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10話 よくないです

 俺たちは仮眠を取り終え、リビングに集まると出掛ける準備を済ませた。


「それじゃあ今から街に行き、ギルドへ忍び込んで情報を集める」


 プロネアとクランセラの二人が頷く。

 それから俺たちは部屋を後にしてギルドハウスを出た。

 そして表にでるとプロネアに声をかける。


「プロネア、夜なら大丈夫なんだろ」

「はい。大丈夫ですよ」

「何の話をしてますの」

「街へ行く方法だよ。歩いて行くと面倒だからな」


 クランセラはそう聞いてもなお不思議そうな顔をする。


「馬でも使いますの? 夜に乗ると危ないですわ」

「いや、空を飛んでいくんだよ」

「空……ですの」

「そうだよ。プロネア、頼んだ」

「かしこまりました」


 彼女は俺の言葉を受けると詠唱を始めた。

 すると足元から風が巻き起こり、体が浮き始める。


「か、体が浮いてますの!」

「大丈夫かクランセラ、手を繋ごう」


 俺が初めて空を飛んだときもプロネアが手を繋いでいてくれたからな。

 だから俺もクランセラの手を繋ごうとしたのだが……

 その瞬間――

 プロネアが遮ってくる。


「大丈夫です! 私が精霊魔法でクランセラちゃんの体勢も制御してるので、その必要はありません!」


 彼女はそう言うと、いきなり高度を上げ始めた。

 そしてクランセラはその様子に興奮しながら喜んでいる。


「すごいですの! 私、こんな魔法は初めてですわ」


 本当にクランセラの体勢はプロネアによって制御されているようである。 

 俺はプロネアの方を見た。

 すると彼女は可愛い笑顔でこちらを見返してくる。

 それはまるで”クトリール様は私の気持ち理解してくれますよね”とでも言うような表情である。


「それでは、行きますね」

 

 彼女は進路を街に向けて出発した。




 そうして街の近くまで来ると、俺たちは適当な場所に着地する。

 さすがに空を飛んだまま街に入ることは出来ない。

 そのため手前から歩くことにしたのである。

 しかし地上に降りてからもクランセラの興奮は続いていた。


「すごかったですの! プロネアさんはすごい魔法使いですの!」

「すごいのはクトリール様ですよ。私の魔法なんて大したことないですよ」

「クトリールさんもステータスとか見れてすごかったですの!」


 クランセラは何気なく俺を褒めたのだろう。

 だがその言葉にプロネアは反応した。


「クランセラちゃん。クトリール様にステータスを見せてもらったんですか」

「はいですの。私いっぱいスキル持ってましたの!」


 それを聞いたプロネアは叱るように小声で話しかけ来る。


(クトリール様、無警戒すぎます。ワールドフレームはこの世界のどのスキルと比べてもありえないほどにすごいものなんですよ。やたらと見せるようなものではありません。ましてやこの世界の人はステータスの存在すら知らないんです。それをそんな簡単に教えるなんて、よくないです。データを回収するためだったとしても、クランセラちゃんが相手ならいくらでも誤魔化せたはずですよ。ステータスまで見せる必要はありませんでした)


 確かに俺もあのときは少し迷った。

 それでもクランセラなら大丈夫だろうと判断したのだ。

 それにこれから一緒に依頼をこなすのなら、ステータスやスキルのことも教えておいた方が動きやすいだろう。

 とはいえ今みたいに簡単に口に出されると困るのは事実である。


(分かった。これからは気をつけるよ)

(お願いしますね)

 

 プロネアはそう言って渋々頷いた。

 続けてクランセラにも話しかける。


「クランセラ。ステータスのことは他の人に言わないようにしてくれ」

「どうしてですの」

「レネジェーガとか危ない人に狙われるから」


 あいつは能力と言っていたが、ユニークスキルの存在を知ってるからな。

 単純な戦闘系のスキルならまだしもワールドフレームやアナライズは、そういうものとは種類がまた違うのである。

 希少性で言えば相当なものかもしれない。

 珍しいスキルならば余計に用心しておきたかった。

 

「そうですの……分かりましたの!」 

 

