3話 その2 戦闘、精霊魔法は強い!
森を抜けた後、俺達は平原を歩いていた。
休憩を終えた後なので、疲れもいくらか取れたみたい。
プロネアとの会話も弾んでいた。
「それにしてもプロネアの趣味って独特だよね。まさか外にまでメイド服を着てくるとは思わなかったよ」
「えっ、だ、だって私はクトリール様がこういう格好が好きだと思って――」
プロネアは目を丸くしながらそんなことを言ってきたが、突然その言葉は途切れた。
そして緊迫した声で呼びかけ直す。
――「クトリール様、下がって下さい!」
さっきまでの穏やかな雰囲気から、急に気配が変わる。
それを感じ取った刹那、地面が揺れ出した。
「な、なに!?」
「クトリール様っ!!」
これは……
最初は地震が来たのかと思ったけど、そうじゃない。
地面が隆起していくのが見える。
「クトリール様、下がって!!」
プロネアは怒るように俺の襟首を掴み、後ろへと引き寄せた。
その直後、さっきまでいた場所に巨大な”槍のようなもの”が突き出してくる。
「うっ、うわっ!?」
「もっと離れましょう、こっちに来てください」
彼女に言われるがままに、その槍のようなものから距離を取ると、次第にその全貌が見えてくる。
これは地面の下に何かがいるのか……
「モンスターですよ、しかも大型です。でもご安心ください、この辺りのモンスターであれば、私一人でも倒せるのでクトリール様は避難して下さい」
「ちょっと待って、女の子一人に任せるなんてできるわけないだろ」
「しかし今のクトリール様のレベルでは危険です。やめて下さい」
「だからって女の子を置いて逃げるようなことはできない」
「ですからこれは、そういう問題ではなくて――」
そうして俺達が言い合ってると、急激に地面がせりあがってくる。
やがて出てきたのは、とてつもなく巨大なモンスターだった。
「なっ……」
こいつは確か……
グンルスレイングなのか。
ゲームでも終盤に出て来る大型モンスター。
討伐推奨レベルは190くらいだったような気がする。
こんなのが平然と出て来るのかよ。
プロネアは驚いている俺をかばうように前に出ると、相手を見上げながらも呟く。
「本体が出て来てしまいましたか……仕方ありません。クトリール様にお怪我をさせるわけにはいきませんからね。最大火力で速やかにモンスターを倒します」
そう言うとプロネアは即座に詠唱を開始する。
――「星を育みし守り手よ、生まれたる炎をここに宿し、原初を刻め、シェプルムフラマ!」
彼女が詠唱を唱え終えた瞬間。
空にまで届きそうな炎の竜巻が周囲一帯に、いくつも立ち上がった。
まるで平原を炎で埋めつくような勢いだ。
そしてそれらは、グンルスレイングに襲いかかっていく。
「プロネア、俺達まで炎に巻き込まれしまいそう!」
とんでもない魔法をいきなり使われてしまったぞ。
俺がそんなふうに焦る中、プロネアは落ち着きを払ったように話しかけてくる。
「大丈夫ですよ。精霊魔法は敵ではない相手に被害を与えません。この炎は私が対象にした者にしか、ダメージを与えないようになってるんです。クトリール様や周囲の自然が被害を受けることはありませんので、どうぞご安心下さい」
敵にだけダメージを与えられるのか。
言われてみれば、これだけの炎に囲まれていても熱くない。
だったら触れても火傷はしないってことだよな。
もちろん試したくはないけど。
そんなことを思いながらグンルスレイングの方を見てみると、炎の竜巻に囲まれもはや影しか見えない。
これはもう溶けてるかも。
プロネアのおかげで楽勝だったな。
「そういえばプロネアって、最初に助けてくれたときもすごい魔法を使ってたよね」
「精霊魔法ですよ。少しだけ得意なんです」
「かなり得意に見えるのだけど……」
「そんなことないですよ。それにクトリール様の本来のお力に比べれば、全く大したことはないです」
こんなすごい魔法を見せられて謙遜されても、いまいち釈然としない。
もしかしてマスターである俺に気を使ってるのか。
だとしたらショックなんだけど……
ダンジョン攻略ではもう少しがんばらないと。
この戦闘が終わったら、レベルも上がるだろうし。
瞬殺に見えたけど、まだプロネアは炎でグンルスレイングを攻撃している。
思ってたより耐久力があるようだ。
なんか見てるだけで暇だな。
そういえば今はレベルいくつになってるんだろ。
