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1話 その2 異世界転移2

 空間が真っ暗な場所へと切り替わり、俺はそれに動揺する。


 な、なんだ……

 こんな攻撃、オーヴェミウスはしてこないはず。


 いきなりのことに焦りながらも、不意打ちを警戒して身構えた。

 しかしいつまで経っても攻撃を仕掛けられる気配はない。

 やがて辺りをうかがっていうちに、今の状況がおかしいことに気付く。


 そういえば……

 さっきまでは立てないほどの傷を受けて倒れていたはず。

 それなのに痛みはなくなってるし、この足場の感触。

 山のそれじゃないな。

 

 だとすると、ここはどこなんだ。


 そう疑問に思うが、真っ暗で何も見えなければ分かるはずもない。

 もっともオーヴェミウスからは逃げられたみたいだけど。

 とりあえずは助かったようだ。

 

 立て続けに不可解な状況が続いているわけだけど、どうしたらいいものか。

 じっとしててもまた何かわけのわからないことが起きないとも限らないし……

 かといって暗闇の中をあてもなく歩くってのは不安すぎるし……


 うーん、妹ちゃんなら迷わず後者を選ぶんだろうけど。

 

 悩みながらも考え込んでいると、ふいに視界の隅へと光が差し込んできた。

 くっ、いきなり何だ。

 咄嗟に腕を上げて光を遮り周囲を探ると、何かが空中に漂っているのが分かった。


 なにこの金色に輝いてる波みたいなの。

 さっきまではこんな光、なかったよな。

 改めて周囲を見渡せばそれと同じような波が、真っ暗な空間にいくつも流れていた。

 まあ、今はこの光のおかげで真っ暗ではないのだけど。


 とはいえ光源はその波だけで、当たりを見渡せないことに変わりなかった。

 仕方なくその波を目で追ってみると、全てが一つの方向に流れていることが見て取れる。

 この波はどこへ向かってるんだろう。

 視線はやがてそれらが向かう先へと追いつき、遥か遠くにあるその光景を捉えた。


 あの馬鹿でかいものは一体……


 光の波は一か所で渦を巻くように集合し、とてつもなく巨大な霧状の球体を作り出していた。

 半径十キロとか、それ以上は絶対にありそう。


 俺は思わず昔どこかで習った、惑星が出来上がるときの光景を思い出す。

 そして注意深くその球体を眺めていたのだが、そのとき。

 ふいに左手が金色の波に触れてしまう。


 あっ、小さい欠片みたいな波だから気付かなかった。


 よく見れば本流だけでなく、細かな糸程度の波も周囲には広がっていたみたい。

 それに気づいたとき――

 いきなり眩暈に襲われた。


 くっ……

 波に触れたせいなのか、触ると危険だったなんて。


 頭に何かが侵食するような痛みが走る。

 倒れそうになるのを堪えて視線を上げると、そこで俺は呆然とする。


 な、なんだこれ……

 どうしてこんなものがいきなり……


 俺の目の前の空間、まさに見上げた視線の先、1メートル程度。

 そこには突然、見慣れた青白い透明の画面が浮かび上がっていた。

      


 ネーム:クトリール

 レベル:1

 種族:ヒューマン

 称号:コアホルダー

 ジョブ:アサシン

 スキル:ワールドフレーム



 まるでゲームのステータス画面みたいだ。

 そして、そこに記された名前には見覚えがあった。


 ――クトリール


 それは俺が携帯ゲーム機で使っていたユーザーアカウントネームと同じもの。

 だとすると、これは俺のステータスなのか。

 まさか……

 手を震わせながらステータス画面をなぞると、さらに文字は変化を起こす。



 ――スキル詳細、ワールドフレーム

 :この世界と同等の力を持つスキル拡張型フレームです。



 ――称号詳細、コアホルダー

 :神格のコアを持つとてもすごい人です。



 どうやらスキルの詳細説明が出てきたみたい。

 全く理解できないけどな。


 しかしこのステータスといい、オーヴェミウスといい…… 

 まさか溺れた拍子にゲームの世界へ来てしまったとでも言うのか。

 普段なら考えもしないことだが、今までの出来事を振り返ったらそうとしか思えない。


 だとすれば、昼間の違和感にも説明がつく。


 山の中を全力で走ってもほとんど疲れなかったこと。

 暗闇においても目が見えていたこと。

 これはゲームでいうところの、ダッシュや明かりの調整に当たるんじゃ……


 それにオーヴェミウスの攻撃をあれだけしのげたのだ。

 身体能力さえ高くなっている気がする。

 あるいは、緊急回避やステップ操作のような機能が働いていた可能性もあるな。


 いずれにせよ俺はゲームの世界にきて、その補正を受けているらしい。

 

