21話 MODE
俺たちは奴隷商館を出ると、宿屋に戻ることにした。
「帰ったら、ナユハにご飯を食べさせてあげよう」
そう言うとナユハは力なく、口を開いた。
「ご飯……下さい……」
「ちゃんとあげますよ。クトリール様は可愛い子には優しいんですから」
なんでプロネアはいちいち”可愛い子には”と付けるのだろう。
ギルドには男の子もいるし、みんなに優しくしてるつもりだが……
もしかして本当は、クランセラの件を、怒ってるのか。
アシストキャラは元々、デジタル思考のはずなんだけどな……
意外と根に持つらしい。
とはいえ他の女の子と仲よくすることに、そこまで強く言ってこないところ見ると、本当は割り切っているのか。
アシストキャラでありながらも、古代精霊の肉体を持つプロネア。
彼女の思考はあまりに特殊すぎて、行動プロセスが理解できないな。
――もっとも妹がいれば『あんまり鈍感だと、関節技かけちゃうよ? 難しい話はいいから女の子の気持ちを分かってよ!』とか言ってきそうだが。
そんなことを考えていると、ナユハが話しかけてきた。
「ご飯下さい……奴隷商館のだと……足りてない……」
どれだけ食べても、空腹の呪いのせいで、お腹はいっぱいならないかもしれないが、少しでも足しになればいいか。
「いいよ。何か食べいこう」
「……ありがとう」
本当は宿屋に帰ってから呪いをといて、それからお腹いっぱい食べさせてあげようと思ってたのだが、このまま彼女に我慢してもらうのは可哀そうだったからな。
「何が食べたい?」
「あれ」
彼女はそう言って、一つの店を指さした。
それは、大きな肉のイラストの看板が掲げられた店だった。
その看板には、この街で一番の肉の量を誇る店、そう喧伝された文字が書かれている。
「あれが食べたいの?」
そう訊ねると、彼女は頷いた。
いくら空腹の呪いを受けてるといっても、果たして彼女に食べ切れるのだろうか。
そう思ってナユハをもう一度見ると、その店に行きたそうに、じっと見ていた。
まあ……食べきれなくても、残りは俺が何とかすればいいか。
「分かった。いいよ、あの店に入ろう」
「……うん」
そうしてプロネアにも声をかけると、やっぱり可愛い女の子には甘いですよね、とでも言うような顔をしていた。
俺はお腹を空かせた女の子を、無視できなかっただけなのに。
それから店に入り席に着くと、さっそくナユハが料理をねだってきた。
「これ……食べたい」
彼女がメニューの中から選んだのは、この店でも、最も量のあるメニューだった。
下手をすると、俺が通常食べる3食分よりも多いかもしれない。
「これはやめておいた方がいいよ」
「……食べたい」
彼女はじっと俺の目を見つめてくる。
うーん、もしかすると本当に食べ切れるのか。
空腹の呪いを受けてるもんな……
頼んでみるか。
「分かったよ。頼んであげる」
「……ありがとう、ご主人様」
そうして俺は、ナユハのご飯を頼むことにした。
一方プロネアは、俺のことを冷ややかな視線で見つめていた。
だってナユハは、お腹を空かせてるからね。
空腹の呪いがあるから……
そう思いながら視線を逸らしつつ、店員に声をかけて、注文を取った。
それからしばらく待つと、料理がテーブルに運ばれてくる。
俺とプロネアは、飲み物しか頼んでないので、ナユハだけが食べることになった。
「いっぱい食べなよ」
「……うん」
ナユハはそう言うと、肉にフォークを突き立て、ゆっくりと口に運んでく。
もちろん残してもいいのだが、その場合、プロネアからの視線が強くなりそうだった。
『見てください。ほら。こんなに残してます! いくら可愛い女の子の奴隷を買ったからって、我が儘ばかり聞いて甘やかすのは、よくないです!』
とか言われそう……
そんなことを思いながら、頼んだ飲み物を口に含み、隣を見てみると――
「これだけじゃ……足りなかった……」
ナユハすでに、その料理を、全て平らげていた。
俺はそれに驚きながらも、追加で、料理を注文することになった。
そうして俺たちは、ナユハを満足するまで食べさせると、店を出た。
――彼女が満足したのは、あの料理を5食分も異に収めた頃だったが……
