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6話 その2 クランセラを守るため

 腕を掴まれた男は、こちらを睨みながら問いかけてくる。


「お前は何だ」

「さっきも言った通り、その子に用があるんだよ」


 そう答えると彼は静かに口を開く。

 

「だからどうしたというのだ。私が果たすべき仕事とは、この女に首輪を付けること。たとえそれがどれほど簡単なことでも、レネジェーガ様から頂いたご命令は万難を排して遂行する必要がある。つまりお前のことも障害だと判断すれば排除するまでだ。私がそう判断を下す前に、早いところ手を離した方がいいだろう。無暗に血を流すことは好ましくない」


 いきなり俺という乱入者が現れたのも関わらず、その仕草はやけに落ち着いていた。

 若い身なりに反してまるで格式高い執事を連想させるくらいに。

 確かフェルレスとか呼ばれていたっけ、この男。

 おそらくそんな名前だったはず。

 それにしても女の子を無理矢理奴隷にしようとしてるのに、紳士的な振る舞いのつもり?

 なんだか腹が立つよね。


「仕事だからってこんな可愛い子、奴隷にしていいと思ってるの!」


 俺は握っている手の力をさらに強めた。

 すると男はため息をつく。


「私は暴力的な解決方法を望んではいない。だがこの程度のことにこれ以上の時間をかけては、レネジェーガ様に対して顔向けができないのでな――」


 そう言って男が”左手”を開いた、その直後。


 くっ――

 目の前の空間に衝撃が走り、俺は後ろへと突き飛ばされた。


「ぐあああっ、っつ、いてて」


 背中を床に打ちつけ、そのまま転がってしまう。

 しかし慣性が弱まるとすぐに右手を軸にして、体を反転させた。

 何するんだよ、ちっ。

 こんなところでいきなり攻撃スキルを使ってくるなんて!

 俺は殴り返そうと顔を上げるが、その前に一人の女の子がそれを遮っている。

 そして彼女の足元には血だまりできていた。

 

「プロネアッ、ど、どうしてそんな傷が……」


 まさかあんなエセ紳士の攻撃をくらったのか。

 いや、レベル284の古代精霊がそんなに弱いはずない。

 でももし不利な体勢で直撃をくらったとしたら……

 例えば俺を庇った勢いで、防御も回避も間に合わなかったのだとしたら……


 この世界はゲームみたいにステータスだけで、強さが決まるわけじゃない。

 俺がレベル1でオーヴェミウスを倒したように、強い相手を倒す方法はいくらでもある。

 だからプロネアも不意をつかれて……


「だ、大丈夫、プロネア。は、はやく治療しないと!」


 俺は慌てて彼女に叫びかけた。

 ところが彼女は優しい笑顔で振り返ると、穏やかな口調で返事をする。


「クトリール様は無事だったみたいですね。防御魔法は間に合いそうにもなかったので体で受け止めましたけど、お怪我をさせずに済んだようでよかったです」


 プロネアはそう言って、嬉しそうな表情を見せた。


「なっ、なにを言ってるんだよ。プロネアがひどい怪我をしてるのに」

「気にしないで下さい。私にとってはこの身を盾にしてでもクトリール様を守れたなら、それが最高の結果なんです。こんな怪我は魔法ですぐ治りますけど、クトリール様を守り切れなかったら……そっちの方がよっぽど辛いですから」


 そう言うとプロネアは詠唱を唱えて治癒をし始める。

 彼女の傷は主に左腕を中心に、筋肉が引き裂かれ、ズタズタになっていた。

 そしてダラリと垂れたそれを伝い、床に血だまりが作られていたのだ。


 俺はその光景に強いショックを受ける。

 攻撃されたとき何も反応できなかったから、プロネアが盾にならざるをえなかった。

 そういうことなのか……


 くそっ――

 

