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8話 引き受けましょう

 レネジェーガはテーブルから離れると、俺たちに向って声をかけてくる。


「こっちに来るがよい。案内しよう」


 そう言うとやつは一人で勝手に歩き出した。

 俺はクランセラを抱きかかえたまま、その後をついて行く。

 するとプロネアが、こちらを見て困り顔をしていた。


「うーん……どうしてその子はアイテムボックスに入れられないのでしょう」

「プロネア、さすがにアイテム扱いはクランセラが可哀そうだよ」

「でもその子弱そうですし……アイテムというか、お荷物ですよ、きっと」

「そんなことでアイテム判定はされないよ!」


 戦力で言うなら俺が一番の足手まといだし。

 やきもちもあるのかもしれないけど、プロネアはやけにこの子に厳しいな。

 女の子同士は仲良くして欲しいよ。

 あんまり険悪な雰囲気は作らないでくれないかな。


 二人でそんなことを話していると、やがて前を歩いていたレネジェーガは立ち止まった。

 頑丈で高級そうな扉が目の前にある。

 ここがこいつの私室か。


「中に入れ。ここで話をする」


 レネジェーガはそう言うと、先に部屋の中へと足を踏み入れた。

 それに続くように俺達も入る。

 そこはさすがに貴族の私室だけあって、豪奢な作りの部屋だった。

 入ったところからその様子を見ていると、ふいに呼びかけられる。

 

「お前たちもさっさと座るがよい。いつまでそこに立ち尽くしているのだ」


 ちょっと見てただけなのに。

 俺はムッとしながらも、レネジェーガが座るソファーの対面に腰を降ろした。

 もちろん隣にはクランセラを寝かせている。

 プロネアはそっちとは反対、俺のもう片側の空きスペースに座った。

 そうして俺を中心に3人並びで着席すると、さっそくレネジェーガに話しかけることにした。


「それで俺たちに話したいことって、何の用があるんだ」


 本題は早々に切り出した方がいいだろう。

 なにせ早く帰りたいからな。

 するとレネジェーガも口を開く。

 

