6話 その1 金髪のツインテール、クランセラ
ギルドへ戻ってきた俺たちは換金所へと向っていた。
ここでさっき貰った用紙と素材を出せばいいらしい。
「すみません、これをお願いします」
「はい。えーと、少し待っていて下さいね」
俺が手渡した素材を、換金所の少女が申請用紙と照らし合わせていく。
「お待たせしました。申請漏れはありませんね、全部で2500ヴェイトになります」
「うん。ありがと」
それだけ換金すると、俺たちはギルドを出て行った。
「さて、それじゃあアイテムボックスのアイテムを道具屋に持っていくか」
「それではご案内しますよ、クトリール様」
プロネアは俺の手を引きながら、そのまま案内してくれるようだ。
手を繋ぎながら夜の街を歩くとかデートしてるみたい。
そうして俺たちは道具屋につくと、無事に隠し持ちかえったアイテムを換金することに成功する。
「やりましたね、一気に4万ヴェイトも稼げましたよ!」
「ああ。ギルドで換金していたら税金のせいで、2万6千ヴェイトにしかならなかったところだ。命がけでダンジョンに潜ってるのに、35%の税金は高すぎると思う」
「仕方ないですよ。この世界は貴族が牛耳ってますから」
プロネアとそんな会話をしているうちに、俺たちはいつの間にかダンジョン通りを抜けていた。
「あれっ、なんだかさっきまで雰囲気が違う区画に来てしまったな」
「ここは酒場や劇場のある歓楽街ですよ。夜はダンジョン帰りの冒険者でよく賑わう場所なんです」
「だったら俺たちもここでご飯食べて帰ろうよ」
「うーん、ここは治安があまりよくないので、やめておいた方がいいかもしれません」
「そうなの? だったら別の場所に行こうか」
プロネアがあまり乗り気ではなかったので、場所を変えようときびずを返した。
だがそのとき、ふと視界に金髪のツインテールをした少女の姿が入ってくる。
あれは確かクランセラだよな。
なんだか派手な建物に入って行ったようだ。
「プロネア、あれって何なの?」
彼女が入って行った場所を指さし、俺はプロネアに問いかける。
すると彼女は露骨に嫌な顔を見せた。
「あれは賭博場ですよ。私たちはやめておきましょう」
「そうなのか……ちょっとだけ行ってみないか」
「えっ、ダメです。せっかく稼いだお金を使う気なんですか」
「使っても勝てるとは思うけど、そうじゃなくて。あそこにクランセラが入って行ったんだ」
「別に放っておけばいいじゃないですか。どうせまた明日会えますよ」
「でも少し気になるんだよ」
夕方にギルドに登録しに行ったとき。
あの職員のお姉さんも最近クランセラの様子がおかしいとか言ってたし、もしかしたら賭博場に出入りしてるのと関係あるかもしれない。
「仕方ないですね。それじゃあ、様子を見るだけですよ」
「ああ、大丈夫だよ。たぶん勝てるから」
「ちょっとクトリール様っ!」
そうして俺たちはクランセラの後を追って、賭博場へと入ることにした。
賭博場の入口まで来ると、恐い警備員の横を通って敷地内に入る。
扉を開けて中に入ってみれば、いきなり騒がしい喧噪に包まれることになった。
みんなギャンブルに熱狂してるらしい。
広い店内には様々なゲームが配置されており、各テーブル数人ごとでゲームに興じている。
ずいぶんと賑わっているみたい。
「クランセラは……どこに、行ったんだろうな」
そうしてフロアを歩いて行いると、奥の方で金髪ツインテールのしっぽが見えた。
あのふんわりした髪質はクランセラに違いない。
そう思ってテーブルへと駆け寄り覗いてみると――
やはり彼女がいた。
「な、なんでまた負けますの! 次は絶対に勝ちますわ!」
よく分からないけど負けたらしい。
クランセラはテーブルにカードを叩付けていた。
ずいぶんと熱くなってるな。
相手は……貴族風の男か。
