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新兵、己が任を自覚す

なんか沸いたから書いた

後悔はしていない

風が荒ぶ曇天を窓から見上げ、遂に自分の目標地点へと到達した実感を噛み締める。

目の前には鋼鉄の自動ドア、今日この部隊に配属された身として先人の方々へどう挨拶しようかと考えていると、自然と動悸が早くなった。


「……ふぅ、ふぅ……良し」


『ヒャははは、もう変顔は良いのか(ぼう)よ。俺としちゃあもう少し、その阿呆みてえな紅顔を見て酒の肴にしたかったんだがよ』


「煩いな。牟呂(むろ)だって他人に見られる準備は出来たのかよ」


『おう、そりゃもうバッチリよ坊』


ケラケラと笑う褐色の肌をレザーコートの中から惜しみなく晒す青年に軽くイラつく。

俺としては相棒が"こんなん"である事は甚だ不本意であるのだが、今はそんな事を気にしている場合でもない。

緊張で顔の筋肉が引き攣り、背後でまたも笑いが起こるのを勤めて無視しながら、俺は開き始めるドアの前で敬礼した。



「失礼します。今年より配属されました大紗凪(おおさな) 宥器(なだき)慰霊隊員であります。今後は荒御霊を鎮め国家の安泰を影から支える黒子として、全霊を以って尽力致します」



視界に収まる僅か四人が、口を開けて見ていた。

……もしかしなくても、滑ったのだろうな。

内心冷や汗どころか瀑布の如く体液が滴りそうになっていると、突然右端に座っていた女性が立ち上がり、此方までツカツカと無言で足を運んでくる。

片目に傷の奔る彼女はあからさまに顔を近づけると、まるで何かを試すように眺め回し……悪魔のように口の端を歪めた。


「何か随分マトモそうな子がきたねっ、大歓迎ぃ!」


『声たっか!?』


全力で吹き出しかけた。

何だこのキャルンキャルンの魔法少女染みた耳に残る声は。しかも隻眼、歴戦の女将軍みたいな顔しててだ。アクが強すぎるだろ。

笑いはともかく動揺を隠せない俺に対して、目の前の女性は凶悪な笑顔を浮かべながら調子の良さそうに手を振る。


「はいはーい宜しく、私達は貴方の先輩にあたる慰霊部隊の面々でありますっ。ここの人達は変人か変態だけだから早めに慣れるのをオススメするよ?」


『ブッ、ハハハハ!あんたに慣れるのが先だわ、ハハーーぶげらっ!?』


「何言ってんのか分かんないなーこの悪霊ちゃんは。私は比較的マトモな部類よ?これでも一応、ここの部隊長」


強烈な拳を叩き込まれた牟呂がバカ笑いを強制的に寸断され、地面を透過して頭を埋める。

初めて見た相棒の醜態に目を見開いていると、視線を誘導するように隊長と名乗った女性が気の抜けた敬礼を行った。


「はい、私はこの海上慰霊部隊の隊長を務める皐月原(さつきばら) 華輦(かれん)です。この職場で君のような新人と働ける事を名誉に思うわ」


「人が……足りんからな」


「っーー!?」


「同じく、二級隊員。五条(ごじょう) 浩充(ひろみつ)だ。宜しくな……同胞(はらから)よ」


皐月原部隊長の挨拶の後、突然彼女の隣に現れた幽鬼の如き男がそう名乗る。

巌のような堅牢な肉体と老成した雰囲気を醸し出し、若干草臥れた軍服を纏う姿は"慰霊部隊"にとっての皮肉にも見えたが、彼は此方の内心を察する事も無く無造作に肩を叩いた。


