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閑話 アッド・ラウンド・ユウカ

視点がいつもと違います。

 ようやく守留町ね。

 

 バスから降りて財布をしおうとしたけど、そこから学生証が少しはみ出ていた。


 久遠クトオ 結夏ユウカ


 そう書かれた部分がカード入れから覗いている。

 私はそれを直すと、前を向きなおした。

 

 お兄ちゃんは……

 この町で水難事故に合って行方不明になったらしい。


 その知らせを受けたのが、今日の夕方のこと。


 急いでこの町までやってきたのだけど、すでに日は暮れていた。

 街灯が少ないせいで、駅前でも薄暗い。

 この様子だと……今日の捜索は打ち切られてるよね。


 それでも――

 川に向かわないと。


 お兄ちゃんが溺れたくらいで死ぬなんて、そんなの考えられない。

 きっと帰り道に迷ってるだけなの。


 私が迎えに行ってあげなきゃなんだよ!


 電話越しに聞いたおじいさんの話では、お兄ちゃんは学校に向かう途中で川に寄ったらしい。

 だから場所はそこね。

 そこから川を下っていけば、お兄ちゃんとも合えるに決まってる。

 絶対に会えるの!


 祈るような気持ちで川へと向かった。


 そうして川に着いたはいいんだけど、真っ暗でとても見渡せた状態じゃない。

 手に持っていた懐中電灯は、せいぜい手前を照らせる程度。

 こんな明かりじゃお兄ちゃんを探せないよ。

 

 そこで私は瞳の中にある、瞳孔を、大きく広げた。


 これで少しは見えるかな。

 お兄ちゃんには出来ないことも、私なら出来る。


 だから私がお兄ちゃんを助けないといけないの。

 もしどこかで迷っているなら、いますぐ行くから待ってて、お兄ちゃん……


 私は川辺に降りると、下流にそって歩き出した。


 そうして川の方も見ながら進んでいると、それに違和感を覚えた。

 この川って……

 見かけは穏やかだけど、水の中では流れが急になってるのね。

 川辺の石の摩耗具合から察するに、たぶん最近、流れが変わったんだ。


 お兄ちゃん、これに気が付かなかったのかな……

 でもいくらお兄ちゃんだって、この程度の流れでは溺れないはず。


 それでも溺れたってことは…… 


 誰か足手まといがいたのかな。

 溺れた子供助けたとか。

 もしそいつのせいでお兄ちゃんが帰ってこなかったら……

 同じ目に合ってもらわなきゃだね。


 でもお兄ちゃんと同じっていうのもつり合いが取れないから、もっとひどいことしないと。


 そんなことを考えながら進んでいると、今度は鞄を見つけた。

 見覚えのあるそれが川辺に引っかかっている。


 これはお兄ちゃんが持ってた鞄……


 中を見てみると、筆記用具とかノートとか。

 それくらいしか入っていなかった。


 ノートを開けると何かしらのプログラムを作っていたのか、メモが掛かれている。


 ふーん、つまり規格の異なるアプリ間で情報に互換性を与えるためのシステムのようね。

 お兄ちゃん頑張ってたんだ。

 この程度を作れるようになったなんて、妹ながら嬉しいよ。

 

 もう完成したのかな。

 出来てないなら手伝ってあげよ!

 だからはやく帰ってきて……


 お兄ちゃんのことを考えると、泣きそうになってきた。



 ――でも結局、お兄ちゃんを迎えに行けないまま朝を迎えた。



 朝日を浴びながら、ずぶ濡れになった服を搾る。


 私でも見つけられないなんて……

 川の中にまで入ったのに、どういうことなの。


 本当に川底に沈んでしまった可能性も考えて、川の中も捜索したよ。

 水の流れも計算して探したから、もしそうなら既に見つけてる。


 でも見つけられなかった。

 やっぱりお兄ちゃんは、溺れて死んだわけじゃない。


 どこかにいるんだ。


 例えばどこかに打ち上げられて、病院に運ばれたとか……

 意識不明なら誰にも連絡できないよね。

 そう思うと私はすぐ御繰川沿いにある病院、全てに電話をした。


 そして返ってきた答えに、がっかりする。


 昨日、運び込まれた人はいないらしい。

 

 それなら誰かに誘拐されたとか?

