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11話 依頼

 クランセラが部屋の中に飛び込むと、二人は驚いた表情を見せる。


「ティーナ、神父様は嘘を付いてますわ! 従う必要なんてないですの!」


 クランセラはそう言って二人の間いに割って入り、ティーナと呼ばれた少女を庇うように神父の前に立った。

 彼女はそれに最初こそ驚いたようだが、すぐに安心した顔を見せる。

 孤児院の人間にってクランセラはそれだけ頼られる存在だったのだろう。

 しかし神父はその行動に激昂していた。


「いきなり窓を壊して入ってきたかと思えば、何のつもりだクランセラ!」

「神父様こそティーナに何をするつもりでしたの!」


 クランセラは神父の言葉に怯むことなく言い返した。

 神父が行おうとした行為。

 それは彼女にっては許し難いものだったのだろう。


 一方言い返されたに神父であったがすぐさま反論する。

 その態度は全く悪びれたものではない。


「孤児院を救うため、ティーナには稼いでもらわないといけないのだ。だが彼女の今の仕事ではそれもできないだろう。だから私はティーナのために金の稼ぎ方を教えてやろうとしてたのだぞ! 孤児院のみんなを助けるために!」

「そんなの嘘ですわ! 本当はいくら神父様にお金を渡しても、このままだと孤児院は2か月後に壊されますの!」

 

 神父はクランセラの言葉に反応して一瞬、驚いたように表情を変えた。

 そして彼女の真意を探るような目つきで睨みつける。

 

「クランセラ、貴様……」


 しかし神父はすぐに表情を戻し、彼女の後ろにいるティーナに話しかけた。

 ――それは陰湿な表情を伴いながら。

 

「ティーナ。お前はクランセラが最近、賭博場に通っているのを知っているか」


 彼女は唐突に投げかけられた質問に戸惑った。

 なんで今、唐突にそんなことを訊ねられたのか。

 そんな困惑の表情を浮ながらもティーナは神父を見返す。

 そしてクランセラへと視線を移した。

 

「違いますのティーナ! それは孤児院を救おうとして……」


 神父はその言葉を聞いて嬉しそうに口元を歪めた。

 クランセラが何を言おうとその内容は関係なく肯定さえしてくれればいい。

 そう思っていたのかもしれない。

 

「私も教会に通っている信者の1人から聞いたのだが……クランセラのやつは最近、賭博場に通ってお金を稼いでいたのだよ。お前が孤児院のため懸命に働いて稼いでいた頃。クランセラは自分だけは楽をしようと、賭け事をしていたのだ。今日もクランセラはここへは来なかっただろう? それはおそらく賭けに負けたからだろう。冒険者として既に自立している彼女にとって、ここにお金を入れることは必要なことではないからな。もしかすると、もう孤児院にお金を出すことが嫌になったのかもしれん。お前が我慢していたことをクランセラは簡単に放棄してしまったのだよ。さっき2カ月後にここが潰されるなんてことを言いだしたのもそのためだろう。クランセラからすればもはやここは、潰れた方が都合がいいからな。お前達とも縁を切りたかったのだ。だからこそお前を騙そうとしてあんなことを言ったに違いない。孤児院が潰れたのなら、クランセラはお金を出す必要もなくなるのだからな」


 神父がティーナへと質問を投げかけた理由。

 それは孤児院取り壊しの真実を知ったクランセラをティーナから、ひいては孤児院から引き離すための作戦だった。

 しかもそれはクランセラの言葉を利用したものである。


 その結果としてティーナは神父の思惑通り――

 クランセラへと猜疑の目を向けることになった。


「クランセラ……お姉ちゃん……」

「違いますの! 神父様の言ってることは違いますの!」


 ティーナはクランセラから距離を取り始めた。

 それに対してクランセラは必死に反論する。

 しかし神父はさらに言葉を重ねた。


「ティーナ。どうしてこんな夜にクランセラが私の部屋に忍び込んだと思う。それは孤児院を守っている私のことが邪魔で殺しに来たから。そう考えれば説明が付くのではないか。クランセラはどうしても孤児院を潰したいのだよ」