 もしそうなら、こんな真っ暗な場所にいきなり転送されたのは……

 俯きながらそう考え込み始めたとき、耳をつんざくような咆哮が聞こえてきた。

 


「ガオオオオオオオオオ」



 オーヴェミウスッ!


 今までいなかったと思ってたのに。

 焦りながらも周囲を見渡そうとした瞬間、そこで再び驚いた。


 あれっ、真っ暗な空間じゃなくなってる!?


 まるで時間が巻き戻ったかのように、俺はオーヴェミウスと対峙していた。

 俺は地面に倒れているようで、やつを見上げる形になっている。


 そうか……

 どうやらいつの間にか意識が飛んでいたらしい。

 俺はオーヴェミウスのカウンターを喰らって、今のような状態になったことを思い出す。

 

 このままだと殺されてしまうよな。

 四肢に力を入れ、ゆっくりと立ち上がる。

 その拍子にまたお腹から血が流れていくけど、その割には体が軽い。

 これも何かの補正なのか……

 

 そんなことを考えつつも、視界に留まっていた画面に目を向ける。

 ステータス――

 何故かそれだけは目が覚めても、宙に浮いて表示されたままだったのだ。


 あの真っ暗な空間に行ってのは、本当のことらしい。

 とはいえ……

 こんな弱いステータスを見せつけられても困る。

 レベル1の上にスキルも効果不明だぞ。


 まさに当惑しかしないような状況だった。

 それでも頭を回転させて、生き延びるための道筋を立てようとする。


 まず素直に戦って勝てる見込みはないだろう。

 やはり頼れるのは以前習っていた格闘技と身体能力だけみたい。

 でも相手の攻略推奨レベルは60だし……

 万全の状態で放った蹴りでさえも、ダメージを与えられなかったのに。


 

 ふふ……あはは、アハハハハ。


 

 理不尽なくらいに勝ち筋が見えてこない。

 しかしこのまま手当てが遅れれば、いずれにせよ俺は出血多量で死ぬ。

 どうせこんな状態では逃げ切れそうにもないのだ。


 それならば――

 短期決戦で倒すしか、生き残る道はないっ!


 俺はそう覚悟を決めると、手始めに自分の上着へと手を伸ばした。

 そしてズタボロになったジャケットを乱暴に脱ぐと、それを手に持ち構える。


「ガオオオオオオオッ!」


 そろそろオーヴェミウスも次の行動に移る頃か。

 相手の動きを窺っていると、ちょうどやつは動き出した。

 再び身を屈め、こちらへと向かってくる。


 ゲームでもよく見た動きだな。

 他の行動を取るときと違いは分からないけど、好都合。

 オーヴェミウスはゲームで飽きるほど倒してきた相手だ。

 それと同じ行動パターンであれば対処もし易い。


 ――ザンッ! ザンッ!


 オーヴェミウスの攻撃が繰り出された。

 俺はそいつを回避したつもりだったが、爪先が肩を掠める。


「ぐっ……」

 

 この程度なら大したことない傷だが、躱し切れなかったか。

 こいつの攻撃……

 やっぱり速すぎて全く見えないな……

 

 ザコとはいえ相手は上位モンスター。

 いくら身体能力に補正を受けていても、その爪撃を目で追うことは不可能みたい。

 もしゲームでの行動パターンを知ってなかったら、間違いなく詰んでいた。


 とはいえ――

 それでもレベル1で相手をするのは、正直かなりきつい。

 少しでもタイミングがずれれば今みたいに攻撃を躱し損ねる。

 それは足場の影響や、互いの呼吸。

 そういったゲームにはない、現実ならではの要素で起こり得るようだ。


 まるっきりゲームと同じように考えてたら、ダメってことだよな。


 気を引き締めながらも後ずさる。

 すると同時にオーヴェミウスが追撃を仕掛けようとしてきた。

 もっともそれは予測済みで、俺は相手の動きに合わせて前方に軽く踏み込んだ。

 繰り出されるオーヴェミウスの行動は、腕を振り上げてからの二連撃。


 ――ザンッ! ザンッ!


