第六十九話《その頃の人たち》
シンがボイルの到着を待っている頃、他の人たちはこの長期休暇を一体どのようにして過ごしているのだろうか。少し覗いてみることにしよう。
リンは父親の仕事の手伝いをしていた。リンの父親は勿論一流の新聞記者、今日は取材した資料のまとめの手伝いをしていた。
「リン、今度はこれをまとめといてくれ」
「はい、お父さん!」
仕事を手伝っているリンの顔は生き生きとしていた。ただ、少しだけ友人たちと遊べないことが不満だ。だがシンは遠くに帰省していて、ネビューはシンに付いて行った、タイソンはどこか忙しそうだし、ユーラインは言わずもがな。気軽に遊べる相手がいない事にリンは気づいていない。
「あの子凄いな、是非うちの新聞社に来てほしいな!」
編集長に認められて既に就職先を手に入れていることも気づいていない。
シャルドネは父親の道場で自分をひたすら鍛えていた。
「ハァッ!!」
道場の中でも随一の実力者を右足で蹴り飛ばした。シャルドネの気合は異様だった。
「何か学園であったのかい?」
道場の師範であるシャルドネの父親は事情を知らない。シャルドネが決闘で負けたこと、しかも圧倒的に。
「はい…実は倒したい相手が出来まして」
その時のシャルドネの表情はどこか嬉しそうだった。目標を見つけた喜びなのか、互角に戦える相手を見つけたことへの喜びなのか分からないが心の底から嬉しかった事だけは分かった。
「そうかい、宿敵か好敵手かどっちか分からないけど頑張りなさい」
「はい!ではここにいる全員で掛かってきなさい!」
道場にいた門下生は一斉にシャルドネに向かっていくが、全員一撃で吹っ飛ばされていった。
「…ハハハ、この道場の門下生じゃあもうシャルドネの修行相手にすらならないな」
父親の笑いは物凄く乾いていた。
ルナは国立図書館で母親の手伝いをしていた。とはいっても受付の仕事なのだが。今日もまた本を読み、本を借りに来る、もしくは返しに来る人の接客をしていった。ルナの事を知らない人に小さな子供の手伝いだと間違えられることは多々あるが。
「…これを」
そこへいつも難しい本を大量に借りに来る黒髪の少年が今日もまた本を借りに来た。
「はい、ではここにサインを」
「…はい」
借りられた本の貸出票に書かれたサインの名はタイソンと書かれていた。
ユーラインは将来女王になる為に政治の勉強をしていた。
「流石に量が多いですわね…」
勉強するために机に置かれた本の量を見てユーラインはため息を吐いた。
「あらあらダメですよ、こんなことでため息を吐いていると女王になればため息が呼吸になってしまいますよ」
侍女の言うとおりだと分かっているのだが、なぜか辛いと感じてしまう。昔はどれだけやることの量が多かろうともこんなこと微塵にも思わなかったはずなのに。
「あのアホの性格が移りましたわね…」
ユーラインは自分の友人で、勉強を嫌っている男の事を忌々しく思い出した。
「クション!!…やっぱり夜は冷えるなおい」
その友人ネビューはメルンを家に送り届けて、シンの家目指して夜の道を一人さびしく歩いていた。