俺はそれを確認しようとステータスを開こうとする。
だがそのとき、急に視界が反転した。
「あれっ?」
そう思ったのも束の間、加速的に地面が離れていく。
いきなり今度は何が起きたんだ。
俺は首を持ち上げると、そこで状況を理解する。
飛行型モンスターに攫われたみたい……
そいつは俺の足をつかみ、逆さづりの状態で翼を広げ、空へと飛び立っている最中だった。
プロネアの姿がみるみる小さくなっていく。
今にも逃げ出したいけど、ここで足を離されたら地面に落ちて死んじゃうよね。
どうしよう……
俺はどうにかできないかと、動揺しながらも思考を落ち着かせる。
そうして冷静になった頃にようやく、モンスターの姿をまじまじと見ることができた。
こいつも……
やっぱりゲームで見たことがあるやつだな。
名前はリノラフォルドだったか。
討伐推奨レベルは110くらい。
高い飛行能力と回避能力があって、最高時速は200キロとかいう設定もあった気がする。
「分析した結果がこれかよ……」
もはやここからでは、燃える炎の竜巻が小さく見えるだけだ。
プロネアの姿も小さくなりすぎてとっくに消えている。
俺はもはやこの状況に絶望するしかなかった。
これから旅が始まるって言うのに、最初の街にすら辿り着けず終わってしまうのか。
まだプロネアに助けてもらったお礼すらしていないのに。
でもさすがにここまで離れてしまうと、彼女も助けに来てくれないよな……
俺は半ば諦めながら、ただリノラフォルドに捕まっていた。
そのとき、聞き覚えのある声が耳に入ってくる。
「……を……なさいっ……」
なんだ。
声に反応して周りを見渡すと、空になにか人影があるように見えるのだけど。
まさかな……
幻覚に決まってる。
いくらプロネアでもこんな上空の俺を見つけてくれるなんて、無理だよ。
そう思いつつももう一度人影に目をやると、そこには空を舞うプロネアの姿があった。
助けに来てくれたんだ。
プロネアが空を飛べるのは知ってたけど、見つけてくれてありがとう!
「クトリール様をぉぉ、返しなさいっ!!」
彼女はそう叫びながら、後方から魔法を放ってくる。
当たってもダメージは喰らわないらしいけど、とてもこわい。
そして無数の魔法がリノラフォルドを貫いて行く。
俺をさらったモンスターは簡単に倒されてしまった。
しかしそうなると当然、俺は地面に墜落していくことになる。
「わっ、プロネア、助けて!」
「お任せ下さいっ!」
プロネアはそう答えると、すぐに俺を空中で拾い抱きかかえてくれた。
よかった、なんとか命拾いしたよ。
安心してプロネアの顔を見上げると、彼女は泣いていた。
「いきなりクトリール様の反応が遠くに行ったので、とても心配しました。この世界でクトリール様と出会えたのに、もしその身に何かあったらと思うと……」
「迷惑かけてごめんね」
「無事にクトリール様を取り戻せて安心したから、つい泣いちゃっただけです。クトリール様が謝るようなことではありません。私が一匹の大型モンスターに集中してしまったせいです。どんな罰を受けても仕方ないほどの失態でした……」
「プロネアは何も失敗なんかしてないよ。それよりも助けにきてくれて、ありがと」
「クトリール様……」
プロネアはさらに瞳をうるませて、こちらを見つめてきた。
そらから間もなく俺たちは地上に降下する。
俺もプロネアの腕から降りると、彼女に話しかける。
「それにしても、あんなに上空にいたのによく見つけられたね」
そう問いかけると、彼女は照れたような仕草で答えてくれる。
「私はクトリール様のことを、感じ取ることができるんですよ」
「えっ……どういうこと?」
「クトリール様に取り込まれた携帯ゲーム機本体は、私の本体でもあるんです。マスターであるクトリール様と、本体である携帯ゲーム機。この二つが揃っているのですから、どれだけ遠くにいたとしても気づかないわけがないんです。だから最初に出会った山にもお迎えにあがることができたんですよ」
彼女はそれが誇らしいのか、自慢げにそう言った。
ゲーム機を通してローカルネットで繋がっているようなものなんだろうか。
――俺には彼女のことを感じることは出来ないが。
もしかするとこれは生身の人間と、アシストキャラとの違いなのかも。
そうして俺たちは戦闘を終えると、再び街を目指して歩き始めた。