ナユハは俺の15回分の食事を、一回で済ませたのである。
「ナユハちゃん。もしお腹を壊したら言ってくださいね、治癒してあげます」
「これくらい……大丈夫」
プロネアがそう声をかけると、彼女は平気そうに、そう答えた。
無理をしてる様子もない。
本当にあれくらいは、普通に食べられる量のようだった。
そうして街を歩いて行くと、やがて宿屋にたどり着いた。
とりあえずデータの回収と首輪の解除をしようと部屋に向かっている途中で、年少組と出会った。
すると子供たちはユナハに対して、好奇の目を向けてくる。
その中でも最初に声をかけてきたのは、アリルだった。
「クトリールおかえりなの、知らない人がいるの」
「ちょっと用事があるんだよ」
「でもその首輪って、奴隷の人がつけてるやつなの」
「そうだけど、これから外すんだよ」
「えー、どうやって」
「難しいからアリルには分からないかな」
「私は難しい話もできるの!」
「でもこれは大人の話だから」
「わたしはもう大人だから、大丈夫なの!」
「アリルは子供だよ」
「違うの!」
アリルはそう言い捨てると、拗ねてしまい、どこかに行ってしまった。
子供たちの行動にはシェルラが目を光らせてるから、宿屋の外には出ることもないだろうし、後で遊んであげれば機嫌も直るだろう。
俺はそう思ってアリルを見送り、自分の部屋に戻った。
するとプロネアが話しかけてくる。
「クトリール様、奴隷の首輪を外すんですか」
「うん。エレイスト獣人たちの首輪を外すための実験だからね」
「そう……だったんですか。せっかくクトリール様から奴隷を買って貰えたと思いましたのに……」
プロネアはそう言って、落ち込んでいた。
「奴隷は買わないけど、別のものなら買ってあげるからさ、そんなに落ち込まないでよ」
「うーん……だったらクランセラちゃんに首輪を付ける権利を下さい」
「それはダメ」
さてと、それじゃあ、まずはナユハの呪いを解くか。
そう思って、彼女に話しかける。
「ナユハ。ベッドに横になって」
「……わたしは奴隷だから……逆らえない」
今回はデータの回収だけじゃなく、奴隷の首輪の解除もあるから、負担を軽くてあげようとしただけなのに、どうしてみんな、俺がそんなことをすると思うのだろう。
俺はクランセラを勘違いさせたことを思い出し、最初に言っておくことにした。
「大丈夫、何もひどいことはしないし、優しくするから」
「……うん……痛いのは……我慢する」
「痛くないなんてしないよ、すぐに終わらせるから」
「……そうだと……いい」
そしてデータを回収しようとして、その手に触れようとしたとき――
扉が大きく開け放たれ、シェルラが、勢いよく部屋に入ってきた。
「クトリール! そなたが奴隷売買に手を染めたと、アリルから聞いたのじゃ!」
彼女の横には、なぜかメルナも一緒について来ていた。
よっぽど仲よくなったらしい。
それにしてもアリルのやつ、どこかに行ったと思えば、シェルラのところへ直行したのか。
シェルラは子供たちには恐がられているが、このギルドでは風紀委員みたいなものだからな。
俺に対して、公正な価値観で文句を言えるのは、彼女だけである。
だからこそアリルは、彼女の元に行ったのだろう。
アリルが誰かに文句を言って貰おうと思えば、まずプロネアは除外されるはず。
――プロネアにしたって、必ずしも俺のことを全肯定というわけでもないけどな。
そしてクランセラは子供たちの味方でもあるけど、それは主に子供たちを守るときに発揮されるから、今回の場合はあてにできない。
そんな中、シェルラだけは明確に善悪の基準で、俺に対しても意見を言ってくるのだった。
そんなことを思っていると、シェルラに怒鳴られた。
「そなた! よくも奴隷売買などと非道な真似をできたものじゃな!」
シェルラはとても怒っているようだ。
すごい勢いで詰め寄ってきた。
俺は慌てて彼女に説明をしようとしたが、先にプロネアが言い返した。
「別に奴隷くらいいいじゃないですか。ひどいことをするわけじゃないんですし。それともシェルラちゃんは、クトリール様が奴隷に、そんな扱いをするとでも思ってるんですか」
彼女の挑発的な言葉に、シェルラはさらに怒りを強めてしまった。