「しかしお前達はその娘といい貴族が相手でもまるで気を使わんな。やはりそれは自分の力に自信があるゆえ、貴族のことも恐れていないということか」


 何の用だって聞いてるのに最初から話題を逸らさないで欲しい。

 つまり口のきき方がなってないって言いたいのかな。

 そりゃあ……

 最初は敵対してたし、お前はあからさまに怪しいからな。

 もっともクランセラはその通りなのかもしれないけど……


「とんでもない。接し方が分かってないだけだよ。俺の住んでた場所には貴族なんていなかったからな」

「まあよかろう。何であろうと”能力”を持っている人間なのだからな」

「能力って何かな」

「とぼけずともいい。その存在を知っていたからこそ、お前達もその娘のことも狙っていたのであろう。俺も本命はあの少女だったのだ」


 こいつ……

 クランセラにユニークスキルがあることまで知っているのか。


「しかし計画はぶち壊されてしまった。もっともそのおかげでお前達とこうして話せている。それでつり合いは取れたことにしておこう」

「俺達のことを高く評価してるみたいだけど、そんな大したことないよ」


 プロネアはともかく俺なんてまるで弱いし。


「能力があるだけでも大したもんだ。例え戦闘向けでなくてもその使い方次第では国すら落とせることもあるからな」


 たぶんアナライズとアイテムボックスでは無理だけどな。


「それでお前たちの能力は、どういう能力なんだ」

「そんなこと聞かれても答えるわけだろ」

「まあ……そうだろうな。確かにそう簡単に人に言うようなものでもない。だがそこに見返りがあるとなれば、話は違ってくるのではないか」


 見返りということは何かくれるつもりなのだろう。

 だとしても関わりたくないのでご遠慮したい。

 奴隷の首輪も今すぐ返却したいくらいである。


「しかしその前に俺のことを教えておいてやろう。お前たちは貴族の事情を知らなさそうだからな」


 もう名前は知ってるんで、それで十分です。

 あとはプロネアに聞きますから、早く本題を話して帰らせて下さい。


「俺の名前はレネジェーガ・ウェス・リズローン。これで分かると思うがリズローン家の人間だ。街の外の人間でも侯爵家と言えば通るだろう」


 侯爵といえば……

 貴族の中でも上の方のランクだっけ。

 あいまいな記憶だけど。


「まさかこれでも理解されんとはな。つまりこの街で一番偉い家柄とでも言えば、さすがに分かるであろう」

「その偉い貴族が女の子一人手に入れるために頑張ってたんだ」

「俺はあの娘……というよりも、素質のある強い人間を集めている」


 それで俺たちにも声をかけたのか。

 確かに貴族ともなれば、優秀な人材を集めることも必要なのかもしれない。

 でも騙して奴隷にするなんて強引すぎる。


「それにしては女の子にひどいことをして、娼館に売り飛ばしたと聞いたが」

「あの女か……そんなこともあったな」


 聞いた話が本当ならそんなことで済まされる内容ではない。

 しかしレネジェーガは軽い失敗を思い出すように平然と答えた。


「俺も誰が能力を持っているかなんて正確に分かるわけではない。だからその娘と同じように成長株の冒険者がいると聞き手に入れてみたことがあったのだが、実際には能力を持っていなくてな。そのため人為的に能力を付けさせようとしたのが失敗した。何の成果も上がらないまま理性が壊れてしまったのだ。そうなるともう娼館に売るくらいしか出来まい。実験にかかる費用も可能な限りは回収しておく必要があるからな。それにその方がただの失敗作として処分するよりも生産的であろう。娘は殺されずに済み、俺も費用が回収できて、娼館は美少女冒険者という素材を手に入れられる上に、街の男たちも喜ぶ。これでも街を預かる貴族として尽力してるのだぞ」


 こいつ。

 よくもそんなことを当然のように話せるな。

 やはりこの男のことは、受け入れることはできない。

 

 そう敵対心を抱いていると、隣から声が聞こえてきた。

 プロネアか。

 クランセラを見つめながら何か呟いているようだ。


(あのまま奴隷になってたら、この子も色々されてたんですね……)

 

 えっ、プロネアさんっ!?

 なんでそんなに残念そうな顔してるんですか。

 俺はクランセラを自分の方に寄せつつも、レネジェーガに言葉を返した。


「貴族ともなると人を玩具みたいに扱ってもいいと思っているのか」

「それぐらい当然の権利であろう。この街に住む全ての者は貴族の庇護を受けて安全な生活を送っている。ダンジョンの管理も外のモンスターからの防衛も全ては貴族がいるからこそなのだ。女冒険者の一人や二人をどうしようと文句を言われることではない。街の者もそれくらいは許容しているだろう。なぜなら人口は増え続けているのだからな」


 俺はそんな為政者の元で暮らすなんて絶対に嫌である。


「もちろん俺としても有望な人材を無駄にすることを望んでいるわけでもないのだぞ。能力を持っている人間ならばなおさらだ」

「それで、お前はそんなに能力を持った人を集めてどうする気なんだ」


 そもそも俺たちに声をかけたのもユニークスキルが目当てなのだろう。

 

「そうだな……お前は”リデス”という組織を知っているか」

「リデス?」

「聞いたことがないというような顔だな」


 そんなこと言われてもこの世界に来てまだ二日目だぞ。

 どれほど有名な組織でも、俺が知ってるわけないだろ。

 

(クトリール様、クトリール様。リデスというのは、世界的に展開している非合法組織ですよ)


 耳元でプロネアが入れ知恵をしてくれた。

 さすがアシストキャラである。


「非合法……組織ね」

「知っていたのか。もっとも非合法組織というのは間違った認識だがな。ちゃんとした合法的な組織なのだぞ」


 プロネアと言ってることが違うな。

 まあ彼女もこの世界に来てから3か月である。

 たまには間違えることもあるだろう。


「少なくとも俺がいるラインドエルスでは何をしても許される。街の外でも場所によって影響力は違うが概ね似たようなものだ」

 

