4話 その2 宿屋でレベルアップ!
結局その後、俺たちは冒険者ギルドへは立ち寄らず先に宿屋へと来ていた。
もちろん金髪美少女の後も追ってない。
「まったく、あの金髪の女の子には腹が立ちます。今度あったら、クトリール様を罵ったことを後悔させてあげるんです。ふふっ、ダンジョンでオークの群れに放置するのがいいでしょうか……」
プロネアは部屋をとった後もベッドで寝転がりながら、ずっとそんなことを呟いていた。
よほど根にもってるらしい。
「プロネア、もうあの子のことはいいじゃん。忘れてあげなよ」
「嫌です。クトリール様をバカにされて、このまま引き下がるわけにはいきません。それに例え許したとしても、このまま放置はできませんよ?」
「そんなの可哀そうだよ……」
「そういうことではなく、あの子はスキルデータの保有者なんです」
「えっ!? もしかしてプロネアは最初から、あの子のこと知ってたの?」
「いえ、今日が初対面です。ただ彼女のステータスを見て、確認しただけですよ」
「ステータスか。それは確かな情報だな。でもこの世界って、他人のステータスも見れたんだ」
今まで自分のステータスしか見れないと思ってたよ。
どうやって操作するんだろ。
俺は試してみようと、メニュー画面を呼び出そうとする。
しかしそれよりも早くプロネアは答えた。
「見れませよ。他人のはおろか、この世界では自分のステータスも本来は見れないものなんです。例えクトリール様でも、今は自分のステータスしか確認できないはずです」
「そうなの? でもプロネアは今さっき見たって言ってたばかりけど……」
「そうですね。そろそろクトリールには、もう少し詳しくデータとスキルについて教えましょう」
プロネアはそう言うと立ち上がり、俺が座るベッドまで移動してきた。
そして密着するほどの近距離に座り込む。
「ゲームデータがこの世界に取り込まれて、反映されたのがスキルでしょ?」
「そうですよ。ただクトリール様の場合はそれ以上に重要な意味を持つんです。とりあえずステータスを出してレベルを確認してみて下さい」
俺は言われた通り、ステータス画面を表示する。
レベル欄は……
あれ、なんで初期から変わってないんだ。
「なんかレベル1のままみたいなんだけど……」
「そうですよね。実はクトリール様はモンスターを倒してもレベルは上がりません」
「えっ!?」
「レベルを上げるには、ゲーム機本体にデータを回収していくしかないんです」
「なにそれ、じゃあ今まで戦った経験値は無駄になってたの!?」
「無駄にはなってないんですけどね……」
プロネアは困ったような表情を浮かべながらも答える。
「クトリール様のレベルは、本来であれば1億を越えてるんです。だから経験値はちゃんと加算されてるんですけど、次のレベルに要求されてる量にまるで届いてないんだけなんですよ」
「レベル1億って、どのゲームにもそんなデータはなかったよ」
「携帯ゲーム機に入っていたゲームデータ、全ての合算値ですよ」
「えー……」
その説明に俺がショックを受けてると、彼女はさらに言葉を続ける。
「でも逆にいえば、戦わなくてもデータを回収するだけでレベルは上がりますからね。どんどん冒険者を捕まえていけばいいだけです」
「そうだけど……」
「心配しなくてもクトリール様が持つスキル、ワールドフレームはゲーム機本体から生まれた最強のスキルなんですから。この世界にある全てのユニークスキルをコピーできるんですよ。すぐに強くなれます」
ユニークスキルっていうのは、ゲームデータから生まれたスキルの総称だっけ。
昨日プロネアがそんな説明をしていたことを思い出す。
「でも、実際のところ。そのワールドフレームの使い方すらよく分からないんだよ」
「それは私が教えて差し上げます。そうですね、いまから実践してみましょう」
「あの金髪美少女を探しに行くの?」
「そんなことしなくても、まずは私のユニークスキルをコピーすればいいですよ」