 奴隷に落とされそうになったクランセラは、レネジェーガの危険性もすぐに理解してくれたようだ。


「これで大丈夫だな」

「本当に分かってもらえてるならいいんですけど……」

「クランセラもそれくらいは理解できるだろ」

「私はクトリール様のことも心配なんです。本当にこれからは簡単にステータスを教えないで下さいね。クトリール様好みの可愛い女の子でもですよ!」

「俺はそんな外見でクランセラを信用したわけじゃないけど……」


 プロネアは俺のことをどういうふうに見てるんだ……




 そんなことを話しているうちに、俺たちは街までやって来た。

 そして俺は二人に向かって話しかける。


「さて。これから生産ギルドに行って工事の日程を調べるわけだが、ルノーゼから貰った資料によると候補のギルドは3つに絞られる。だからそれを順番に回っていけばいいと思う」


 俺の言葉に二人は頷く。   


「それじゃ最初は、このギルドから行こう」


 目的のギルドを伝えると、俺たち三人は街を移動する。

 そんな中クランセラが少し緊張しているようだった。


「クランセラ。もし誰かに見つかったとしても逃げればいいだけだぞ」

「そうですけど……見つかりたくないですの」


 俺だって見つかりたくはないが、プロネアもいるし大丈夫だろ。

 彼女の方を見るとかなり機嫌が良さそうに見える。

 もしかすると似たようなことを経験したことがあるのかもしれない。

 開錠は任せて下さいって言ってたしな……


 そうしてしばらく歩いていると、目的のギルドまで到着した。


「もうギルドの人たちもいないようですわ」

「それじゃあプロネア、鍵を開けてくれ」

「かしこまりました」


 プロネアは小声で詠唱を始めると、その手を鍵にかざした。

 魔法で開けるのか……


「これで大丈夫ですよ。中に入りましょう」


 精霊魔法って本当にいろんなことが出来るんだな。

 その様子を感心して見ていると、プロネアが忠告してくる。


「鍵は壊しただけですからいずれバレます。そうなる前に早く探しましょう」


 開錠ってそういうことか……

 どおりでプロネアのステータスにそれらしいスキルがないと思ったよ!


「クトリールさん、ほら行きますの!」

「あ、ああ。そうだな」


 プロネアの行為に気を取られているとクランセラから声を掛けられた。

 確かに時間はかけてられないからな、急がないといけない。

 俺達は素早くギルドへと侵入した。


 そして手分けして、工事日が分かりそうなものを探し始める。

 

 たぶん机の中や棚に保管されてある事務書類か……

 あるいは壁に貼られてたり目立つところにあると思うんだけどな。

 工事日が決まっているとなると、ここのギルドメンバーもそれを見越して動く必要があるだろうし。


 俺達は壁を見回しながら机を探ったりとそれらしい場所を調べた。


 ギルドはただ依頼を受けて仕事をしてるだけに過ぎない。

 だから工事日程はそんな隠すようなものでもないはず。

 それで見つからないということは……


「このギルドではないのかもしれませんね」

「そうだな。片づけて次のギルドへ向かおう」


 プロネアがそう言ったので俺も同意する。

 探していた書類などを戻して、ギルドを立ち去ることにした。

 そうして外に出てると次のギルドを目指して歩き出す。


 そして二軒目のギルドでも同じように探すが、また見つからない。


「ここも違うようだ。だったら……最後のギルドがそうなんだろ」

「次のギルドで見つかるといいですの……」


 見切りを付けると俺達は再び移動を始めた。

 そして最後の候補地に向かう。

 今度こそあると思うがもしなかった場合はどうするか……

 不安になりながらも目的のギルドに到着する。


「ここがそのギルドですよね。それじゃあ、鍵を開けますよ」


 そして三人でギルドの中を探していたら――

 今度はあっけなく見つかった。


「ありましたの! きっとこれですわ!」


 クランセラが嬉しさのあまりに大きい声を出してしまった。

 俺は慌てて彼女の口を塞ぐ。


「むぐぅっ、ふぐぅふーぐぅんぅ」


 クランセラはいきなりそんなことをされて驚いている。

 彼女に静かにするよう伝えると、すぐに状況を理解してくれた。

 そうして手を放すとクランセラは少し顔を赤くしながら、一枚の紙をこちらに見せてくる。


「クトリールさん、これがそうじゃありませんの」

 