 ううん、お兄ちゃんにそんなことを出来る人はそうそういない。

 あれでも鍛えてるみたいだし。


 私は疑問を浮かべながらも、歩いていた。


 とりあえず……

 お兄ちゃんが借りていたアパートに行こう。

 誘拐されたとか溺れたとかじゃなくて、もしかしたら別の事情があるのかもしれない。

 何かその手がかりがあるかも。

 もしお兄ちゃんが望んでどこかに行ったのならそれでもいいよ。

 でも困ってるなら助けに行かないと。


 そうしてお兄ちゃんが住んでいたアパートに辿りついた。


 合鍵を使って玄関を開けると、その中に入る。

 

 まずは最近、お兄ちゃんが何かに巻き込まれてないか調べないと。

 部屋に置かれていたパソコンを起動する。

 パスワードがかかってたけどすぐに解除――


 そしてインターネット履歴を見ていく。

 

 なにこれ、妹に好かれる方法とか調べてる。

 この日はいけないサイトを見ちゃってるけど、この趣味は少し引くよね。

 これはゲームの攻略ページかな。

 伝承や言い伝えなんかにも何か思うところがあったみたい。


 遡れるだけの履歴を見ていくと、今度は、最近使ったファイルの履歴を見ていく。


 ノートに書かれていたシステム関連のものが多いけど、たまに違うものもあるみたい。

 それには『異世界に繋がる場所についての考察』と名前が付けられていた。


 なんだろう、これ。

 

 それを読んでいくと、どうも守留町にはそういう場所があると言い伝えられてるらしい。

 お兄ちゃんはそれを調べていたんだ。

 ファイルにはお兄ちゃんが調べたことが、全て書きこまれていた。

 それには考察も加えられている。


 なるほどね、お兄ちゃんは川の中が怪しいと思ってたんだ。


 この言い伝えを見る限り、私もそう思うよ。

 でも……

 この異世界に繋がる場所を見つけるには、他にも条件が必要みたいだよ。


 言い伝えの内容からすると必要なのは……


 生贄となる人間。

 それに正確な場所。

 あと異世界と繋ぐための道具。


 こんなところかな。


 正確な場所は言い伝えから推測すれば簡単に分かるよね。

 お兄ちゃんでも検討はつけれていたみたいだし。

 そして生贄となる人間は本人でもいいみたい。

 道具はきっとこれね。


 ――『アプリ間情報互換システム』


 この言い伝えにも、似たようなものが出て来てるし。

 とても昔の話とは思えないけど、時間軸がおかしいのかな。

 

 まあ……

 それはともかく。

 私もこれをコピーすればいいのね。


 私はスマホにデータを転送するとパソコンを初期化した。

 こんなものを放置して、出掛けられないよ。

 でもこれでデータは全て消えたはず。


 私がお兄ちゃんを探しても見つけられなかったのは、異世界に行ったから。


 そう確信するとアパートを出て、再び川へと戻った。


 そこにはお兄ちゃんのことを探している捜索隊の姿が見える。

 もうお兄ちゃんは川にはいないよ。

 

 それを横目に私は川へと飛び込んだ。


 やけに水流が激しいこの場所が、異世界に繋がる場所のはず。


 私はそこでアプリを起動させる。

 未完成だったからここに来るまでに、スマホを操作しながら完成させておいたの。

 お兄ちゃんごめんね。

 

 そしてアプリが起動した瞬間――


 スマホは消失して、私も気を失いそうになる。


 うそ……

 なにこれ、力が奪われる……


 ちょっと、川の中でこれはまずいよ。

 こんなの溺れちゃう。


 なんとかそれに抵抗して意識を保つ。

 そして水面に浮上しようと泳ぎ始めた。

 やがて川から顔を出すと、周囲の景色が変貌していた。


 ここが異世界なんだ。


 ただの山みたいに見えるけど、まずは川から上がりましょう。

 そうして川辺に上がる。


 ともかくお兄ちゃんを探さないと。


 そう思い歩き始めたとき、木々の陰から二匹のお猿さんに似た何かが出てきた。


「ガオオオオオオ」


 大きいけど、どこかで見たことあるかも、

 うーん……

 そういえばゲームのモンスターに似てるわ。

 お兄ちゃんがやっていたのを見たことがあるけど、それにいたかも。

 名前はオーヴェミスっていうんだっけ。

 

 そんなことを考えていると、モンスターはこちらに向かってきた。


 鋭い爪をこちらに振り下ろしてきたので、その動きを見ながら腕を掴む。

 そして関節を極め、腕をねじ切るように投げ飛ばした。

 

「私はお兄ちゃんを探しにいくの! だから邪魔しないで!」


 でもオーヴェミウスは言うことを聞いてくれない。

 私の言葉を無視して吠えてる。


「ガオオオオオ」


 仲間を呼んでるのかな。

 そう思ってると、本当にそうみたい。


 次々とオーヴェミウスが出てきちゃった。

 よく動いてるけど、誤魔化されないよ。

 全部で24匹だね。


 そしてみんなが私に襲いかかってくる。

 だから……


 全員の首を捻り潰して、息の根を止めちゃった。


 こんな危ないモンスターが出て来る世界なんて、お兄ちゃんが心配だよ……

 でもなんだろう……

 オーヴェミウスを倒した途端、体に違和感が……

 体重が増えたわけでもないのに、筋力だけが上がってる。


 まるで不自然な成長期みたい。


 私は意識を体に向けて集中した。

 すると何か異物が体に紛れていることが分かった。

 うっ、気持ち悪いよ!