 それって……

 ただ犯罪行為が揉み消されてるだけでは……

 やはりプロネアの情報の方が正しいようだった。


「そして俺は貴族とは別の顔としてリデスにも属している。そこでだ。お前たちにはリデスから依頼を受けて欲しい」

「何でいきなり俺達がそんな組織から依頼を受けないといけないんだよ。明らかに危なそうなだろ。受けるわけがない。他を当たってくれ」


 そう言うとレネジェーガは含んだ笑みを浮かべながら口を開いた。


「これは貴族として依頼するわけにもいかないものだからな。それにお前たち二人には無関係かも知れないが、その娘は無視できないのではないか。なにしろ孤児院を救うことが出来るかもしれんのだからな」


 その言葉とともにやつはクランセラの方を見た。

 でも彼女はまだ気絶してるはずだが……

 そう思い彼女を見ると――



 ――クランセラは、その瞳を開けていた。



「お前……起きていたのか」

「途中からですの。状況が分かるまで寝たふりをしていただけですわ」


 そう言って彼女は起き上がると、ソファーに座りなおした。


「どういうことか説明して欲しいですの」

「ああ、いいだろう。元々これはお前を奴隷にした後で、最初にやってもらう予定の仕事だったからな」


 そうしてレネジェーガは語りだした。


「このラインドエルスには複数の貴族がいるのだが、俺の家柄が一番上であることは言ったであろう」


 さっき自慢されたな。

 侯爵なんだろ。


「だが貴族というのは隙あらばその地位に成り変わろうとする輩も多い。他の家から様々な攻撃を仕掛けられることもあるのだ。そして今回もまた攻撃を仕掛けてこようとしている相手がいる。それがカノロレナ家だ」


 でもお前が一番偉い貴族なんだったら、自分で何とかすればいいだろ。

 わざわざ俺達に頼む必要はないはず。


「ただこのカノロレナ家はただの傀儡に過ぎない。このラインドエルスを欲しがってる貴族というのは街の外にいくらでもいるからな。今回攻撃を仕掛けようとしている貴族の大元はそいつらだ。そのため俺が下手にカノロレナ家を潰しにかければ、その貴族らをこの街に関わらせる口実が作られてしまうのだ。貴族はやたら繋がりが面倒だからな」


 貴族にも派閥みたなのがあるのだろう。

 だからレネジェーガは自分では動けないと言うんだな。

 そうだとしても俺だって貴族の相手なんてしたくないぞ。


「さらにカノロレナ家は教会とも結びつきが強い家柄でな。街の外の貴族はカノロレナ家と教会の力を利用して、このラインドエルスに自分たちの勢力に入り込もうとしているらしい。もっともその概要は既に掴んでいるがな」


 街の外の貴族さん……

 情報漏れてるよ。

 さすがにレネジェーガも街で一番偉い貴族だというだけあって、こういうときの為のために情報網は引いてるんだろうけど。


「まず街の外の貴族たちがこのライドエルスで動かす駒はカノロレナ家だ。そしてカノロレナ家は教会とのパイプを利用してそいつらが運営する孤児院を潰そうとしている。どうやらそこに新しく礼拝堂を作ろうとしているようだ」


 孤児院を潰して礼拝堂を建てるのか?