 見せられた紙を確認してみると、確かに礼拝堂の建設予定が記さていた。

 俺は異世界の文字でも理解することが出来る。

 おそらく体に取り込まれたゲーム機による補正のおかげだろう。

 だから書かれていた内容を理解することは出来るのだが……

 これっていつのことなんだ。

 俺はこの世界の暦や日付までは理解できなかったのである。

 その紙を見せながらプロネアに訊ねてみた。


「プロネア、この日まであと何日ある?」

「……あと2か月ほどですね」


 あと2か月か……

 猶予がありそうに見えるがそうでもないよな……

 俺はそれを聞いて少し焦りを感じた。

 

 礼拝堂の建設ともなれば多くの資材や人手が必要だろう。

 ましてやこの世界の場合だと、その用意に時間もかかりそうである。

 だとすると工事に向けての材料も既に発注が掛けられてるかもしれない。

 あまり時間をかけているとそれもキャンセル出来きなくなりる。

 そうなると建設を阻止するのがさらに難しくなりそうだ。


 それに加えて2か月というこの期間。

 神父を寝返らせ、街の外の貴族に働きかけさせる。

 その時間のことまで含めて考えれば不安になるほど余裕がない。

 何より工事がその日程ということは――

 それよりも前に子供たちは孤児院から追い出されるということだ。

 しかしクランセラはそこまで理解できずに日程を見て喜んでいた。


「この日程ならまだ時間もありそうですわ!」

「クランセラ。これは……猶予がないと見た方がいい」

「えっ、だって、工事日まであと2か月もありますの」

「あとで説明するけど、とりあえずこのギルドから出よう」

 

 彼女は俺の言葉を聞くと、不安そうに困惑の表情を浮かべていた。

 ただいつまでもここに留まって誰かに見つかるとまずい。

 まずは落ち着ける場所が必要だった。




 そうして俺たちはギルドから立ち去り街中の広場まで出てきた。

 するとクランセラがさっそく問いかけてくる。


「あの、クトリールさん。どうして猶予がありませんの」


 俺は工事の仕組みから孤児院の取り壊しまで、彼女にその流れを説明した。

 それを聞いていたクランセラは不安の色を濃くしていく。

 話を聞き終わった頃には泣きそうになっていた。


「それじゃあ……もう、時間はあまりないですの……」

「心配するな。それでも建設を阻止することは、まだ出来る」


 落ち込んでいるクランセラにそう声をかけると、暇そうに街中を眺めていたプロネアを呼び戻した。

 そして二人にこれからの行動を伝える。


「ここからは二手に分かれて動きたい。まずプロネアは街にあるギルドを適当に回って、その鍵をこれまでの3軒と同じように壊していってくれ。俺とクランセラはこのまま孤児院に向う」


 時間の問題で鍵を壊したことはバレるだろう。

 ただこのときカノロレナ家に関係のあるギルドだけ破壊されたとなれば、さすがに不自然だからな。

 他のギルドもカモフラージュとして同じ状態にしておく必要があった。


「分かりました。それでは100軒くらい壊してきます。それが終わったら私も孤児院に向かいますね。クトリール様の居場所なら感知できるので、集合場所は決めなくても大丈夫ですよ」

「そうだな。それじゃあプロネアも後で孤児院に来てくれ」

「かしこまりました」


 そう言って彼女は鍵を壊しに向かった。


「クランセラ。俺達も行こう」

「はいですの。でも今から孤児院に行ってどうするつもりですの」

「神父がどんな見返りであれば寝返るのか、それを調べたい」   


 クランセラからお金を巻き上げるくらいだ。

 その人間性にも検討はついている。

 見返りによっては寝返る可能性も高いはず。


「クランセラは神父が欲しがりそうなものって分かるか」

「うーん、お金は要求されましたけど……それ以外は想像がつきませんわ」

 