よりにもよって、なんで面倒臭そうな相手と勝負してるんだろ。
しかもタイマン勝負のようで、他に対戦相手はいないように見える。
おそらくあの大量に置かれたチップが原因だろう。
二人とも自分のテーブルにそれを高く積み上げていた。
「はやく次の勝負をしますの、カードを下さいですわ!」
クランセラは焦った様子で、ディーラーに催促をしていた。
チップはあるように見えるけど、もしかして負けが込んでいるのか。
彼女は真剣に配られ始めたカードを見つめている。
やがて両者にカードが行き渡ったようだ。
すると貴族風の男が苦々しい顔になり、クランセラへと話しかける。
「これはなかなか厳しい手札が来たものだな」
「だったら降りてもいいんですのよ?」
「まあ……それもいいが、あまり守りに入るのは主義ではないのでね」
貴族風の男はそう言うとチップをテーブルの中央に寄せた。
「上乗せしよう」
それに対してクランセラは、泣きそうになりながら応えていた。
振るえる手でチップを差し出している。
「わ、私が負けるなんて、ありえないんですわ!」
何のゲームをしてるのかは分からないが、それでも彼女の方が劣勢に見えた。
そして両者ともに手札を公開する。
「そんな……また負けるなんて……」
貴族風の男の手にチップが渡り、クランセラのそれは大きく目減りした。
どんなレートで勝負してるんだよ。
一気に半分くらいなくなったぞ。
そして男は余裕そうな表情で彼女に話しかける。
「調子が悪いのなら……無理に続けなくてもいいのだぞ?」
「こ、こんなになって、やめられるはずないですわ!」
クランセラはさっきのも含めてかなり負けているようだ。
次の勝負でそれを取り返そうとしているのか、ムキになっていた。
貴族風の男は彼女のそんな様子を見て言葉を返す。
「そうか。ならば続けよう。しかし、思ったほどではなかったな」
「なにがですの!」
「最近ここで荒稼ぎしてる冒険者がいると聞いて来てみたのだが、想像以上に弱いものだ。まあ……冒険者ごときに、貴族である私が負けるわけもないのであるが……もう少し骨があると思ったぞ?」
そんなことを話している間にも次のゲームが始まり、カードが配られた。
クランセラはそれを見て言い返す。
「でしたらこの勝負。私は残りのチップ全てを賭けますわ。そこまで言うからには、もちろん受けてくれますわよね!」
よっぽどいい手札が来たらしい。
彼女は強気にそう言うと、チップをテーブルに押し出した。
ただ……
そんな見え見えな態度では相手に降りられてしまいそうだ。
そう思ったものの、男はなおも余裕の表情で応えた。
「構わんぞ。平民から挑まれた勝負など、逃げることでもなかろう」
彼は同じ分だけチップをテーブルに乗せた。
そして――
手札が公開される。
「どうですの! 最高のカードですわ!」
クランセラの出したカードには、全てドラゴンの図柄が描かれている。
とにかく最高手らしい。
「そうか、奇遇だな。しかし俺のドラゴンの方が強い」
カードを公開した男は、テーブルにそれを並べる。
どこに判断基準があるのか知らないが、彼女はそれを確認すると目を見開いていた。
「そんな……こんなのって……私……そんな……」
「惜しかったな。しかし”公平な勝負”だったとはいえ、あまり平民をいじめるのも気が引けるというもの。次の勝負ではどんな手札であれ、無条件に今までに得たチップを全てを賭けてやろうではないか。これまの負け分を取り返せる機会を、お前に与えよう」
男は笑みを浮かべながら、クランセラにそう話しかけた。
しかし彼女は力なく答える。
「次の勝負って……そんなお金、もうないですわ……」
「それなら私が代わりに建て替えてやろう。負けたら私の元で働き少しずつ返してくれたらいい。もし勝てれば今までの負けがなくなる。どちらにしてもお前にとっては損のない話であろう」