 背後から激しい風圧を感じたが、今度は完全に躱し切ることができた。

 俺はそのままオーヴェミウスの脇を通り過ぎ移動する。

 次の相手の行動まではおよそ5秒。

 攻撃を躱したので、相手はその硬直が発生してるはず。

 その間に出来るだけ距離を稼がないと……

 足を引きずりながら離れようとする。


「ガオオオオオオオオオ」

 

 移動し始めて間もないうちに、咆哮が聞こえてきた。

 ちっ、もう硬直が解けたのか。

 慌ててオーヴェミウスの方を振り返ると、やつは既に次の攻撃体勢に入っていた。

 この距離なら次の攻撃は跳躍からの薙ぎ払いだろう。

 俺はタイミングを計り、地面へと転がり込む。


 ――ドンッ、ザシュ


 その瞬間、跳んできた鋭い爪が頭上を通り過ぎていく。

 髪の毛をかするくらい――

 それほどギリギリの距離で何とか回避に成功したようだ。


 危なかったけど、これでまた距離が稼げる。


 そんな行動を幾度か繰り返しているうちに、やがて逃げる場所が無くなってしまった。

 背後に川が差し迫まっていたのだ。

 かかとは川っぺりに付き、あと数センチも下がれない。

 目の前のオーヴェミウスは俺のことを追い詰めたと、じっくり身構えている。

 そして腕を振り上げ、一撃を放つ。


 ――ザンッ!


 対して俺は――

 その攻撃に合わせて、オーヴェミウスの方に踏み込んだ。

 なぜならこの場所は俺が誘った配置だったから……


 ――オーヴェミウスを、仕留めるために。


 俺は振り下ろされた腕をくぐるように躱し、脇を抜けて背後へ回り込む。

 それと同時に手に持っていた上着を広げてやつの顔へと巻きつけた。

 後ろから絞殺するように。


 顔全体を上着で覆って呼吸の邪魔をさせた上で、視界も奪う。

 さらには袖の部分を用いて首を強く圧迫。

 モンスターだって血が通ってるなら静脈ぐらいはあるはず、このまま落ちて死ね。

 息苦しいのか、やつは暴れるながら背後へ腕を伸ばしてくる。

 やっぱり俺の力では絞め殺すことはできないみたい。

 もっとも反撃は予想通りだったので、それを躱すように体の重心を下げた。

 そして今度は背負い投げの要領でオーヴェミウスの体を持ち上げる。


 くっ、さすがに重いな……

 体が耐えられかも。

 血が傷口からドバッと溢れてくる。

 でも、あとは叩きつけるだけなんだ。

 歯を食いしばりながら、技を完成させようとする。


 ただし――


 このまま素直に地面へ打ち落とすわけじゃない。

 俺は思いっきりジャケットを引き寄せた。


「てりゃあああああああああ!」


 掛け声とともに、オーヴェミウスを抱え上げる。

 そして腰を支点に、力を振り絞り、そのまま一回転。

 やつを川の中へと叩き落とした。


「ガオオオオオオオ!」


 その衝撃により、大きな水しぶきが上がる。

 川の中ではオーヴェミウスが溺れるように暴れていた。

 顔に服が巻き付いてるせいで、視界も呼吸も機能が低下してるみたい。

 もちろん狙ってのことだけど。

 この連携には、いくら高レベルモンスターといえども堪えるはず。


 ゲームとは違う攻略方法だが、俺も現実ならではの要素でレベル差を埋めやったぞ。

 もっとも今は簡単なパニック状態を作っただけに過ぎない。

 いずれは上着を破り、川から上がってくるだろう。


 だから、今のうちに止めを刺さないと。


 そう思って辺りを見渡すと、ちょうどいいものが周辺に落ちていた。

 この岩を落とせば……

 俺は落ちていたそれを持ち上げ、重さを確認した。

 

