朝だよーっ♪
12月、午前六時現在。
ボクは、鼻歌交じりに三人分のお弁当を作っている。
いつもは前日食べた夕飯の残りをアレンジしたり、夕飯時にお弁当分のちょっとした仕込みをしているんだけど、昨日はファミレスで食事したから、今日はイチからの手作りだ。初めは、「毎日作るのなんて大変」なんて思っていたけど、慣れてしまえば簡単、簡単。毎日お弁当を作ることがツライ人も多いみたいだけど、ボクはどうやらそうでもないらしい。
今回のレシピはオムライス風。チキンライスを作って、その上にオムレツを乗せたら出来上がりだ。彩りも、茹でたホウレン草を加えてイイ感じ。最後に、スライスチーズを型抜きで押し込むんだものを盛り付ける。いろんな型があるけれど、今日は星にしてみた。イタズラ心が手伝って、ハートマークの型なんてものも持ってるんだけど、サイテンがいるしね。無理無理。これは封印だね。
残ったチーズはボクの朝ごはんにトッピングされる。実は、一日の中で、これがたまらなく嬉しいときだったりする。だって、お弁当を作る人だけの特権みたいなものだからね。特に、朝パンのときなんかは独り占めだ。今日は朝パン。やったね。
オムライス風は姉さんの好きなレパートリーの一つ。ボクも好きだから、頻度は高い方だ。おいしいよね、オムライス。お弁当が好きなものだと、午前中はウキウキしちゃうよ。姉さんは嫌いな食べ物がないし、サイテンもそうらしいから、作るのに苦労はしないから助かる。ネットとかで調べてみると、アレルギーがある人とかいたりして、お弁当作りを頑張っている人たちがいるけど、すごいよね。ボクも頑張らないと。
対して、姉さんはお弁当作りはできない。ボクが一緒に住むまでは、コンビニとかカップ麺で済ませてたらしいから驚きだ。高校の先生だったら、他の先生や生徒さんの目もあるだろうに。ある意味すごい。でも、彼氏さんと同棲を考えてるんだったら、ねぇ。やっといた方がいいと思うけど……。それが姉さんと彼氏さんのペースなら、それはそれでいいのかもしれない。ボクにはまだわからない。付き合ったことなんてないしね。どのみち、ボク、お料理好きだし。
さて。舞台は整った。後は二人を起こして朝食だ。
洗い物もあるし、エプロンはそのままに姉さんの部屋をノックする。すると、「うぃ~」だか「う~ん」だかわからないけど、何かしらの返事がある。「朝だよ~」と声掛けすると、また同じような返答があるので、それで良しとする。後は、着替えて部屋から出てくるのを待つだけだ。
問題はサイテンだ。どんなパターンなのか、全く見当が付かない。とりあえず、ノックしてみる。
コンコンッ。
返事はない。もう一度、ノックしてみる。
コンコンッ。
……やっぱり返事はない。
昨日、サイテンは言っていた。起こしてください、と。ノックで起きなければ、部屋に入って起こしてください、と。でも部屋に入るのは気は進まない。
だって、ねぇ。なんかね。空いていた和室に寝てもらったのはいいけれど、どうもね。サイテンの部屋ってなったら、やっぱり、遠慮しちゃうよね。それに、ボクと姉さんが洋室で、サイテンだけが和室ってのも気が引ける理由の一つ。なんとなく、申し訳ないんだよね。でもまぁ、約束だし。入るしかないよね。
念のため、もう一度、ノックしてみる。
コンコンッ。
……しかたない。入るか。
そーっと、開けてみる。おおぅ。布団を豪快に蹴っちゃって、まぁ。元気なことですね。寒くないのかな。買ったばかりのパジャマの上着がめくれて、お腹が出てるよー。近づいてみると、すー、すー、と寝息が聞こえる。ありゃりゃ、これは熟睡ですな。ノックしても返事がないわけだ。
「サイテン、朝だよー」
って、起きるわけないか。
とりあえず近づいて、座ってみる。どうしようか。困るなぁ。こんなこと経験ないし。どうしたらいいのかわからない。姉さんはノックだけでいいからなぁ。姉さんは楽チンだ。でもなぁ。サイテンを起こすって、どうしたらいいのかなぁ。困るなぁ。
しかしなんていうか、寝顔って、無邪気だよね。メガネもないし。新鮮だ。子どもみたい。昨日、あれだけヘンタイな姿を見せておいて、これだもんね。不思議だなぁ。でもまぁ、何もしないわけにもいかないし。肩でも叩く? イヤだなぁ。でもその前に、一応、ね。
「サイテン、朝だよー」
「う、う~ん……」
おっ。反応アリ!
