてもらえそう」
システムメニューを覗き込んでいるため、エノルエッタとの距離はさっきよりも密着してしていた。
そのせいかプロネアが冷たい口調で話しかけてくる。
「クトリール様。女の子と仲良くなるためにシステムメニューを見せびらかすのは、よくないですよ。クランセラちゃんのときにも言いましたよね」
今までもワールドフレームの力はみんなの前で使ってきた。
それなのに怒られたのは、おそらく女の子と仲良くなるために使ったと思われたせいだろう。
別にそういうわけでもないのに。
「でもエノルエッタはギルドに入るみたいだし……」
「そんなの関係ありません! クトリールがハーレムを作りたいのは分かります。ですが……これ以上女の子が増えたらベッドに入りきらないんです!」
「……それで怒ってるの?」
そもそも俺はハーレムを作りたいなどと思ってない。
成り行きで女の子が増えてるだけなのだ。
「当たり前です。昨日もシェルラちゃんが7番にされて怒ってましたよね。新しい女の子を連れてきたくなるのは分かりますけど、今いる子も大事にして下さい!」
プロネアはもしかしてギルドで過ごしているうちに成長したのだろうか。
シェルラたちの考えて怒っている。
そうだとしたら嬉しい。
「ああ、ちゃんとみんなのことも大切にする」
「はい……お願いします」
そう言って彼女は頷いた。
しかし前提としてエノルエッタはただギルドに入るだけなのだ。
そこまで言われることでもないような気がした。
そんなことを思っていると、プロネアが話しかけてくる。
「もちろん私のことも……ですよ」
「分かってる」
「でしたら、早く指輪も買って下さいね」
そういえば以前プロネアにそんなことを言った記憶がある。
もしかして彼女はそれが言いたかっただけなのだろうか……