第七十七話《来客》
「ハァ…」
ユーラインは今日も父親の仕事である内政に関する書類への署名をしていた。仕事の内容は聞いただけでは簡単だと思えるのだがその量は膨大であり、しかもただ書類に署名するだけという単純な作業はユーラインにとって苦痛でしかなかった。
「もう…どうしてこんなに書類が多いんですか…」
それはシンが王族連続殺人事件を解決した際にぼろが出た情報統制などの王宮の制度を改革することになったからだ。よって通常より十倍の書類がユーラインに向かうのだ。
ちなみになぜまだ学生のユーラインがこんなことをしているのかというと、ユーラインはもう学園を卒業したと同時に女王になることが確定しているからだ。そのため国王の仕事に慣れていかないといけないのだ。
「ユーライン様、失礼します」
そこへ王族の世話をするメイドの一人がユーラインの部屋に入ってきた。
「あら、どうしたのですか?」
「いえ、実はユーライン様の同級生が来客しています。気分転換がてらにお会いになってはいかかですか?」
「!…分かりました」
ユーラインは一体誰が来たのかもう予想が出来た。おそらくシンだ。王宮にわざわざ会いに来るなんて常識はずれなことをするのはシン以外にいないからだ。内心わくわくしながらユーラインは来客室へ向かった。
そして来客室の扉を開けるとそこには、
「おーっす」
そこにいたのがソファーでくつろぐネビューだった。ユーラインはその男を見て直ぐに扉を閉めた。そしてなぜネビューなのかと扉の外で思った。
「おいおい!いきなり扉を閉めるなんてひどいじゃないか!」
扉の中からそんなネビューの声が聞こえたのでユーラインは渋々扉を開けて部屋の中に入った。
「そうでしたね、常識はずれはあの男だけではありませんでしたわね…。いや、あなたの場合は非常識と言った方が正しいですわね」
「ひどいなお前!」
「で、なんの用ですか?」
「訂正しろよ!…ま、いいか。今はそれどころじゃないし」
その言葉を聞いてユーラインはネビューが何か厄介ごとに首を突っ込んでいると直感した。
「!?どういうことですか!」
「まあまあ、今から話すからそこに座れ」
ユーラインはネビューの座っているソファーの向かいのソファーに座った。
「ユーライン、先に言っておく」
ネビューらしからぬ真面目な表情になってユーラインはただならぬ事が起きていると思った。
「なんでしょうか」
「この話を聞いた後、お前たち王宮は何もしないでくれ」
その言葉を聞いたユーラインは自分の耳を疑った。何かしてほしいからやってきたのではなく手を出させないために来たというのだ。
「…それはどういう事でしょうか?」
「言葉通りの意味さ。お前たちが動くと厄介らしいからな」
厄介らしい、つまりネビューの考えでなく他の誰かの考えということだ。それが誰なのかユーラインには直ぐに分かった。
「…やはりあの男の差し金ですか」
「まぁな。それにお前ら王宮が今色々と大変だと思っての考えだろ」
ユーラインはシンの意図を少し考えてみた。しかし全くシンの意図が分からない。わざわざこうやって伝えに来るほどだから重要で重大な事件だという事は分かる。だがそれなのに王宮に静観させる利点が思いつかないのだ。
「…いいでしょう。ではお話し下さい」
取り敢えずユーラインは話を聞いてみることにした。
「いいぜ、超展開の急展開だから混乱しないようにな」
ネビューは今回の事件の事を大雑把に話した。ちなみにシンの女装の話はしていない。ユーラインはネビューの大雑把な話を最初は呆れ交じりに聞いていたが聞いていく内にドンドン顔が青ざめていった。
「…とまあ今はシンがその皇女を護衛しているって訳だ」
「…またあの男は…」
「とんでもない事件を呼び込んだ、か?この前は解決しに来たんじゃないか。その言い方だとあいつが事件を呼び込む死神みたいじゃないか」
ネビューの言葉からネビューが王族連続殺人事件の事実を知っていると分かった。その事は世間では全く知られていない。つまりシンが自ら教えたという事になる。
「その言い方だと…知っていますね」
「ああ、シンから聞いたのさ」
「…そこまで深刻だと話を聞いて分かりました。しかし本当に何もしてはいけないのですか?」
「大団円にしたければ、な。ま、俺たちがどうにかするまでゆったりと待ってればいいのさ」
しかしユーラインはその話を聞いてやっぱり動いた方がいいのではないかと思い始めた。国の存亡をかけた事件なだけにその気持ちは強くなる。
「それで…これからあなたはどうするつもりなのですか?」
「ここに泊まる」
ネビューは真顔でそう言った。
「…ハァ?」
今度は耳を疑う以前にネビューの頭を疑った。
「お前らが何かしないように監視する役兼お前の護衛って訳だ。取り敢えずどこか寝る場所を用意してくれ。俺は遊びに来たお前の友人って扱いでな。あ、夕食は豪勢なやつを頼む」
「ふ、ふざけないで下さあああああああああああいっ!!」
ユーラインの叫びは王宮中に響いた。