「クトリールがそんな扱いをするとは思っとらん。しかし奴隷制度なんてろくでもないのじゃ。わらわはクトリールに奴隷を買って欲しくはない!」
「そんなのシェルラちゃんの気持ちの問題です! 奴隷の気持ちになって下さい! 制度がどうあれ、奴隷になってる人はたくさんいるんですよ。そしてその人たちは、変な人に買われて、ひどいことされるかもしれないんです。それに比べてクトリール様に買われる奴隷が、どれだけ幸せか分かってるんですか! それを否定して、幸せになれるはず人の未来を奪うのは、よくないです!」
二人は喧嘩を始めてしまった。
治めないといけない。
そう思っていると、メルナと目があった。
(私がシェルラさんを落ち着かせますから、クトリールさんはプロネアさんをお願いします)
そう言っているようだ。
彼女と視線を交わすと、俺たちは二人に話しかけた。
――俺はプロネアに対して。
「プロネア。仮定の話を積み上げて、話題を誘導するのはよくない。サブマスターならちゃんとメンバーの気持ちと向き合ってあげて欲しいかな。大事にするべきなのは、自分の気持ちだってことは、プロネアもよく分かってるよね。だから少し落ち着いて話そう」
――メルナはシェルラに対して。
「シェルラさん。そんな感情をむき出しで自分の気持ちだけ言っても、ただの我が儘と思われたら伝わりません。もっと相手に伝わるように話すべきです。そのためにも落ち着いて下さい」
俺とメルナは互いに二人を説得し始め、それからしばらくして、ようやく喧嘩は収まった。
それと同じくして、再び、部屋の扉のドアが開いた。
「騒がしかったですけど、なにかありましたの」
クランセラか。
もうこの際だから、みんなにはまとめて説明するか。
そうして俺は奴隷の首輪を外すために、奴隷を買ってきたことを皆に説明した。
それを聞き終えると、シェルラは口を開いた。
「やはりクトリールはわらわが見定めた人間なのじゃ! わらわが悪かったのじゃ」
彼女は誤解が解けて、そう謝ってきた。
「いや。シェルラの正義感はギルドでも貴重だからね。俺が間違ってると思ったら、気にせずに怒ってくれて構わないよ。そのときにも、ちゃんと話を聞いてくれたら、ありがたいけどね」
そうシェルラに言うと、ナユハが横になっているベッドの前に、再び立つ。
「悪いな、待たせた」
「……こんなに……大勢の前でするの?」
「大丈夫。みんなも経験してきたし、信用できる仲間だから」
「……奴隷は逆らえない……恥ずかしいけど……我慢する……」
さっきの奴隷の話は彼女も聞いてたはずだけど、信じてないのだろうか。
未だに自分が奴隷だと言っていた。
「いまからその奴隷の首輪を外すんだよ」
「……でも首輪の契約者はプロネアご主人様、ご主人様じゃ外せない」
それで嘘だと思っていたらしい。
「正規の手段で外すわけじゃないからね。それに、プロネアにも協力してもらうよ」
俺はプロネアを呼び寄せると、彼女に話しかける。
「プロネア。奴隷の首輪を外すから協力して欲しい。そのために、一時的だけどギルドから外すね」
「えっ……まあ、必要なら仕方ないです。分かりました」
「終わったらすぐに戻すよ」
一時的にでもギルドから外されるのが嫌なのか、彼女は渋い顔をしたが、了承してくれた。
システムメニューを呼び出し、ギルドからプロネアの登録を削除。
これでナユハは、俺と全く関係ない奴隷になった。
――つまり所有権が俺にない奴隷ということである。
それに続けて、ナユハをギルドに登録しようと、彼女に話しかける。
「今から奴隷の首輪を外すけど、そうしたら俺のギルドに入ってもらっていい。ギルドへの加入も一時的なもので、これが終わったら、抜けてもらっても大丈夫だから」
「……うん、分かった」
彼女からも承諾が得られた。
さっそくメニューを操作して、ギルドにナユハを登録しようとする。
すると……
――『重複不可の内容が含まれています。登録できません』
やはりこのままだと、プロネアの奴隷所有権に邪魔されて、登録できないらしい。
「プロネア。今から彼女のデータにアクセスする。アシストしてくれ」
「はい、分かりました! 任せて下さい!」
