パートナー
ニッキと入ったレストラン、久しぶりの二人の食事は吉良のナイフに映った者たちに
邪魔をされる。
ハリウッド女優並の演技を見せるニッキ・・・・・
久しぶりのニューヨーク、田舎育ちの吉良にしてみれば
美味いとは言い難い空気ながら、大きく背伸びした吉良は吸い込んだ。
エアートレインから、地下鉄に乗り換える。
行き先は海外営業所だった。
ちょっと寄り道をしてみる。
旅行ガイドなどでよく見る、従来をイエローキャブが行き交い
し、観光客で賑わう光景とは、かけ離れている。
辺りには散らばったゴミ、至る所で数人の黒人たちが微妙な距離をあけ
集まっている、ガイドブックでは決して近寄らぬようにとされている場所
を、吉良はさして気にする様子もなく歩いていた。
ビジネススーツに身を包んだ吉良に、興味津々とばかりに
近寄ろうとする子供たち。
ちらりと向けた吉良の視線に、足を止める。
幼いころから祖父の道場で空手を身に付けさせられた吉良。
近寄りがたい雰囲気を敏感に感じ取ったのだろう。
取り壊し中のコンクリート造りの建物を取り囲んでいた鉄製の壁の
前まで来たとき、数人の黒人が吉良の道を塞いだ。
腕には至る所に、タトゥーが見られた。
吉良の倍はありそうな腕。
ひと際体格のいい男が、前に出る。
カチャリッ。
その音は、男が腰に回した手の中で聞こえた。
ニヤリとしながらクチャクチャとガムを噛んでいる男。
「私のお客よ」
男は綺羅を見据えたまま、後ろに居た数人の男たちが
声の主に振り返る。
声の主を見た男たちが、建物の影に足早に消えた。
吉良の口元が緩んだ。
「久しぶりだニッキ、元気か」
「そうね、今元気が出たわ」
男がガムを掃き出し、女を見つめた。
「手を出してたら、明日は其処に転がってたわ」
女は、無造作に積み上げられたゴミの山をちらりと見た。
「ちっ、知り合いかよ」
「そう、大切な人」
「運がいい男だぜ、ニッキに気に入られるなんて
こんな奴のどこがいいんだ」
両手を広げ、やれやれとでも言いたげに
男は建物の影に消えた。
「助けてもらったお礼に、食事でもどうかな?」
「私が助けたのは、アイツの方ね」
吉良は、苦笑した。
「一人で食うより、やっぱりこうして食う方が
味も良く感じるな」
「悪いことは言わないから今すぐここを離れた方がいい
相手が悪いわ」
(この時期の海外視察なんておかしいと思ったよ)
「やっぱりあの狸爺い、そういうことか」
「私の田舎に来る?、・・笑」
「ニッキはどこの生まれだっけ」
「シンディーの生まれ育った所、と言えばわかる?」
「良いかもな」
吉良は、磨き込まれたナイフに映った後ろのテーブルの
人物に気付く。
中国か、韓国系の顔、三人。
「出よう・・・さっそくお出ましだ」
吉良はボーイを呼んだ。
やって来たボーイに注文をするふりをして、少し余計に
金を握らせる。
小さな声で会計をうまく頼む、そう言った吉良。
注文を待つふりをしながら、ニッキと呼んだ女に
話しかける。
「電話が掛かってきたふりをして、外でタクシーを
捕まえておいてくれ」
立ち上がったニッキが、ジェスチャーでゴメンねと
いう仕草をしながら、取り出した携帯を見せた。
構わない、とでも言いたげに、外へとジェスチャーを返す。
煙草を半分ほど吸った時。
彼女のバッグの中で、メロディ―が流れた。
二つは常に持っていることを知って居た吉良。
敢えてそれを取り出さず、バッグごと手に持ち
入口へ向かう。
メロディーが流れたままのバッグは
後ろのテーブルに居た奴らを油断させるに十分だった。
入り口から見えない位置に、タクシーは止まっていた。
既にニッキは乗り込んでいる。
バックを上げ、電話電話とでもいうように、入り口を出た
吉良が走る。
店の椅子には、空にしてきたバッグがそのまま。
乗り込んだタクシーはすでに行き先を告げられていたらしく
すぐに走り出した。
「ふう~、少しの間は気付かないだろう」
「私の田舎まで、結構かかるけど?」
「ああ構わない、それと出来たら電話を借りてもいいか」
「置いてきたの?」
「いや、来る前に壊れたもんでね、バックは空だ」
かけた電話は、繋がらない。
(気付けば、掛かってくるはずだ)
(俺のこの先どうなるんだ?)
