6話 その3 貴族と駆け引き、クランセラを賭けて
プロネアが放った魔法は途中にあるテーブルや椅子を触れた瞬間に切断していく。
むしろそれだけに留まらずフロアの床すら分断する勢いだった。
こんな殺傷能力の高い魔法を喰らっては、レネジェーガも無事ではいられないだろ。
プロネア、死体からでもスキルは回収できるの!?
そんなことを思っている間にも、一瞬で魔法はレネジェーガに着弾する。
これでやつは真っ二つにされ……
真っ二つにされ……て……ない。
魔法はレネジェーガが差し出した左手によって、後ろへ弾かれてしまった。
後方へと流された魔法は壁にぶつかり、大きな爆音を響かせる。
そして彼は俺達に向い話しかけてくる。
「見たこともない魔法ではあった。だが特性が切断に傾いていたようだったのでな。方向を逸らしてしまえば、それだけで傷を負うことはなかろう」
初めて見たと言うわりに完全に攻略してるじゃん……
こいつ本当に強い。
戦いになったら負けてしまう。
プロネアが勝手に攻撃するから状況が不利になったよ。
なんとか言いくるめてこの場を収めないと!
「俺たちにもそっちの男のスキルを見せてくれただろ、お返しだよ」
「ほう。実力でも劣るお前たちが、貴族である俺と対等の立場でいるつもりだとでも?」
「まさか。これから脅そうという相手と、対等でなんかいられないだろ」
「俺を脅す?」
「そうだよ。こっちはこの賭博場の秘密を握ってるからね」
プロネアの話だと、この賭博場はグリアロッド家が運営しているという。
そしてレネジェーガはグリアロッド家の人間。
ならば俺の見たあれも、取引の材料に使えるに違いない。
幸いなことに魔法戦を繰り広げていたおかげで、見物客は遠巻きに離れている。
この距離ならば俺が何を話しても他の人間に聞こえることはないはず。
「ここの賭博場がイカサマをして、暴利をむさぼってる証拠を俺はつかんだ」
レネジェーガに対してそう言たったものの、彼は不敵な顔を崩さない。
あれ……もっと慌ててよ。
どうやらこの程度では動じないみたい。
「悪いこと、してるんだよね!」
さらに強く言うと、やつは仕方なくといった感じで答える。
こちらを小馬鹿にしたような表情がとてもムカツク。
「この賭博場では文句を言ってくるやつが多くてな。いちいち反論などしててはキリがない」
「俺のは言い掛かりじゃないよ。この目で見たからね」
「ふむ、どうでもいい話だな。真実というのは平民と無関係の場所にある」
「つまりシラを切るっていうこと?」
俺がイカサマの証拠を突きつけても、貴族の権力で握りつぶす。
そういう意味か。
だがどんな権力者だとしても、賭博場は客商売。
悪評が立てば商売も成り立たなくなるのは、相手も理解してるはず。
レネジェーガは権力をかさに相手を引かせようとしてるだけだ。
ここは強引にでも話を踏み込ませるべきだろう。
「ドラゴンのカード……数字は5だね。あと吸血鬼のカードの4、戦士のカードが8」
俺はさっきのゲームで使われていた、カードの種類を挙げた。
するとレネジェーガは僅かに眉を動かす。
「さっきのゲームでイカサマに使ったカードだよね。その着ている服の袖下にすり替えたカードがあるはずだけど、今この場で周りの人たちにこのことを教えてもいいの? ここイカサマをしてる賭博場だから、遊んでても絶対に負けちゃうからって言いふらすよ」
これで相手の反応も変わるかも。
さっきレネジェーガにアナライズをかけたとき、確かにステータスは見えなかった。
でもその代わりに、別の物がアナライズの対象として認識されたのだ。
それが賭けに使われたカード。
やつの袖に隠されていたものが、はっきりと1枚ごとに解析されていた。
それを見て俺はレネジェーガがイカサマを使った分かったのだ。
しかしここまで具体的な証拠を言っても、やつは眉を動かした程度。
それ以上の動揺はみられない。
「……好きにすればよかろう」
レネジェーガは相変わらず落ち着いていた。
確かにゲームが終わったあとで文句を言っても、意味は薄いかもしれない。
遠巻きに見てる観客にも、ただの負け惜しみと思われたら悪評など立たたないだろう。
そもそも物理的に証拠を消されたら、本当に俺が悪口を言ってるだけになる。
だから……
ここから先はただの言いがかりで、出任せの言葉に過ぎない。
「ここに来るまでにもいろんなテーブルを見てきたたけど、他のところでもイカサマし放題だよね。俺のことを放置するのは勝手だけど、本当にこのまま見逃していいのかな。イカサマの種を全部、この周りにいる人間にバラしちゃうかも。いいの? もうイカサマ使えなくなっちゃうよ?」
他のテーブルのことなんて、知らないけどね!