 女の子をこんな目に合わせておいて、何が勇敢で男らしいだよ。

 自分の身も守れないでとんだ恥さらしだ。

 今もプロネアが目でフェルレスのことを牽制してくれてるのだ。

 だからあいつは迂闊に動けない。

 全部プロネアに任せて、それで俺は後ろで何もしないのか。


 違うっ、俺はそんなかっこ悪い男になりたいんじゃない。

 

 このままプロネアの足を引っ張るだけなんて、せめて何か手伝わなきゃ。

 そう思って周囲を見渡すと、倒れてるクランセラが目に入る。

 どうやらさっきの攻撃スキルに巻き込まれて、気絶してしまったらしい。


 彼女のユニークスキルを手にいれば、俺も戦えるかも……


 そうだ。

 そもそもスキルや魔法が残っていたら、こんなやつら。

 いくらでも相手にできるんだ。


 俺はゆっくりと彼女の方へと近づいて行く。

 

 あはは、あはははは。

 あはははは。


 ユニークスキルを手に入れなくちゃ、戦わなくちゃ。

 プロネアにマカセッキリとかデキナイ。

 ふらふらとクランセラの方へと歩いると、ふいに何かが激突する音が聞こえてきた。


「私の動きを読んでいたか。しかし主を守るためにまたしても、深手を負ったな」

「うぅっ……こ、これくらい。クトリール様のことを思えば大した怪我ではありません」

「模範的なメイドだ。しかし不用意に戦場を歩きまわる馬鹿な主を庇っていれば、いくら回復魔法を使おうともキリがない。さっさと死んでしまえ」


 ドウシテ、マタ、プロネアが血ダラケにナッテルんだろう。

 ソンナノモチロン俺を庇ってクレタから。

 俺がマタ彼女を傷ツケタ。

 頭の中の思考が暴走する中、俺の目は彼女が冷たい笑みを浮かべてる姿をとらえる。

 それは今までで一番恐いプロネアの表情に思えた。


「……いま、クトリール様のことを馬鹿な主って言いましたよね」

「あまり他人の主を悪く言いたくはないが、そう評せざるを得なかったのでな」

「ふふっ……それは殺されてもいいってことですよね」


 プロネアはそう言うと高速で詠唱を開始する。

 それを見たフェルレスが咄嗟に喉へ手刀をあびせようとするが、彼女はそれを右手でいなした。

 しかしフェルレスはすぐさま次の攻撃をしかけようと肘を振り上げる。

 そこから激しい肉弾戦が始まった――かのように思えたが、それはすぐに終わることになった。

 奥に座っていた男の言葉によって。


「フェルレス。これ以上ここで騒がれると、賭博場にも被害が出る」


 声の主は貴族の男、レネジェーガ。

 彼はフェルレスをなだめるように話しかける。


「お前のスキルは確かに高い殺傷性を最少範囲で与える。だが相手も同じよう周囲への被害に気を使ってくれるとは限らないからな。ここを壊されてもまた修理代がかかる。少し待つがよい」


 彼はレネジェーガの言葉を受けると、組み合っていたプロネアからすぐに距離をとった。

 そして主の側まで戻ると、頭を下げて一礼し、大人しく控える。

 とりあえず戦闘は終わったのか……

 俺はほっとした気持ちになりながらも、プロネアの方を見た。

 彼女は相手の行動を不審がって様子を窺っているが、いまは回復を優先してるらしい。

 そんな状況において、貴族の男は俺たちに話しかけてくる。


「そこの女。フェルレスの攻撃をよく防げたものだな。Aランクの冒険者でさえあれを食らえば致命傷になる者が多い。それなのに男のことを庇いながらも耐え凌ぐとは大したものだ」


 そう言うと彼は、俺達を値踏みするように見てきた。


「この街の実力者であれば俺も大抵は知っている。しかしその俺が知らないと言うことは街の外からやって来たのだろう。そのような者がこの少女に一体何の用がある。こいつはこの街の孤児院出身。まさか身寄りだから引き取りに来た、というわけでもないのであろう」