凪は研究施設のような建物が立ち並ぶ敷地内に、無事着陸した
機内でそんなことが頭に浮かぶ。
「これで、この荷物とはお別れね」
「取り返しに来ないか」
「国際問題になってまでは来ないでしょ」
この荷物の到着を、待っていたらしき人物。
「幸来だね、話は聞いたそれかい?」
「凪渡して」
凪の手から離れたバッグ、ファスナーを開けた白衣の男が
思わず唸り声を上げた。
「まさか自分の手で本物を・・・ 震えが止まらないよ」
そういえば、凪は中を覗いてはいない。
バイト先の上司から、強く念を押されていたが
やはり気になってくる。
自分を指差し、プリーズと言ってみる。
一度幸来に向いた視線が、凪へ戻ると男は
凪に手招きをした。
覗き込もうとする凪の横に、幸来の顔が並んだ。
幾重にも包まれたエアシート、男が開いたであろう
個所から、美しい女性がこちらを見ながらほほ笑んでいる。
全くの素人の凪にも、それがその辺の安物には到底見えない。
「実に、四十年ぶりに故郷に帰って来た絵なんだ」
「何て言ってんの?」
「四十年ぶりに帰って来たって・・」
その日の夕食のテーブルで、絵を描いた人物を知ることとなった
凪は、店内中に聞こえる驚きの声を上げることになった。
カード、車、生活に必要な物全てがその場で、二人に
手渡された。
「自由に使っていいってトレーラーハウス」
「すげえ」
と同時に、幸来の力が覚醒し始めようとしていたのを
幸来本人も気付いていない。
機内から降り立った音音は、戻ってきた荷物を手に
画面を覗いた。
思っていた通り、数件の不在着信。
殆どが雪野からであるが、スクロールした先に
見かけない番号が・・・。
通話ボタンを押した。
聞こえてきたのは英語を話す女性の声。
不安が過る。
帰って来た女の言葉の中に、吉良の名があったことに
音音は声を上げた。
「彼に何をしたの」
「出したくないのが正直なところね、彼の何」
この人もしかして・・
「た・・大切な人なんです、ニッキさん?」
「音音ね、気が合いそうね、私たち」
・・・・
「音音か・・・」
「無事なの・・ね」
「今どこに居る?店か」
「ニューヨークに着いたの」
当然のように吉良は、なぜ知っていると言った。
一本の電話で、吉良に危険が迫っていること、と
ニューヨークに向かったことを知ったと音音は告げる。
「まあ、来ちまったものは仕方ない、そこから
すぐにタクシーに乗れ、黄色い奴以外はダメだ、
乗ったら・・・・までと言うんだ」
「・・・・ね、わかったけど・・」
「何だ?」
「ニッキさんって吉良の何」
「今さっき、また命を救われたよ」
「その人も吉良を大切な人って言った」
「とにかく来てから話す」
「俺に関わったせいで田舎に引っ込むことになっちまったな」
「母も具合が悪いし、丁度良かったのよ」
「変わってないな初めて会った時も
ニッキは、そうやって俺を庇ってくれたよな」
「そうだったかしら」
初めての海外出張、それは会社にとって入社三年に満たない
吉良を向かわせたのには、訳があった。
当時のダウンタウンは、治安の悪いことから日本の企業は
二の足を踏んでいた。
吉良の会社はまだまだ三流メーカーの電気部品製造会社だった。
だからこそ、日本の企業がこの地に根を張ることができれば、
吉良は言うなれば捨て石だった。
本来なら、通訳か有能な人物を共に向かわせる。
吉良に会社が命じたのは、現地スタッフを見つけること。
仕事の内容を説明する段階で、声を掛けたほとんどの者が
首を横に振る。
途方に暮れた吉良はヤケ気味に一軒のレストランに入った。
ネクタイを緩め、ビールを頼む。
歩き疲れた吉良に、この一口は格別だった。
「ご一緒していいかしら」
額の汗を拭っていた吉良が、ハンカチをずらし声の主を見た。
「聞こえちゃったんだけど、その仕事女はダメかしら」
「聞いてたならわかるだろ、あのダウンタウンだ遊びじゃない」
「とにかく使ってみて、ダメだったら報酬はいらない」
モデル顔負けのスタイル、服の着こなしはどことなく
ロックシンガーを思わせる彼女。
勿論、ダウンタウンの状況を知らぬはずもない。
一瞬、吉良の頭に何か裏が・・そんな考えさえ浮かんだが
