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 毬藻  作者: 不器用な黒子
6/10

吉良あっての夢の夢

吉良の危険を知らせた、一本の電話。

タクシーに乗った音音は・・・・・・・

いつも通りの、混雑したバスの車内。





乗客の間を縫って、彼女は必ず其処に行く。





顔は動かさない、目線だけを右上部に向ける。





すぐにその視線を戻す。





居ることが解れば、それで満足なのだ。

見た所、歳は大差ない男。

今日は、スニーカーにジーンズ、サーフブランドの

ロンTに、肩からノートパソコンが収まりそうなバッグ。





色は違うが、同じものが彼女の肩にも掛かっている。




偶然ではない、何件も回ってやっと見つけたものである。

周りから見たら、仲のいい・・・そんな気分の時間も、

あと二駅先の大学前で終わってしまう。






今日は、何時もよりハイな気分で、バスを降りた。

目を合わせた彼がにっこりと笑顔を返してくれた

正確に言うと、ブレーキを踏んだバスの反動で、彼に

寄り掛かった形になった彼女に対しての彼の対応だった。



慌てて彼から離れ、足早に降りた歩道で、誰かが不意に

肩を掴んだ。




通いなれた通学路でこれは初めてのことだった。





振り返った彼女は、両手で口元を隠した。





彼が自分の肩を握り、立っている。





定まらぬ視線が、肩の手と彼の顔を行き来する。





「これ、落ちた」


バッグからはみ出していた楽譜。






「え、うそ、バス・・どうしよう・・」






行ってしまったバスに、申し訳ない気持ちから

何度も頭を下げる。





「そんなに謝るなよ、うちの会社遅刻には甘い方だから」





「でもやっぱり、ごめんなさい」





彼は一つ溜息を吐いた。


「吉良 良吉きらりょうきち、君は?」






蛇津へびづ 音音ねね、変でしょ」





「音大に通う音音か、お洒落じゃないか。俺のなんて・・・・」





思わず笑ってしまった。


「ご、ごめんなさい」


上から読んでも、下から読んでも、きらりょうきち。





「決めた。今日は休んじゃおう、一日遊んでくれるかな」




「遊ぶ?」



「そう、遊ぶんだ」





返事を探していた音音の手を引く吉良は、歩き出した。





校門の前でそれを見ていた友人二人が、音音からは

想像し難い光景に驚きの顔を見せていた。






本当に一日遊びまくった。


「足ガクガク、君も?」





「私は高校の吹奏楽で、立ってるのに慣れてたから・・

 今はピアノだけど」






「また会えるかな・・その時はピアノ聞きたいな」



会えるかなって言ったよね、今、聞き違い?。





「会える?」



「会えます、会います・・」






「じゃ、また。楽しかったよ・・・」




路上で手を上げた。



止まったタクシーに、音音は乗せられた。



「運転手さん、これで彼女を・・お釣りは彼女に」



走り出した車内で、音音は何度も振り返った。

小さくなっていく吉良は、ずっと手を振っていた。





次の日から、バスで吉良に会うことは無かった。




時間を前後にずらしてみても、それは変わらなかった。





音大を卒業した音音は、自分の夢を追いつつ

一軒のジャズバーで、ピアノを弾いていた。





吉良のことが記憶の片隅になりかけた、二年が経った頃

店のドアが開いた。





ピアノに向かっていた音音の指が、演奏を止めた。





何事かと、カウンターに座った男が振り返った。




「音音・・・か」


ボーイッシュだった髪、艶やかなロングヘアーになっている。

大人びた体に、ドレス姿。



再び演奏が始まった。



音音の目から静かに涙が流れて行く。



吉良はカウンターの中の、サックスを手にする男に

片目をつぶって見せた。



ロックグラスを差し出した男が、再びサックスを合わせ始める。




演奏が終わったあと、立ち上がった吉良に飛び込むように

抱き付いた音音を、吉良は静かに抱きしめた。





カウンタの中で、そんな様子を見ながら男はグラスを磨いていた。





「夢?」


機内で目が覚めた音音。



丁度通りかかったCAにドリンクを受け取った。



時計を見る。



「まだお時間ございます、何かお食べになりますか?」




「じゃあ・・・を」





(あんたが居ないと、夢は叶わないんだから・・)



幾ら気持ちを焦らせても、スピードが上がるはずもなく

苛立ちが膨らんでいく。




スマホの画面の中で、笑顔を見せる吉良を見ることで

そんな気持ちを懸命に抑える音音だった。



再び会うのが二年後・・・にならぬよう書きます。

またお会いしましょう

不器用な黒子

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