 血流を操るようにそれを取り除こうとすると、目の前に文字が現れた。


 

  名前:ユウカ

 レベル:42

 ジョブ:データ破損のため習得不可能

  称号:天才

 スキル:データ破損のため習得不可能


 

 ん、これってステータスってやつなの。

 あんまり詳しくないけど、お兄ちゃんがやってたゲームではそう呼んでた気がする。


 でもデータ壊れちゃたんだ。

 この世界に来たとき、抵抗しちゃったからかな。


 だって私から何かを奪いそうな気がしたんだもん。


 まあいいや。

 とりあえず体の違和感はこれだったわけね。

 取り除けないみたいだし、しまっておこ。


 そうして再び歩き出そうとすると、またオーヴェミウスが現れた。

 こいつがボスなのかな。

 さっきの相手より二回り以上も大きい。


「ガオオオオオオオオオ」


 手下を殺されて怒ってるみたい。

 でも他のオーヴェミウスより、賢そうね。


 吠え方が少し違う。

 言葉とはまるで違うけど、何か意思疎通できそうな感じ。

 私も真似すれば伝わるかな。


「がおおおおおおおお」  


 私は襲われただけだから、文句を言われても困るよ。

 そう言ったつもり。

 すると相手から返事をもらえた。

 

「ガオオオオオオオオ」

「がおおおおおおお」

「ガオオオオオオオオ」

「がおおおおおおお」


 繰り返し真似をしてると、次第に相手が何を言ってるのか分かってきた。


「貴様、モンスターの言葉が分かるのか」

「なんとなくだけど……」

「そうか。だったら我が手下を殺した分。じっくり悲鳴を聞かせてもらうぞ」


 えっ!?

 なんで言葉が通じるようになった途端、そんなこと言うの。

 

「まずは手足から頂こう」


 オーヴェミウスは巨大な爪を、私の足に向けて振りかぶってきた。

 さっきの小さいオーヴェミウス達よりも、すごく速い。

  

 でもどちらにしろ……


 ――とてもゆっくりに見えるよね。

 

 とりあえずそれを足で踏みつけ、地面にめり込ませた。

 するとオーヴェミスは地面に倒れる。


「ぐおっ、く、こんな、小娘に俺の攻撃が通じないだと……」

「だって遅いんだもん……」


 私はさらに体重をかけると、その腕を潰した。


「ガオオオオオオオオオオ」


 私は別に悲鳴なんて聞きたくなんだけどなぁ……

 うるさいし。

 それに靴も汚れちゃったよ、


「モンスターさん。私お兄ちゃんを探してるの」

「くそっ、人間の小娘がっ! 殺してやる!」


 聞いてるのに、答えてよ!

 まあ……

 こんなモンスターがお兄ちゃんのこと知ってるわけないよね。


 そう思っていると、片腕を失いがらもオーヴェミウスが向かってきた。

 そして残った腕を振り下ろしてくる。


 私はそれをつかむと、地面に叩き付けた。

 あれ……

 それで動かなくなっちゃったけど、本当にボスモンスターだったのかな。

 倒れたオーヴェミウスを見ていると、何か呟いていた。


「ア……アレイジット様……」


 アレイジット……

 あっ!

 聞き覚え覚えあるよ。

 

 お兄ちゃんがやってたゲームの魔王だよ、それ!


「ねぇ、お兄ちゃんはどこにいるの!」

「私は……あなたの配下になりたくて……」


 なんか死を悟ってるみたいで、私の質問に答えてくれない。


「ここまで……頑張り忠誠を――」

「無視しないでよ!」


 私はオーヴェミウスの頭を踏みつけると、そのまま殺した。

 

 でもいいの。

 アレイジットってお兄ちゃんのことだよね。

 

 お兄ちゃんは携帯ゲーム機に、あのシステムを保存してたんだ。

 だからゲームキャクターの名前を使ってるかな。

 ううん、名前だけじゃなくて、データ自体もそのままという可能性もあるわ。


 それなら少し安心できる。

 お兄ちゃんのゲームキャクターは強いからね。

 

 その強さを引き継いでるなら、お兄ちゃんでもこの世界を生きていけそう。 

  

 それにしても魔王か……

 お兄ちゃん調子にのってハーレムとか作ってないかな。


 そんなことしてたらお仕置きだよ。


 それじゃあ……

 魔王アレイジットもとい、お兄ちゃんに会いに行こうかな。


 待っててね!

 


 そうして私は山を下りた。 

次から3章が始まります。

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