いや負けたら負債額が倍になるんだから損をするだろ。
普通に考えればそうなのだが、彼女の心は揺れているようだった。
「次……勝てば、今までの負けを……取り戻せますの。だって……無条件に勝負を受けてくれるんですもの、もし相手が何のカードもそろってなかったら、それだけて勝てるかもしれませんわ……」
クランセラは虚ろな目で、そんなことを呟いていた。
そこまで追いつめられるなんて、どれくらい散財したんだろう。
俺は近くにいたギャラリーに尋ねてみた。
「なあ、あの子ってさ、いくら負けてるんだ」
「2000万ヴェイトくらいだな」
えー、なにその大金。
ちょっとクランセラ金遣い荒すぎだろ。
俺なんて頑張って働いて、4万ヴェイトしか稼げなかったのに。
少し額がおかしいよね。
「そんな大金、Cランクの冒険者とはいえよく持っていたな」
「あの子はこの賭博場じゃ最近調子良くてな。有名だぜ」
ギルドでも有名らしいし、本当に目立つ子だなクランセラは。
どこででも騒いでるんじゃないだろうか。
「でも今回は相手がレネジェーガ様だからな、こうなるのも当然だ」
「相手も有名人なのか」
「街でも有数の貴族、グリアロッド家の人間だよ」
男がそう話すと、プロネアがこっそり耳打ちをしてきた。
(グリアロッド家というのはこの街でも有数の貴族で、この賭博場を運営している家柄のことですよ。ちなみに……いろいろ黒い噂がある家でもあります!)
やたら嬉しそうにプロネアが教えてくれた。
クランセラはそんな相手と勝負していたらしい。
「クランセラのやつ、大丈夫なのか」
独り言のつもりだったが、ギャラリーは会話の続きと思ったようだ。
さらに言葉を重ねてきた。
「負けたらただじゃ済まないだろうぜ。さっきも自分で言ってただろ。調子のいい冒険者がいると聞いたからここにやって来たと。レネジェーガ様は金と権力の力によって、女の子の自由を奪うのが趣味なんだよ。負けたら働けばいいと言っているが、そうなりゃ終わりだ。以前にも似たようなことがあったんだけど、そのとき負けた女冒険者は数か月後に娼館で働くようになっていたらしいぜ。しかも廃人みたいになっていたらしい。働いてる間に何があったのか分かったもんじゃない。でもな、誰もそのことをあの子に忠告しねぇ。何でか分かるか?」
「いや、分からないが」
そう答えると、彼は口元をにやりと歪めた。
「そりゃー、あの糞生意気なガキがそうなるのをみんな見てみたいからだよ。ギルドで持て囃されて調子に乗ってたクソガキが、貴族にいいようにされるのを望んでいるからに決まっている。もしあのクランセラが娼館や奴隷館にでも出されて見ろ、いままで馬鹿にされてきた冒険者たちが殺到するだろうぜ」
こいつ……
よく見ればあのときクランセラに投げ飛ばされていた男じゃないか。
クランセラに勝負を止めさせようと思った、そのとき。
――「乗りましたわ、その勝負! 私はお金を取り返しますの!」
手遅れだった。
彼女が勝負を受けてしまったところだ。
「フハハ、よいぞ小娘。その威勢の良さ。市井の娘はやはり貴族の娘とは違った楽しみがあるからやめられんな。それでこそ平民の遊び場にまで降りてきた甲斐があるというものだ」
レネジェーガは歪な表情で笑っていた。
しかしクランセラは、それがゲームに対してのものだと思ってるようだ。
「貴族の優しいお嬢様とは違いますもの、絶対に2000万ヴェイトは取り返してみせますわ!」
そして彼女と貴族の勝負が始まった。
こうなったら、クランセラが勝つのを祈って見守るしかない。
カードが両者に配られ終わると、貴族の男はまたしても苦々しい表情を見せる。
「またひどい手札だな、これは負けるかもしれん」
さっきと同じだ。
おそらくいい手札が来てるに違いない。
一方、クランセラは渋い表情のまま悩んだ顔をしている。