直接アシストを頼まれたのが嬉しいのか、彼女ははりきっていた。
「ナユハ、両手を出して。少しだけ体がびくってなるけど、大丈夫だから」
「……分かった」
そう言うと彼女は、両手を差し出してきた。
その手を俺とプロネアで握る。
「それじゃあ、始めるよ」
「はい」
「……うん」
二人の返事を聞くと、ワールドフレームを起動させる。
そしてデータを回収するときよりも、さらに感覚を研ぎ澄ませた。
――彼女のデータにアクセスすると、その存在に関連付けられたデータを探し出す。
彼女自身はゲームのキャラクターではないから、存在自体を変えるような真似はできない。
しかしシステムメニューがエラーを出してる以上は、どこかしらに関連するデータがあるはずだった。
俺はそれを見つけようとしていたのだ。
初めての試みだったが、プロネアがアシストしてくれてるおかげだろう。
思った以上にデータを把握できていた。
彼女のデータを閲覧していくと、やがて、その関連項目にたどり着いた。
――『データ分類:Mカテゴリ//内容:所有者権限』
さらに詳しくデータを見る。
――『所有者権限//所有者:プロネア//プロセス:Dカテゴリ/奴隷・Oカテゴリ/ギルド』
おそらくこのカテゴリというのは、情報がどこに属しているかを、表しているのだろう。
アルファベットに意味があるかは分からないが、俺はそれに名前をつけることにした。
M:ミックスデータ(両方の世界が混ざったデータ)
O:オリジナルデータ(ゲームのデータ)
D:ディファレントデータ(異世界に関連付けされたデータ)
E:エラーデータ(それ以外のデータ)
そしてこのデータアクセスにするときの状態。
これを――ワールドフレーム・MODE――とも名付けた。
――Eはこの情報に含まれてないが、さっき見かけた。
そして俺はDカテゴリの奴隷のデータを、さらに調べていく。
すると奴隷契約という情報に行きあたる。
それをプロネアと協力し、解析していくと、やがてそのシステムを把握し始めた。
そうして奴隷化を解除するために、奴隷情報へとアクセスする。
そこには、奴隷化ルールの原典ともいうべきものが記されていた。
――奴隷化のルールは誰かが決めたわけではない。
この世界における物理法則、あるいは魔法法則のようなもの。
でなければ、支配者階級が自分の不利益になるようなルールを作るはずがない。
だからこそルールを曲解できるものが、奴隷契約の才能があるとされるのだろう。
そして奴隷化というのはルールに従って、決まった手順を踏まなければ発動できない、魔法の一種であることが分かった。
つまりその手順をなぞって、奴隷に至るまでの経緯を無かったことにすれば、奴隷化も解除できるはず。
そう思い俺は、彼女が奴隷になるまでのプロセスデータに、アクセスした。
そして最新の情報から遡ることで、奴隷化の元となっているデータを探し出す。
奴隷化プロセス34。
奴隷化プロセス33。
奴隷化プロセス32。
どんどん奴隷化プロセスを解析していき、最初のプロセスを目指していく。
やがて……
奴隷化プロセス1まで解析し終える。
今度はそれを改変するために、奴隷化プロセス1から奴隷化ルールそのものへとアクセス。
――奴隷化ルールとナユハのネットワークを遮断。
奴隷化ルールからのアクセスをブロックしたことで、ナユハの情報を操作できるようになった。
そして奴隷化プロセス、全消去。
そこでもう一度、ナユハのデータを確認する。
ナユハ:所有者権限/ナユハ
ついに奴隷化を解除することができた。
するとナユハが声を上げる。
「……首輪……とれた……」
それを見た他のメンバーも、口々に話し出した。
「相変わらずクトリールは奇妙なことをするの、でもすごいのじゃ」
「すごいですわ! 奴隷契約をといちゃいましたの!」
「クトリールさん、これでみんなも、奴隷から解放できるんですね」
「あぁ……私の奴隷が……なくなりました……」
そしてナユハがこちらを見つめて、再び話かけてくる。
「ご主人様……ありがとう……」
「もう奴隷じゃないんだから、その呼び方はしなくてもいいんだよ」
そう言うと、彼女は俯いてしまった。
「……私……また……捨てられる……」
捨てられる?