「プロネアもユニークスキル持ってたんだ。黙ってたの?」
「申し訳ありません、クトリール様がスキルの説明を飲み込めるようになるまで、今まで黙ってました。最初からいろいろ説明しても混乱させるだけかと思いましたので」
プロネアはけっこう命令や報告を無視するアシストキャラだよね。
もっとも全ては俺のためを思っての行動だし、また泣いたら困るから何も言わないけど。
「仕方ないよ。俺も初日からそんなこと言われても、理解できなかったかもしれないし」
「そう言ってもらえると助かります。でももし何か至らないところがあれば、ちゃんと言って下さいね。クトリール様の役に立てないアシストキャラにはなりたくないので」
「プロネアは優秀なアシストキャラだよ、今までもずっと助けてもらってる」
「えへへ、ありがとうございます。クトリール様っ!」
プロネアはそう言って、可愛いらしく笑いかけてきた。
やっぱり小さな不満は黙ってるのが一番だな。
「それで、どうやってスキルをコピーしたらいいんだろ」
「いまのワールドフレームはオフライン状態なので、スキルデータを転送するには、まずは相手と触れ合っていることが必要になります。ですからお手をどうぞ、クトリール様」
「そ、そうなの。そ、それじゃあ、失礼します」
俺は緊張しながらも、彼女が差しだしてきた手を握った。
「それでは通信を始めます。不安がらなくても有線通信と同じ感覚で大丈夫ですよ」
「そんな感覚は持ったことがないんだけど……」
こっちは生身の人間なのだ。
アシストキャラの感性で説明されても分からないよね。
俺が不思議そうな顔をしていると、彼女も気づいてくれたみたい。
「申し訳ありません。そうですよね。でしたら、私の方から強制的にアクセスします」
プロネアは目を瞑り何やら集中し始めた。
なにをしてるんだろう。
いぶかしげに見ていると、次第に何かが体に伝わってくる。
なんだかピリピリするような感じだ。
たぶん彼女のしわざなんだろう。
「いま回線を繋げました。試しに私のスキルをコピーして取り込んで下さい」
「どうやって!」
「気持ちの問題です!」
よく分からないけど、この電気信号みたいな感覚を辿ればいいのか。
俺は感覚を研ぎ澄ませるように、意識をそれに向けてみた。
その瞬間――
見覚えのある真っ暗な空間に、俺は再び立っていた。
ここって……
オーヴェミウスとの戦闘で来た場所だよね。
でも前に来たときと過ごし違うな。
金色の波だけじゃなくて、紫色の波も混じっている。
もしかして、この紫色の波がプロネアからのデータ信号なのかも。
それに触れてみると、声が聞こえてきた。
「クトリール様も無事に、仮想空間へ来れたようですね」
「プロネアか。どこにいるの、姿が見えないけど」
「今はまだ空間を共有できるほどの通信ができないみたいです」
「どういうこと?」
「そうですね、簡単に言うとここはネットワーク上の世界なんです。上位世界や異世界とも違う、どちらかというとゲームの世界とかに近い場所ですね。例えるなら私のアシストキャラとしての能力や、クトリール様のワールドフレームが、デバイスの役割を果たして通信できてるような状態です」
「つまり電話で会話してるようなものってこと?」
「はい。でも通信は繋がってるので、データの送受信もできるんですよ」
真っ暗な空間の中で、プロネアの声が響いている。
「それで、ここからどうやってスキルを受け取ればいい」
「今からデータ領域を開放しますので、ダウンロードして下さい」
だからその方法を聞いてるんだけど……
さっきと同じ感覚でいいのかな。
俺は紫色の波に触れながら、その流れに逆行するように意識を向かわせる。
すると紫水晶のような結晶のイメージが脳裏に浮かんでくる。
たぶんこれがプロネアのデータ領域なんだろう。
その結晶に焦点を合わせ、データを手繰るように神経を集中させる。
すると何か手ごたえがあった。