そしてこっちは本当に苦々しい声で、ディーラーにカード交換を求めていた。
「……よ、4枚チェンジですわ」
これでいい手札が来てくれればいいけど。
震える手でカードを受け取るクランラセラを見ながら、俺はその様子を見守る。
すると彼女は、その表情を一瞬にして明るく変えた。
いい引きをしたようだ。
「こ、これは、わ、私も、ひどい手札ですわ!」
彼女はレネジェーガの真似をしたように言うが、バレバレの表情だった。
もっとも互いに全額を賭けてる以上、降りることはないだろうけど。
実際にレネジェーガは全く動じていない。
それどころかまるで祝福するように、彼はクランセラに話しかける。
「互いにひどい手札同士、いい勝負ができそうで何よりだ」
「そ、そうですわね。でも絶対に負けないんですの!」
そうして二人は互いに目線を交差させ、同時に手札を晒す。
「私の手札はこれですの!」
「あまりいい役ではなかったが、仕方ない」
その声とともに、テーブルに合計14枚のカードが広げられた。
そしてクランセラは愕然とした様子で、見る間にその表情を絶望へと変えていく。
「どうしてですの……こ、こんなのイカサマですわ……そうに決まってますの、私がこんなに負け続けるなんて……そんなのありえませんわ!」
彼女は動揺しながらそう言い放つと、テーブルに両手を叩き付けた。
しかしレネジェーガは冷酷に告げる。
「どんな言い掛かりをつけたところで、勝負は既についたのだ。負けたからには約束通り、私の元で働いてもらうぞ。まずはその証として、奴隷の首輪をつけてもらおうか」
彼は傍に控えていた部下の男を呼び寄せると、命令を下す。
「フェルレス、この少女に首輪を取り付けろ。暴れるようなら骨や歯の数本は折っても構わん。内臓を圧迫して無理矢理呼吸困難にさせてもいい。とにかく従順な態度を示すようにさせろ」
「かしこまりました、レネジェーガ様」
指図を受けた部下の男は、ゆっくりクランセラへと近づいて行く。
それを前にして彼女は怯えながら後ずさろうとする。
「待って下さいですの。私は奴隷になるとまでは言ってないですわ!」
「負けたら私の元で働くと約束したであろう」
「で、でも……奴隷になるなんて話は聞いてないですの」
「私の元で働くとはそういうことだ」
その言葉が合図のように、部下の男はクランセラを取り押さえた。
床に組伏されたクランセラはそれでも抵抗しようとする。
「奴隷なんて嫌ですの! ようやくCランク冒険者まで上がってこれましたの。やっと孤児院の子供たちを守れるようになりましたの。私が奴隷にされたら、みんなが困りますの!」
彼女はそう言いながら、周囲の人間を見上げて助けを求めた。
「あ、あなたこの前一緒にパーティー組んだ人ですの。助けて欲しいですわ。お願いしますの」
クランセラが見知った男に助けを求めると、そいつは下品な笑みを浮かべた。
そして彼女を見下しながら答える。
「そうだな。さんざん役立たずと罵られたあげく荷物持ちとして使われたな。誰が助けるかよ」
「い、いつまでそんなことを根に持ってますの!」
「お前が娼館にでも出てきたら指名してやるから、それまで待ってろ」
「最低ですわ、弱い上に性格も悪いですの。一生Dランクですの!」
クランセラは泣きながらも強気な発言をしていた。
確かにこの男は最低だ。
しかし彼女を助けるとは、4000万を肩代わりすることに他ならない。
心情的なことを別にしてもそれが可能なものは少ないだろう。
つまりこの場でクランセラを助けようなんて、よほどの人物でない限りはありえない。
そう、よほどの人物だ。
例えば俺のように男らしく勇敢な者とか。
「ちょっと奴隷にするのは待ってくれないか、こっちもその子に用事があるんだよね」
俺は彼女に迫る男の手を掴みあげ、彼とその奥に座る貴族に対して話しかけた。