 お金だけというのは厳しいよな……

 ダンジョンで稼ぐにしてもどれくらい必要になるか分からないし。

 何よりお金で神父が寝返るかという問題がある。


 クランセラからお金を巻き上げての小遣い稼ぎはしても、寝返るような真似までするだろうか。

 彼女から聞く限り神父は小物という印象がある。

 そんなやつは大抵の場合、保身に対する執着がすごい。

 お金だけで立場を裏切れと言われても動かない可能性は高いだろう。


 そもそもお金なんてものは自分でも稼げるものである。

 それよりも……


「もっと個人的に拘ってるようなものが分かればいいんだが……」

 

 どんな人間であれ個人的動機を揺さぶれば心は動くもの。

 大物であれ小物であれ人間である以上、行動原理となる感情を無視することはできないのである。

 そこを突ければ神父を寝返らせることも出来るかもしれない。


 隣を見るとクランセラも可愛らしい表情で悩んでいた。

 彼女も俺の質問をずっと考えくれていたらしい。


「とりあえず、神父の部屋でも調べようか」

「はいですの!」


 そうして俺たちは孤児院へと向かった。




 やがて俺達は孤児院に着くとその敷地内に忍び込む。


「クトリールさん、こっちですわ」

「ああ」


 クランセラの案内の元、俺たちはその庭をこっそり移動していた。

 そして建物の壁際までたどり着くと彼女が話しかけてくる。

 

「この上に神父様の部屋がありますの」


 神父の部屋は建物の2階にあるらしく壁を登らないといけないらしい。

 しかし幸いにも壁には手を掛けられそうな場所があった。

 それを利用すれば部屋までは登れそうだったが……


「どうしますの。まだ神父様が部屋にいそうですわ」

「それならそれでいいさ。登ろう」


 本当は無人の部屋を物色するつもりだったのである。

 しかし本人を観察してみるのもいいだろう。

 それで何か分かるかもしれない。


「分かりましたわ」


 クランセラはそう言うと壁に手をかけて登り始めた。

 俺も彼女に続いて登ろうと壁面に立つ。

 当然ではあるがそうすると彼女を下から見上げる形になる。

 それに俺はどうしようかと戸惑っていた……

 そうして止まっているとクランセラが声をかけてくる。


「クトリールさんも早く登って、きます……の……って、きゃう!」


 彼女はそのことに気が付き、慌ててスカートを押さえた。

 とはいえ角度の問題なのだ。

 その行為は意味をなしていなかった。


「見ないで下さいですの! 恥ずかしいですの!」

「だったら早く登り切って欲しいのだが……」

「分かってますの! でも、そんなに見られてたら登れないですの!」


 俺は仕方なく後ろを向いて、クランセラに話しかける。

 騒ぐとバレるので大人しくして欲しいのだが。


「これでいいだろ、早く登ってくれ」


 クランセラにそう言うと、彼女は急いで壁を登ったようだ。

 すぐに返事が返ってきた。


「もういいですの。クトリールさんも早く来て下さいですわ」

 

 その言葉で俺は振り返る。

 するとクランセラは顔を赤くしながら文句を言ってくる。

 

「いくら体を許したといっても、覗かれるのは嫌ですの」


 体を許したって一緒に昼寝しただけだろ……

 しかもプロネアと三人で。


 そう思いながらも壁を登り始めた。

 

 そうして2階の窓際までたどり着くと、彼女は先に部屋の様子を見ていた。

 俺もその隣に座って同じように中を覗いてみる。

 するとそこには神父だけでなくもう一人、クランセラと同じくらいか少し年下の女の子も部屋にいることに気が付いた。


「あの子も孤児院の子なのか」

「そ、そうですけど……何で神父様の部屋にいるんですの」


 神父は怒っているようで、少女に向かい何かを言っているようだ。

 彼女はそれに対し怯えてながらも謝っている。

 俺はその内容を聞こうと耳を窓に当てた。

 すると神父の声が聞こえてくる。


「これだけの金で孤児院の取り壊しが延期できるわけがないだろ! クランセラのやつも今日は来なかったし、どういうつもりだ! 大切な孤児院が無くなってもいいのか!」


 神父のやつはクランセラ以外にもお金を要求していたのか。


「そ、それは困ります」

「だったらなぜ、これだけの金しか持ってこない」


 神父はそう言うと手に持っていた袋を女の子に投げつけた。

 それは彼女にぶつかり床に落ちると、中に入っていたものが散乱させた。

 