此処まで言うのなら・・・吉良は決めた。
「勿論あそこへ行くのに丸腰は無いよな」
「ご心配なく・・ニッキよ、貴方は?」
「吉良・・・こっちでは何を受け取ったら嬉しいかな」
「いやらしいけど、お金ね」
「何処でも一緒か」
(本当に大丈夫か・・・ライオンの群れに猫が
飛び込むようなもんだろ、なのに・・)
顔には不安に色が微塵もない、それどころか
楽し気にステップを踏んでいる。
吉良は、目の前の異様な光景に戸惑っていた。
誰一人、目の前を歩くニッキに近付こうとしない。
それどころか、後ろから見る吉良には目を逸らしている
ようにさえ見えた。
そんな男たちに、ニッキはほほ笑んでさえいるというのに。
ひと際ガラの悪そうな連中の群れの中に、ニッキは向かった。
確かにこの辺では、高級感を感じさせる建物ではあるが、その
入り口は塞がれている。
「ちょっと、通れないでしょ」
(おいおい・・・)
治安が悪いというのは、デマだったのか・・そんな考えさえ
浮かんでしまったが、ニッキの後ろの吉良に向けられた視線に
その考えは、一瞬にして消し飛ぶ。
刺さるような視線を背に受けながら、一歩ずつ階段を上がる。
空手の有段者の吉良、ビンビンと伝わる殺気にじんわりと
汗が背中を伝った。
「此処よ」
「ここは?」
「この辺の、ボスね」
「お、おい・・・」
やっぱり嵌められたか、後方はライオンの群れ
ノックをしてしまったドアの向こうには、ホワイトライオンでも
居るのだろうか、時すでに遅しというやつだった。
「誰だ?」
「ニッキよ、日本から会いたいって人が来てるの」
(俺が会いたいのは、取引相手だぜ)
「連れてきなさい」
「ニッキの友達だ、硬い挨拶は要らない」
「友達?」
「ニッキが、日本人を連れてきたことは初めてだ
友達か、それとも彼氏かな」
「ビジネスパートナーというか・・吉良といいます」
「こういう時は、彼氏って言ってほしいわ」
「わっはっは、面白い要件は何だ」
名刺を差し出す。
「電気部品の製造です」
「日本の電気製品は私も好きだ、これもそうだよ」
「うちの部品が使われていますね」
指差した先の大型テレビ。
「どこか良い所に製造会社建てたいの」
「やれやれ、ニッキの頼みに好きな日本の電化製品、聞かぬ訳にも行くまい、おい」
置物のように動かなかった側近らしい人物が
足早に何かを持ってきた。
書類。
「この中にある私の土地でよければ、構わんよ」
「え?」
予想もしていなかった展開に、体が動かない。
そんな吉良を他所に、ニッキがパラパラと見定めている。
一枚の書類に目を止めた。
「これなら、十分な工場が建つんじゃない」
申し分のない広さ、場所は近くに騒音を気にする
ようなものもない、だが。
相手が相手だ。
「うちの会社で買えるかな」
「うちのやつらで、職にありつけない奴らを
雑用で構わないから使ってくれるなら、安くしよう」
どのみち、現地で募集は掛ける。
「わかりました、会社に報告したいので、これは御挨拶です」
「それはいい、ニッキに何か買ってやってくれ、命の恩人
だからね」
偶然通りかかったニッキの目の前で、ボスと呼ばれる
老人に、一台の車が猛スピードで向って来ていたのを
ニッキはその車の横っ腹に突っ込んだという。
当然車内から這い出た二人組は、邪魔をしたニッキに
襲い掛かろうとしたが、駆け付けた手下たちにその場で
蜂の巣にされたそうだ。
「そんなことを、彼女が」
「この町でニッキに何かしようなら、家の者たちが
黙ってないよ」
「もう、だから彼氏ができないのよ、気が付いたら
ぶつかってたの」
「そんなニッキが選んだんだ、間違いなかろう」
「じいちゃん好き・・」
「吉良くん、ニッキがこんなに楽しそうなのは
久しぶりに見た、仲良くしてやってくれ」
「こちらからお願いします、今日はこの辺で」
「次に来る時までに、取引先も決まっていると思ってくれ」
深々と頭を下げ、嬉しそうに腕を組んでくるニッキと
その場を後にした。
そんなニッキを初めて見たらしい、入り口の
ライオンの群れ。
「誰なんだ?そのジャパニーズボーヤは」
視線を逸らしながら、ライオンの群れの一人が言う。
ボーヤ?