 どちらにしろカノロレナ家と繋がりのある、教会が持ってる土地だろ。

 あまり変わらない気がするけど。 


「礼拝堂が作られれば新しい神父をこの街に呼ばれることになる。そいつは街の外の貴族の息がかかった教会の人間ということだ。相手が貴族であればどうとでも出来るのだが、教会は貴族とは違った権力構造だからな。俺としても面倒なのだ。あまり歓迎できる相手ではないのだ」


 クランセラはその言葉を聞いて唇を噛みしめていた。

 貴族たちの勢力争いのせいで自分の孤児院が潰されることを、悔しく思っているのだろう。


「そこでお前たちにはこれを阻止して欲しい。街の外の貴族と教会が関わっているため俺は動きにくいのだ。こんなときいつもならリデスを使うことになるのだが、この程度のことで呼び出すのはあまり気が進まなかった。しかしお前たちがこの計画を潰してくれるというのであればそれをせずとも事が済む。報酬は最大で4000万ヴェイト出そう。どうだ、引き受けるか」


 4000万ヴェイト。

 レネジェーガはクランセラの借金と同じ金額を提示してきた。


「引き受けますわ!」


 彼女は即答した。

 クランセラにとってこの依頼は自分の孤児院を守ることでもあるし、報酬を得られれば借金もなくなるからな。

 しかしプロネアも何故か乗り気のようだった。

 小声で話しかけてくる。


(クトリール様。4000万ヴェイトを3人で割ると2700万ヴェイトが私たちの取り分になります。ですがあの子は弱いので報酬を減らしても問題ないと思われます。そうすると3800万ヴェイトが私たちの取り分です。これはお得です。引き受けましょう)


 プロネアさん……

 それは俺たちの取り分が多すぎるんじゃないでしょうか……

 というより俺はこの報酬。

 クランセラの借金返済に充てるつもりですよ。

 

「レネジェーガ。確認したいことがあるんだが、さっき最大4000万ヴェイトと言っていたな。それより減ることもあるのか」

「もちろん減ることもあろう。お前たちに仕事を任せるのは初めてのことだからな。その結果次第ではリズローン家やリデスの力を使って尻拭いをする必要があるかもしれん。そうなると当然報酬は減ることになる」


 言ってることは頷けるが、こちらとしてもそれだけでは不安だ。


「2000万ヴェイト。最低、それを保障しろ」

「……まあ、いいだろう」


 レネジェーガはあっさり頷いた。

 おそらくクランセラから騙し取ったお金を使うつもりなんだろう。

 俺達にそれを渡しても、クランセラが借金を返せば収支はゼロになる。

 だからこそ簡単に要求を承諾したに違いない。 

 

「それと依頼内容はどこまでまでなんだ。礼拝堂が作られるのを阻止すればいいだけなのか」

「そうだ。カノロレナ家は反抗勢力でもあるが一応収入源の一つなんでな。そこらへんの貴族同士のことについては俺の領分となる」

「……仕方ないな。その依頼……引き受けよう」


 もし俺達が断ればクランセラは一人で仕事を受けることになる。

 いくらレネジェーガのことを受け入れられなくても、彼女だけにこんな依頼を受けさせれば嫌な結末しか想像できなかった。

 途中で貴族か教会に捕まってひどいことをされるのは目に見えてる。

 しかしそんなことはさせない。


「ならば頼んだぞ。あと……私に用事があるときは彼女に伝えろ」


 レネジェーガがそう言うと部屋の扉が開いた。

 そして可愛い女の子が入ってくる。


「ルノーゼと申します。リデスの連絡係りを任されていますので、普段は賭博フロアで働いています。何かあれば私にお申しつけ下さい。それとこれはカノロレナ家の資料です」


 そう言って彼女は封筒を手渡してきた。


 

  



 その後、俺たちはレネジェーガから解放されて賭博場の外に出てきた。

 

「なんだかすごく疲れたね。もう街を見て周るとか言ってる場合でもなくなってしまったようだ」

「そうですね。誰かさんを助けたおかげで、予定が台無しになりました!」


 俺はそんなつもりで言ってない!