 神父の言葉により猜疑心を植えつけられていたティーナにとって、その言葉はまるで事実のように聞こえていたのかもしれない。

 彼女はクランセラとの距離をさらに取り始めた。

 そして後ずさりながら問いかける。


「クランセラお姉ちゃんが……そんなこと……するはず、ないよね」

「当たり前ですの!」


 クランセラはイラだったように強く答えた。

 それは聞きようによっては暴力的にも聞こえるものだろう。

 神父に濡れ衣をきせられて感情が乱れていた。

 そういう理由があることは分かる。

 しかしティーナは彼女が暗殺に来たと聞かされたばかりなのだ。

 クランセラの口調はティーナにそれを裏付けるような印象を与えてしまった。

 そしてそれは余計に二人の距離を広げさせることになる。


 ――今二人がこのような状況になっているのは無理もない。


 ティーナはさっきまでやりたくないその手の仕事を、無理矢理にさせられようとしていたのだ。

 未然に防いだとはいえベッドにまで連れ込まれそうになっている。

 その時点で彼女の精神は相当疲労していたはず。

 それに加えて助けに来てくれたと思っていたクランセラが、実は孤児院を潰そうとしていると聞かされたのである。

 ティーナは度重なる出来事で精神がかなり緊張していたのだ。

 

 だからこそ神父の言うことを簡単に信じてしまったのだろう。

 もちろんクランセラが賭博場に通ってることを、肯定したことも大きい。


 つまりこの状況は――

 ティーナの精神状態を考えながら策略を組み立て、この場を支配することに成功した神父のせいで起こっているもの。

 ティーナが神父の言葉に耳を傾けてしまうのも当然のことであった。

 そして彼女はクランセラに対して問いかける。


「だったらどうして今日はいつもの時間に来てくれなくて、こんな時間に神父様の部屋に……それも玄関からじゃくて、窓からいきなり入って来たの……」

「そ、それは……」 

 

 神父の言葉によって二人は惑わされていた。

 ティーナにおいてはもはや催眠状態になっていたと言える。

 神父の言ってることを少しでも疑っていれば、暗殺のために来ていたのなら出て来たタイミングが不自然なことにも気が付けたに違いない。


 彼女はそんな考えが及ばないほど洗脳されていたのである。

 ここまで急速にそうなったのは、ティーナの精神が一連の流れに負担を感じ過ぎていたせいだろう。

 

 それなのにクランセラは弁明するどころか、濡れ衣を着せらたことに焦っていまい状況をますます不利にしていた。

 このままではクランセラはティーナによって殺されるかも知れない。


 彼女の性格やこの状況を考えるとそれもあり得ることだった。

 



 ――だから俺が代わりに答えた。




「そんなの、孤児院を守るために決まってるだろ!」


 

 ティーナに向けてそう言い放つと、部屋の中に飛び込んだ。

 どうにも部屋に入る機会を逃してしまったからな。

 しかしこれでようやく俺も、この状況に立つことが出来た。


「誰だ貴様っ!」


 神父が驚いた顔をして問いかけてきた。

 いきなり自分の部屋に見知らぬ輩が乗り込んで来たら、そう言うのも当然のことだろう。

  

「クトリール。クランセラの仲間だよ。孤児院を助けるために来た」


 俺は隠すこともなく名乗った。

 神父は訝しみ目を細めながらこちらを見てくる。


「そうか。貴様がクランセラをそそのかした張本人というわけか」


 それはまるで俺がクランセラを誘惑したあげく、悪い道へと引きづり込んだとでも言うかのような発言であった。

 あくまで自分の正当性を崩すつもりはないようだ。


 さっきから……こいつ……

 都合がいいように他人を責めることばかりで……

 いいかげん、我慢の限界だぞ…… 

 俺は今まで黙って聞いて分も含めて言い返す。

      

「お前の方だろう……それは。クランセラの気持ちを利用して、無茶な金額を要求して追い詰めたのも……あたかも自分が孤児院を守っているように振る舞って、皆を騙していたのも……神父、それはお前の方だろ!」


 そして次にティーナの方へと向いた。


「ティーナ。確かにクランセラは賭博場に通っていた。でもそれは賭け事にのめり込んで遊んでいたわけじゃない。もちろん楽をしようとしてたわけでもない。神父に騙されて馬鹿げた額のお金を要求されていたんだ……そのおかげでクランセラにはもう賭け事で大金を得るしか方法が残されてなかったんだよ!」