大きなファイルが二つあるような感覚。
「これかな……」
「そうですよ、それを自分の空間に持ち返って下さい」
もって帰るときは紫色の波に乗せる気持ちで、簡単に運ぶことができた。
意外とデータの送受信って簡単なんだな。
これだけでスキルが増えるのか。
「あとは自分のデータ領域にあるコアにそのファイルを取り込んでください」
「うん。分かった、たぶん大丈夫」
俺のコアはたぶん、あの金色の波が渦巻いてる巨大な球体だろう。
自分の波に乗せれば自動的に取り込まれるはず。
そう思って紫の波と金色の波を合流させると、ファイルはコアへと流されていった。
すると大きな音が真っ暗な仮想空間に鳴り響く――
そこで俺は現実の世界で再び、意識を取り戻した。
最後に聞こえてきたあの音楽って……
ゲームで新しいスキルを覚えたときに鳴る音楽だよね。
それを思い出すと、すぐにステータス画面を確認する。
ネーム:クトリール
レベル:17
種族:ヒューマン
称号:コアホルダー
ジョブ:アサシン
スキル:ワールドフレーム、アナライズ、アイテムボックス
どうやら成功したみたい。
アナライズとアイテムボックス、スキルが二つも増えてるぞ。
プロネアがいつの間にかアイテムを手にしてたのも、このアイテムボックスがあったからなんだな。
なにせこれは仮想空間にアイテムを収納できるスキル。
あとは相手のデータを確認できるスキルのアナライズか。
「クトリール様、やりましたね!」
「うん。ありがとう、これで少しは戦えるようになっ……ったのかな?」
最初は喜びはしたものの……
よく考えれば戦闘系のスキルは増えてないし、レベルも17になっただけ。
あまり強くなった実感がわいてこない。
「ねぇ、プロネアが使ってた精霊魔法がないんだけど……」
「あれはゲームのスキルじゃなくて、この世界の魔法なのでコピーできないんです」
「えぇー……」
あの炎の魔法とか、空を飛ぶ魔法とか使いたかったのに。
「だったら俺も魔法を覚える」
「それも少し難しいかもしれません……」
「なんでだよ」
「この世界では資質がないと魔法を覚えられないんです。特にヒューマンは魔法の適性が高くないので、仮に覚えられても苦労することになると思います」
なんだかがっかり。
じゃあ俺はゲームの魔法データを見つけるまで、魔法が使えないのか。
でもプロネアは魔法使えるよね。
「プロネアは適性が高かったの?」
「私の場合はこの肉体のおかげです。この体はヒューマンのものではないので、それほど苦労はしませんでした。この世界では種族によって得意なスキルや能力が違うんですよ」
「そうなんだ。それでプロネアは何の種族なの?」
「アナライズでご覧になれば分かると思いますよ。せっかく新しいスキルを手に入れたのですから、試してみてはどうでしょう。ファイルを実行するような感覚で覚えたスキルは使えますよ」
さっきので俺もだいぶ仮想世界での操作方法を掴んだからな。
とりあえず使ってみるか。
アナライズ――
俺はプロネアを対象にって、その情報を解析した。
ネーム:プロネア
レベル:284
称号:アシストキャラ
種族:古代精霊
スキル:アナライズ、アイテムボックス、精霊魔法
なんかすごく珍しい種族みたい。
分からないけど古代とか付いてるし、きっとそうに違いない。
いいな……
「私のステータスが確認できましたか?」
「うん、強そうな感じがする」
「えへへ、でもこれでクトリール様もアナライズを覚えましたから、ユニークスキルを持っている人間を見つけることができるようになりましたね」
「そうだな。そろそろ騒ぎも収まった頃だろうし、ギルドに行ってみる?」
「はい。冒険者からユニースキルを集めに行きましょう」
「それもあるんだけど、まず宿屋のお金くらいは稼がないとね……」
「うっ、そうでした。もうお金がありません……」
俺たちは微妙な気持ちになりながら、冒険者ギルドに向かうことにした。