傷
忘れるはずもない声、腕の傷。
凪を求める幸来・・・・重なった記憶。
機内のアナウンス。
凪をコックピットまで来るようにとの指示。
「とにかく行ってみる、まだ食べてて」
「待ってる、一人じゃ美味しくない」
もう一人の操縦士の案内に従い、通された。
さっぱりわからぬ計器類、初めて目にする開けた視界
恐る恐る言われた通りに、空いていた操縦席に座るように言うと
操縦士は、機内に下がった。
「変な縁ね、凪」
「奈瑠美・・・・」
「変わってないなぁその癖、それより普通じゃないわね」
「これは奈瑠美でも言えない」
「わかった、聞かないでおくその代り、向こうで飲みたいわ」
「二人でか」
「そう二人で」
「答えは二つあるのか」
「一つ」
「だろうな」
「楽しみにしてるわ」
「もう行くよ、彼女一人が苦手でね」
「あとでね」
戻って来た凪に気付いた操縦士は軽くお辞儀
をした後、操縦席に戻っていった。
「ミドリさんとこっちでお見合いしたんだって」
「あの操縦士が言ったのか」
「修学旅行だと思えばいいじゃない」
「こんなハラハラした旅行なのにか」
「凪が欲しい」
彼女がそう行って、凪を求め始めた。
凪の頭の中では、その光景が奈瑠美のあの日の
姿と重なっていった。
「来てたのか」
「明日は、頑張ってね」
大したものも入れていない薄い鞄を前にしながら
奈瑠美は手にしていた包みを差し出す。
「形は変だけど、味は良いって母さんが」
「試食する方も大変だ」
「どういう意味」
「先に着替えてくる」
シャワー室で凪は右肩にある、長い傷跡を見つめていた。
あの日、いつものように練習を終えた凪。
凪の乗る自転車、ギヤが一番重い状態で変わらないように
されていた。
道場の師範代がそうしたものだった。
練習の後にこれは効いた。
ふと、目に付いた
見覚えのある自転車、駐輪場でいつも隣にある。
倒れている。
凪は、建設工事中のビルに入った。
何台かの改造されたバイク。
死角になっていて見えなかったが、その横に自転車は倒れていた。
敗れた制服の一部。
凪は頭を掻いた、奥に進む。
バタバタと暴れる足、一人が凪に気付いた。
「おい、お友達だぜ」
「ちっ、抑えとけ」
リーダーらしき男が、歩み寄った。
「見なかったことにして消えろ」
「そっちがだ」
「ヒュ~、聞いたか」
凪は、倒れている女と目が合った。
「消えた方がいいか」
「この状況で、良いっていう女が居たら見たいわ」
「そんなだから、こういう連中が寄ってくるんだ」
大きくため息を吐いた凪。
「てめえ、ふざけん・・・」
言いかけた一人が、後方へ吹っ飛んだ。
暗がり、何が起きたか解らぬリーダーの男。
「俺がやる」
見てすぐに分かった、経験者だ。
「遠慮しないで、来い」
凪は挑発した。
「乗ると思ったか、ガキ」
「試しただけだ、本気でいいのかどうか」
これに相手は乗った。
経験者にナイフ、手こずった。
「あ~あ、来るんならもっと早く来て、制服高いのに」
「ほらよ」
財布を放った凪。
「どうせあいつらの金でしょ」
「可愛くねえな、これで生徒会じゃ、うちの学校終わりだな」
「空手部の部費下げられたい?」
「あと十分見てればよかった」
凪が破れた間から覗く肌を見つめた。
「ぅ、上着貸してよ」
「俺こっちだから、上着明日忘れるなよ」
「腕破けてる、血?見せて」
「掠っただけだ」
「これのどこが・・・家寄って」
「家どこだっけ」
・・・通り二丁目か。
「いいや」
「だめよ、あいつら仕返し考えてるかも」
「医者だったのか、家」
「すまなかった、家のが助けられたそうだね」
大袈裟に巻かれた包帯。
立ち上がった凪。
「じゃあ、失礼しますあとで治療代は」
「受け取ったら、奈瑠美に叱られるよ、夕飯まだだろう」
凪の母親は、居酒屋を営んでいる。
父は今どこで生きてるやら、家族での食事はもう記憶の隅だった。
「だからあれほどバスにしなさいって」
「大丈夫、これからは凪君が送り迎えしてくれるから」
「言ったっけ」
「言ってないよ、それよりそのハンバーグどう?」
「美味いよ」
「でしょ、ほら母さん」
「そりゃそろそろ覚えてもらわないと」
結局、卒業まで朝と帰りに、トレーニング量が増えた。
二人が自然に付き合いだしたのも、不思議はなかった。
卒業を数日後に控えた。
いつも通り、凪は奈瑠美の家の前で
自分の自転車に跨ろうとした。
「今日、家誰もいないの」
「帰ったら電話してやるよ」
「こういう場合、そうじゃ無くない?」
奈瑠美に強引に手を引かれ、入った部屋。
「俺の記事・・・」
慌てて壁から剥がす。
「す、座っててご飯作る」
確かに上達していた料理。
洗い物をしている奈瑠美、机の上に日記があった。
あの日の日付に目を止めた。
〇月○○日、いつも帰り道に集まってる、男たちが
声を掛けてきた、当然シカト。
一人の男が肩に触れた、カバンが顔に当たり怒らせた。
自転車を蹴られ、倒れた。
・・・・・・・・・・・・・・・
現れた凪にビックリ、本当に来た。
腕大丈夫か・・・心配・・ごめんが言えない。
アタシのハンバーグ、おいしいって・・いい子だ凪。
おかげで、毎日会える・・・ヤンキーに感謝。
階段を上がってくる足音、日記を戻した。
デスクの上の日記に気付いた奈瑠美。
「見た?」
「いや」
大きくため息を吐き、デスクの引き出しに仕舞った。
「凪が欲しい」
「凪、凪・・・」
いつの間にか眠っていた。
「疲れてたみたい」
キチンと元通りに服装が戻っている。
「幸来、向こうに着いたらジュエリーショップ行くか」
「凪が行くなら・・・どこでも」
アナウンスの聞き覚えのある声が、着陸の近いこと
を告げていた。
医者・・奈瑠美・・上司・・幸来・毬藻、
複雑に絡んでいきます。
またお会いしましょう。
不器用な黒子