 レネジェーガは倒れているクランセラに目をやり、そう問いかけてきた。

 思っていたよりプロネアが強かったから、話し合いに応じてきたのか。

 これはうまくすればクランセラを横取りできるかも。

 それならこっちの要求を言わないと。


「彼女を俺達のパーティーに誘いたいんだよ!」


 それを聞いたレネジェーガは、見透かしたように半笑いを浮かべていた。

 見かけは落ちついてるように思えるけど、なんだか不敵な表情……

 ちょっと怖い。

 そうは言っても相手の雰囲気に負けてる場合じゃないだろう。

 俺はしっかりレネジェーガの顔を正面から捉える。

 すると彼は鼻で笑うように話しかけてくる。

 

「しかしこの少女は賭けの勝利品として、既に俺が手に入れたものだ。諦めて帰るがいい。そうすれば今日のことは忘れてやろう」

「そっちがいきなり攻撃を仕掛けてきたんだろ」

「貴族の行為に平民が水をさせば打ち首になるのは当然であろう。もっともお前たちを処罰しようにも骨が折れそうだしな、割に合わないから見逃してやると言っているのだ」


 そう言うと彼は一呼吸おいて、さらに言葉を付け足した。


「しかしなおもここで暴れるというのであれば、貴様たちを捕えるしかあるまい。死刑にするだけでは労力とつり合いがとれん。私の新しい実験体として活用してやろう。そして理性が壊れるまで後悔させてやるし、理性が壊れた後もその体を有効に活用してやろうではないか」


 完全に俺たちのことを脅しにきてるようだ。

 実験体とか何をされるんだろ。

 いや、そんなことを考えていたら恐くなってしまう。

 ここは強気に攻めないと!

 

「捕まえて何をするつもりかは知らないけど、俺はともかく彼女にそんなこと本当に出来るのかな」

「確かにその少女を捕えるのは面倒だろうが……その程度の力をもった者など、本当の戦場に出ればたまに出会うからな。特に問題にもなるまい」


 レネジェーガは底知れない圧力を伴いながら、そう返してきた。

 こいつ相当危険な相手だな……

 フェルレスの視線に対してもそう感じたが圧倒的に格が違う。

 

 ――こいつはとてつもなく強い。


 貴族だから偉そうに後ろで座ってるだけかと思ったけど、そうじゃない。

 それこそプロネアと同じぐらいか……

 あるいはそれを超えているの実力は持っていそうだ。

 そう思っているとプロネアがこちらを振り返り、小声で話しかけてくる。

 

(クトリール様、この相手。アナライズが効きません)

(そうだな、俺も使ってみたんだけど、なぜかステータスが出てこない)

(クトリール様のアナライズもですか……)

(何か耐性を持っているのか、それとも別のスキルで妨害してるのか、どちからだろうな)

(もしかすると隠蔽系のユニークスキルでしょうか)

(そうかもね……)


 だとしても、今ここでレネジェーガのユニークスキルを奪うことは無理そうだった。

 プロネアとフェルレスが戦い、俺がレネジェーガの相手をする。

 そんな展開に持ち込めば俺はすぐに殺されてしまうだろう。

 奪うにしても油断してるところを襲いかかり、拘束して無抵抗にさせでもしない限りは不可能に近い。

 もっともこの場でそんなことをする必要なんてないけど。

 この場における勝利条件はクランセラを得ること。

 わざわざ無謀な戦いを挑もうとはしないからね。


 俺はなんとかこのまま話し合いを続けようと考えていた。

 あわよくば無傷でクランセラを手に入れたい。

 そう考えてのことだったが、プロネアはそうは思っていないようだ。

 彼女は相手の威圧に反応して戦闘態勢をとっていた……

 そして詠唱を唱える。



――「星を屠せし守り手よ、匿された身をここに示し、原初を刻め、アンヘルファルチェ!」



 プロネアが魔法を発動させると、煌めく光の一閃がレネジェーガへと放たれた。

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