 しかしティーナはそれを聞いてもまだクランセラに対する疑いを捨てられないようで、濁った視線を彼女へと向けていた。

 だから俺はさらに言葉を続ける。

 ティーナの目が覚めるまで。


「クランセラはな……真面目に冒険者として頑張ってお金を稼いでいたんだ。いや……それだけじゃなくて……冒険者としてギルドで嫌われることも構わず、お金を稼ぐことに必死になってた。それでも……足りなかったんだよ! 神父が要求してくる無茶な金額には全く足りなかった。だけど彼女は……孤児院を守りたいと、何とかしたいと、必死でそのお金を集めようとしてたんだよ! そのせいで賭け事に手を出すまで追い詰められていたんだ! おかげでクランセラは奴隷にもなりかけてたよ……でも……それぐらい体を張って、みんなのことを守ろうとして頑張ってたんだよ! そして今も貴族や教会の事情に巻き込まれながら、みんなを助けようと足掻きながらここにいるんだよ!」


 そう話しているうちに、ティーナは俺の話に耳を傾け始めた。


「だからクランセラのことを、信じて欲しい。俺がこんなことを言ってるからでもなく神父の言葉を鵜呑みにするわけでもなく……ただクランセラがどんな女の子だったのかだけを思い出してくれ! ティーナにとって……孤児院にとって……クランセラはどんな存在だったんだよ……孤児院のために、ここまで頑張ってきた女の子がどんな女の子だったのか……ティーナには分かるはずだろ! 何で神父なんかに騙されてるんだよ。ティーナにはクランセラが神父の言うような人間に見えるのかよ! 自分の気持ちで答えてくれ!」


 そう言って俺は話し終えた。


 やがて……

 ティーナは瞳に輝きを取り戻し、その目じりから涙を流し始めた。

 そしてゆっくりと小さな声で答えてくれた。


「……みえない……クラ……ンセラ、お姉ちゃん……は……そんなふうに見えないよ」


 そう言いながら彼女はクランセラの方へ歩み寄る。

 やがて彼女へと抱きついた。


「わたし……クランセラお姉ちゃんのこと……疑って……」

「いいんですの。私が神父様に騙されていたせいですわ。私がもっとしっかりしていれば、ティーナがお金を要求されていたことにも気付けてあげられたはずでの。それに今日みたいな恐い思いをさせることもなかったですわ。だから私の方こそ悪かったですの」

 

 二人がそうして話していると神父は怒りだした。


「何をたわけたことを言ってるのだ! 私がお前たちを騙していただと!? そんなことはないっ! ここを潰そうとしているのはカノロレナ家なんだぞ。私はそれから守っているのだぞ!」


 神父はまるで濡れ衣を着せられてるのは、自分だとばかりにそう言った。

 俺はそれに呆れながらも話しかける。

 

「街の外の貴族のことや、新しい神父を呼ぼうとしてること。それはもうはっきりしてんだ。いつまでも誤魔化すのはやめろ」

「貴様……どこかの貴族の手の者か」

「さあな。ただ何にせよ、ここを潰させるわけにはいかない」


 そう言って俺はナイフを抜き出した。

 神父はそれを見て目つきを鋭くする。

 

「つまりは結局はただ暗殺しに来ただけではないか。だがな……教会の中でも汚れ仕事を続けてきた私を殺せると思ったか」


 神父は何かを呟やいたかと思うと手を振り払う。

 その直後――

 目の前の空間がいきなり爆発を起こした。

 だがそれは、神父の想像とは違う結果だったらしい。


「あの速度の魔法を……防いだだと……」


 そう驚いたの束の間。

 神父はさらに魔法を打ち出してくる。

 しかしそれらはこちらに届く手前で次々と爆発していく。

 どれも俺にダメージを与えるには至らなかった。


「どういうことだ……貴様、詠唱もなしに……何故っ、魔法が使える!」


 目の前で起きた爆発は、魔法と魔法がぶつかり合い相殺された結果である。

 しかし俺はただ突っ立ってるだけでだ。

 やつにはそれが不可思議に思えて仕方なく驚きの声を上げたのだろう。

 どうもこの世界では魔法を使うのに詠唱が必要らしいからな。

 まるで俺が無詠唱でも使ってるように見えたに違いない。

 だから神父の質問に答えてやった。


「俺は……精霊の加護を受けているからな」


 