「ついては宥器隊員、この後に模擬戦でもどうかね。個人的には演習の方が好ましいのだが然しそう時間があるわけでも無く、な」


『止めろ浩充、戦闘中読者(バトルジャンキー)が。戦争は既に終わっておるのだ、そう血気を満たすな』


『そうだそうだー』


『大人気なーい』


『だが()りたいのも分かる』


『寧ろ俺にやらせろぉー!』


『ヒャッハー!俺の愛銃(コルト)に血を吸わせなぁ!』


「何やってんのあんたら」


詰め寄る五条二級隊員と追随する彼の守護霊達に、部隊長のハリセンが連続で唸りを上げる。

彼女は溜息と共に沈黙した五条二級隊員の背を踏みつけると、気を取り直すように未だ隊舎で座す男女二人の紹介を始めた。


「で、さっきから黙ってる二人が久遠(くどう) 遥希(はるき)櫛岐(くしぎ) 最亨(もなか)。それぞれ弩級の変態だから、あんまり関わらない方が良いわよ」


その言葉と共に男の方が手を上げる。


「変声隊長の紹介に預かった、変態一号久遠 遥希。好きなものは睡眠、愛しているのも睡眠、俺の(つが)いは夢だけだ」


「要するに寝たら達する変態よ、だから普段は持ち霊に金縛りで肉体の運動を抑えて貰ってるの」


隊長の補足するような言葉で、笑いより先に気味が悪くなる。

魔法少女みたいな声の隊長に、戦闘狂や睡眠快楽者の上司……正直既にこの部隊でやっていける自信が無くなってきた。

すると青褪めた俺に、復活した牟呂(むろ)が笑いつつ頭を撫でてくる。裸レザー如きに癪だが、俺よりデカイその手に少し安心した。


『んで、最後の女史はどんな変態か。変声隊長に変態扱いされる上、そこまで霊を纏う奴は見た事ねえぜ』


「変態二号、櫛妓 最亨。裸レザーを除いた、幽霊としか恋愛できない変態さ」


『うげ……趣味悪ぃ』


露骨に顔を歪める牟呂。幽霊本人がそれを言っていいのかとも思うが、だからこそ、という事もあるのだろう。

実際、俺もあまり気分が良いものではない。

幽霊とは過去の人物の記録(レコード)というのは、この業界での常識にして絶対に忘れてはならない知識である。


それはつまり、幾ら人の形をしていても彼等は死体であり、死人であり、繰り返されるだけの過去である事を示している。

偉人たちの足跡(きろく)に敬意を抱こうと、それを愛するのは霊達に呑まれる自殺行為、俺たちのような者には禁忌とされているからだ。

恐らく、呑まれない自負や確信のような物があるのだろうが……狂気の諸行には違いない。


今まで変声や戦闘狂や睡眠快楽者相手に保っていた俺の精神耐久値にも歪みがでたのだろう。対面する櫛妓(くしぎ)隊員は苦笑と共に手を振ってそれを諌めた。


上司(わたしたち)のキャラが濃いのもあるんだろうけど、顔が少し引き攣っているよ。不躾とは言わないさ、隊長も少し浮き足立ってるしね」


『ええ、少しは自重して欲しいものだわ。彼女は何度言っても態度を改めなかったから』


「ベタベタ体を重ねてるあんた達に言われたくないわよ。あ、ほらキスするな」


ごめんねーと言いながら視界を遮る隊長に自称マトモが嘘ではなかったのだと安堵する。

一通りの紹介が終わった為か、頑として動かなかった久遠隊員が席を立ち鋭い眼光を此方に向ける。数々の霊を相手にしてきたのであろう彼は、憮然とした態度を隠しもせずに吐き捨てた。


「んで、新人の……なんだ、名梨(ななし)隊員だっけ?」


宥器(なだき)であります、久遠隊員」


「そうそう、なっちゃん。お前は此処に来る前になんて言われた」


それは、訓練所の教官にだろうか。

この場に来るまで今年の入隊希望者は自分一人だけではあったし、其れ相応の資質に権限を与えられる名誉ある役職とは言われていたが、それ以上の事は特に何も無かったように思う。

だから敢えて言うとするなら。


「海上慰霊部隊……通称MMTの隊員は怨念を鎮め、英霊を弔う、戦後において最も重要な過去との清算に通じている。よって諸君らには、我々が未だ果たせぬ人類の確執を和らげられるように尽力して貰う。であります」


「ま、そんな所か。ならよ新人、お前は此処が何処に見える」


それは本来迷うこと無く隊舎であると答える所だ。別働隊に配属される皆は隊舎へと案内されていた点からそれは間違いない筈だ。

しかし先ほどの問答を終えた後だと、どうにも不謹慎ながら……この場は少々手狭にも見える。


コンクリートが晒してある外壁で囲まれたこの部屋は、あえて言うなら広めのロッカールームという程度の面積しか見えず、隊長達の座っていたパイプ椅子以外には一つの机ぐらいのものだ。

その机も芸能人の楽屋などである白い円卓であり、上に鎮座する菓子類から本当に楽屋かどこかなのではないかという錯覚を覚えてしまう。

つまり、


「まだ此処は隊舎ではなく、ミーティングルームのような場ではないかと考えますが」


「おう、正解。当然といえば当然だな、そこまで察しが悪いボンクラだと慰霊隊員(ウチ)に入れる気は更々なかったんだが」


「合格、というのも烏滸がましいけどね」


櫛妓隊員が失笑するように(かぶり)を振り、侍らせる少女の幽霊と同時に指を突きつける。それは犯人を追い詰めた探偵のような行為で、それが異様に似合う彼女は、飄々とした態度を崩さぬまま不敵な笑みを浮かべた。


