5話 その2 メインストリート
俺たちはいま、ダンジョンに向って歩いている。
その場所は街の最北にあるらしい。
そしてそこに続く大通りが、ディナエルスのメインストリートになっているみたい。
プロネアがそう説明してくれていた。
「ここからの地区には武器屋や道具屋など、ダンジョンの攻略に欠かせないアイテムを取り扱ってるお店が集中して建てられてるんですよ。街の人からはダンジョン通りと呼ばれてます」
「へー、ほんとだ。武器屋もいっぱいある」
まるで市場のように活気を持った場所だった。
取り扱ってる品物は物騒だけど。
見て歩いているだけでも、店頭に飾られた強そうな武器が目に入ってくる。
「あんな武器を装備してみたいな。強そう」
「どれのことでしょう。ここにある武器はせいぜい高くてもBランクかAランク程度の品物ですよ。クトリール様がお持ちになるには役不足かと思います」
「えぇー、でも俺は何も武器を持ってないんだよ」
手ぶらでダンジョンに乗り込めとでも言うのか。
プロネアは魔法が使えるからいいけど、俺なんて戦闘スキルすらないのに。
そんなの不安に決まってる。
「仕方ありませんね。それでは持って参りますので、少々お待ちください」
「ちょっと待って。そんなの買うお金は持ってないでしょ?」
「クトリール様が欲しいと言ってるのですから、下位世界の人間はそれを差し出すのが筋でしょう。とはいえ無暗に波風を立てることはありません。私も先ほどの件で反省致しましたからね。バレないようにこっそりと持ってきますのでご安心下さい」
「盗んで来ようとしないで!」
武器屋へと向かう彼女の手をとり、俺は慌ててそれを止めた。
いきなり何をしようとするのか。
「えっ、でもクトリール様は武器が欲しいのでは?」
プロネアはきょとんと首をかしげて、可愛い顔をさらしてくる。
本当に呼び止められた理由をわかっていない様子だ。
さすがにこれは怒らないといけない。
「異世界だからって、何でもしていいわけじゃないんだよ」
「で、ですが私はクトリール様が欲しいと言ったので……それで……」
「だからって盗んじゃダメなんだから」
「も、申し訳ありません……うぅ、ぐすん」
彼女は泣き出してしまった。
でもプロネアは異世界の人間に対して、何でもしていいみたいに思ってたし。
ここは厳しくしないと。
「プロネア、ここの人たちだって商売で稼いで生活してるんだ。だから、無断で俺たちが商品を盗むと困るでしょ。それは異世界だからって関係ないんだよ」
「うぅ……クトリール様に怒られました……下位世界の人間のせいです」
「違うよ。プロネアがここのルールを守る気がないから、怒ってるんだよ」
「……分かりました。これからは、気を……付けます」
渋々ながらも彼女は、俺の言葉に耳を傾けてくれたようだ。
「怒ってごめんね。でもプロネアが俺のことを考えてくれてるのは嬉しいよ」
「……私はアシストキャラですから。クトリール様のためだけのことしか考えられないんですよ。でも、それだけでは足りないって言うのでしたら、その……頑張ります」
「ありがとね、プロネア」
俺は彼女の頭をなでて、泣いていたプロネアをなぐさめた。
すると彼女は上目使いをしながら、話しかけてくる。
「クトリール様は私に感謝してくれてるんですか?」
「もちろん」
「でしたら怒られたばかりで不安なので、手を繋いでもらいたいです」
「いいよ。一緒に買える範囲の武器を探しにいこ」
「はい……」
彼女は涙を拭うと、嬉しそうに腕に抱きついてきた。
「ちょっと、これは手を繋ぐって言わないんだけど」
「えへへ、これくらいしてもいいですよね!」
「それで気が済むなら、別にいいけど……」
俺は仕方なくプロネアに腕組みをされたまま、ダンジョン通りを歩くことになった。
それ自体はいいんだけど、すれ違う人の視線が少し気になる。
端的に言えば恥ずかしいのだ。
そんなふうに歩いてると、横にいるプロネアが質問を投げかけてくる。
「それでクトリール様は、どんな武器を買うんですか」
「えり好みはできないけど、扱いやすくて軽いナイフみたいな軽装備にするつもり」
「クトリール様のジョブはアサシンですもんね。似合ってると思います」
本当はかっこいい槍とか欲しいんだけど、お金がないからね。
どこかに掘り出し物でもあればいいのに。
「とりあえず、このお店に入ってみようか」
通りの中でも繁盛してるみたいだし、在庫処分品があるかもしれない。
そう思って俺たちは足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ。あら、可愛い冒険者さんですね。これからダンジョンですか」
「はい。でもダンジョンに行く前に武器が欲しくて……」
「そういうことですね。でしたら、こちらにある初心者用のショートソードがオススメですよ」
店員さんは見本のそれを手渡してくれた。
「うーん、これでもいいけど、出来れば軽いナイフ系の武器がいいんです」
「あっ、そうですよね。初心者の女の子なら、そういう物の方が扱いやすいですよね」
「……男なんだけど」
しかし店員さんに俺の呟きは聞こえなかったようだ。
軽く無視されることになった。
「ナイフ系の商品は、こちらに陳列されてますので案内しますよ」
俺たちは店員さんに誘導されながら、店の中を移動していく。
その途中に飾れている武器はどれも強そうだった。
おそらく高ランクの冒険者が買うようなものなんだろう。
しかし付いて来ているプロネアは、それを見ても鼻で笑っていた。
その表情は”こんなのどこの雑魚が装備するんですか”とでも言いたげだ。
彼女は俺の最強装備で固められたゲームデータを管理してたからな。
武器を見るときの評価基準も高くなっているのだろう。
もっとも俺はそんなこと気にしないけどね。
どんなゲームだって、最初は初期装備から始まるし。
強い武器はそのうち手に入ればいいと思ってる。
ゲームデータを管理しているだけのプロネアと、実際にゲームをプレイしていた俺。
二人の間では武器に対する感じ方も違うようだった。
そんなことを考えていると、やがてナイフ売り場へとたどりつく。
「この箱に入ってるのは、どれでも1万ヴェイトですよ。初心者でしたらこれでいいと思います」
「ふーん。分かった、ありがと店員さん。あとは勝手に見ておくよ」
「はい。何かあったらまた声を掛けて下さいね!」
そう言って店員さんは立ち去っていった。
それから俺は箱の中に入っているナイフを漁っていく。
とはいえ、どれも同じようなものだ。
一番手にしっくりくるものを選ぶと、俺はそれを買うことにした。
「クトリール様……本当にそんなものでいいんですか?」
「大丈夫だよ」
「クトリール様がそんな武器を装備するなんて、納得できないです……」
プロネアは不満があるようだったけど、他の武器は高いからね。
それにダンジョンで新しい武器が手に入るかもしれない。
俺はそれをカウンターに持って行くと、精算を済ませる。
「これで武器は手に入れたし、安心してダンジョンに行けるよ」
「はい。ダンジョン通りを真っ直ぐいくと入口まで着きますから、もうすぐですね」
武器屋を出た俺たちは、そのままダンジョンの入り口へと向かっていった。