 プロネアさん、変な相槌を打たないで下さい。

 おかげでクランセラは罪悪感を感じたのか顔を逸らしてしまった。


「……私、お二人には迷惑をかけましたの」


 危うく奴隷にされそうになったせいだろう。

 初めてあったときのような彼女の威勢は消えていた。

 

「これから一緒に依頼をこなすんだし、あんまり気にするなよ」

「……ありがとうですの」


 言葉をかけるとクランセラは笑った。

 それはプロネアと種類が違うものの、とても美少女だった。

 これがクランセラの素顔なんだな。

 彼女がギルドでも心配されていた理由が分かった気がする。


 とても純粋そうな笑顔である。


 プロネアが女神のように完璧な美少女だとすると、クランセラは聖女のように慎ましくも温かみのある可愛い女の子だった。

 そんなふうに彼女を見ているとプロネアが話しかけてくる。

 いきなりクランセラとの間に割って入ってきた。


「ところでクトリール様、これからどうするんですか」

「えっ、そうだな……まずは孤児院にいってみるか」

「でしたら私が案内しますわ」

「……私も孤児院の場所くらい知ってますけどね」


 そうして俺たちはクランセラに案内をしてもらうことになった。

 孤児院を目指して街を歩いて行く。

 プロネアもクランセラに張り合うようなことを言っていたが、特にそれ以上は何をすることもなく静かにしていた。

 ただ奴隷の首輪をポケットからアイテムボックスに移していたようだが……

 

 


 それからしばらくすると孤児院に到着した。


「ここが私の育った孤児院ですわ」


 ここがそうか。

 多少建物は古いものの取り壊すほどじゃないな。

 敷地の中では子供たちも遊んでいる。

 しかしクランセラは敷地に入ろうとせず、その前で立ち止まっていた。


「中には入らないのか」

「今日はお金がないのでこのまま行くと、神父さまに怒られしまいますの」

「お金が必要なの?」

「そうですの。神父さまに頼んで取り壊しを待ってもらってるのですわ」


 神父がお金を要求しているのか。

 クランセラのやつまた騙されてそう……


「ずっとお金を渡してるの?」

「はいですの。ですけど前までは私もそんなに稼げていませんでしたし、神父様も別の人でしたわ。だから少しだけでしたの。それでもそのときの神父様はいつもありがとうって言ってくれてましたわ。ただ今の神父様はもっと多くのお金を持ってきて欲しいみたいですの。そうじゃないと孤児院が潰れてしまうから助けて欲しいって言われて……私も生活費を削りながら頑張りましたの」


 彼女は2年もFランクだったらしいからな。

 たいして稼げてなかったはず。

 それでも昔から孤児院にお金を入れていたらしい。

 やはりクランセラは健気で優しく可愛い女の子のようだ。


「それも日を追うごとに要求される額が多くなってきて、私の冒険者としての稼ぎではもう払えなくなってきましたの。そんなときギルドで知らない冒険者から賭博場で稼げるって言われましたわ。試しに行ってみたら本当に稼げましたの。それで勝ったお金を神父様に渡しながら賭博場に通ってましたわ。でも今日は負けちゃいましたの……」


 無茶な金額を言ってきたということは……

 孤児院が潰される日も近づいているということだろう。

 レネジェーガの話からするといくら神父にお金を渡したところで、孤児院が取り壊されるのは既定路線らしいからな。


 そしてギルドで出会った知らない冒険者というのは、レネジェーガの手の内の者に違いない。

 あいつもクランセラを狙っていたみたいだし。

 彼女を賭博場で罠に掛けるための仕込みだったはず。

 