 ――それはクランセラが部屋に飛び込んだ直後のことだった。






『その手を離しなさいですわ!』


 彼女が部屋に飛び込んだのを見て俺もそれに続こうとしていた。

 しかし今から飛び出そうというまさにそのタイミング。

 そこで後ろから声をかけられたのである。


「クトリール様、こんなところに座ってどうされたんですか」


 それは聞き覚えのある可愛い声で、さらに不思議そうな口調だった。

 俺は彼女に返事をした。


「プロネアか。早かったな」

「はい、鍵を壊して回るだけでしたから」


 彼女は愛らしい笑顔でそう言った。 


「それよりクトリール様は、もしかして休憩中でしょうか」

「こんなところで休憩するか!」


 誰が忍び込んだ建物のそれも2階窓際の外縁で休憩するんだよ!


「プロネアもこっちに座って。見つかってしまう」

「はい……それではクトリール様のお隣、失礼しますね」

 

 プロネアがそう言ってこじんまり座ると、俺と同様部屋の中を覗き込む。


「なるほどですね。クランセラちゃんが先行して部屋に入っていたんですか。ですが……それにしても……ずいぶん言い負かされてますねぇ」


 プロネアが嬉しそうな顔でそう言ってきた。

 あげくには楽しげに実況をし始める。


「ほら見てください! もう泣きそうになってますよ!」

「このままだと危ないな」

「まだまだ大丈夫でしょう、もう少し見ておきましょうよ」

「駄目だ。これ以上はもう見ていられない。俺も神父にムカついてきた」

「あっ、クトリール様!」


 そして窓を飛び越え、二人に言い放つ。


『そんなの――孤児院を守るために決まってるだろ!』


 




 ――そして俺は今、目の光景を見て思っていた。

 

 プロネアはアシストキャラとしてはすごく頼りになる女の子だと。

 ――しかもとても美少女。


 つまり相殺されている魔法は彼女が打ち落としていたのだけなのだ。

 本来であれば神父の魔法など俺には対処が出来ない。

 アナライズで神父が俺よりも強いことは確認済みだったからな。

 それでもプロネアがいてくれたおかげで感情のまま飛びだしても、安全が確保されているのだった。

 もし彼女がいなければもっと際どい状況になっていただろう。


「偉そうにしてたけどこの程度の魔法とか、案外弱いんだね」


 俺はそう言って左手を前にかざした。

 すると神父は突風に吹き飛ばされるように壁に叩き付けられる。


「ごぐぅはっ。私の防御魔法をも……貫通する威力で、何故、詠唱すら必要としないのだ……貴様っ……」

「そんなことよりさ。お前を殺せば孤児院も守れるのかな」


 その言葉が合図のように部屋が炎に包まれ始めた。

 炎は神父の体を傷つけないまでも服を焦がすことで、確実にやつの心に焦りを生じさせていた。

 

 プロネアの精霊魔法は本人の意志でダメージをコントロールできる。

 炎を部屋にまき散らしたところで、全く燃やさないことも可能なのだ。

 逆に温度を調節して神父の精神を追い詰めることも出来る。

 彼女は俺の動作に合わせて、魔法を使ってくれていた。

 そのため神父には俺が魔法を使っているように見えているはずだった。

 

「おっ、俺を殺したとしても、孤児院が潰されることは変わらん! 外の貴族のことまで知ってるお前なら、それも分かるだろ!」


 神父の命乞いに俺は冷酷な声で答えた。


「お前を生かしたところで……どうせ孤児院が潰されるというなら、殺したところで同じだろ。それならばクランセラたちを騙していた分の償いを、受けてもらう必要があるな」


 俺は神父を蹴り倒してナイフを向ける。


「待てっ! 孤児院は救うことができる! ここで俺を殺せば、本当にもう孤児院を救うことはできんぞ!」


 その言葉に反応して炎が神父の体を焦がしていく。


「わ、分かった。孤児院をこのまま残すように協力するから、助けてくれ」

「信用できる言葉じゃないな」

「頼む、信じてくれ!」

「いつまでに孤児院の取り壊しを撤回させる気だ」

「2週間あれば……それもできるだろう」


 俺はその言葉を聞いても表情を変えずに睨み付ける。

 