どうせ戦っても勝てないし、カマをかけて引っかけないと。
なにせプロネアじゃレネジェーガに勝てるかどうか分からないからな。
ここは俺がなんとか収集をつけないといけない。
仮にプロネアが手を出したのは失敗だったとしても、最後には俺がけじめをつける。
俺は弱いけど度胸だけで乗り切れるなら、躊躇わずに踏み込むよ。
自信満々にレネジェーガが脅すと、やつは試すような口調で話しかけてくる。
「ふむ……ならば、あの山札の一番上が何のカードか当ててみるがよい。私としてもこんなところで下らぬ不利益を被るのは好ましくないからな。もし当てることができたらこの娘はくれてやろう。だがもし外れた場合は……貴様たちを実験体として好きにさせてもらう」
レネジェーガはそう言うと、先ほどクランセラとの賭けで使われていた山札を指さした。
賭博場のイカサマを見破れたならそれぐらい出来るだろう、とでも言いたいのか。
しかしそれならアナライズを使えば簡単。
「戦士の14」
答えるとレネジェーガがカードをめくる。
そこに現れたのは当然のことながら、戦士の絵が描かれたカード。
数字も14と書かれている。
それを確認するとやつは、こちらに向けて告げる。
「やはり貴様。先ほどの言葉は嘘なのであろう」
「先ほどのって?」
「この賭博場がイカサマをしてるのを見破ったというくだりだ」
「う、嘘じゃないよ!」
俺はとっさに反論したが、レネジェーガはそれを手で抑制する。
「慌てずとも嘘で構わん。実はこの賭博場、イカサマなどはしていないのだ。さっきの賭けは俺が個人的にイカサマを使っただけに過ぎん。最初からお前の言葉が嘘であることは分かっていた」
イカサマを……していない!?
だったらどうしてこんな賭け事を持ちかけてきたんだ。
山札の一番上のカードを当てるなんて、勝算もないのに受けるやつはいないだろう。
俺に乗った時点で、レネジェーガは負けることが分かってたはず。
てっきり白旗代わりの形式的な勝負だと思っていたけど……
そうではないとなると何が目的なんだ。
レネジェーガの考えが読めずに黙っていると、やつは話しかけてくる。
「俺はただ、お前の能力が知りたかっただけだ」
「何のこと?」
「心当たりはあろう。そうでなければ、あれほどの自信を持って勝負を受けることなどないはずだぞ」
こいつ――
ユニークスキルのことを知っているのか。
「知らないよ。それよりカードは当てたんだ。クランセラは貰っていくぞ」
どうも流れが怪しくなってきたな。
さっさとクランセラを連れてここから出よう。
そう思い彼女を抱きかかえて立ち上がったのだが、そこで呼び止められてしまった。
「もちろん賭けに勝ったのだから、そいつはお前にくれてやろう。帰ってから好きにしろ」
レネジェーガはそう言って、何かをこちらに投げ渡してきた。
両手がふさがっているのに……
俺は仕方なく飛んできたそれを一端口で受け止めると、抱えていたクランセラのお腹に落とした。
何かと思って見てみると首輪みたい。
「それもついでにくれてやる。その首輪をつければ何を命令しても反抗できない奴隷の出来上がりというわけだ。そんなものでも奴隷商人から買うと、けっこうな値段がするのだぞ」
「俺はこの子を奴隷にしたいから欲しがっていたわけじゃない」
「それを使うかどうかお前が決ればいい。しかしその首輪は既にその娘用に設定がされてある。初期化するのも面倒な話なのでな。くれてやるから持ってろ」
そう言われても奴隷化の首輪なんて使うわけないだろ。
すぐにそれを返そうと思ったが、一度クランセラを降ろさないと無理だな。
抱きかかえていたクランセラを地面に寝かせようとすると、その前にプロネアが話しかけてくる。
「クトリール様、荷物は私がお持ちしますね!」
彼女は飛び付くように首輪を手に取ると、それをポケットに仕舞い込んだ。
アイテムボックスに入れなかったのは人目があるからだろう。
でもプロネアさん……
もしかして、それ、使う気じゃないよね?
「私の役目にはクトリール様の資産管理も含まれてますので、これはこちらで預かっておきましょう。そっちの資産は……ポケットには入らないですね。もっとも私の方で預かったところで、きっとクトリール様のことですからすぐにでもご使用になられると思いますけど」
クランセラは俺の資産じゃないよ!
確かに賭けで手に入れたけど、彼女を奴隷化から助けただけだし。
そもそもすぐにご使用になられるってどういうこと!?
もちろんパーティーに戦力として使うって意味だよね!
奴隷として使う気はないからね!
俺はプロネアにいろいろ言いたくなった。
とはいえレネジェーガの前なので、それは出来ないんだけど。
こっちも無視できない相手だ。
やつは不敵な笑顔で話しかけてくる。
「これで俺達の間に、揉め事は存在しないことになったな」
「えっ……」
「和解の証として奴隷の首輪を受け取ったであろう」
これって和解の証だったの。
そんなこと何も言ってなかったのに……
ダマされたかも。
「Cランク美少女冒険者と奴隷の首輪。まさかこれだけのものを受け取っておいて、すぐに帰るつもりではないよな。お前たちには少し話したいことがある。もちろん付き合うのであろう?」
断りたかったが、レネジェーガから凄まじい圧力を感じる。
ふたたび戦闘に突入してもおかしくないくらいに。
もはや頷くしないだろう。
ここで関係を悪化させるメリットもない。
「分かったよ、仕方ない。クランセラを手放したのもそのためだろ」
「結果的に予定を変更しただけのことだ。本来はその娘だけでよかったのがな」
「……何の話かは分からないけど、でも嫌なら断るからね、」
「それでも構わないが、お前たちの助けにもなる話だと思うぞ。なにせ4000万ヴェイトの負債を抱えているのだ。貴族の後ろ盾というのは色々役に立つことも多いだろう」
そういえばさっきの勝負で俺が手に入れたのは、クランセラだけだったな。
4000万の負債は残ったままだったか。
俺のじゃないけど、クランセラのだけど……
「しかし場所は移そう。この賭博場には俺の私室がある。そこがいいだろう」
そうして俺たちは賭博フロアから移動することになった。