 つまりクランセラは、神父とレネジェーガ――

 この二人から同時に標的にされていたということか。

 やはりこの子のことは守ってあげないと心配だ。


「クランセラ。もう神父にお金は渡さなくてもいいぞ。そんなことをしても意味なんてない」

「どいうことですの」


 俺はいま考えたことをそのままクランセラへと伝えた。

 神父に孤児院を守る気などないことを。


「そんな……私、今まで……少しでも多く稼ぐために、他の冒険者やギルドの人に嫌われるのも我慢して、それでも頑張って……孤児院を守ろうとして……」


 クランセラはそこで自分が神父に騙されたと理解したようだ。

 顔を真っ赤にして悔しそうに泣いていた。


「まだ孤児院は守れるさ。そのために依頼を受けたんだろ」

「……はいですの」

「だったら次はカノロレナ家に行こう。大丈夫か」


 そう訊ねるとクランセラは頷いた。


「プロネア、案内をしてくれ」

「はい。かしこました」


 暇そうに眠たげな表情をしていたプロネアに声をかけ、今度はカノロレナ家に向かうことにした。



 そうして俺たちはカノロレナ家まで到着する。



「ここが、カノロレナ家の邸宅か」


 さすがに貴族だけあってその家は大きい。

 おそらく中では大勢の使用人なんかも働いているのだろう。

 しかし今は場所を確認するだけに留めておくか。


「それじゃあ、一度ホームに戻って作戦を立てよう」


 まずは資料も確認したい。

 その上で礼拝堂の建設を阻止する方法を考えたかった。


「そうですね、このままだと動きようがないですし」

「はいですの。孤児院を守るために頑張りますの!」


 二人も俺の言葉に頷く。

 そうして街の出口に向かって歩いていると……

 クランセラが戸惑いだした。


「あの……このままだと、街の外に出しまいますわ」

「俺達の家は街の外にあるから」

「街の外ですの!? 私、街の外は出たことないですわ」

「外と言ってもそんなに離れてないけどね」


 そういえばクランセラは俺達のホームがある場所を知らないんだったな。

 彼女はそれを聞いた途端に怯え始めていた。

 プロネアはそんな彼女を見て楽しそうである。


「クトリールさまぁ、クランセラちゃんは街の外が恐いみたいですよー」

「で、でも、外のモンスターはダンジョンよりも強いんですの!」

「クランセラちゃんは泣き虫さんですからねー。無理せず後ろに下がっていてもいいんですよー。私達で倒しちゃいますからぁー」

「ま、街の外のモンスターなんて、私だって勝てますわ!」


 プロネアが馬鹿にしたように言うと、クランセラは怒って先頭に出た。

 それは街を出てからも変わらない。

 

「クランセラ、危ないから後ろに下がってなよ」

「大丈夫ですの! 私だってCランクの冒険者ですの!」

「でも街の外のモンスターは強いやつも多いからさ」

「平気ですの!」


 彼女は頑なに先頭を譲ろうとはしなかった。


(プロネアがあんなこと言うから、クランセラが意地になってるだろ)

(大丈夫ですよ。モンスターが出ても私がすぐに倒しますから)

(クランセラのこともちゃんと守ってよ)

(はい、クトリール様の資産管理は私の仕事ですよ)


 クランセラは別に俺の資産ではないのだが…… 


 それからも進んでいくと、ついにモンスターと遭遇する。

 しかもデカい。



「きゃーっ、モンスターですのっ! 大きいですの!」



 こいつもゲームに出てきたモンスターだな。

 討伐推奨レベルは70だからクランセラでは無理だろう。

 そして彼女が叫んでいる間に、そいつはプロネアの魔法で倒されてしまった。

 

「な、なんですの、その魔法……」


 圧倒的な威力と迫力を持つ精霊魔法に、クランセラは驚いた表情をしていた。

 信じられないとでも言うように目を丸く見開いている。


「クトリール様はもっと凄いんですよ、クランセラちゃん」


 彼女はそれを聞くと俺に視線を移した。

 しかし俺はクランセラに対して事実を伝える。


「いや。俺は凄くないよ。むしろクランセラよりも弱いから」

「クトリール様は謙遜されてますけど、本当は凄いんですよ!」


 せっかく本当のことを言ったのに、プロネアがさらに言葉を重ねてきた。

 その結果クランセラは彼女の言うことを信じてしまったようだ。


「クトリールさんもプロネアさんも、すごいですの!」


 そういう目で見られても本当に俺は弱いからな。

 そんな居心地の悪さを感じながらも、俺たちはギルドハウスまで帰ってきた。

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