「もっと早く出来るだろ」

「ほ、本当にそれくらいかかるんだ。もう孤児院が潰されることは決定されてることなんだぞ。それを覆すのには、根回しも相当かかる!」


 どうやら神父の言ってることは嘘ではないらしい。

 俺はやつの態度からそう判断することにした。

 しかしそこで神父は言葉を付け足してくる。


「ただ……これだけの利権がかかった事案を撤回させるには、相応のものが必要になってくる。それが用意できないと交渉もできない」

「そうか。ならば頑張って用意するんだな」

「待ってくれ! 街の外の貴族が納得するようなものは、アーティファクト級の宝しかない。俺にはそんなものを用意することは出来ないぞ!」


 神父はここにきて開き直ったように、そんなことを言い出した。

 プロネアがその言葉に怒ったらしい。

 炎が強くなり、一段とその温度を上昇させたようだった。


「ぐあああう、待て、話を聞いてくれ、ぐああう」


 俺はその言葉を無視することにした。

 神父には態度を改めさせる必要があったし、クランセラたちを騙していたのだからこれもいい罰になるだろう。

 そう考えてしばらくその様子を見ながら黙っていた。

 そして頃合いを見て話し掛ける。


「いいだろう。聞いてやるから話してみろ」


 そう言うと炎が弱まった。

 プロネアとの連携は完璧である。

 やがて神父は息を乱して涙を浮かべながら、こちらを見上げて話し出した。


「ぜはぁ、はぁ、ダ、ダンンジョンの最下層には……主がいるということは……知っているだろ」

「それがどうした」

「この街のダンジョンはまだ誰にも攻略されていない。つまりダンジョンの主が持つとされている宝は未だにダンジョンの最下層にある。それならば……貴族たちとの交渉にも使えるはずだ」

「つまり、俺達にそれを取ってこいと?」


 そう言って睨むと、神父は怯えながらも言葉をかけてきた。


「それくらいのものでしか孤児院の件を無かったには出来ない。そこらへんの宝では街の外の貴族たちを説得することは無理だ。ダンジョンの主が持つ宝くらいでなければ話が釣り合わん。私も交渉材料さえあれば話を覆す自信はある。しかしそれがなければどうしようもないんだ。これだけの力がある貴様たちならダンジョンもおそらく攻略出来る。だからそれだけは用意してくれ、頼む!」


 懇願するやつの言葉に対して答える。

 

「ダンジョン攻略と言っても時間がかかるぞ」

「そうだな……3日で取ってきて欲しい。工事までの期限や根回しのことを考えるとそれぐらいしか時間がない。それ以上かかると、撤回できるかどうか分からん。孤児院を守りたいなら……急いだ方がいいぞ」


 神父は主導権を何とか取り戻そうとしてか、そんなことを言ってきた。

 だがそれはプロネアの怒りを買うだけであった。

 炎が盛大に燃え盛る。

 さっきよりかなり強く怒ってるらしい。


「ぐはあああう、頼む、炎をとめてくれ。言い方は悪かった、謝る。だが本当に猶予はないのだ。ぐああ。助けてくれ」


 俺は窓の方を見て炎を止めるように合図をした。

 そして神父に向かって話しかける。


「仕方ない。ならば宝は俺達が用意する。お前は必ず交渉を成功させて、孤児院の取り壊しを撤回させろ」

「ああ……約束する」

「もし交渉に失敗したときや逃げようとしたときは……償いを受けてもらうからな。そのときは許さない」


 神父は息を飲みながら頷いた。


「ならば早く動け。傷は治してやる」


 そう言うと神父の傷がプロネアの魔法によって癒されていく。

 やつはその様子にも驚いていた。


「3日以内にダンジョンの宝を持ってくる。その間は監視を付けておくからな。これ以上子供たちに手を出したときも償いを受けてもらうぞ」


 そう言い終えると今度はクランセラに話しかける。

 神父に早く動けと言ったが、それは俺達も同じだった。

 