彼女は悲しそうな顔で、そんな言葉を口にした。
「どうしたの」
そう訊ねると、彼女は語りだした。
「……私はすぐにお腹すく……それに弱い。アマユリでも武士の家なのに、全然強くならなくて……ご飯いっぱい食べるから、邪魔って言われた。……それで奴隷に売られた」
彼女の本当のステータスは、かなり強い。
しかしそれも空腹の呪いのせいで、7割もの力を削がれているのだ。
そんな状態では、実力が発揮できるわけがなかった。
「そうだったんだ。でも俺はナユハのこと、分かってるよ」
俺は彼女にそう声をかけると手を握り、再びデータにアクセスした。
まずはスキル上達率増大をコピー。
次に空腹を転送。
――これにより空腹がナユハのステータスから消える。
さらにワールドフレームのスキル編集機能を使い、取り込んだ空腹を無効化設定。
「はい、これでもうすぐにお腹がすくことはないよ。それに強くもなってるはず」
「……そんなわけない……私、いっぱい訓練しても弱いままだった」
「試しにスキルを使ってごらん。俺が受けてあげるよ」
ナユハにナイフを渡すと、ワールドフレームのフォーマットをアサシネイトに変えて、対峙する。
「……クトールは変化ができる。驚いた」
ナユハはメカニカルなデザインの黒い衣装をまとった俺を見て、そう言った。
メルナも俺を見て驚いている。
そういえば彼女も、フォーマットコンバートのことは知らないだったな。
俺はその様子を見ながら、ナユハに声をかける。
「部屋の中だから、派手なスキルは使わないでね」
「分かった……」
そして彼女がスキルを使用する。
「アマユリ式刀技、奥義、天心鏡花」
彼女がそう言った瞬間、俺は致命傷を受けた。
心臓にナイフが突き刺されている。
「ク、クトリール様っ!」
慌ててプロネアが治癒してくれたおかげで、事なきを得る。
「……ごめんなさい。どうせ防がれると思った……それに派手じゃない」
「そ、そうだな、俺の言い方が悪かったせいもある。気にしなくても大丈夫だよ」
なんだあれ。
彼女が動かないと思い待っていたら、いきなり刺されたぞ……
そう思いながらも、ナユハに話しかける。
「それに強くなってただろ? だから手元が狂っても仕方ない」
「……うん、本当に強くなってた」
彼女は嬉しそうに、笑顔を見せる。
「ナユハがよければ、このままギルドに残ってもいいんだよ」
「……私、このギルドに残れる。……ありがとう、ご主人様」
「もう奴隷じゃないから、その呼び方はしなくてもいいんだよ」
「……私は武士……仕える身……だからご主人様と呼びたい」
まあナユハがそう呼びたいのなら、構わないが……
なんにせよ、これで奴隷化の解除は出来ることが分かった。
あとは街からエレイスト獣人を脱出させる方法だが、それも多分、問題ないだろ。
必要なのは丈夫な布と……あとは……
そんなことを考えていると、シェルラが話しかけて来た。
「クトリールよ。わらわはそなたを最大限に評価するのじゃ。ゆえに褒美として、今晩はわらわと一緒に寝ることを許すのじゃ」
その言葉にプロネアが文句を言ってくる。
「何を言ってるんですか! そもそもシェルラちゃんは部屋が違うでしょ!」
「別に構わんじゃろ。同じベッドなら数は足りるからの。しかしメルナを一人残すわけにもいかん。3人で一緒に寝ることにするのじゃ」
「えっ、わ、わたしも一緒なんですか!?」
メルナはその言葉に驚いていたが、プロネアも口を開いた。
「そんなの駄目です。だったら私もクトリール様と同じベッドで寝ます!」
「みんなずるいですわ! 私も一緒に寝ますの!」
「……私も……ご主人様と寝たほうがいい?」
「ベッドにはそんな大勢寝られないのだが……」
クランセラとナユハまで話に乗り出してきて、俺はそう言った。
「隣のベッドも寄せればいいのじゃ」
「どうせなら4つとも、まとめてしまえばいいですね!」
「それなら、大きいベッドになりますの」
「えっ、勝手に移動させていいんですか」
「大丈夫ですよ。精霊魔法で移動させますから」
「ふむ。帰るときまでに戻せばよいのじゃ」
「……みんなと寝るの、緊張する……」
「わ、わたしも緊張します」
「大丈夫ですの。本当に寝るだけで、何もされないですの」
「むしろシェルラちゃんやクランセラちゃんが、抜け駆けを企んでないかの方が心配ですからね」
「私は抜け駆けなんてしませんの!」
「わらわはクトリールが何人娶ろうが、気にせんのじゃ」
「……ご主人様なら……側室がいるのも当たり前……」
「えっ、獣人はそんなことないよ。お嫁さんは一人だけです」
「私も本当は一人だけだと思いますの。でもクトリールさんが望むならいいですの」
「言っておきますが、私が正妻ですからね!」
「それは勝手に決めないで欲しいですの!」
「……私は……側室でも過ぎた身……」
「わ、私そこまで考えてないよ。こ、困ります」
「ではメルナは一人で寝るのかの」
「そ、そうは言ってないです」
「じゃあみんなで一緒に寝ますの!」
「正妻である私が場所を決めますからね!」
「それはクトリールさんに決めもらいますの!」
――彼女たちの会話が聞こえていたのは、そこまで。
俺は少し前から部屋を立ち去っていた。
部屋の外にまで聞こえていた彼女たちの会話も、部屋を離れたことで、もう途切れたのである。
まだ夕方にもなってないのに、何で今から寝るときの話で盛り上がっているのか。
しかし出てきてよかった。
最後のクランセラの言葉から察するに、あのままだと確実に巻き込まれていた。
さて……アリルの機嫌でも直しにいくか。
それから後でみんなが落ち着いた頃に召集をかけよう。
エレイスト獣人を救うための、材料を集めて貰わないといけないからな。