「ま、良いんじゃないかな。隊舎の場所を教えてあげよう、私たちは新人の様子を見に来ただけだしね」


挑発的な笑みと共に櫛妓隊員が顎を上げて、隊長へ視線を寄越すよう誘導する。

移り変わる視線の先には女将軍と言って過言ではない皐月原部隊長が、狼のように牙を晒しながら口を開けた。


「その通り。貴君も仮に霊媒師であるのなら、単独での慰霊は至極当然。我が隊は基本的に分散した隊員たちによる各個除霊を方針として活動を行う」


「即ち、我が隊に上下の貴賎などは無く、慰霊の行えるものは例え新兵だろうと我ら部隊員と同様の働きを義務とする」


毅然とした低い声はその威風を轟々と猛らせながら、未だ扉を背にする自分へ叩きつける。

数多の死者を弔ってきた隊長の霊風に足が竦みそうになるものの、俺は決して臆す事なく真っ直ぐに彼女を見据えた。


猛々しい霊風を叩きつける女傑は、引き裂くような笑みを更に深くする。


「ーーーーーよって」


皐月原部隊長が重々しく口を開く。

圧迫感に瞳が揺れるのを精神だけで捩じ伏せ、俺は次に来る言葉を受け止めるべく気を引き締めた。

しかし、



「君、いきなり離島に異動して貰うから」



直後放たれた言葉の弾丸は、俺の意識を見事に貫通した。


「……………………は?」


「因みに地図にものってない、我が国の元激戦区。補給路の一つとしても作られた『海に漂う"海月(くらげ)島"』だよ」


「眺めは良いぞ。海面の境界を半日毎に移動する拠点は、廻る天体図にも似て幻想的だ」


どこが懐かしむ様に持ち霊と頷きながら五条隊員が酷く滑稽だ。

軽く遠のき始めた自意識を必死で繋ぎ止め、俺は慌てて一番近くにいた五条隊員へと詰め寄った。


「ちょ、ちょっと待ってください。霊媒師である以上、単独行動は仕方ありませんが、研修も無しに僻地へ異動ですか?」


「何か、問題でもあるのか」


いや、無いが……流石にこれは不適当ではないかと思う。

確かに自分たち霊媒師という人種は放埓というか、群れる事がない外道に属する存在だ。

だけど一応は国家機関の海上慰霊部隊が、統率とここまで無縁になって良いものなのだろうか。

そこまで考えた所で、脊髄から繊維が抜けて行くような気持ちの悪い悪寒が走る。

その出処を探すと、不気味なほど綺麗な笑顔を浮かべた部隊長が腕を組んで此方を眺めていた。


「ふーーーーん、確かに書類上では私と貴方の権限に差は無いけど……仮にも部隊長に対して反逆するんだぁ」


放たれるのは零度の視線。

覇気を漲らせて真剣に講説していた時より恐ろしいナニかが、其処にはあった。


「い、いえ、そんな事はありません。ただ少し驚いた、だけで……」


『というかお前が先に上下の貴賎がうんたらとか、抜かしおったろう女丈夫(じょじょうぶ)が。そう威圧するな、坊にそんな度胸なんぞ無いわ』


「………ま、それもそうだね。確かにいきなり鎮守府を持つ事にはびっくりするだろうし」


思わず竦んだ俺を遮るように介入した牟呂のファインセーブによって、何とか隊長の機嫌も元に戻る。

少しだけ不満顔だが、あの笑顔の消失は事態の好転と見ていいだろう。それに小さく安堵する。


「でも異動は本当、変更はないよ。ただでさえ私達の部隊はたったこれだけ(・・・・・・・)しか居ないんだから、バラバラに配置しないとね」


その言葉にまた、思考が停止した。


『マジか!?坊も含めて五人とは……少ないにも程があるだろ!?』


「残念ながら大マジだ。新人にゃあ悪いが、これは正当かつ的確な判断なんだぜ。何しろ、霊媒師なんて奴らは仕事しねえからな」


話し込む久遠隊員と牟呂の仲が良さそうだが、まぁ二人ともチンピラ気質なところがある。波長でもあったのだろう。


「は、はは、はははははははは………」


それはそれとして、俺は溢れる笑いを押さえる事が出来そうになかった。現実逃避とも言うのだろう、やってられる訳がない。

その時、この部屋に入る前から抱いていた不安が、あながち間違いでない事を確信した。

歪む口元と視界を右手で覆い、俺は改めて其れを吐き出す。


「就職場所、間違えた…………」


直後、皐月原部隊長の霊風を受けて小揺るぎもしなかった膝の力が抜ける。

まだ何も始まってはいないが、不必要に波乱が待っていそうな職場に、一寸先は闇という諺が脳裏をよぎっていった。

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