「クランセラ、行こう」


 しかしそう呼びかけてもクランセラは動かない。

 ずっと座り込んだままである。


「どうしたんだ?」

「な、何でもないですの!」


 彼女は顔を赤くして、動揺していた。


「まさか! さっきの炎で巻き添えをくらったのか」

「ち、違いますの、来ないで下さいですの!」


 慌ててクランセラに駆け寄ると彼女はひどく慌てだした。

 しかしそれでも立ち上がる様子はない。

 そして俺は彼女の間近まで来て気が付いた。

 彼女が座っている床に、水たまりが出来ていたことに……


「あっ……」


 そしてクランセラと目が合う。

 すると彼女は泣き出した。

 

「だって炎が迫ってきて、恐かったんですのーー!」


 クランセラは孤児院で着替えることになった。

 

 




 それから俺たちは孤児院を後にして、まずは賭博場を目指していた。

 その道中――

 プロネアがクランセラをからかっていた。


「そんな年にもなってー、冒険者なのにー、恥ずかしいですねー」

「だ、だって炎がまるで私を狙ってるみたいでしたの!」


 あの炎を操ってたのは、プロネアだからな。

 

「おかしいですの! 神父様だけじゃなくて、どうして私まで狙われますの!」

「でも熱くなかったでしょ。あの炎は精霊の力による特別なものですからね」

「だからって、やめて欲しいですの!」


 そんな会話をしていると、俺たちは賭博場へとたどり着いた。

 その中に入る前にプロネアが確認してくる。


「本当に神父の監視をリデスに依頼するのですか」

「ああ。脅したとはいえ信用できないからな。お金は掛かるだろうがそれはダンジョンで回収できるだろう。それより神父を放置しておくほうが心配だ」


 ダンジョンを攻略するにあたって誰かを残しておく余裕もないからな。

 俺たちはリデスに頼るしかなかった。

 この依頼を受けるときにレネジェーガは言っていた。

 失敗したときにはリデスが動くこともあると。

 それならば前もって依頼をすることも出来るだろう。

 相手にとっても失敗されてから動くよりは、今のうちに依頼を受けて俺達の作戦を成功させた方がメリットは大きいはずである。

 

 そう考えて俺達は賭博場へとやって来たのだった。


 そうしてその中へと入る。

 フロアを回りながらルノーゼを探していく。

 するとほどなく見つけることができた。


「ルノーゼさん」

「クトリール様、こんばんは」

「ああ。もしかして忙しいですか。相談したいことがあるんですけど……」

「大丈夫です。賭博場での仕事は本来のものではありません。それでは部屋を用意しますのでそちらを使用しましょう」


 ルノーゼはそう言うとフロアを離れて、その部屋に案内してくれた。


「それで相談とは何でしょうか」

「明日から三日間。神父の監視を依頼できないかなと思って来ました。神父が街から逃げ出そうとしたり、孤児院の子供たちに何か仕出かさないか見張ってて欲しいんです。必要なら殺さない程度に手を下して構いません」


 彼女は少し考えてから口を開く。


「分かりました。それでは監視と護衛の依頼として引き受けます。費用は1日100万ヴェイトとして3日で300万ヴェイト。こちらを報酬から差し引かさせて頂きます」


 3日で300万ヴェイトはかなり高いと思う。

 ギルドで見た護衛の依頼は高くても30万ヴェイトぐらいの報酬だった。

 それもBランク以上指定で2週間くらいかけてのもの。

 でも逃げられて依頼を失敗するよりはマシだろう。


「よろしく頼みます」

「はい。こちらも無事に依頼を成功できるよう願ってます」


 そうして俺たちはリデスへの依頼を終えると賭博場を後にした。




 そこで俺は二人に話しかける。


「今日はもうギルドハウスに戻ろう。さすがにこのままダンジョンへ向かうのは危険だろう。時間がないとはいえ準備も必要だからな」

「そうですね。しっかり寝てからの方がいいでしょうし」

「だったら私もクトリールさんのお家に泊まりますわ。また一緒に寝ますの!」


 えっ……

 また3人で寝るの。


「そうですね。私もそれがいいと思います。でもクランセラちゃんは寝る前に、ちゃんとトイレに行って下さいね。くれぐれもベッドを汚さないで下さい」

「そんな心配、必要ないですの!」


 こうして俺たちはギルドハウスに一度戻ると決めて、明日からダンジョンを攻略することになった。

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