もう一回、もう少し近づいて。
「朝だよー。起きよー」
「うー」
おおっ。手応えアリ!
では、もう少し。耳元付近で。
「朝だよー。お弁当もできてるよー」
「う、うぅん。カオル、さん?」
どうやら起きたようだ。
毎日、こんな感じでいいのかな? 声をかけるだけなら簡単だねっ。
「そうだよー。カオルさんだよー。朝ごはん、一緒に食べようー」
「おおおお……。エプロン姿のカオルさん。私はなんと幸せ者なんでしょう……」
「平常運転だね、サイテンは」
「新婚生活万歳」
「ひゃあっ!」
なんと、サイテンがボクに抱きつき、布団の中に引きずりこんできた!
押し倒された格好になってしまったボク。サイテンが密着するように身体を押し付けてくる。
どどどどど、どうしよう。近い、近い! なにからなにまでが近いよっ! 手っ、手の動きが気持ち悪いよ! どうして逃げれないように片手でボクの両手を押さえるのっ!? えっ!? ちょっ、何で脱がそうとしてんの? いやいやいや、それはない、それはないよっ! コイツ寝ぼけ……っ、ちょっと!
「やめ……、やめて、サイテンッ!」
「ふふふ……。たまにはこんなプレイもいいですね……」
「どんなプレイだっ。しかもたまにって、どんな夢を……、ちょっ! 太くて硬いのが当たってるよっ!」
「当ててるんですよ」
「すとっぷ、すとっぷーっ!」
「可愛いです。素敵な朝ごはんです」
「やめ……! これ以上は、下着はダメッ! ちょ……、『お願いっ』!」
ハートのブレスレットが淡く光った。咄嗟の機転を利かせて、脱がされかけてた下着をショーツに替えて、規定の位置に戻す。よし、これを使えば何があろうと脱がされることはないはず。女装なんてもはやこの際どうでもいい。それよりも危険なことが起こりそうなんだからっ!
目をぱちくりさせるサイテン。押さえつけられていた手の力が緩む。すかさず胸の辺りに持っていって、サイテンを引き離そうと押し上げる。サイテンはボーっとしていて、それでも押される力に従って、身体を離してくれた。瞬きを繰り返すサイテン。
起きた? 起きたよね? 起きたんだよね?
「お、おはよう……?」
朝だからね。ちゃんと挨拶しないと。それで、ニッコリ笑って何事もなかったかのようにやり過ごそう。こんなことされたけど、サイテンにとっては目覚めたばかりで何もわかっていないはずだから。といっても、少しぐらい顔が引きつるのはしょうがないよね。
「あ、おはようございます」
なんだか状況の掴めていない顔のサイテンだけど、声はクリアだ。
ふいー。なんとかミッション終了。今度からは自分で起きてもらおう。
まずは、この押し倒されてる体勢から逃れないと……。いや、動いてよ、サイテン。身体を起こしたら、顔と顔が近づくんですけど。その、とりあえず、サイテンの付いた両腕が逃げ場を無くしてるから、それをやめてくれないかな? ……あれ、動かない。どうしたの? まだ寝ぼけてる? それともメガネがないとわからない?
「サイテン……?」
「おはようのチュー?」
「誰がするかッ!」
もう、本当にもう。
さわやかな朝にしたかったのにっ!