 およそ20キロってところかな。

 オーヴェミウスまでの落下距離は約3メートル。

 それなら自由落下速度はだいたい秒速7秒になるよね。

 衝撃時間は0.01秒と仮定すると……


 あは、あはは、アハハハハ。


 これなら大丈夫だろう。

 計算結果に満足し、笑みを浮かべてオーヴェミウスに話しかける。


「1500キロの衝撃は、お前にもダメージを与えらえるかな」


 実際に確かめるため、手から岩を放し落下させた。

 するとオーヴェミウスの後頭部、頸椎に岩の尖った部分が直撃する。


「ガオオオオオオオオ」


 さすがにこれは効いたようで、やつは絶叫のような悲鳴を上げていた。

 でも一発じゃ倒せないか。

 次を投げ込もうと、さらに岩を拾ってくる。

 幸いここは川辺なので、似たような岩はいくらでもあるからな。


 それじゃあ二発目。

 さっきよりも弱っているオーヴェミウスを目がけて、岩を放つ。

 それでも死なないようなので、続けて三発目と四発目も投げ込んだ。


 そうして八個ほどの岩を消費した頃。

 ようやく仕留めることができたみたい。

 やつはうつ伏せのまま水面へ浮かび、そのまま流れに飲まれて流されていった。

 俺はそれを見届けると、倒れるように座り込む。


 まさかこんな死闘になるなんてな……

 最初に遭遇したときは心底驚いが、なんとかなってよかった。

 でも時間をかけ過ぎたかも。


 傷口からの血は止まらず、もはや致死量を越えている。

 もう限界みたい。

 せっかくオーヴェミウスを倒したのに、このまま死ぬのかな。

 

 妹ちゃん……

 来月また遊びたかったけど、無理かもしれない……

 それにカナちゃんも……


 だんだんと遠のいていく意識の中、幾瀬にも重なった巨大な咆哮が響き渡る。



 ――「ガオオオオオオオオオオオオオオッ!」



 オーヴェミウス!?

 慌てて川を確認するが、さっき倒したやつはもう遠くまで流されていた。

 違うやつら……

 もしかして、さっきのやつの仲間か。

 そういえば確かに。

 オーヴェミウスは群れで行動するモンスターだったかも。


 ゲームの設定を思い出していると、山の中から1匹のそれが現れた。

 さらに2匹、3匹。

 次々と出てきてはその数を増やしていく。


 そして俺はオーヴェミウスの群れに取り囲まれてしまった。

 

 戦うのはもちろん、逃げれるようなコンディションではない。

 もっともこの数が相手だと、万全だったとしても状況は同じだっただろうけど。

 もはやどうしようもない。

 やがて1匹のオーヴェミウスが近づいてくると、腕を持ち上げる。


 ――これで、死ぬの?


 俺は低下した意識のまま、その様子をぼんやりと見ていた。

 その両目が振り下ろされようとする凶腕を映す。

 だがその爪先が体へ到達する前に、その場を鎮めるような声が聞こえてきた。

 


 

『星を照らせし守り子よ、古より結びし盟約によって命ずる――』




 するといきなり空が白みがかり、周囲は眩しいほどに照らされた。

 な、なんだ――

 その出来事に驚いて視線を上げると、そこで異様なモノを目にした。


 ――空には巨大な魔法陣が描かれ、輝きを放っていた。


 そして透き通った声が再び響き渡る。 




『――原初を刻め、リヒトハスタス』




 それがきっかけなのか、何かが地上へと放たれた。

 煌めきながら降り注ぐ爆撃のように、それらはオーヴェミウスたちを一掃していく。


 これは、魔法なのか……

 

 その光景を呆然と見ていると、やがてその攻撃は終わったようだ。

 見える範囲のオーヴェミウスたちは、全て体を穿たれ倒れている。

 あれだけいたのに……


 おそるおそる空を見上げると、一人の少女が空に浮かんでいた。

 かなり綺麗な美少女だ。

 スカートが風に煽られて白いパンツが見えている。

 あの子が助けてくれたというのか。


 彼女の方を見ていると、目があった。


 すると彼女はこちらの方に向かって降りてくる。

 そして地面に足を付けると、近づいてくるなり丁寧なおじぎをしてきた。



「お迎えに上がりました、クトリール様」



 そう言って彼女は微笑んだ。

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