「大切な人よ・・・」
吉良はこのニッキの活躍によって、会社から
特別な地位を与えられることとなった。
その時、どこかで銃声が鳴り響いた。
「ジャパニーズボーヤ、これがダウンタウンだ気をつけな」
その音に、男は走り去っていった。
「本当にニッキには甘いのね」
「ヤキモチを焼く年じゃなかろう」
部屋の重厚そうな飾り棚がスライドし、暗がりの部屋が現れた。
リモコンのボタンを押すと、再び飾り棚は元の位置に戻る。
怪しいムードのライトの光に、ベットの上の裸体が照らし出された。
腰かけたボスと呼ばれていた老人が、ゆっくりと膝から太腿へと手を
滑らせていく。
「私まだまだ若いわよ」
「ニッキがまだ子供じゃと言ったんだ」
徐々にライトの明かりが暗くなり、消えた。
徐々に荒々しくなった女の喘ぎ声が、暗い部屋に響いた。
「あの頃は私も住む所もなかったから、あれがきっかけで
生活は一変したけどね」
「俺もだ」
一軒のガソリンスタンドが目に付いた。
「ニッキ、此処で降りよう」
「・・・わかったわ」
長距離だと思っていた運転手が、少し残念そうにしたが
ここまででもかなりの距離にかなりの料金とチップを手に、
引き帰して行った。
一台の車。
「まさか、こんなところで会うなんてな」
「マツダ・・・日本のメーカーね」
「ああ」
「買うの?」
「値段は張るが、滅多にお目にかかれなくなった」
「エンジンは保証するよ、家の息子が組み上げたからね」
声の主が、ピックアップトラックの下から滑り出てきた。
油まみれだった手袋で拭った顔に、大リーガーのように
目の下に黒々と油汚れが。
「いい趣味だと伝えてくれ」
ニッキが通訳すると、顔をクシャクシャにしている。
早口でよく聞き取れなかった。
「日本で、メカニックだったんだって息子さん」
「決まりだ、これでいいかな」
「必要な書類はすぐにここへ送ってくれ」
「ああ、これはそれまで預かっておいてくれ」
「信用するよ」
いきなりの大金に、戸惑う店主。
確かにしっかりと整備されている、始動性の良さが
それを証明していた。
現金を手にした店主は、サービスだとOILを持ってきた。
「いい旅を・・・」
「ありがとう・・」
二人を乗せたマツダのRX-3が、バックミラーに映る
店主の姿を徐々に小さくしていった。
「変わった音ね」
「これがロータリーエンジンさ」
吉良がジェスチャーで、三角形を見せた。
「ジャパニーズおにぎり?」
「ふふ、まあそんな感じだ」
吉良はスタンドで購入したアメリカンコーラで
ニッキと乾杯した。
コーラにはハンバーガー、ニッキの言葉に数百メートル先の
ハンバーガーショップで、アメリカンサイズのハンバーガー
を手にした二人はダウンタウンにサヨナラを告げた。
それから数時間後、ボスの元に手下の一人と中国系の
三人の、不運な結末が報告された。
台風による家の修復に時間がかかって・・・・
有難うございました。
またお会いしましょう
不器用な黒子