 あれは……お金か。

 おそらく彼女が頑張って稼いできたお金なのだろう。


「すみません神父様。でも私にはこれぐらいしか稼げなくて……」

「言い訳をできる立場だとでも思っているのか。孤児院が潰されたらどうなるか分かっているだろ。まだ小さい子供たちも行き場を失うんだぞ! お前たち年長の者が稼がないで誰がそいつらを守るというんだ。皆のことが大事なら、もっと金を稼いでこい!」


 神父は激しい剣幕で彼女に怒鳴りつけていた。

 

「ですが神父様、私もずっと働いてます。これ以上は……」

「それは仕事が悪いからだろ。クランセラはお前の10倍以上は稼いでくるのだぞ。お前もそれくらい持ってこい!」


 その言葉にクランセラは顔を歪めていた。

 自分が引き合いに出されたことを申し訳なく思っているのだろう。


「私に冒険者なんて……そんなの無理です……」

「誰がお前にそんなことをしろと言った。そんなに馬鹿だからこれだけの金しか持ってこれんのだ。お前でも今より稼げる方法なんて決まっているだろ!」


 そう言って神父はいやらしい目つきで、少女の体を見つめていた。


「そんな……それは……でも……」

「お前が稼いで来なければ孤児院は潰れるだけだ。それでもお前一人なら自立できるかもしれんが他の子供のことはどうする? 見捨てる気か? 路上に投げ捨てると。自分だけは大きくなるまで育ててもらっておきながら、下の者に対しては無視を決め込むか。もしそういうつもりなら私はその意志を尊重して無理にとは言わない。ただ他の自立できない子供たちはそのせいで孤児院が潰れたら、お前のことをどう思うだろうな。自分たちはひどい目にあってるのにお前だけは普通に暮らせている。そんな姿を路頭を彷徨う子供たちが見たとき、あいつらに目にはどう映るものか……とはいえこの街でそんな状態になればそのうち攫われるか売られるかでもするだろうから、そもそも見る機会があるとは限らんがな」

 

 神父はそう言いながらも、少女を追い詰めていた。

 そして追い打ちをかけるように言葉を続ける。 


「クランセラを頼ったところで、あいつでもここの人間を全員養うのは無理だろう。だが幸いなことにあと僅かなお金で孤児院を救えるのだ。ただ……それもお前が我が儘を言えば不可能になる」


 そう話すと神父は女の子の肩に手を置いた。


「お前の献身によっては孤児院も助かる。それでもお前は自分のためだけに、他の子供たちを見捨ててまで、綺麗な体でいたいのか」


 少女は何も言い返せないようで黙っている。


「しかしその手の仕事をするにしても何も知らないのでは辛いだろ。最初の手ほどきは私に任せておけ。お前には稼いできてもらわないと困るからな。今夜はその方法をたっぷりと教えてやる」


 神父はそう言って少女をベッドへと連れ込もうとしていた。

 彼女は涙を溜めながらその身を震わせていたが、その話を受け入れたかのように抵抗する気配はなかった。


 このままだと女の子は……


 今すぐにでも出て行って助けてあげたいが……

 まだ神父のことは何も調べられていないのだ。

 交渉材料もなしにそんなことをすれば、計画は潰れてしまう。


 ……だとしても――


 ――このまま見過ごすのは、やはり無理だ。


 俺は僅かに迷ってしまったがすぐに思い直す。

 どんな状況であれ、女の子が襲われようとしているのだ。

 それをこのまま見捨てるなんてしたくない!

 そう思って飛びだそうとする。


 ――しかし、それよりも窓が割られる方が早かった。

  


「その手を離しなさいですわ!」

 


 クランセラは一瞬の躊躇いもなく、部屋の中に飛び込んだ。

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